人気ブログランキング |

タグ:ポタリング ( 9 ) タグの人気記事

b0018682_21510575.jpg

夏野菜を巡る菜園遊びに飽きてしまったので、午前中の好天に誘われて、利根川を越え、隣町の太田市をぶらつきに出かけた。

久しぶりに、スポルティーフに乗ってみると、このところ安直なダホンばかりに乗っていたので、実に軽快で、一層気分が爽快になった。

あちらこちらに寄り道しながら、ずっと昔に寄ったことのある駅近くレストランで遅い昼飯を食った。

懐かしさは味に影響しない、という当たり前のことを確認した、ちょっとランチとしてはイイ値段であったし・・・・、この手の感想は我ながらセコい!


食後、先頃オープンしたと聞いていた駅前にあるという太田市美術館図書館を覗きに行った。

美術館は「未来への狼火」、「狼火」は「NOROSHI」と読むらしい、「ROUKA」ではない、普通には「狼煙」と表記する。

だが、「NOROSHI  SIGUNAL FLARE FOR OUR FUTURE」とあるので、やっぱり「火」かも。

いや、そういうことではなかった。

 「さらにさかのぼる1903(明治36)年、太田に生まれ、田園詩人と称されたのが清水房之丞です。彼は最初の詩集『霜害警報』(1930年)で、「桑が自分の⼦の樣に可愛いいんだ/桑が黑くなれば俺逹まで口がひ上がることになるんだ/村の俺逹の狼火をあげよ う」とつづりました。そこで描かれたのは、冬の霜害に苦しみながらも、大切に桑を育てていたひとたち。高村光太郎や 萩原朔太郎といった稀代の詩人とまじわりながら、郷土で詩を書くことに心を傾けた清水房之丞の仕事は、この風土で生きることへの強い誇りを感じさせます。
開館記念展では、「風土の発見」「創造の遺伝⼦」「未来への狼火」をキーワードに、こうした歴史的風土のなかで生まれた絵画、工芸、写真、映像、詩、歌など、多ジャンルのアーティストの作品を新作もまじえてご紹介します。さらには、 市民と共同のプロジェクトも実施、それらを通してわたしたちが未来を展望するための狼火をたちあげます。」 「太田市美術館図書館HP、開館記念展・概要」より

やはりここは「狼火」でなくてならないと、納得した。

オープニングに際して気合いが入った展覧会なのだと、・・・・。

その気持ちは良く伝わってくるように感じた。

しかし、スペースに対して作家の数が多かったかも知れない。

たとえば、石内都と、片山真理のお二人だけでも、未来は見えるかもしれない。


ボクは、清水房之丞という詩人を知らなかった。

どなたか、「青空文庫」へでもテキストを挙げてほしいものだ。


太田市は、いいものを創った。

図書館も、蔵書方針がユニークだ。

アートが好きな人には堪らないだろう。

ボクも、これからお世話になろう。


屋上の白い野バラが、この施設にはお似合いだ。

b0018682_23081472.jpg

そして、図書館の片隅には。

b0018682_23101616.jpg


b0018682_23104819.jpg




















by ribondou55 | 2017-05-12 23:11 | 咲いた咲いた何の花 | Trackback | Comments(0)
 輪行第二回、秋晴れに誘惑されて思い立った。

 先ず、自宅から伊勢崎線太田駅までサイクリング、そこから、多々良駅まで輪行、多々良駅から群馬県立館林美術館まで自転車で移動、展覧会を覗いて、館林駅まで走り、館林駅より羽生駅で、秩父線に乗り換え、上熊谷駅で下車、自宅へ。

 自転車は、ダポンのスピード8。


 今回の目的は、単純に自転車を持って、電車に乗り降りする上での、注意点とコツに気づくことである。

 ボクのスピード8はなんやかやで、12㌔を越える。

 老骨の肩に12㌔の輪行袋は、かなりの加重だ。

 そう思っていたのだが、案外出来る。

 もっとも、東京駅や新宿駅でアレを担いで移動するのは、苦しいだろうが、田舎の多くの駅はホームは一本、多くて2、3本、それにこの頃は、ちょっとした駅には、エスカレーターやエレベーターが設置されていて、エンヤコンヤラ、階段を上ることからも、逃れることができる。

 当面は、12㌔恐れるに足らず。


 自転車を輪行袋に突っ込むのも、案外スムースに出来た。

 時間も5分有れば、十分。

 出来る。


 車中でも、ちょっとかさばる物体であるが、今日のように混雑しない時ならば、誰も気にしていない。

 
 「どうといこともない」、というのが本日の確認であった。


 さて、展覧会は、「大地に立って/空を見上げてー風景のなかの現代作家」と。

 よい展覧会である。

 関東地方のほぼ中心に位置し、利根川と渡良瀬川に囲まれた、起伏のない平坦な大地が広がる館林。このランドスケープの特徴を活かして設計デザインされた当館は、敷地の中央に広大な緑の前庭を据えています。ここに立ってみると、遮られることなく広がる大地と空が、土地の特性を示すとともに、まっさらなカンヴァスのように人の内面や物語を映し出す抽象空間ともなることに気づかされるでしょう。
 本展は、当館をとりまくこの風景を舞台装置として、自然のなかに身を置き、風景へとまなざしを向け、大地にイマジネーションを託す9人の作家をとり上げます。作家の身体や感覚、想像を介して導き出された絵画、写真、映像やインスタレーション、あるいは来館者が参加して作り上げていく作品は、この風景のイメージとどのように感応するでしょうか。人間の生死、文化や歴史とつながる現実あるいは想像の風景、そして風景をつくる人と自然の働きと時の流れについて、考える場にしたいと思います。 展覧会HPより。
 
 9人の作家の内、日比野克彦さんと笹岡啓子さんの作品は観てきたが、そのほかの方々は初見であったが、どなたも興味深く観ることが出来た。

 瀬尾夏美さん、笹岡さん、それにALIMOさんもそうだが、3.11震災以降、ボクラがいる世界の風景の見え方が、北関東の田舎暮らしでも「うさぎ追いしふるさと」というような安らかさ失ってしまった。

 風景を一皮はぎ取ってみるような癖が身についてしまったような。

 そこから、どうしたい?というのが、この展覧会なのか。

 日比野さんは、「揚舟」をモチーフに「揚舟流星群」というインスタレーションを目論んでいる。

 とても、美しい。


b0018682_23484058.jpg

b0018682_23492718.jpg


 館林近郊の板倉町に渡良瀬川の支流で、「谷田川巡り」という揚舟の遊覧があり、一度乗ったことがあるのだが、「揚舟」というのはもともと災害時の移動手段として、洪水に備えて各戸で軒下に設置していた小さな舟である。

 ここに限らずボクの住むちかくにも利根川も荒川も洪水も明治の頃までは洪水を繰り返してきた。

 揚げ舟は、いわばこの地域の災厄の記念である。

 糸でつり下げられたたくさんの紙の舟は、その水害で亡くなっていった人たちの為の精霊船のように見えてきたのだった。


 

by ribondou55 | 2016-11-04 23:40 | 目の快楽 | Trackback | Comments(0)
 昨日のサイクリングで、立ち寄る。


b0018682_10475489.jpg

 熊谷市板井の出雲乃伊波比神社(いずもののいわいじんじゃ)、和田川(More参照)のほとりに坐す。

 和田川に沿って、さほど規模ではないが、和田川の清流を守る環境保存が進められてきた、そのかいもあってその流れは澄みきっている。

 この日も、カワセミが川面へダイビングするのを目撃した。

 サイクリングには格好、とても気持ちいい里山の川に沿う道である。


 さて、出雲乃伊波比神社は、武蔵国男衾郡の式内社三座の一つであった。

 画像のとおり社前には和田川を渡るために橋が架かっている。

 出雲の神の社前だから、八雲橋という。


b0018682_13325082.jpg


 神社の由緒によると

 本社は遠近信徒多く、殊に麻疹の流行の時は平癒を祈り参詣する者夥しく、社前和田吉野川の架橋を八雲橋といふ。神詠とて「八雲橋 かけてそたのめ あかもかさ あかき心を神につくして」この御詠を唱ひつつ架橋の下を潜り渡れば、必ず軽症にして平癒すと、参詣者群をなせり。

 とあるという。

 「あかもかさ」というのは、「あかもがさ《赤疱》」で「はしか」の古名であるそうな。

 「はしか」と云われるようになったのは、江戸時代以降で、「あかもがさ」の記述は平安時代の「栄花物語」から見えるそうだ。

 江戸時代には「痘瘡は見目修め、麻疹は命定め」と云われていた。

 「天然痘は跡が残るので器量が害される、はしかに罹るとたやすく死んでしまう」と、いうことだ。

 「はしか」は大人も感染するが、子供なら、たいてい一度は感染するし、どちらかといえば、罹らないとかえってやっかいなことになる。

 だから、この一度の感染をどうすれば軽症でやり過ごせるかということは大変なことで、はしか絵という予防や治療のための啓蒙的な浮世絵がたくさんの残されている。

 江戸時代まではもとより、意外にも貧困にあえいでいた戦後間近まで、これで命を落とす乳幼児は少なくなかった。

 そいうことだから、大流行の折々に、八雲橋の下を藁にもすがる思いで、御詠を唱えながら潜る人々の列を、想像してみよう。

 高熱でぐったりとした子供を抱きしめながら祈った母たちの姿まで思ってもみよう。


 もちろん、神仏に願いを祈っててもどうにもならないことは、分かっていたはずだ。

 だが、祈る神がおいでである、それだけでありがたいものなのだ。

 
 出雲乃伊波比神社、ありがたし。





 

 
 


More 和田川について
by ribondou55 | 2016-10-13 13:35 | ご近所巡礼記 | Trackback | Comments(0)
 昨日、同じ三ヶ尻の地区にある龍泉寺のダルマ市までゆくのに、幸安寺を素通りするわけにはいかないと、今年初めのお参りをした。

b0018682_22543441.jpg


 熊谷の西部三ヶ尻、上越新幹線北側の山門と桜の木が目印、これが幸安寺です。代々の花好きな住職、檀信徒の皆さんの協力で花の寺として知られるようになりました。梅、桜、ミツマタ、ツツジ、サツキ、紫陽花など、四季折々の花が咲きます。珍しいところでは、クマガイ草(4月半ばすぎ)ハンカチの木(4月下旬から5月初旬)牡丹は中国の苗です。
 毎年、4月29日は『花まつり』。手づくりのお祭りを開催しています。 熊谷市HPより


 ボクは、このお寺さんのファンである、大体毎年『花まつり』にはお参りに来る。

 何が好きか、このお寺の静けさである。

 しだれ桜の頃なら、それはもう云うことがない。

b0018682_23183411.jpg


 幸安寺は臨済宗南禅寺派のお寺である。

 確か、本山の南禅寺の塔頭のひとつ慈氏院には、達磨大師像の立像があって、珍しさもあって信仰を集めているとか聞いたことがある。

 この幸安寺にも、その達磨さんの堂々たる石像がある。

b0018682_23265540.jpg


 そんなご縁でいえば、これから向かう龍泉寺よりこちらの方が達磨大師への縁が深いのではないかと、なんて思うのだった。

 山門の手前の左側に蓮の池がある、そのほとりの梅の一樹がもう匂っていた。

b0018682_23272483.jpg


 で、その梅の木まで、池を巡って行こうとしたところ、ふと目を遣った足下に河童が立ち並んでいた。

 おお、昔、黄桜酒造のCMで見た清水崑の作風を連想させられる、なんとまあ色っぽい女性の河童もいるではないか。

 
b0018682_23313385.jpg


b0018682_23412264.jpg


 笑った。

 このお寺が、益々好きになった。

 朝 トースト コーヒー 味噌汁 バナナミルク 林檎
 昼 和歌山ラーメン(行列のできる・・・とか)+野菜たっぷり お稲荷さん
 夜 鯖の味噌煮 シューマイ もやし炒め ブロッコリーのサラダ ご飯 具だくさん味噌汁 野沢菜漬け




 
by ribondou55 | 2016-01-12 23:27 | ご近所巡礼記 | Trackback | Comments(0)
 四月五日午後、よいお天気に誘われて、少しばかり散歩的サイクリング、・・・ポタリングというのだそうだが、に出た。

 遠目に見えてくる桜の高い梢や一群れの桜を目指して、集落に入り、目指した桜の下でちょっと憩い、再び、田畑の中の道を行くと、あちらに村社の森、向こうに禅寺の山門前の古木、などなどと見えてくる。

 そんな感じで、訪ねていった桜の下に小さなお堂があって、花祭りと小さな旗が揚がっていて、誰もいない。

 そのお堂に、誕生されたお釈迦さんがおいでであった。

 ボクは、手を合わせて、しばらく庭先のブランコにすわって休み、そして黙礼してそのまま帰宅した。



b0018682_23594886.jpg






by ribondou55 | 2014-04-12 23:59 | この一首その一句 | Trackback | Comments(0)
 色々ある。

 本当は、ごろんと寝ていたかったが、一人になるには出かけるしかない。

 少し、あてもなく走った。

 とある禅寺の山門に活けられてあった菊の花。

 
b0018682_22381470.jpg
 


 「日本煉瓦製造会社」の煙突。

 
b0018682_22461179.jpg


 ここで焼かれた煉瓦が東京駅の赤煉瓦であることは、よく知られている。1887年10月25日、渋沢栄一らによって日本煉瓦製造が設立され同工場が埼玉県榛沢郡上敷免村(現在の深谷市上敷免)に建設された。時は経ち、2006年、操業を停止した。

 往時は、この周辺は煉瓦工場に働く人々でにぎわったはずだが、今はその面影はない。

 ひとつ、もしやという感じがしたのは、

 
b0018682_22525374.jpg


 これだけ。

 

 走っていると、それだけで、「これでいいのだ」気分になれる。



 



 
by ribondou55 | 2011-11-20 22:54 | ちょっと、そこまで | Trackback | Comments(0)
 西へ向かった。

 ただ、西へ。

 鐘撞堂山の麓まで行き着いて、帰ってきた。

 走っていると、気分いい。

 犬の散歩のように、あちこちに立ち寄る。

 犬にようにおしっこをして、テリトリーを強調するなんてことないが、でも、地図上にはマーキングしたりする。

 帰路、深谷市の「緑の王国、」ここで、お昼にした。

 セブンのおにぎりがおいしかった。

 アイスはさらにおいしかった。

 
b0018682_23384998.jpg


 それにしても、広い園内には、誰もいない。
 森の動物たちも寂しそう。

b0018682_2337335.jpg


 森で、メタセコイアとラクウショウの実を拾った、ともに、スギ科、実が似ている、大きいほうがメタセコイアのように、思える。あとで、我が家の庭に、埋めておこう。

b0018682_23442677.jpg


 曼珠沙華も咲き始めた。

b0018682_23404196.jpg

 
 明日は、明治公園まで。


 
by ribondou55 | 2011-09-18 23:30 | ちょっと、そこまで | Trackback | Comments(0)

川の博物館まで


 今日もやりくりしてお休み。5連休の最終日。
 朝起きると、腰に鈍痛に似た違和感がある。
 にもかかわらず、Tさんは「今日こそサイクリング日和よ、風もないし」と、声をかけてくる。
 午後から友人とおしゃべりに出かけるらしいことは、昨日の晩聴いた。
 つまり、ボクを追い出して昼食の手間を省こうという目論見は見え見えだ。
 腰が痛い!
 と叫ぼうとしたが、やはりペタルをくるくる回してみたい。

 そんなこんなあって、腰にお伺いを立てながら、ボクは自転車を隅々まで綺麗に磨きあげてご出発。



b0018682_18333396.jpg


 行く先は、まずは西に向かって。
 西に行けば、といって当てはないのだが、・・・まずは寄居まで。
 さらにのとりあえずだが、目指したのは、埼玉県立川の博物館。

 かわはくは、「埼玉の母なる川」である荒川を中心とする河川と人々のかかわりについて、一寸考えて見ませんか?という感じのユニークな博物館である。
 シンボルは、このばかでかい水車。
 文字通り水力で駆動しているのか、本当は電力なのか不明だが、この日のゆっくり回転していた。
 下世話のボクは、いっそ水車風の観覧車にでもした方が、お客を呼べるだろうにとつい思ってしまうのだが、・・・。

 確かに、ボクにとっても荒川は親しい川であった。
 ガキの自分は荒川は特別な川で、日頃の主要な遊び場は近所の田んぼや畑の間を流れる用水や小川であった。
 今のようにコンクリートで固められた川ではなく、水辺には草が茂っていて、お袋に連れられて芹摘みなどにもいった。
 水をせき止めて、「かいどり」をしたり、ザリガニを釣ったり、蛙をつかまえたり、アオダイショウと出会ってここちらが青くなったこともあった。
 たのしかかった。

 荒川は、ボクの住んでいたあたりからは子どもの足で一時間ではつかなかったから、ちょっとした遠征気分で、近所のガキどもは、随分高揚して出かけたのだった。
 到着すると、広い河原と川幅にいつもの小川と勝手が違ってひるんだりした。
 そんところでの遊び方もよく分からずに、水に入ってわいわいやって、帰ってきたのだろう。
 夏休みには、プールなんて気の利いたものが学校にもなかったから、荒川に行くのは大きな楽しみだった。
 その夏休み中に一度だけ母親が永田の六堰へ連れて行ってくれた。
 浅瀬で水を浴び、小魚を追いかけた。
 (時折野鳥を眺めに行く今の六堰は、ボクのガキの時分とは大きく様変わりた最新の設備で、近辺の立ち入りが禁止されている。)
 数年続いたようにも思えるが、ボクの母にまつわる思い出の一つだ。

 そういうわけで、荒川について、ちょっと、勉強しようかいなと、館内を巡りながら思った。

 で、帰路についたのだった。





 
 
 

by ribondou55 | 2009-11-04 18:34 | ちょっと、そこまで | Trackback | Comments(0)



  まずは己の視界から白く霞む花の影を探してみる。

  決まったところで、いざ出発。

  ゆるゆると自転車を走らす。

  花霞の下にあるものは、少年野球場、川の流れ、道、辻地蔵、お屋敷に土蔵、ジャングルジムとブランコ。もちろん、寺に神社。

  そこで出会った、禅寺門前に掲げられたお言葉。

  「貪らず、瞋らず、癡わず」(ムサボラズ、イカラズ、ソコナハズ)

  煩悩のずた袋。

  ボクはどうすればいいのだろう。


  昔、「沈黙は金」を「沈黙は禁」と早とちりしたためにひどい目にあった友人がいたのを、なぜか思い出す。

  
  桜森へぺんぺん草の途延る      李凡堂










 

by ribondou55 | 2008-04-06 23:24 | ちょっと、そこまで | Trackback | Comments(0)

水面を滑りまわって世を過ごし、その上、空を飛ぶ羽も持っているあめんぼは、老蛙の憧れだ。


by 泡六堂