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数日前、今年最後かもしれない森林公園の散歩で、

ボクは幾層にも積もった枯れ葉を踏んで山道を行った。

不思議の満ち足りた気分になれた。

画像は、その折に見かけた風景。


さて、この句を引いたのは、平凡社版の俳句歳時記の冬。

昭和34年刊のもの。

ボクの愛読書の一つだ。

この歳時記には「時代」の雰囲気が息づいている。

どのような句があるか、そのうちここにあげておきたい。


「落葉日記」とは岸田國士の作品の題名にもある。

けれど、この句に本意にかかわるものかボクには分からない。

ちょっと若者のようなセンチメンタルな記憶の1ページのようなものだと

勝手に解釈してみた。











by ribondou55 | 2019-12-15 17:49 | この一首その一句 | Trackback | Comments(0)

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過ぎてしまったが、12月8日は、太平洋戦争開戦記念日であった。

ボクが生まれる以前に、その戦争は負けて終わった。

終わった、かのように見えて、昭和・平成・令和と元号は変わったものの、その総括も後始末もまったくついていない。

なさけないことだ。




ものを読むスピードが遅くなってきた上に、持久力がもたない。

阿部和重の「オーガ(二)ズム」に一週間つきあっていて、まだ読了できない。

情けないことだ。




菜園の白菜で、白菜漬けができた。

おいしい。

たくわんは、月末までには食えるのだろうか。




また、年賀状を制作せねばならない期限が目前に。

やめようやめようと思いながら、ずるずると続けている。














by ribondou55 | 2019-12-10 23:21 | この一首その一句 | Trackback | Comments(0)
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一茶忌は、陰暦11月19日。

一茶の句には、こんなのがある。


柿の木の番しがてらの隠居哉


隣家の柿の実は、そこそこ甘い。

入れ替わり立ち替わり鳥たちがやってくる。

隣家のものだから、別に追っ払ったりしない。


今日は、まったく冬の寒さがやってきた。

散歩の途中に寒桜が咲いていた。

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たまたま向けたカメラに、こんなものも写り込んでいた。


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エナガのように見えるのだが、それでいいのだろうか?

シジュウガラも来ていた。


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安物のデジカメだから、黒色の部分がのっぺりとつぶれてしまう。

だが、野鳥の影が見えると、とりあえずは絵を撮ってしまう。

一足延ばせば、××沼公園という所があり、そこには水辺の渡り鳥ももう来ているはずだが、寒いので、それにちょっと尿意も催して、情けない。

帰路についた。


沢庵大根を干した。


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二週間ほど、寒風に曝す。














by ribondou55 | 2019-11-26 15:21 | この一首その一句 | Trackback | Comments(0)


秋の長雨に、ちょっと気分が腐っていた。



息子のお嫁さんからのお土産。

意外においしい。

老眼の疲れ目にいかにも効きそうだ。

この飴は越中富山廣貫堂の健康飴。


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ガキの頃、富山廣貫堂の置き薬の箱が悪戯できないようにタンスの上に置いてあった。

年に一度か二度か?忘れたが、大きな箱を自転車に積んで、おじさんがやってきた。

なんだかペラペラお袋にお愛想を言って、お袋も楽しそうだった。

ネクタイをしていたなあ。

おじさんは、薬箱を点検して、使った薬の代金をお袋から受け取って、

不足分を補充していった。

おじさんは、大抵紙風船をくれた。

正方形の紙風船。

風船を鼻先に持って行くと、インクの臭いと煎じ薬の臭いが混じったようでツンと臭う。

その臭いが、好きだった。



古谷田奈月著『神前酔狂宴』2019/07刊・河出書房新社

この小説世界を覗いていると、まるで万華鏡。

あれやこれやと、てんこ盛り。

一気に読んだ。

そういえば、小生も結婚式場内の神社で、あれしたのだった。

息子・娘はどっちも、にわかクリスチャンに化けていた。


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秋雨に閉じ込められて、気持ちが沈んでたのに、「石田徹也」の画集をめくってしまった。

ページをめくるにつれて、二十歳頃の憂鬱を思い出して、苦笑いであった。


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『石田徹也ノート』求龍堂刊



ローマ教皇・長崎、広島でのスピーチ、繰り返して聴きたい。









by ribondou55 | 2019-11-24 23:02 | この一首その一句 | Trackback | Comments(0)
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令和天皇即位祝賀パレードの日(11/10)、羽鳥湖(福島県天栄村)を望む展望台に立つ。

前日、須賀川の「松明あかし」を観て、郡山に泊まった。

この日は、南会津を経由して、帰宅するコース。

西那須野塩原のインターまで、どこもかしこも紅葉していた。

ことに、118号を通過する道すがら、羽鳥湖周辺の眺望は、とても気持ちがよかった。


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祝賀パレードについては、旅の間、頭の片隅にもなかった。



まだ、たまねぎの苗が植え付けできない。

もうちょっと、育成中の苗の姿がしっかりして欲しいのだ。

昨夜少し雨が降って、湿ったので、もう数日待とうか。

今のところの、最大の懸案である。










by ribondou55 | 2019-11-11 11:01 | この一首その一句 | Trackback | Comments(0)

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二歳の孫と手をつないで、畑まで。

白菜についた青虫を、これが「はらぺこあおむしさん」だよと教えると、ぽかんとしていた。

ショウリョウバッタに触ってみるかと、からかうと、小さな手を引っ込める。

モンシロチョウがひらひらと彼方此方に飛ぶのが珍しいらしい。

畑の隅に植えてあるミカンを二つもぎり取り、これも畑の縁にある小菊を折って、ママへの土産とした。


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娘は、昨日帰宅するなりソファーに寝そべり、連休中、帰るまでここから動きませんと、いう。

二週間以上風邪気味であるが、家事と育児と仕事に追われている様子。

旦那は家に放置して、子供と実家でのんびりしたい、そう云う。

分からん訳ではない、この親にしてこの子あり。

ボクら夫婦もその日その日を追い立てられるように過ごしてきたのだ。

孫は文句なくかわいいのだし、のんびりさせてやりたい。


表題の句は、孫が持ち帰った小菊からの連想。

ボクの畑も、今頃が一番緑で映える季節。

大根葉が茂り、白菜が葉を広げる。



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小松菜、ほうれん草、茎菜、キャベツ、ブロッコリー、それに、春菊、水菜、人参、勢揃い。

今や、嵯峨の京野菜といえば、ブランド品なのかもしれない。

それでも、小さな無人の野菜販売所なんてあるかも。

粗末な小屋がけの店先に秋冬野菜の走りものの間に、ちょっこと小菊の束を置いてある。

いいな。







by ribondou55 | 2019-11-03 18:03 | 咲いた咲いた何の花 | Trackback | Comments(0)
 


星月夜家居の夫を窓から見る

 肉体が考えている秋の暮

 先祖代代おんな時おり鏡を拭く

 脱ぎたてのストッキングは浮こうとする

 指は母を抓るに都合のよいかたち

 セーターにもぐり出られぬかもしれぬ




現代俳句文庫29「池田澄子句集」から拾っていると、切りが無い。

含むところのことは、手厳しく辛辣であったりするのだが、ユーモアが、もやっとそこを包んでいる。

余り外出もせず、家居がちの「夫」としては、おお怖。



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by ribondou55 | 2019-10-26 22:17 | この一首その一句 | Trackback | Comments(0)
 


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今夜も雨が降っている。

雨音が川の流れのように聞こえてくる。

被災地の方々の屈託悲哀、いかばかりか。




ニュースは、嫌な事ばかりだ。

ラグビーは一時、気持ちを賑わせてくれるが、それほどのものでない。

人の「劣化」、とどめることは、もはやできないらしい。





素十さんの句の女達は、ただただ静かにある。








by ribondou55 | 2019-10-18 23:01 | この一首その一句 | Trackback | Comments(0)


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中国建国七〇周年の日、香港では、高校二年生の男子が、警官に至近距離から射撃されて重体と、香港発のTwitterで。

















by ribondou55 | 2019-10-01 22:09 | 合掌 | Trackback | Comments(0)
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ただ睡蓮と呼んだ方がわかりやすいが、この花の学名は、そのスイレン属の「ヒツジグサ(未草)」である。

 と書いたが、本当は自信ない、それどころか、間違い。

 ヒツジクサの花はとても小さく五百円玉ほどの大きさだと「尾瀬のマウンテンガイド」にある。

 そうであれば、森林公園で見たこの花は、

手のひら大の花であったから、セイヨウスイレンであるというのが、正しいだろう。

 ヒツジグサは日本特有の植物だという。




龍太さんの句は、「鰯雲」と「未草」の白つながりの視覚的なイメージが、目の前にパッと開けてとても爽快。

秋晴れの天上から空の青さを映す水面へ、その視線の移動も、映画のワンカットのようだ。

ヒツジグサの開花期は、6月から11月といわれる。

鰯雲は、秋の象徴的な雲だから、龍太さんは未草を、夏の草と思っていたのかも知れない。

ところで、未草という奇妙な名は、その昔この花は、未の刻に開くと信じられていた故だろうということだ。




さて、世情は混沌としているのでなく、厭なうねりが一つ方向へとはっきりと収斂してきた。

危機的な様相になってきた。













 



by ribondou55 | 2019-09-27 23:21 | 咲いた咲いた何の花 | Trackback | Comments(0)

水面を滑りまわって世を過ごし、その上、空を飛ぶ羽も持っているあめんぼは、老蛙の憧れだ。


by 泡六堂