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尾花賢一・石倉敏明
赤城リミナリティ


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同上
風男

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イケムラ レイコ


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鴻池 朋子


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同上


この他

地主麻衣子の映像など印象に残る。

その他も、興味が尽きない。

どんなところが?

.......................................

言葉にするのが面倒くさいので、ここまで。




帰路、高崎駅の駅蕎麦屋でまたカレーライスを食べてしまった。

どうも、通り過ぎるのができなくなった。

ナンの取り柄もない、ただのカレーライスなのに。

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by ribondou55 | 2019-11-14 23:32 | 世界は昏いか? | Trackback | Comments(0)

中之条まで行ったのに、ボクはあまり熱心に観てはいなかった。

どちらかというと、遠出の散歩のような気分で、ぶらぶらしてきただけだ。

歩いて行ける範囲は限られていて、数年前に観たような作品も置かれていたので、ちょっと、気分が弛緩したのだ。




印象に残った作品の一つ。

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樹の表面にボクも惹かれることがある。

樹木に宿る「力」を感じこともある。

気ままに歩き回ることができる武蔵丘森林公園の慣れ親しんだ林間の道で、理由もなくおびえてしまうようなこともある。

というわけだ。




 
三峯インゲンの収穫始まる。

 ゴーヤ、撤去。

白菜・ミニ白菜・大根、発芽。

タマネギはまだ発芽しない。

ブロッコリー、苗を定植。

九条葱・分葱葱を移植した。

明日、人参の種蒔き。

キャベツの畝、マルチ張りも明日。

ほうれん草、くき菜、小松菜、ベビーリーフは、10月になってから種蒔き。












by ribondou55 | 2019-09-22 22:39 | 目の快楽 | Trackback | Comments(0)



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「三つ子の魂百までも」ということを、ボクはそんなことあるものかと、思ってきた。

幼年期に形成される性格やら感性やらといったパーソナリティいうか、「その子らしさ」というのは、多く環境に影響される。

影響力の大きい環境と云えば、まず親、家族、「家」。

例えば、味覚なんてものも、幼少年期に決定される。

愛着、思いやり、憎しみ、悲しみ。

言葉遣い、語調、立ち居振る舞い、・・・。



俗に言う、「お里が知れる」というやつだ。

「お里」とは何事だ!

そんなものに、人は支配されない。

「再生産」されてたまるか。

これまで、ボクは、環境が人を決定しないという立場を取ってきた。

「お里」を人は選ぶことができないが、その「お里」の世界を超越して行くことが、「自立」って奴だと思ってきた。


だが、この頃思うのは、還暦・古希を過ぎる頃になると、人は「コドモかえり」を始める。

明らかに退行してゆく。

人目を気にして、気にして、ついに、とんでもない袋小路へとか。

おいしいこと、気持ちいいことが、価値判断の第一基準とか。

承認願望と、それが満たされないときの激しい怒りとか。

自己への盲信、とうらはらに自信のなさとか。



ついには、高齢者になった子が、「この親にして、この子あり」という、壁にぶち当たるとか。

・・・・・・・・・。



じっと、始末に負えない老人(己もそのうちに含まれる)を眺めていると暗澹タル気分になる。

その上、人生100歳時代だと、くそったれめ。



たとえば、健康体である限り、

正座でもなく、胡座でもなく、椅子に座るでもなく、

ただ足を投げ出して三度の飯を喰うことは、ボクには到底できないのだ。

嗚呼。



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by ribondou55 | 2019-09-21 23:14 | よしなしごとあれこれ | Trackback | Comments(0)


見てきた「もの」と「こと」と「なにか」



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以下のA~Eは作者不詳

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A

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B

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C

   
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D


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E


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F








by ribondou55 | 2019-09-19 22:52 | ちょっと、そこまで | Trackback | Comments(0)
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『熊谷守一 いのちを見つめて』展(群馬県立館林美術館)を観た。

昨年の春先、竹橋の近代美術館で、没後40年の回顧展を観ている。

少しは「目」が慣れたか、熟れたか、言葉は悪いが、熊谷守一ワールドを「堪能」した気がする。

あそこまでフォルムを単純化されると、通俗に流されやすい「目」が、作品にもう一歩踏み込んで、ゴツンと楽しむというのが、たいそう難しくなる。

だが、今日はすこし近づけた気がする。


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壁に貼って、眺めることにした。





館林美術館のアプローチのわきの小高い芝の丘から、バリー・フラナガンの巨大うさぎが来館するボクラを迎えてくれる。

ボクは、この丘そのものが、好きだ。

芝山なのだが、いろいろな野草が季節季節に顔を出す。

ネジバナが一面に直立しているのを見たこともある。

今日の様子はこんだだった。



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シロツメクサも立派に野草だったはず。




明日は、キュウリ植付け。

それと、スイカをもう一株追加。


地這いキュウリ・まくわうり・ミニトマトの育苗状況良好。








by ribondou55 | 2019-05-10 23:34 | 目の快楽 | Trackback | Comments(0)
 びわ湖巡りに買った青春18きっぷが三回分残っていた。

 そこで、この陽気にさそわれてトーハクへ足を延ばした。


 昔、よく行った御徒町のカレー屋で昼飯、忍ばずの池の淵からお山に登ってゆく、トーハクまでの道は上野公園一番の桜並木。

 桜は既に終盤ながら人出は相変わらず、しかし、博物館は意外にお客さんが少なめ、ゆっくり丁寧に仏さん達にお会いできた。

 結論で云えば、とてもよかった、楽しかった。

 午後一時前に入館して、出たのは五時半だった。

 もちろん、本館の平常展示もじっくり観ての滞在時間でアル。

 この間の旅行では、湖北においでのあの渡岸寺の十一面観音を拝むことができた。

 それは喜びであった。

 この展覧会は、仏さんに会う楽しさをまたもや味あわせてくれた。
 
 

 東寺の大日堂で朝の生身供に参拝したことがある。
 
 もう何年も経ったような気もするが、この時の印象は鮮明にある。

 そこでお舎利さんを授けていただいた。

 ちょうど今頃のことで、朝の五時にホテルを出て、東寺まで歩いた。

 まだ御影堂の前でおじちゃんおばちゃんが数十人、開門をまっていた。

・・・・・・・・・・・・・・・

 ああ、思い出すと、懐かしいやら、ありがたいやら。



 こんな風に書くと、信心深いよい人のようだが、そんなことはない。

邪心疑心の人間でアル。

 だから、今の己を見直すといより、生き直すためのヒントを仏教から教えて貰いたいなあと、・・・。

 
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帝釈天

本日の撮影可の仏様。



博物館の裏庭は今年も開放されていて、お花見客が沢山おいでであった。

本館二階のベランダからの裏庭の眺めはこんな風だった。



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 とても気分がよかった。






by ribondou55 | 2019-04-05 23:16 | 目の快楽 | Trackback | Comments(0)
 今年のひな祭りはつまらない。

 孫が顔をみせないからだ、・・・、情けない孫呆け爺さんに成り下がったか。

 夕べ手慰みに、中沢圭子さんの「立体切り絵カード」から型紙を拝借してこんなのを雑に作った。


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 さて、昨日はよい陽気だった。

 年を取ったせいか、気分が天候に左右される、今日のような冷たい春の長雨は酷くよろしくない。

 で、アーツ前橋で「闇に刻む光ーアジアの木版画運動 1300sー2010s」を視た。

 「視た」であって、「観た」ではない。


 
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これは、展覧会のお知らせチラシであるが、ビラといっていい。

裏側はこんなだ。



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見出しにぐっと迫る文字が躍るが、この展覧会の骨子はその通りであった。

1月20日まで、福岡アジア美術館で展観されていたものが、群馬の前橋までやって来た。


さて、ガキの頃、図工の時間の木版画の制作をさせられた。

高学年になると毎年あった、おまけにコンクールもあった、ついでに云うと、くそったれの賞状コレクターであったので、この制作は嫌いではなかった。

つまり木版画というものは、「誰にだってできる表現」としての可能性を有する。

その木版画をソーシャル・メディアとして、世界の闇に向かって、自己主張するための「武器」にしようでないかということだ。


今も昔も、文学にしろ美術にしろ音楽にしろ、その種の表現に政治的社会的なメッセージなり主張なりを込めるのはいかがであろうかなどという、「脳天気な人々」もおいでだが、そういうのは相手にしない方がよろしい。


ボクにとっては、膨大な展示であったので、疲れたが、一晩寝て今思い出す印象的のことは次のようなことか。

中国の版画運動の仕掛け人であり推進者だったのが魯迅だったこと、知らなんだ。

インドネシアのパンクバンド〈マージナル〉の活動に木版画の制作があったこと。

三つ目、映画「タクシー運転手ー海を越えた約束」で少しだけ認識を深めた光州事件のドキュメント、ホン・ソンダムの光州民衆抗争連作版画を視られたこと。

もう一つ、北関東に中国木版画から影響を受けた戦後版画運動があったこと。

その代表的な作家飯野農夫也のこと、その展示作品中「濡れた稲束」?だったかな、稲を背負った女性がこのお堅い展覧会にあって、唯一艶っぽい線で描かれていたこと。


以上、疲れたので止める。










by ribondou55 | 2019-03-03 16:21 | 生きている | Trackback | Comments(0)

カラン コロン

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鬼太郎の下駄の音を一度でいいから聞かせて欲しい。


今日は、晴れてはいるものの風が酷く冷たい。

部屋に籠もって、せんべいやチョコレートを囓って過ごしている。



この数日間の画像。


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 このなかで、ボクにとって切実なものは、餅つき器だ。

後は、どうでもいいというわけでないが、・・。

リタイヤしてぶらぶらしていたボクに、女房は家事の分担を要求した。



掃除洗濯は、嫌いだから、三度の飯を作る係になった。

始めは苦役めいたので、禅寺の典座の心得を読んだりして、修行だと思うようにした。

片付けや食器あらいは、女房のやくわり。

ボクは、純粋に調理のみ。

かくして今のボクの日常の要は、この三度の飯作りとなった。

これが、結構面白い。

うまいかまずいか、結果は自分の舌で判断する。

女房の批評は気にしない。


画像にあるアートの二作品は群馬県立近代美術館で観た。


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この展覧会は16歳から30歳までの青年を対象にした全国公募の展覧会である。

ジャンルは問わない。

ボクはこの展覧会を毎回楽しみにしている。

ここにあげた作品は「絵」なのだが、今年は映像もなかなか、気の利いたインスタレーションもあり、活きがよい。


ボクが今回イイネと思ったのは、ブロックにガムテやビニールテープを巻き付けたごっつい作品。


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イヤハヤ、ドウモ、イイぞ。













by ribondou55 | 2019-02-23 16:38 | 生きている | Trackback | Comments(0)
 すでに会期は過ぎた。

 目録の冒頭、主催者「ごあいさつ」にはこうある。

 『利行の誰にならったとも知れない油彩画は、自由奔放な筆致と天性の明るい色彩溢れ、当時の画壇に影響を与えました。東京が関東大震災から復興を遂げつつあった昭和初期、汽車や駅、モダンなビルディング、カフェや酒場の喧噪といった街の息遣いを、利行は息つく間もない速度で鮮やかに描き出します。放浪生活をしながら描いた、友人知人、カフェの女給や子ども達などは、どれも描かれる人に心底寄り添い、飾らず、その人の本質や生命感をカンヴァスの上にほとばしらせます。これらの利行の作品は、その波乱に満ちた人生からは想像できないほど、どれも凄まじいまでの美しさと宝石のような輝きに満ちています。』

 これまでいろいろな場所で、この人の作品に一点、もう一点と出会ってきて、ようやく、この展覧会が巡ってきた。

 ボクはこの人が短歌を書いていたことを知らなかった。

 詩人でもあった、それも油断できない作品が残っている。

 このことは、この画家について思うとき忘れてはいけない。



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 さて、ボクは先頃の仏像見物の旅の帰り、京都で「藤田嗣治」展を観た。

 藤田は、明治19年に生まれて、昭和43年スイス、チューリッヒで八十一歳で亡くなった。死後、日本政府から勲一等瑞宝章が贈与された。

 利行は、明治24年に生まれ、、昭和15年「三河島の路上で、行路病者として板橋区板橋町にあった東京市養育院、板橋本町に収容される。胃がんの手術を拒絶、しばしば脱走しようとした。」「10月12日、知友の看取りもなく逝去、利行が一番大切にして最期まで手放さなかった作品は、スケッチブック、日記などとともに遺留品としてすべて規則により焼却された。」(目録・年譜より)享年四十九歳。

 藤田は、昭和15年9月、ノモンハンの戦争画を描くために、満蒙国境近くへ取材旅行に行き、翌月帰国している。

 こんなことも、一応覚えておこう。







by ribondou55 | 2018-12-25 23:15 | 目の快楽 | Trackback | Comments(0)
 お茶の水で下車し、九段下まで歩いた。

 久しぶり。

 道すがらの本屋に道草した。

 九段下から竹橋まで一駅。

 東西線の竹橋出口のパレスサイドビルの飲食街で遅い昼飯。


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 展覧会は、だいたい期待通りのようでもあったが、この画家のことを小生は知っていたようで、そうではなかった。

 お馴染みの赤の輪郭線が印象的な愛すべき作品がたくさん観られた。

 が、そうした作風に至るまでの、この画家の心の内は、陰影に富んだものであったようだと、思った。

それも、とてもとても苦いやつだ。

中でも、次の三つの主題

 
「轢死」にまつわるもの

 「陽の死んだ日」にまつわるもの

 病床にあった萬を描いたスケッチ


これらは、「画家」の「仕事」のように見えない、もっと別な何かによって描こうとした、と。



下世話の話めくが、文化勲章も勲三等も辞退した人だ。


「ヤキバノカエリ」という作品は、小生の身の上の覚えに通じて、心打たれた。


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あのとき、小さな骨壺を抱いていたのは、小生であった。

あんな「時」をこんな風に描いているのだ。












 

by ribondou55 | 2018-01-11 15:03 | よしなしごとあれこれ | Trackback | Comments(0)

水面を滑りまわって世を過ごし、その上、空を飛ぶ羽も持っているあめんぼは、老蛙の憧れだ。


by 泡六堂