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花より団子、団子より昼寝がよろしい「隠居蛙」の日常をポロリ。誤字誤記多し、恐縮。


by 泡六堂
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タグ:生きもの ( 21 ) タグの人気記事



武蔵丘陵森林公園にて。

異常に長い梅雨、そのちょとばかりの晴れ間に。

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季節は、すっかり夏に入っていて、森は濃い緑だ。

つかぬ間青空が見えたが、

むせかえるような蒸し暑さで、

ただブラウラブらと歩いているだけで、

汗がじっとりとにじみ出てくる。

それでも、森の空気はボクの頭をすっきりとしてくれた。












by ribondou55 | 2019-07-20 17:46 | 生きている | Trackback | Comments(0)

「0」とは、交尾の形。

「とうすみとんぼ」とは、イトトンボのこと。

森林公園の小さな池で。




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イトトンボの一種、キイトトンボの産卵。

見ていて飽きません。

参考に、↓、お借りしました。











by ribondou55 | 2019-07-18 16:55 | 生きている | Trackback | Comments(0)
飛んでくる蝶の方へ頻りに目が行く。

ニ三日前から、腰の辺りがしくしくとしていた。

そうして、昨夜、何気なくソファー腰をに下ろそうと屈んだ瞬間、

腰の上部周辺の筋肉が広範囲に悲鳴を上げた。

それで万事休す。

ごろごろして、日がな一日。

そこで、庭先をぼんやり眺める。


ガラス戸の外を飛び行く胡蝶哉  子規


さて一茶さんの句であるが、ボクも、何処よりおいでになったかはどうあれ、

可憐な蝶に誘われて遠くに行きたい、

なんてね。




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たぶん、キアゲハ





今日の一言。

一日一便、人類はみな糞友。(山田風太郎)












by ribondou55 | 2019-07-09 22:35 | この一首その一句 | Trackback | Comments(0)
凄みがある、一茶。

この梅雨にギラリと光る。


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庭先に飛来するヒョウモンチョウ数頭。


今日は、長雨の切れ間。

蒸し暑いのか、肌寒いのか、さだかでないような、気分で過ごしている。

今朝畑に出ると、ハクビシンだか、アライクマだか分からないが、スイカが荒らされていた。

二日目の訪れである。

この辺でも、高齢者が立ち去って空き家となって、廃屋化したものもいくつか。

彼らは棲む家にことかかないだろう。

ちゃちな網で防いでいたが、そんなものは簡単に破られた。

自然というのはささやかな所にだって、荒々しさを本質にしているのかもしれない。

人から見れば被害であるが、

スイカは彼らにとっても食糧である。

全ては生きのものであって、命である。

西瓜も生きものであった。

でも喰われた。

命は命を喰いつくすものか。

命は命に喰われるものか。


アライグマは殺処分できるが、ハクビシンは放獣となるそうな。

それは人が決めたことだ。




















by ribondou55 | 2019-07-08 16:46 | この一首その一句 | Trackback | Comments(0)
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畑にはミミズ、ナメクジから、十センチ余りの百足まで、多様な生きものが棲息する。

今朝は、ニホンアマガエル。

キュウリの葉の上で眠っているかのように、じっとしている。

その姿は、己の姿を見るようである。

でもボクは、蝦蟇の油カエルでないから、脂汗を流すことない。

ボクは井戸の底から丸い小さな空を眺めている老蛙である。


さて、此奴らはどこからやってくたのだろう。

我が自給菜園の近くには用水はもちろん、小川さえない。

オタマジャクシから手足を伸ばしたばかりで、

えんやらこんやらと、

この小さなサイズの生きものにとっては気が遠くなるほどの距離を移動してきたのだろうか。




どこかで、雨蛙は青虫を食べてくれると、いうような記事を読んだ記憶がある。

彼らは、肉食で、小さな蜘蛛や昆虫を食べる、生きたものをたべ、死んでいる奴は食べないのだそうだ。

いい奴でないか。

もしかすると、キュウリの天敵ウリハムシをパクリとやってくれているのかも知れない。

何処の世界でも、日頃はぼんやり眠たげでパッとしない人間が、一朝事あるときに、ただならぬ力を発揮したという、エピソードがある。

雨蛙クン、ぜひ是非によろしく。


憎ックキ奴とは、此奴だ。



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やられているのは、南瓜の花。






by ribondou55 | 2019-06-23 11:33 | 畑にいます | Trackback | Comments(0)
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深谷・綠の王国(5/23)


なにやら、気分が沈む。

深谷シネマで「半世界」を観た。

それについて、記録するのも億劫。



訃報・加藤典洋さん(71)














by ribondou55 | 2019-05-23 22:48 | この一首その一句 | Trackback | Comments(0)
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今夜は、待望の雨なのだが、風も強い。

まだ幼いキュウリやら茄子やら、トマトやらの細い茎に支柱を追加したが、無事にやり過ごすことができるか。

こころもとないのだが、なるようにしかならない。




 

by ribondou55 | 2019-05-20 23:29 | この一首その一句 | Trackback | Comments(0)




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南瓜の苗の床を盛ろうと、鍬を一振り。

おっと、ぴょこっと跳びだした。

まだ、土の中で寝ていたいのか、飛び出したはいいが、じっと微動だにせず。

目だけがぱっちり。

突然、睡りを破られ、・・・。

我も蛙の端くれのくせに無粋なことをした、すまない。





茄子苗は昨夜の風に耐えてくれた。

よくやった。

蜜柑とレモンが花をつけた。









by ribondou55 | 2019-05-07 11:32 | この一首その一句 | Trackback | Comments(0)
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(ぐんま昆虫の森・3/4)



小生の現況。

白髪・しわ・のろま、忘れん坊。

実はこれも「擬態」である。

とか、わけの分からないことも、云ってみたい。


どうしてそんなことを云うかというと、

小生は外形的には、まさしく爺の典型。

だが、本当に恥ずかしいのだが、頭の中は一五,六のガキの時分とさほどの進歩はない。

そう思うことが、しばしばある。

年相応の身体的な特徴に、釣り合うだけの内面がない。

可笑しいほどだ。

勿論、いろいろな能力は、恐ろしく耄碌した。

それなのに、好悪の感覚だけは若い時分よりとがってきた。

嫌なものを識別するセンサーは我ながら大した物だ。

70歳にほど近くいて人間がまるくなったわけでなく、

己の時々の感情をどう扱えばいいかという術が身についただけだ。

つまり、自分自身へもお他人様へも、嘘をつきまくっている、

好好爺と云われたいから。

最高の「擬態」でないか。


若い頃、老人に触れあうことが苦手であった。

できるだけ避けていたい。

どう扱ってよいのやら途方に暮れた。

老化した肉体は憐れにみえたが、

案外此奴はどこにあなどれない、若造にはうかがい知れないものが潜んでいる、

そんな印象も与えられた。


しかし、今時の若い衆には無縁な感覚だろう。

だとすれば、小生の「擬態」も意味がないのだが。

彼らの得意とするのは、無視・シカトであるから。
















by ribondou55 | 2018-03-07 15:53 | 生きている | Trackback | Comments(0)
昨日、「空海ーKU-KAI 美しき王妃の謎」(監督・チェン・カイコー、2017)を観た。

まあ、「空海」だからね、我が家は真言宗のお寺の檀家であるし・・・。

と、勝手に思い込んで観てしまったんだが、

とんだお門違いだった。


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原題は、「妖猫伝 Legende of the Demon Cat」、まあ、化け猫話だ。

愉しかったのは、大唐・長安の街の雰囲気が見えたことかな。


空海の染谷将太が小坊主っぽく見えたのと、阿倍仲麻呂の阿倍寛がやっぱりルシウス役を連想させて、可笑しかった。

楊貴妃と仲麻呂のツーショットも味わいがあった。

何と云っても、大国際都市長安、いろんな人がいたはずだ。

というのは、個人的な感想である。


ところどころ、和洋折衷にあらずして和中折衷っぽところもあって、楽しんだかな?

第一、「化け猫」日本映画のお家芸ではありませんか。

その猫が、演じすぎでは、とも思った。

吹き替えのせいかも。


でも、一つだけこの映画の空海から学べることは、

幻術に惑わされるな、人は理性のよってしか「楽」になれない。

仏教は徹底的に理性的なのだ。

ということかな。


この映画の見所は豪華絢爛のCGだろう、楽しかった。


ところで、白居易の「長恨歌」、ボクも大好きである。


**


 本日は、ふたたび、寒い。

 ので、畑作業は休む。

 それに、本日は日曜日である。

 居間のガラス戸越しの垣根の枝に、食べ忘れていた林檎なんぞを突き刺しておくと、

 鳥がやってきて食べる。

 繰り返していたら、こやつが常連となった、というより、この枝は此奴の縄張りの一部であるらしい。

 
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すずめなどのちょっかいは断じて許さず追っ払う。

 今朝も、こたつに当たりながら、このヒヨドリのお食事の様子を楽しんだ。



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 此奴は、100メートルほど離れた柿の木の梢からこの林檎を見張っているようだ。

 たいしたものだ。


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本日、東京マラソン、あのランナーの皆さんも参加おできか、健闘を祈る。
























by ribondou55 | 2018-02-25 11:24 | 還暦シネマ | Trackback | Comments(0)