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畑にはミミズ、ナメクジから、十センチ余りの百足まで、多様な生きものが棲息する。

今朝は、ニホンアマガエル。

キュウリの葉の上で眠っているかのように、じっとしている。

その姿は、己の姿を見るようである。

でもボクは、蝦蟇の油カエルでないから、脂汗を流すことない。

ボクは井戸の底から丸い小さな空を眺めている老蛙である。


さて、此奴らはどこからやってくたのだろう。

我が自給菜園の近くには用水はもちろん、小川さえない。

オタマジャクシから手足を伸ばしたばかりで、

えんやらこんやらと、

この小さなサイズの生きものにとっては気が遠くなるほどの距離を移動してきたのだろうか。




どこかで、雨蛙は青虫を食べてくれると、いうような記事を読んだ記憶がある。

彼らは、肉食で、小さな蜘蛛や昆虫を食べる、生きたものをたべ、死んでいる奴は食べないのだそうだ。

いい奴でないか。

もしかすると、キュウリの天敵ウリハムシをパクリとやってくれているのかも知れない。

何処の世界でも、日頃はぼんやり眠たげでパッとしない人間が、一朝事あるときに、ただならぬ力を発揮したという、エピソードがある。

雨蛙クン、ぜひ是非によろしく。


憎ックキ奴とは、此奴だ。



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やられているのは、南瓜の花。






by ribondou55 | 2019-06-23 11:33 | 畑にいます | Trackback | Comments(0)
残念ながら野牡丹を見たことがない。

仕方ないので、山芍薬。

立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花とかいうので。

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(森林公園 4/3)


風邪気味。

この寒暖の差は、老骨には易しくない。

4月は夏野菜の準備に忙しくなるはずだが、気分はそれほどでもない。

三月末、身延山の桜を観にいった。

立派に咲いていたのだが、久遠寺に参った感激はなかった。

なぜだろう?

勤め人であったころの4月はいろいろな意味で緊張したものだが、

こうして毎日を遊び暮らしている身には、どうってこともないのが、子ども達のことは気にかかる。


今週は、孫も帰っていて、疲れる。

小っちゃくてもずっしりと重くなったのを抱き上げていると、

やっぱりかわいいのだが、もう長く抱き続ける筋力がない。


高畑勲さんが亡くなった。






by ribondou55 | 2018-04-06 11:08 | 咲いた咲いた何の花 | Trackback | Comments(0)


雌しべが、涙に見える。

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 或いは、この句もよい。

きちかうの蕾むりやり咲かんでも  中原道夫






by ribondou55 | 2017-11-02 23:58 | この一首その一句 | Trackback | Comments(0)
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見てのとおりの句。

ちょと、群れが濃くなって。


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山つつじが綺麗に見えるような、年になった。





by ribondou55 | 2017-04-22 18:40 | この一首その一句 | Trackback | Comments(0)
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   (森林公園4/21)


ポピーは、

雛罌粟

コクリコ

虞美人草

と、呼ばれる。


森林公園のポピー園は、今が盛り、足を延ばす価値は十分。






by ribondou55 | 2017-04-21 21:22 | 咲いた咲いた何の花 | Trackback | Comments(0)
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(深谷市・綠の王国で)




スズメが、我が家の屋根辺りで高く鳴いているので、

見上げると、

どうやら繁殖期のようである。

交尾の相手を呼び合っているのであった。

こんな、人の暮らしに近いところで、スズメは繁殖しているのだ。


賑やかに鳴いている。


この句は、昔、安アパートに棲んでいた頃を思い出させる。

万年床に一日中ゴロゴロして、休日を過ごしていたりした。

カーテンは引きっぱなし、薄暗い六畳の部屋へ小鳥のさえずりが聞えてきた、・・・・。



当時の青臭い気分を、今はもう味わうことはできない。







by ribondou55 | 2017-04-19 21:04 | この一首その一句 | Trackback | Comments(0)
 我が家の山茶花は今頃、盛りになる。

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 リサイクルショップで買ってきたニコンEMの50㍉を、ルミックスのGX1に装着して、撮ってみた。

 さすが、ニコンレンズ、解像度は立派なものだ。


 この句、山茶花の側を通り過ぎる時折、思い出す。




by ribondou55 | 2017-01-12 10:15 | 咲いた咲いた何の花 | Trackback | Comments(0)
 山本健吉編著「句歌歳時記 冬新年」に見えた歌である。

 アララギの歌人・鹿児島寿蔵は、昭和二十年熊谷市に疎開し、以後七年ほど当地で暮らしたそうだ。

 山本健吉の評。

 埼玉県深谷産の葱は、上州下仁田葱と並ぶ、関東産葱の代表。突っ風の中で売る深谷葱の白さが、目にしみる。

 その通り、美味い葱である。

 
 熊谷は深谷市に隣接する、車を引いて葱売りがやってきていたのだろう。

 ここでの、「しろじろとひかる」葱は、泥を洗われきちんと始末された葱である。

 空っ風が吹き下ろし、酷いと大粒の土埃が顔を打つ、目を開けていられないほどになる、そんな中で収穫し、綺麗に洗って売りに出る、たいした労働であったはず。

 深谷葱は、いうまでなく白い部分を食べるものだ、白いというのは地中にあるからであって、つまり、収穫するためには、白い部分が長いほど深く掘り出さなくてはならない。

 この頃は、機械化されているが、昭和二十年ごろであれば、すべて手掘りであったはずなのだ。

 「しろじろとひかる」には、手間がいるのだった。

 
 我が家でも、深谷葱は重宝しており、人に贈ることもある。

 ただ、泥付である。

 横着をしている。


 で、この頃はこんなだ。

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by ribondou55 | 2017-01-08 22:05 | 舌の幸い | Trackback | Comments(0)
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 良寛さんは、紅葉を多く詠っている。

 
 昨日、鑁阿寺を訪れたついでに、足利織姫神社の裏手のもみじ谷を尋ねた。

 時は、まさしく紅葉の盛り。

 
 次いで、噂に聞いている浄因寺の紅葉はいかがと確かめるような気分で、足を伸ばしてみた。

 もみじ谷から車で30分足らずで着いたものの、そこは深山幽谷の趣。

 行道山浄因寺、古く行基上人が開山したと、伝えられているという。

 二度の大火に遭い、かつての僧堂は今や礎石だけが残っているのだが、宗派を問わず多くの行者がこの地で修行に明け暮れたという。

 足利市のHPによるとこうある。

  『関東の高野山』といわれ、山腹にある浄因寺は和銅6年(713年)、行基上人(ぎょうきしょうにん)の開創と伝えられます。

 参道から山頂にかけ3万3千体といわれる大小の石仏や、右手を枕に西向きに寝ている寝釈迦(ねじゃか)があります。

 また、巨石の上には眺望絶景の建物『清心亭』(せいしんてい)があります。そこへ渡るために巨石から巨石に架けられた空中橋『天高橋』(てんこうきょう/あまのたか  はし)は葛飾北斎が『足利行道山雲のかけ橋』として描きました。


 肝心の紅葉は、四五日、いや一週間ほど早かったようで、勇み足であったが、足利の市街からほんの30分ほどのところに、断崖絶壁に囲まれた南画的な風景があったとは驚きであった。



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  良寛さんがかつて庵を結んだ国上山(くがみやま)国上寺(こくじょうじ)の五合庵もさみしいところであった。


     國上    良寛

    あしびきの 國上の山
    山かげの 乙女の宮に
    宮づかひ 朝な夕な
    岩とこの 苔むす道を
    ふみならし い行きかへらひ
    ます鏡 仰ぎて見れば
    み林は 神さび立てり
    落ち瀧津 水音さやけし
    そこをしも あやにともしみ
    五月には 山ほととぎす
    をちかへり 來鳴きとよもし
    長月の 時雨の時は
    もみじばを ひきて手折りて
    あらたまの あまた月日を
    ここにすごしつ


    露霜の秋の紅葉と時鳥いつの世にかわれわれ忘れやめ







by ribondou55 | 2016-11-18 21:05 | この一首その一句 | Trackback | Comments(0)
 今日は、一日中寒い。

 午前中、絹さやとくき菜の畝を立てた。

 汗が流れることはないが、鍬をふるうとすぐに息があがって、苦しくなった。

 さっさと終わりにするはずであったのだが、休み休みなので、時間を要した。


 さきほど、湯上がりには余りに寒いので、仕方が無いので、オイルヒーターを納戸から持ち出して、PCデスクの足下に据えた。

 その上、湯冷めを恐れて、フリースを着込んだ。

 

 諸々の報道を見聞きしていると、不快になることばかりである。


 このお方は、どんな風に過ごしておいでだろうか。

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by ribondou55 | 2016-10-25 23:02 | 世界は昏いか? | Trackback | Comments(0)

水面を滑りまわって世を過ごし、その上、空を飛ぶ羽も持っているあめんぼは、老蛙の憧れだ。


by 泡六堂