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 初夏である。

 SLみなかみの運行日である。

 高崎から渋川まで、SL乗車、渋川からハラミュージアムアークへ。

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大勢のSLファンに混じって、短い時間であったが楽しかった。

幼い頃、父親の里へ家族で帰ったことがあった。

信越線で篠ノ井まで、乗り換えて篠ノ井線で松本まで。

記憶は定かではないのだが、石炭を燃やす煙の匂いは確かに覚えている。



渋川で降りて、伊香保温泉行きのバスで20分ほど、伊香保温泉行きのグリーン牧場前で下車。

徒歩で、ハラミュージアムアークへ。


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鬼頭健吾「untitled(hula-hoop)] 2017

笹口数「星座」2002

米田知子「ヘッセの眼鏡ー兵士の写真を見る」1998

ロバート メイプルソープ「レディ リサ ライオン #1~#4」1980-82

束芋「真夜中の海」2006/2008

横尾忠則「誰か故郷を想わざる」2001

草間彌生「ミラー ルーム(かぼちゃ)」1991


よく知られている作品も含まれているが、これらは、ボクにとっては愉しい。


しばらく、品川から遠ざかっている。

そのうち、行ってみよう。


帰路、遅い昼飯を渋川駅から歩き始めて、迷った挙げ句入ったレストランでのこと。

いつものように、カレーライスセットを注文した。

料理が運ばれてくると、銀の皿にカレーライス。

これが、昔ながらのタマネギだけを煮込み、カレー粉を入れ、そのあとで小麦粉でとろみをつけたもの。

ウスターソースの隠し味が効いていた。

蕎麦屋ではない、れっきとした洋食屋さん、その証が、ウスターソースの風味であったかもしれない。

悪い感じは全くなく完食したが、

渋川というところはこういう感じかと思った。


食後、渋川市美術館によった。

65歳以上は入館無料であった。

桑原巨守の彫刻コレクション。

うーん、こういう王道を行った人の作品もやはり落ち着く、これまた愉しかった。


それから、へそ地蔵にも挨拶してきた。

渋川は日本の真ん中、臍にあたる地点にあるらしい。

そこで、臍地蔵。

畏れ多いので、画像は挙げない。













by ribondou55 | 2017-05-20 23:03 | 目の快楽 | Trackback | Comments(0)
 輪行第二回、秋晴れに誘惑されて思い立った。

 先ず、自宅から伊勢崎線太田駅までサイクリング、そこから、多々良駅まで輪行、多々良駅から群馬県立館林美術館まで自転車で移動、展覧会を覗いて、館林駅まで走り、館林駅より羽生駅で、秩父線に乗り換え、上熊谷駅で下車、自宅へ。

 自転車は、ダポンのスピード8。


 今回の目的は、単純に自転車を持って、電車に乗り降りする上での、注意点とコツに気づくことである。

 ボクのスピード8はなんやかやで、12㌔を越える。

 老骨の肩に12㌔の輪行袋は、かなりの加重だ。

 そう思っていたのだが、案外出来る。

 もっとも、東京駅や新宿駅でアレを担いで移動するのは、苦しいだろうが、田舎の多くの駅はホームは一本、多くて2、3本、それにこの頃は、ちょっとした駅には、エスカレーターやエレベーターが設置されていて、エンヤコンヤラ、階段を上ることからも、逃れることができる。

 当面は、12㌔恐れるに足らず。


 自転車を輪行袋に突っ込むのも、案外スムースに出来た。

 時間も5分有れば、十分。

 出来る。


 車中でも、ちょっとかさばる物体であるが、今日のように混雑しない時ならば、誰も気にしていない。

 
 「どうといこともない」、というのが本日の確認であった。


 さて、展覧会は、「大地に立って/空を見上げてー風景のなかの現代作家」と。

 よい展覧会である。

 関東地方のほぼ中心に位置し、利根川と渡良瀬川に囲まれた、起伏のない平坦な大地が広がる館林。このランドスケープの特徴を活かして設計デザインされた当館は、敷地の中央に広大な緑の前庭を据えています。ここに立ってみると、遮られることなく広がる大地と空が、土地の特性を示すとともに、まっさらなカンヴァスのように人の内面や物語を映し出す抽象空間ともなることに気づかされるでしょう。
 本展は、当館をとりまくこの風景を舞台装置として、自然のなかに身を置き、風景へとまなざしを向け、大地にイマジネーションを託す9人の作家をとり上げます。作家の身体や感覚、想像を介して導き出された絵画、写真、映像やインスタレーション、あるいは来館者が参加して作り上げていく作品は、この風景のイメージとどのように感応するでしょうか。人間の生死、文化や歴史とつながる現実あるいは想像の風景、そして風景をつくる人と自然の働きと時の流れについて、考える場にしたいと思います。 展覧会HPより。
 
 9人の作家の内、日比野克彦さんと笹岡啓子さんの作品は観てきたが、そのほかの方々は初見であったが、どなたも興味深く観ることが出来た。

 瀬尾夏美さん、笹岡さん、それにALIMOさんもそうだが、3.11震災以降、ボクラがいる世界の風景の見え方が、北関東の田舎暮らしでも「うさぎ追いしふるさと」というような安らかさ失ってしまった。

 風景を一皮はぎ取ってみるような癖が身についてしまったような。

 そこから、どうしたい?というのが、この展覧会なのか。

 日比野さんは、「揚舟」をモチーフに「揚舟流星群」というインスタレーションを目論んでいる。

 とても、美しい。


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 館林近郊の板倉町に渡良瀬川の支流で、「谷田川巡り」という揚舟の遊覧があり、一度乗ったことがあるのだが、「揚舟」というのはもともと災害時の移動手段として、洪水に備えて各戸で軒下に設置していた小さな舟である。

 ここに限らずボクの住むちかくにも利根川も荒川も洪水も明治の頃までは洪水を繰り返してきた。

 揚げ舟は、いわばこの地域の災厄の記念である。

 糸でつり下げられたたくさんの紙の舟は、その水害で亡くなっていった人たちの為の精霊船のように見えてきたのだった。


 

by ribondou55 | 2016-11-04 23:40 | 目の快楽 | Trackback | Comments(0)
 このパンプキンでおなじみの展覧会が、来月4日で終了と知って出かけた。

 浦和での巡回展は息子が観て、カタログだけは見ていた。

 それらをこの目で確かめようというわけだが、言い出しっぺは、娘であった。

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 「愛はとこしえ」から「わが永遠の魂」へつづく連作である。

 草間彌生の水玉はもっとも大衆化されたアートといってよいだろ。

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 理屈なしに楽しいのだ。

 わくわくする。

 でも、同時に、展覧会に足を運ぶ多くの人は、あっけにとられているように見えた。

 松本市美術館は、もともと草間彌生を常設展とするコレクションをもつ美術館である。

 だからといって,松本の人々がどれほどに親しみを感じているのか?

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 おもしろいなあと,思う。

 ミュージアムショップはお土産売り場のようで、楽しかった。

 さて、かくいう小生も、あっけにとられているひとりのオッサンであって、偉そうにはいえい。


 「愛はとこしえ」は白いカンヴァスにマーカーペンで即興的に、それでいて、緻密に、黒い線が走り回り、50枚に及ぶ作品が制作された。続く「わが永遠の魂」は、色彩の洪水である。縦横無尽に走り廻り、横溢すろ色彩が輝くそんな画面であるが、極めて注意深く繊細な神経が隅々まで行き渡っていて、作品一点一点すべてに弛みというものがない。

 おどろくべきことだ。

 それは、意識下の世界の絶え間ない増殖と変化の様相の一コマ一コマを描きつつけているかのようであると、思えた。

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 配偶者と娘とひさびさの三人ドライブで。

 で、小生は一度もハンドルを握らず。

 らくちん。

 配偶者は、来週から、ちょっと辛い治療に入る。

 その前に、お楽しみ。

 縄手の蛙にも挨拶してきた。

 櫻屋の鰻もおいしかった。







 
by ribondou55 | 2012-10-26 00:24 | 目の快楽 | Trackback | Comments(0)
 妻は、昔の友人とランチ、夕方まで帰らない。

 ちょっと仕事をして、畑へ出るには、少し暑い。

 そこで、館林美術館へ出かけようと・・・・・。

 企画展示 「館林ジャンクション-中央関東の現代美術-」、ちょっと、そそられる。

 中央関東とは、よくぞ言いやったり!

 これが、始末に負えない「地方」なのだということは、長く住民でいないとわからない。

 都民の大多数が、この数世代に限っても、すすんでお上りになった田舎出身か、その子孫であることはいうまでもないが、中央関東の連中は、中途半端に都民になりすまそうとはしない傾向がある。

 遠くても数時間で都心に出られる。

 テレビ局も中央と同じチャンネル。

 セブンも、ローソンも、ファミマも、みーなある。

 なんで東京に行く必要があろうか。

 「おらァ、おら、だんべェ」なんて、つい口にして、赤っ恥かいたあげくの自己嫌悪なんてのもまっぴら。

 だからかえって、あんなに近い「東京」に距離置く。

 
 そんな中央関東の「あーと」はいかに反「東京的」かと思ったら、妙に当たりまえ過ぎた。

 ただの、・・・・。

 僕は、中央関東が目指すべきことは、いってしまえば、「中央」と「地方」の狭間性だと思う。

 その中途半端さで、東京を嗤い、地方主義の偏狭さを白眼視してやれ。

 がさつな房総人とこましゃくれた湘南人を蹴っ飛ばせ。

 ともあれ、


 中央関東なんて、単純に地理的な位置づけにすぎないのだ。

 だが、この地域の「糞暑さ」をあーとにしてはくれなだろうか。

 たとえば、「山田うどん」、・・・・子供づれの農家のおしゃれファミリーが、田んぼが見えるカンター席で、パンチを食らっている、あの風景。ちなみに、パンチとは、モツの煮込みなのだが。

 いいぞ。


 光山 明さんと藤井龍徳さん、・・・・ユーモアときまじめ、対極の作風だが、好みです。


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by ribondou55 | 2012-06-24 17:05 | 咲いた咲いた何の花 | Trackback | Comments(0)
 
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 女性に対して挑発的な振る舞いと見えて、実は男たちの危うさがみえてくる。

 
 「フロストバイト」からして、痛快、と女性たちは笑い転げるに違いない。

 
 《木漏れ日の向こうに》は、理屈はどうあれ、美しい、というのは、間違いか。




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 いい感じの美術館前の広場、好きだ。




 
 
by ribondou55 | 2012-06-08 22:54 | 目の快楽 | Trackback | Comments(0)
 ユベール・ロベール-時間の庭ーという展覧会。


 風景は絵画によってはじめて「風景」になり得た、というお話。

 ぴんとこない。

 風景画が風景そのものではない「風景」であることは、〔絵のように美しい風景〕という言い方でわかる。

 つまり、心象。

 どうでもいいな。

廃墟とは「時間」そのもの。

 それは、死ではない。




 ロベールを観た後、常設のクールベが、とても新鮮に見えた。


 ロダンの恐ろしさ。

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 これも、久々。




 
by ribondou55 | 2012-05-19 00:09 | 目の快楽 | Trackback | Comments(0)

花より団子、団子より昼寝がよろしい「隠居蛙」の日常をポロリ。誤字誤記多し、恐縮。


by 泡六堂
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