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『熊谷守一 いのちを見つめて』展(群馬県立館林美術館)を観た。

昨年の春先、竹橋の近代美術館で、没後40年の回顧展を観ている。

少しは「目」が慣れたか、熟れたか、言葉は悪いが、熊谷守一ワールドを「堪能」した気がする。

あそこまでフォルムを単純化されると、通俗に流されやすい「目」が、作品にもう一歩踏み込んで、ゴツンと楽しむというのが、たいそう難しくなる。

だが、今日はすこし近づけた気がする。


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壁に貼って、眺めることにした。





館林美術館のアプローチのわきの小高い芝の丘から、バリー・フラナガンの巨大うさぎが来館するボクラを迎えてくれる。

ボクは、この丘そのものが、好きだ。

芝山なのだが、いろいろな野草が季節季節に顔を出す。

ネジバナが一面に直立しているのを見たこともある。

今日の様子はこんだだった。



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シロツメクサも立派に野草だったはず。




明日は、キュウリ植付け。

それと、スイカをもう一株追加。


地這いキュウリ・まくわうり・ミニトマトの育苗状況良好。








by ribondou55 | 2019-05-10 23:34 | 目の快楽 | Trackback | Comments(0)
 びわ湖巡りに買った青春18きっぷが三回分残っていた。

 そこで、この陽気にさそわれてトーハクへ足を延ばした。


 昔、よく行った御徒町のカレー屋で昼飯、忍ばずの池の淵からお山に登ってゆく、トーハクまでの道は上野公園一番の桜並木。

 桜は既に終盤ながら人出は相変わらず、しかし、博物館は意外にお客さんが少なめ、ゆっくり丁寧に仏さん達にお会いできた。

 結論で云えば、とてもよかった、楽しかった。

 午後一時前に入館して、出たのは五時半だった。

 もちろん、本館の平常展示もじっくり観ての滞在時間でアル。

 この間の旅行では、湖北においでのあの渡岸寺の十一面観音を拝むことができた。

 それは喜びであった。

 この展覧会は、仏さんに会う楽しさをまたもや味あわせてくれた。
 
 

 東寺の大日堂で朝の生身供に参拝したことがある。
 
 もう何年も経ったような気もするが、この時の印象は鮮明にある。

 そこでお舎利さんを授けていただいた。

 ちょうど今頃のことで、朝の五時にホテルを出て、東寺まで歩いた。

 まだ御影堂の前でおじちゃんおばちゃんが数十人、開門をまっていた。

・・・・・・・・・・・・・・・

 ああ、思い出すと、懐かしいやら、ありがたいやら。



 こんな風に書くと、信心深いよい人のようだが、そんなことはない。

邪心疑心の人間でアル。

 だから、今の己を見直すといより、生き直すためのヒントを仏教から教えて貰いたいなあと、・・・。

 
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帝釈天

本日の撮影可の仏様。



博物館の裏庭は今年も開放されていて、お花見客が沢山おいでであった。

本館二階のベランダからの裏庭の眺めはこんな風だった。



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 とても気分がよかった。






by ribondou55 | 2019-04-05 23:16 | 目の快楽 | Trackback | Comments(0)
 今年のひな祭りはつまらない。

 孫が顔をみせないからだ、・・・、情けない孫呆け爺さんに成り下がったか。

 夕べ手慰みに、中沢圭子さんの「立体切り絵カード」から型紙を拝借してこんなのを雑に作った。


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 さて、昨日はよい陽気だった。

 年を取ったせいか、気分が天候に左右される、今日のような冷たい春の長雨は酷くよろしくない。

 で、アーツ前橋で「闇に刻む光ーアジアの木版画運動 1300sー2010s」を視た。

 「視た」であって、「観た」ではない。


 
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これは、展覧会のお知らせチラシであるが、ビラといっていい。

裏側はこんなだ。



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見出しにぐっと迫る文字が躍るが、この展覧会の骨子はその通りであった。

1月20日まで、福岡アジア美術館で展観されていたものが、群馬の前橋までやって来た。


さて、ガキの頃、図工の時間の木版画の制作をさせられた。

高学年になると毎年あった、おまけにコンクールもあった、ついでに云うと、くそったれの賞状コレクターであったので、この制作は嫌いではなかった。

つまり木版画というものは、「誰にだってできる表現」としての可能性を有する。

その木版画をソーシャル・メディアとして、世界の闇に向かって、自己主張するための「武器」にしようでないかということだ。


今も昔も、文学にしろ美術にしろ音楽にしろ、その種の表現に政治的社会的なメッセージなり主張なりを込めるのはいかがであろうかなどという、「脳天気な人々」もおいでだが、そういうのは相手にしない方がよろしい。


ボクにとっては、膨大な展示であったので、疲れたが、一晩寝て今思い出す印象的のことは次のようなことか。

中国の版画運動の仕掛け人であり推進者だったのが魯迅だったこと、知らなんだ。

インドネシアのパンクバンド〈マージナル〉の活動に木版画の制作があったこと。

三つ目、映画「タクシー運転手ー海を越えた約束」で少しだけ認識を深めた光州事件のドキュメント、ホン・ソンダムの光州民衆抗争連作版画を視られたこと。

もう一つ、北関東に中国木版画から影響を受けた戦後版画運動があったこと。

その代表的な作家飯野農夫也のこと、その展示作品中「濡れた稲束」?だったかな、稲を背負った女性がこのお堅い展覧会にあって、唯一艶っぽい線で描かれていたこと。


以上、疲れたので止める。










by ribondou55 | 2019-03-03 16:21 | 生きている | Trackback | Comments(0)

カラン コロン

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鬼太郎の下駄の音を一度でいいから聞かせて欲しい。


今日は、晴れてはいるものの風が酷く冷たい。

部屋に籠もって、せんべいやチョコレートを囓って過ごしている。



この数日間の画像。


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 このなかで、ボクにとって切実なものは、餅つき器だ。

後は、どうでもいいというわけでないが、・・。

リタイヤしてぶらぶらしていたボクに、女房は家事の分担を要求した。



掃除洗濯は、嫌いだから、三度の飯を作る係になった。

始めは苦役めいたので、禅寺の典座の心得を読んだりして、修行だと思うようにした。

片付けや食器あらいは、女房のやくわり。

ボクは、純粋に調理のみ。

かくして今のボクの日常の要は、この三度の飯作りとなった。

これが、結構面白い。

うまいかまずいか、結果は自分の舌で判断する。

女房の批評は気にしない。


画像にあるアートの二作品は群馬県立近代美術館で観た。


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この展覧会は16歳から30歳までの青年を対象にした全国公募の展覧会である。

ジャンルは問わない。

ボクはこの展覧会を毎回楽しみにしている。

ここにあげた作品は「絵」なのだが、今年は映像もなかなか、気の利いたインスタレーションもあり、活きがよい。


ボクが今回イイネと思ったのは、ブロックにガムテやビニールテープを巻き付けたごっつい作品。


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イヤハヤ、ドウモ、イイぞ。













by ribondou55 | 2019-02-23 16:38 | 生きている | Trackback | Comments(0)
 すでに会期は過ぎた。

 目録の冒頭、主催者「ごあいさつ」にはこうある。

 『利行の誰にならったとも知れない油彩画は、自由奔放な筆致と天性の明るい色彩溢れ、当時の画壇に影響を与えました。東京が関東大震災から復興を遂げつつあった昭和初期、汽車や駅、モダンなビルディング、カフェや酒場の喧噪といった街の息遣いを、利行は息つく間もない速度で鮮やかに描き出します。放浪生活をしながら描いた、友人知人、カフェの女給や子ども達などは、どれも描かれる人に心底寄り添い、飾らず、その人の本質や生命感をカンヴァスの上にほとばしらせます。これらの利行の作品は、その波乱に満ちた人生からは想像できないほど、どれも凄まじいまでの美しさと宝石のような輝きに満ちています。』

 これまでいろいろな場所で、この人の作品に一点、もう一点と出会ってきて、ようやく、この展覧会が巡ってきた。

 ボクはこの人が短歌を書いていたことを知らなかった。

 詩人でもあった、それも油断できない作品が残っている。

 このことは、この画家について思うとき忘れてはいけない。



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 さて、ボクは先頃の仏像見物の旅の帰り、京都で「藤田嗣治」展を観た。

 藤田は、明治19年に生まれて、昭和43年スイス、チューリッヒで八十一歳で亡くなった。死後、日本政府から勲一等瑞宝章が贈与された。

 利行は、明治24年に生まれ、、昭和15年「三河島の路上で、行路病者として板橋区板橋町にあった東京市養育院、板橋本町に収容される。胃がんの手術を拒絶、しばしば脱走しようとした。」「10月12日、知友の看取りもなく逝去、利行が一番大切にして最期まで手放さなかった作品は、スケッチブック、日記などとともに遺留品としてすべて規則により焼却された。」(目録・年譜より)享年四十九歳。

 藤田は、昭和15年9月、ノモンハンの戦争画を描くために、満蒙国境近くへ取材旅行に行き、翌月帰国している。

 こんなことも、一応覚えておこう。







by ribondou55 | 2018-12-25 23:15 | 目の快楽 | Trackback | Comments(0)
 お茶の水で下車し、九段下まで歩いた。

 久しぶり。

 道すがらの本屋に道草した。

 九段下から竹橋まで一駅。

 東西線の竹橋出口のパレスサイドビルの飲食街で遅い昼飯。


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 展覧会は、だいたい期待通りのようでもあったが、この画家のことを小生は知っていたようで、そうではなかった。

 お馴染みの赤の輪郭線が印象的な愛すべき作品がたくさん観られた。

 が、そうした作風に至るまでの、この画家の心の内は、陰影に富んだものであったようだと、思った。

それも、とてもとても苦いやつだ。

中でも、次の三つの主題

 
「轢死」にまつわるもの

 「陽の死んだ日」にまつわるもの

 病床にあった萬を描いたスケッチ


これらは、「画家」の「仕事」のように見えない、もっと別な何かによって描こうとした、と。



下世話の話めくが、文化勲章も勲三等も辞退した人だ。


「ヤキバノカエリ」という作品は、小生の身の上の覚えに通じて、心打たれた。


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あのとき、小さな骨壺を抱いていたのは、小生であった。

あんな「時」をこんな風に描いているのだ。












 

by ribondou55 | 2018-01-11 15:03 | よしなしごとあれこれ | Trackback | Comments(0)
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 昨日、出かけた。

 面白かったが、ちょっと、ハイレベル。

 ちゃらけたartではない。

 新国立の「サンシャワー:東南アジアの現代美術展」を観て、そうだよなと、思わされた感覚がちょっと、思い出された。

 相変わらず、この美術館はがんばっている。

 

 近未来の「悦楽の園」。

 或いは、終末。

 または、人の進化。

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by ribondou55 | 2017-10-12 23:23 | 目の快楽 | Trackback | Comments(0)
 ローカル極まりないが、東武・西小泉駅(群馬県大泉町)までダホンのスピード8で走り、数駅先の成島駅(群馬県館林市)まで輪行、そこから群馬県立館林美術館まで。


 昨日のことだ。

 今朝は雨だ、畑にも行けない、気分の湿度も上がって、音楽を聴くぐらいしかできない、などと、団塊年金生活者のお気楽な愚痴をつぶやく・・・。

 我ながら、ダメダメだ。

 昨日だって、雑草抜き程度はできたろうが、足下が悪いの、このところの運動不足の解消だとか、己を合理化して、遊びに出たのだ。

 ちかごろ、本当に気の乗らないことに対する回避傾向が著しい、なんとかしなければいけない頃あいだ。


 さて、

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 「カミナリとアート」展ではあるが、〈光/電気/神さま〉と副題がついている。

 ボクは、「カミナリ」という文字が意味することだけに、惹かれていたので〈神さま〉まではOKだが、〈光〉と〈電気〉は、この展覧会でなくてもよかった。

 一番の目玉は、デュフィの「電気の精」・・・。

 オリンポスの神々とゼウス(破壊的なカミナリサマだね)が地上の「偉人達」を見下ろしている。

 当時は確かに科学技術が明るい未来を約束していたのだが、それは、1937年のパリ万博でのことだ。

 とはいえ、1937年と云えばナチスドイツが・・・。

 つまり、うざったく云えば、今日に至ってみると、手放しで賛美する気分には到底なれない。

 そういう意味では、ボクの期待感は会場を歩く中で、しぼんでしまった。

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 自分は、館林市にはちょっと腹に含みをもつ人が多い最高気温1位ホルダーの地位を奪われた熊谷市民の一人だから云うわけで無い、むしろ、カミナリさまはボクら北関東に生活してきたものにとっては、曰く言いがたい親近感と懼れを抱いている対象である。

 ここに目を付けるとは、さすが館美と思っていたのだが、・・・・・・。

 子どものころ、雷が怖くて、母親があわてて吊ってくれた蚊帳の中で、兄弟三人、肩寄せ合って、行き過ぎるのをじっと待っていた、そんな記憶がある。

 急な来襲で、ずぶ濡れになって家に帰ったことなど、何度あったことか。

 雷が落ちて、屋根を突き抜け、灼熱の明々と輝く火の玉が座敷をぐるぐると転げ回って、庭先に出てきえたとか、・・・、大人から聴いた。

 そんな、こんな・・・・・。

 つまり、カミナリサマは、冬の空っ風と共に、上州と北埼玉の古くからの住民にとっては、単なる自然現象というだけでは済まされないものだ。

 

 切実さがない。

 というわけで、こじんまりと「アート」していた展覧会。

 まあ、地方風土に根ざました的な軽さ。

 勿論、一つ一つは、面白くも、愉しくもあったのだがね。




 

 

by ribondou55 | 2017-08-18 11:57 | 目の快楽 | Trackback | Comments(0)
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夏野菜を巡る菜園遊びに飽きてしまったので、午前中の好天に誘われて、利根川を越え、隣町の太田市をぶらつきに出かけた。

久しぶりに、スポルティーフに乗ってみると、このところ安直なダホンばかりに乗っていたので、実に軽快で、一層気分が爽快になった。

あちらこちらに寄り道しながら、ずっと昔に寄ったことのある駅近くレストランで遅い昼飯を食った。

懐かしさは味に影響しない、という当たり前のことを確認した、ちょっとランチとしてはイイ値段であったし・・・・、この手の感想は我ながらセコい!


食後、先頃オープンしたと聞いていた駅前にあるという太田市美術館図書館を覗きに行った。

美術館は「未来への狼火」、「狼火」は「NOROSHI」と読むらしい、「ROUKA」ではない、普通には「狼煙」と表記する。

だが、「NOROSHI  SIGUNAL FLARE FOR OUR FUTURE」とあるので、やっぱり「火」かも。

いや、そういうことではなかった。

 「さらにさかのぼる1903(明治36)年、太田に生まれ、田園詩人と称されたのが清水房之丞です。彼は最初の詩集『霜害警報』(1930年)で、「桑が自分の⼦の樣に可愛いいんだ/桑が黑くなれば俺逹まで口がひ上がることになるんだ/村の俺逹の狼火をあげよ う」とつづりました。そこで描かれたのは、冬の霜害に苦しみながらも、大切に桑を育てていたひとたち。高村光太郎や 萩原朔太郎といった稀代の詩人とまじわりながら、郷土で詩を書くことに心を傾けた清水房之丞の仕事は、この風土で生きることへの強い誇りを感じさせます。
開館記念展では、「風土の発見」「創造の遺伝⼦」「未来への狼火」をキーワードに、こうした歴史的風土のなかで生まれた絵画、工芸、写真、映像、詩、歌など、多ジャンルのアーティストの作品を新作もまじえてご紹介します。さらには、 市民と共同のプロジェクトも実施、それらを通してわたしたちが未来を展望するための狼火をたちあげます。」 「太田市美術館図書館HP、開館記念展・概要」より

やはりここは「狼火」でなくてならないと、納得した。

オープニングに際して気合いが入った展覧会なのだと、・・・・。

その気持ちは良く伝わってくるように感じた。

しかし、スペースに対して作家の数が多かったかも知れない。

たとえば、石内都と、片山真理のお二人だけでも、未来は見えるかもしれない。


ボクは、清水房之丞という詩人を知らなかった。

どなたか、「青空文庫」へでもテキストを挙げてほしいものだ。


太田市は、いいものを創った。

図書館も、蔵書方針がユニークだ。

アートが好きな人には堪らないだろう。

ボクも、これからお世話になろう。


屋上の白い野バラが、この施設にはお似合いだ。

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そして、図書館の片隅には。

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by ribondou55 | 2017-05-12 23:11 | 咲いた咲いた何の花 | Trackback | Comments(0)
 こんな日、午前中は絵筆をもてあそんで悪戯描き、午後は少し読書しながら眠ったりして過ごした。

 それでも、時間をもてあまし、古い写真をハードデスクから呼び起こしていた。

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 こんなのがあった。

 ボクは、このごろでは子どもたちも見向きもしないだろう「遊具」であるコンクリート彫刻を、すごいなと、たまに自転車を漕いで通り過ぎる度に感じる。

 どこかの美術館の前庭で、茂みの影にでも飼って欲しい。

 相当にいいものだと、ボクは思う。

 熊谷市の妻沼、利根川の堤にそった小さな公園にいる。


 昨日は、横浜美術館で、「村上隆のスーパーフラット・コレクション ―蕭白、魯山人からキーファーまで―」を観た。

 愉快な展覧会で、たのしかった。

 村上隆さんは、たいそうなコレクターで、非常なお金持ちあることに改めてびっくりした。

 展示されたモノには骨董品と云われるものもあった。

 ボクは、骨董というのが、よくわからない。

 古くて希少価値があるということだけだったら、そういうものを好むコレクターがいることに不思議はない。

 ボクの知り合いにも、石臼ばかり集めている趣味人がいた。

 しかし、高尚な審美眼を持った人々の手から手へと渡ってゆくというものが、がらくたであるはずもない。

 見た目で、それらがボクを惹きつけ、勿論ボクの方も誘惑されたいというようなモノは、自分の言葉ではふつうに云うと、古かろうと新しかろうと「美術品」であって、それらの一部が、どうであると骨董とよばれるモノになるのか、そのへんが、どうもわからない。

 たとえば、魯山人っていかなる方?、どうも付加価値がお高そうで・・・・・?

 いづれにしろ、お金の切れ目が縁の切れ目っていう感じで、「お宝」は。

 でも、展覧会は、オテンコモリでたのしかった。



 当日の横浜は、マラソン大会もやっていた、マラソン愛好家の数の多さにもびっくりした。


 中華街で食べた「ぐるなび」3.9のランチコースは、お粗末だった、生ぬるい四川は困りものだ、断っておくが、その店を選んだのはボクではない。





 

by ribondou55 | 2016-03-14 21:28 | 目の快楽 | Trackback | Comments(0)

花より団子、団子より昼寝がよろしい「隠居蛙」の日常をポロリ。誤字誤記多し、恐縮。


by 泡六堂
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