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 永六輔作詞、中村八大作曲、「遠くへ行きたい」は、1962年、はじめはNHK総合テレビの『夢であいましょう』の『今月の歌』として作られ、ジェリー藤尾が歌った。
 それが、1970年10月にスタートした旅番組『遠くへ行きたい』のテーマ曲としても使われて、デューク・エイセスをはじめとして多くの歌手によって歌われてきた。

 この「遠くへ行きたい』という曲は、この耄碌した爺さんのこけの生えた心をも、今もって揺さぶる。

 芭蕉は、そぞろ神に憑かれたようだが、ボクはこの曲を聞く度に、気分がそわそわしてくる。

 ボクが、はじめて一人で旅をしたのは、就職一年目の年末年始の休暇、実家に帰らず北海道に行った。

 その時、青函連絡船に乗ったのだが、たぶん、甲板から津軽海峡を眺めていたボクの中には、この曲が流れていた。

 ところが、この少しは冒険のきぶんであったはずの記憶がさっぱりときえてしまっている。

 かすかに、覚えているのは、ボクは青森駅まで乗った寝台列車の臭いである。

 
 最近、このCDに最近出会った。

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 音源は、昭和42年から48年頃に賭けて収録されたもの。

 例えば、青森駅に着く。

 車内放送の独特なイントネーションと声、ゆっくりと駅に近づいてゆく車輪の音、きしむ車両、ようやく着くかという感じの娘たちの笑い声、・・・・、長い長い放送、情報量の多さ、・・・、荷物を網棚からおろして、ブレーキ音、ドアが開かれる音。


あの記憶の中の匂いまで甦えって来るような臨場感。

 迎える駅ホームの放送。

 聞いているだけで、見知らぬ駅に降り立つときの、ワクワクドキドキが蘇ってくる。

 青函連絡船への乗船案内・桟橋・そして船内放送。

 実に音質はクリアーで、乗客の話し声も混じる。

 雑踏の音。

 たまらない。

 八甲田丸だ。

 ああ、乗船名簿、確かに書いたナ。

 このごろの画一的なアナウンスではない。

 語りかけてくる。

 声。

 なつかしい。

 銅鑼が鳴って、出港。


 いちいち、こんな調子。


 なんと、熊谷駅の放送もある。

 確かに聴いた、この声。

 この声。






 

by ribondou55 | 2016-09-12 21:12 | よしなしごとあれこれ | Trackback | Comments(0)
 いつものごとく、急に思い立って、越後堀之内まで行った。

 数週間前は、わざわざ両毛線経由で小山へ出て、そこで宇都宮線に乗り換えて古河にいったのだが、これがたのしかった。

 各駅停車で、日帰りの旅である。

 今回は、高崎に出て、上越線水上行きに乗り換えて、終点まで。

 水上から長岡行きに乗り継ぎ、なじみになった長いトンネル、そこを抜けると雪国越後、しばらくゆくと堀之内駅に着く。

 堀之内は、魚沼市にある小さな街であった。

豪雪地方らしく通りには、雁木をつらね商店が並んでいた。


 歌人宮柊二の出身地である。

 ボクにとっては、『山西省』と『日本晩歌』の歌人。

 特に、『山西省』は、怠慢から聞いておくことができなかった「父の戦争体験」を思うときの、てがかりとなる歌集である。

 宮柊二記念館は、市役所前にあり、受付の奧に、なにかしら(短歌大会?)の原稿の束が重ねられていて、さすがだねと、おもった。

 ながれる汗を拭き拭き、展示を見た。

 ビデオも良くできていた。



 ところで、石川雲蝶という江戸時代の装飾彫刻家も、時折名前を聞く度に気になってきた。

 魚沼には永林寺と西福寺という二つの寺に石川雲蝶の作品が残されているらしいのだが、そのうち堀之内駅からは、永林寺に徒歩でゆけると分かった。

 駅から、徒歩20分ほどか。

 途中、魚野川にかかる根小屋橋を渡る。

 川には鮎釣り多数、通りがかりのボクにはのどかな風景だが、ちょっと気持ちを変えてみると、この辺りは、この川の氾濫によって長い間苦しめられてきたところだという、そのひとつか、中学生たちの殉難碑があった。

 永林寺到着、本堂は改修中であったが、拝観は可能であった。

 さて、拝観料300円、お賽銭100円で、雲蝶に対面した。

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 江戸時代の寺院神社の装飾彫刻といえば、まず第一に日光東照宮であるし、ボクにはなじみの熊谷妻沼聖天宮などをだが、雲蝶を観て、一概に江戸装飾彫刻といってもいろいろあるのだなというのが、寺をあとにしての感想であった。

 永林寺は、曹洞宗の古刹である。

 魚沼市刊行物らしき「日本のミケランジェロ 石川雲蝶」(とても立派なPRパンフレットでびっくり)によるとこんなことが。

 この永林寺の作品群は13年の歳月をかけて作られたものらしい。

 欄間の装飾は勿論だが、天井画、欄間絵、香炉台、蛙の石刻、さらには、書院の障子まで手がけており、ここだけで100点をこえた作品を作ったという。

 実際、このお寺のご本尊の前に座るとぐるりと雲蝶の作品に取り囲まれているという感じになる。

 みうらじゅん・いとうせいこう『見仏記 親孝行編』では、

 今回、ボクはゆくのを止めた西福寺開山堂を、お二人は訪れている。

 虎、龍、象、うねる雲・・・・・ほとんどトリップ・アートのようでさえある。十数年ここにこもって作品を作り続けた石川雲蝶のその熱気、ある種の狂気がびしびしと伝わって来た。
 「天才だよ。この人」
 みうらさんはアーティストとして惜しみない賛辞を呈し、私は私で雲蝶の人生を思った。


 とある。

 その西福寺のよりはおとなしいのだろうが、ボクが目にしたふくよかかな頬とたっぷりとした胸のあたりの線はなかなかのリアルさがあって、興味の尽きないものであった。

 長くなったので、これまで。






雲蝶について
by ribondou55 | 2016-09-07 11:29 | ちょっと、そこまで | Trackback | Comments(0)

『教団X』など

 中村 文則著『教団X 』、面白く読んだ。

 今に生きるボクラがつまずいている、バカバカしいほど膨大なあれやこれやに、立ち向かおうとしている作品であった。

 このところ、このごろに発表された小説から離れていた。

 巻頭から読みすすむ、当たり前のことだが、読むという行為を継続している間は、面白い。

 だが、一気に読み通すというわけにはいかないので、読み止しで、また明朝続きをと。

 しかし、翌朝にはこの本のことをすっかり忘れている。

 そんな調子であったので、その場限り、知りたいことだけをつまみ食いするような読みのものばかりが続いていた。

 だが、『教団X』については、二日半の間、断続的に手に取って、読み終えた。

 この頃にしては、珍しい。

 何かに刺激を受けていたのだろ。

 その何とは、だいたいわかっている。

 が、数日の内に、それも忘れるだろう。


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 抑(そもそも)茶湯の交會(こうかい)は一期一會といひて、たとへば、幾度おなじ主客交會するとも、今日の會ににふたゝびかへらざる事を思へば、実に我(わが)一世一度の會(え)なり。さるにより、主人は萬事に心を配り、聊(いささか)も麁末(そまつ)なきやう、深切(しんせつ)實意(じつい)を盡(つく)し、客にも此會に又逢ひがたき事を辨(わきま)へ、亭主の趣向何一つもおろかならぬを感心し、實意を以て交るべきなり。是を一期一會といふ。

 「一期一会」という言葉の出典であるそうだ。

 井伊直弼というお方が唱えた「おもてなし」の心得である。

 
 ボクは、この言葉を長いこと仏教由来の言葉だとかってに思ってきた、無知である。


 ボクは、この言葉の意味をこんな風に妄想していた。

 人の人の関係は、一瞬の縁。

 出会いえば、誠実に対することもあり、嘘を並べることもあり、好悪の感情も動くが、どうであれ一つの出会いは終われば、チャラになる。

 いうなれば、面倒くさい「縁」は、一瞬ではないにしても、「ひと時」のこと。

 勿論、「ひと時」とは、比喩である、人の人生の長さは星の瞬く間にも及ばないと、いうことと同じであるが。

 そういう言葉としてボクは思ってきた。

 都合のいい言葉である。

 関係がチャラになれば、その関係への執着が消えるかもしれない、いや消えることを望んでいる。

 これが、楽になれる筋道である。

 それでは、寂しくないかと云われるだろうが、寂しいのがもともとのボクの姿だと。

 まあ、まっとうな心の持ち主からは、心の狭い老人の僻事といわれて当然。


 『教団X』の読後感ではないが、思い浮かんだので書いておく。


 台風10号が、去ったら、4.5日間、一人で遠出する。

 鉄道が止まったりしないように。






 
 

 
by ribondou55 | 2016-08-28 22:37 | 読み捨てご免 | Trackback | Comments(0)
 かねてから、一度はお参りしたいと思っていた、寒河江の慈恩寺を訪ねた。

 今回は、ふと思い立って、夫婦二人で山形の花笠踊りと仙台の七夕見物にでかけたのだが、二泊三日の中日の午前中に、慈恩寺を訪れた。

 このところ、配偶者も、「鈍行列車の旅」というお楽しみの味を占めたらしく、ボクのあとをついて18切符のユーザーになった。

 今回も、とろとろと、鈍行で行き巡る。

 山形から佐沢線で羽前高松駅下車、炎天下の道を、気持ち30分ほど歩いて、慈恩寺に着く。

 暑い。

 そこでこの蓮の花にであった。

 お手水に浮かべてある。

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 一目見て、汗が引いた・・・・、というのは、嘘だが、見の内に清らかな涼風が吹き抜けたということにしておこう。

 さて、慈恩寺は、五木さんの「百寺巡礼」では六十三番目である。

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 この寺の由緒来歴ついては、ウキペデアに詳細な記述があり、それをみればいい。

 この寺は、平安時代に作成された仏像14躯、鎌倉時代に作成された仏像29躯を現在まで伝えている。

 もうしばらく前のことだが、上野のコクハクの「みちのくの仏像展」で、十二神将立像のいくつかに印象付けられている。

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 さて、訪れてみてわかったこと。

 ボクは、薬師堂のご本尊である薬師如来の脇侍である日光菩薩、月光菩薩になぜか心惹かれてきたようだ。

 実は、初めに観たのは、写真なのであろうが、何時のことかもわからない。

 今回、はじめて、この仏さんの前に座ると、ああ、ずっと心の片隅にあったなと、なつかしく感じた。

 金泥が落ちて、黒色の地が見える面長のお顔が、日光・月光両菩薩とも、なぜ懐かしいのか、それすらもわからないのだが、・・・ただ、ここにおいでであったたと。

 それだけで、ありがたい。


 このお寺の拝観料は、四百円であったと思うが、説明を下さったお二人の方も、親切にしていただいた。

 境内の玉こんにゃくも美味しかった。

 そして、帰り道も遠かったのだが、配偶者もゆっくりと歩いていた。

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 寒河江川を渡る橋からたくさんの鮎釣りの人が見えた。

 その晩、川渡温泉の宿で喰った鮎は、小振りながら、うまかった。



 さていつかは機会をつくって、次は「出羽一佛」 : 吉祥院へ。






 

 
by ribondou55 | 2016-08-08 10:49 | ご近所巡礼記 | Trackback | Comments(0)
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 睡蓮は、綺麗、これに間違いはない。

 
 しかし、現実の世に咲く睡蓮は、ボクには、清らかながらも、ひどく孤独なようにみえるのだ。

 淋しい花。

 孤独がいけないのではない、己の孤独を受け入れられないことが、痛々しい、そんな感じをボクは持っている。

 哀しい物語の方が、ふさわしい花ではないか。



 モネの睡蓮は、輝いたのは一瞬、すぐに、色彩が光となって、溶け出してゆく。

 やがて、輪郭も形も失って、・・・。

 やさしい、画家のまなざしではないか。

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by ribondou55 | 2016-07-19 21:11 | 咲いた咲いた何の花 | Trackback | Comments(0)

上牧温泉へ、一息つきに

 上牧温泉へは、上越線水上のひとつ手前の上牧(かみもく)駅で降りる。

 上越線では沼田を過ぎると水上までの間で、乗降客が比較的多い駅なので、通過する度にちょっと興味が湧ていた駅である。

 しかし、この度は車で行った。

 午前十時頃出発して、渋川の小野池あじさい公園に立ち寄る予定であったが、先に昼飯にしようと、ご当地グルメのソースカツ丼を食べた。

 めし屋さんは、ちょっとわかりにくい所であったのだが、ついてみると、10人ほどの列ができていた。

 多分、十二時少し過ぎであった。

 間口も奥行きもこじんまりとしていて、四人用のテーブルが左右に三つ。

 相席である。

 お目当てのソースカツは、美味しかった。

 埼玉では、小鹿野町の草鞋カツ丼というのが、ほぼ同じものであるが、残念ながら、渋川に軍配をあげたい。

 味、質、量、それに肝心のお値段、それらすべてに渡って、よろしい。

 列で待つ間、テイクアウトの予約弁当を、両手に重そうに下げて店を出て行くお客さんを、やや不審に、ちょっと不愉快に、感じたが、食べてみれば納得した。

 ニコニコ食堂とおっしゃる。

 食後、小野池あじさい公園で、みごとな紫陽花を観た。

 
 温泉は、すばらしかった。

 旅館の敷地内から湧出する源泉百%の掛け流し、きわめて透明度のたかいヨイ湯であった。


 翌日、ここまで来ればと、ついでにたくみの里まで。

 ほど近くの泰寧寺という禅寺にあじさいが咲くと聞いていた。

 よい寺であった。

 本堂の前の前栽は、自然に任せて放りっぱなしのようにみせて、実はさりげなく手が入っていた。

 参道脇の紫陽花も、竹林も、美しかった。

 本当に、ボクなんぞは知らないことが多い。

 禅寺というのは、こういうものだろうと、感じた。

 
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 渋川小野池あじさい公園には、芭蕉の句碑があった。

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 紫陽花や帷子どきのうす浅葱 芭蕉、なにか、微妙に色違いのようにボクには思われるのだが。

 いや、こんな感じの紫陽花か。

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More 泰寧寺について
by ribondou55 | 2016-06-26 17:45 | ちょっと、そこまで | Trackback | Comments(0)
 賀茂祭(葵祭)に行ってきた。

 この季節の花は、杜若(かきつばた)であろう。

 子規は杜若(燕子花)の句をたくさん詠んでいるが、この句が好きだ。

 心なしか艶めかしい感じがする。

 杜若を詠みこんだ歌としては、伊勢物語の「唐衣きつつなれにしつましあればはるばるきぬる旅をしぞ思ふ」が、まず思い浮かぶが、ボクは万葉集の家持の歌が好きだ。

 かきつばた衣に摺り付け大夫の
         着襲ひ猟する月は来にけり  家持


 定家27歳の時の作、旧暦5月5日は薬猟(くすりがり)の日、恒例の初夏のイベントに心を躍らせているのだろう、若々しく華やかですがすがしい。

 
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 本当は、上賀茂の太田神社を杜若を見に訪ねたかったが、配偶者のリクエストで久々に嵯峨野をぶらつきに。

 写真は、祭り見物の前日、醍醐寺まで足を延ばした。

 その途中で寄り道した勧修寺の池に咲いていた。

 その池にはカルガモの親子がいて、ボクらはおおいに和んだのである。

 
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 醍醐寺にゆく道を勧修寺の受付の女性に聞いたのだが、教えてもらった通り山科川の遊歩道をいくのだが、なかなか目指す中継点に行き着かないので、不安になってジョギング後のクールダウン中とおぼしき女性に、道を確認すると、醍醐寺の門前まで案内してくれると、おっしゃる。

 女性はボクらと同世代のお方と見たが、マラソン好きらしく案内するにも足が速い、ボクラはちょっとまいってきて、もうこの辺で結構ですと申し上げるのだが、いやいやいつも醍醐寺の門前まで走っているから、気になさらないで。

 だが、この親切さん、走り慣れた道のはずなのに、通り過ぎる青年に、この先は醍醐寺よね?なんて、訊いている。

 ようやく醍醐寺には到着したのだが、あとで地図でよくよく調べると、大分遠回りをして、ガイドブックの所要時間の約二倍ほど歩いたようだ。

 汗をたっぷりかいたのだが、醍醐寺の境内の青紅葉の下を歩くうちに、汗がすかっり引いて、緑陰の涼しさは初夏の気配であった。

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by ribondou55 | 2016-05-18 16:51 | 咲いた咲いた何の花 | Trackback | Comments(0)
 
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 これも、もう3日前の風景になった。

 見納めである。

 今年は、地元熊谷堤、秩父長瀞周辺、福島花見山・会津若松鶴ヶ城・三春瀧桜、片品天王桜・オキノ桜と花を訪ねあるいた。

 地元を離れての桜旅は、遠近を問わず、晴天に恵まれて、いづれもいい旅になった。

 そうであるのだが、内心の一方では、そんなにそわそわと出かけている自分が、愚かしいと思う。

 我もまた花見虱の一匹にちがいない。

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 オオヤマサクラだろうか。

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 この桜もそうだが、天王桜も私有地内に咲く一本桜である。

 これは、ジュース100円の売店、維持費協力金代わりにどうぞ。

 天王桜にも、維持費のカンパ箱がある、これにも志を。

 

 

 


 
by ribondou55 | 2016-04-28 22:50 | 咲いた咲いた何の花 | Trackback | Comments(0)
 玉木司訳注「一茶句集」(角川ソフィア文庫)で知った、大いに笑った句である。

 岩波文庫の「七番日記」にあたると、

 おのれらも花見虱[で]候よ 文化12年三月

 とあり、ボクとしては[に]より[で]の方が、あけすけに自嘲めいてよいように思える。

 玉木注では、花見西行のパロディとある。

 で、岩波文庫では【花見虱 桜の咲くころ、衣服の表などにはい出てくる虱】と注がある。

 能楽の「西行桜」のあらすじは(都の男たちが、西山の西行の庵に花見へやって来ます。西行は花見を禁止にしていたのに、多くの人を庵室に迎えることになったので、桜のために静かな暮らしを乱されたと歌を詠みます。夜、西行の夢に老桜の精が現れ、桜に咎はないと述べ、都の桜の名所を挙げ、静かに舞を舞います。春の夜のひとときを惜しむと、やがて夜明けと共に消え失せてしまいました。(銕仙会HPより拝借)

 ボクは、西行が隠れ住む庵につめかけた桜に浮かれた脳天気な人々を、花見虱に喩えて、その上で、「おのれら」と、一茶は言っているよと、読むのだがどうだろう。

 ボクだって、西行は好きな方だが、

 ねがはくは花のもとにて春死なむその如月の望月のころ  西行法師

 カッコつけすぎだろう。

 多分、一茶もそう思っう瞬間もあったに違いない。

 であるからして、ボクも、虱の一匹である。

 まちがうと、お猿の爪でピッチと潰され、ぺろりと喰われてしまう程度のモノ、それも愉快。


 で、片品に出かけた一番の目的、樹齢300年以上といわれる「天王桜」、天王というのは、その根元に「天王様」の苔むした祠が祀られているからである。

 では、虱めが撮影した桜である。

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by ribondou55 | 2016-04-27 17:42 | この一首その一句 | Trackback | Comments(0)
 宿から城まで、道に迷った。

 まだ8時前だというのに、まったく人気のない暗い道を、老妻とくたびれはてた。

 それでも、交差点ですこし空が開けたとき、遠くにライトアップされた天守を見出した。


 城の堀の脇の茶店は、もう食事の注文は終えていたのだが、店先の看板の会津ラーメンならできると、親切に言ってくれた。

 もちろん、腹ペコのボクラは感謝感激しつつ、温かいラーメンを頂いたのだった。

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 宿まで帰り道、ボクは大いに不機嫌であり、配偶者も押し黙っていた。

 会津の夜であった。
by ribondou55 | 2016-04-14 12:00 | ちょっと、そこまで | Trackback | Comments(0)

花より団子、団子より昼寝がよろしい「隠居蛙」の日常をポロリ。誤字誤記多し、恐縮。


by 泡六堂
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