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花より団子、団子より昼寝がよろしい「隠居蛙」の日常をポロリ。誤字誤記多し、恐縮。


by 泡六堂
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タグ:ろくでなし ( 72 ) タグの人気記事

by ribondou55 | 2019-08-12 23:20 | のらり句らり | Trackback | Comments(0)
 
 山田風太郎著『あと千回の晩飯』1997年・朝日新聞社刊。

 書名となった『あと千回の晩飯』は朝日新聞・朝刊で、

 平成六年十月六日から平成七年三月二十七日(正)、平成七年十月五日から平成八年十月十六日の間、連載された文章でアル。

 つまり、西暦で云うと1994年から1996年の間である。

 二十五年前と云えども、このボクが、新聞連載時、風太郎さんの文章を気にとめなかったハズがない。

 この『あと千回の晩飯』という題名は、記憶の底にぼんやりあったのだろう、

 過日、いきつけの図書館の書棚にこの背表紙を見いだした時、はっと閃くものが在った。

確かに、書物は読者を呼び寄せるものなのだ。

冒頭、つまり連載の初回にこうある。


 ◎遠雷の音

 いろいろな徴候から、晩飯を食うのもあと千回くらいなものだと思う。
 といって、別に今これといった致命的な病気の宣告を受けたわけではない。七十二歳になる私が、漠然とそう感じているだけである。病徴というより老徴と云うべきか。


こんな書き出しで始まっていた。

二十五年前のボクは、人ごとのように、面白ガルだけで、読み過ごしただろう。

だが、今、七十歳を過ぎてみると、ボクにも「遠雷の音」はきちんときこえているのだ。

「遠雷の音」とは、致命的な病気の宣告、つまり、「死」の宣告である。


つひにゆく道とはかねてききしかどきのふけふとはおもはざりしが

「死」に当面して呆然としている、「伊勢物語」の伊達男、在原業平の辞世の歌を引き合いに出して、

この「つひにゆく」を「ついにくる」と言い換えて老いと解釈すれば、人生はまさにその通りだと、

風太郎さんはおっしゃる。


そして、二年後の連載最終回を前に

私は七十四歳という望外の長命を得たが、果たして何らかのメリットあったかと自問する。

自分自身は老来何かと不便な事が多く、長生きに余得があると思えない。

中でも、映画女優を見るのつけ手も、昔のように圧倒的美女が、近来稀になった。

又、かつての此の世のものとも思えないほどの美女が、四十,五十となり、

テレビなどで「美女の果て」を見る羽目になった。

長生きのデメリットの好例だ.

などと、おっしゃる。

ボクも、全くだと思いつつ、あの人とこの人と思い浮かぶ。

さて、最終回。


◎死こそ最大の滑稽◎

 自分が年をとるのは何でもないが、美人の年を取るのを見るのは、なんともうら悲しい.
 実を言えば世の中に美人が少なくなったというのは、私の錯覚に違いない.(中略)美人が美人に見えなくなったのは、老いの致命的な証にちがいない。
 要するに近松門左衛門じゃないけれど、いまわの際にいい遺すべき一言半句を私は持たないのだ。
 先月下旬から某病院に入院し、白内障の手術を受けた。その結果、白内障の方はよくなったが、網膜出血の方は元に戻らない。糖尿病やパーキンソンは依然として元もままで結局私は中途半端なまま、あの世に行く事になるだろう。
 いろいろ死に方を考えてもたが、どうもうまくいきそうもない。私としては滑稽な死にかたが望ましいのだが、そうは問屋がおろしそうもない。
 ただ、死だけは中途半端ですむことではない。死こそは絶対である。生きているうちは人間はあらゆる事を、しゃべりにしゃべるのだが、いったん死んだとなると徹底的に黙る。
 あるいは死ぬこと自体、人間最大の滑稽事かも知れない。


と、締めくくられた。




ちなみに、近松の辞世の句はこうだ.


それ辞世 さるほどさるも その後に 残る桜の 花し匂はば


で、長文に疲れたので、明日に続く。


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保存したら、フォントサイズが、メチャクチャだ。


補記


一夜明けて、続きである。


風太郎さんは、2001年にお亡くなりになった。

戒名は、風々院風々風々居士、墓標には「風ノ墓」と。

近松は臨終に当たっていう言葉など何もない、だだ己が心血を注いだ作品が後世にも匂い立てばそれでいい、という。

死について、ボクラは口のするしないにかかわらず心中では多くのことを考える。

お釈迦様は、生病老死の四苦こそが人生の本質だと云われた。

ボクはこの頃、全くそうだなと、フト思うことがある。

しかし、悩み苦しみ千萬言を費やしても、死んでしまえば、まったくの静寂、言葉はない。

だったら、あれやこれや七転八倒することが、滑稽ではないか。

ではどうする。

面白おかしく暮らせばいいのか?

ボクは困る。

七十,八十になっても、今が青春なんておっしゃる方なんぞは、まぶしすぎる。

さてさて、どうする。

やっぱり、ぐずぐず、うじうじしながら、年寄り臭く、死ぬまで生きるのだろうか。

まことに、花菱アチャコ師匠のこの一句が、ボクの本音である。


 むちゃくちゃでござりますがな。










by ribondou55 | 2019-06-21 17:28 | 読み捨てご免 | Trackback | Comments(0)

 本文は、2014年05月09日の投稿である。

 本日は、2019年05月22日、読み返してみた。我がことであるが、まだ家庭菜園初心者であった当時の気持ちを思い出して、ちょっと笑えた。あのころは、まだ棄てたものではなかったかも知れない。今では、ずぶずぶだ。

 今日も畑に出た。無事に寒冷前線はやり過ごせたが、キュウリの最大の敵であるウリハムシの姿を何度も見かけていたので、今朝マラソンを使った。

 結果や如何。



 自家畑の隅に、10株ほどの苺が植えっぱなしになっている。

 冬も夏も、なんにも手を入れない。

 雑草に被われてしまう時期もある。

 その苺の実、今朝採ってきた。

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 もともとは娘が小学校の3年生頃か、学校の課題で育てた鉢物を家に持ち帰ってきたものだ。

 それで自宅の庭に自然に定着して、十数年。
 
 苺はライナーという枝を伸ばす。ライナーは放っておくと、一本に3~4株の子苗ができてくる。

 つまり、娘の鉢から逃げ出して増殖したものの子孫を、ボクが畑にも移植したのだ。

 そんな実であるから、直径2センチ以上になんて絶対稔らない。

 猫も跨いで通り過ぎるだろう、固くて酸っぱい。

 
 ボクの家の近所にも、この頃はハウス栽培の苺生産直販所が何軒もある。

 だいたい水耕栽培で、実がすばらしく大きくて、甘さも十分、フレッシュ、色艶抜群、いいことづくめのような苺である。

 春先というより冬の間から売られていて、配偶者は贈答用に重宝している。

 そのお嬢様のような苺の比べると、今朝採りの我が苺はいかにもみすぼらしい。

 半ば野草のような趣を漂わせるのだが、それでも、野いちごやヘビイチゴの風情には及ばない。

 先祖には、華よ蝶よとちやほやされた時期もあり、それにしても落ちぶれ果てた身の上よと、

 今の我が身を嘆いているような。


 「素人」が道楽で野菜をつくると(「素人」とはボク自身のことである)、どうしても野菜を甘やかす。

 薔薇や牡丹を栽培する園芸家の気分に近い感じがする。

 農民のように売り物を生産するのだというような冷静さが無い。

 例えば、いつ頃蒔いたか忘れてしまったツルなしインゲンが発芽し、本葉を二枚つけた。

 発芽したばかりのインゲンにアブラムシがとりつくのは通常のリスクで、葉の裏に黒い斑紋のよう群れてとりついている。

 アブラムシのお友達の小蟻も走り回っている。

 (都会の人間の中には、植物につくアブラムシのことを、ゴキブリであると、勘違いするお馬鹿が少なくないのを、ご存じか?)

 まこと、見るに堪えない。カラカラに乾いた土を押しのけてようやく発芽できた「命」に小さな吸血鬼の大群が襲いかかっている。

 おお、オルトランをばらまけ、スミチオンの雨を降らせと、狼狽し逆上する。

 といっても、たった8株である。

 昨年は、不作だった。

 行き交う野良猫におしっこをかけられ続けたのではないかと疑った。

 野良猫見かけると、シッシと追いやった。

 ビョーキである。

 こんな心理状態で、たとえりっぱに収穫できた野菜であっても、素直においしく食べられるはずがない。


 今のボクは、レタスに心を奪われている。

 これにとりつく害虫がいたら、たとえ絶滅危惧種であろうと理性を放棄する可能性がある。

 (ところで、アブラムシだも、場合によれば、レッドリストに登録されるのだろうか?)

 ビョーキである。


 そんなだから、ちょっとうまくできたと思う作物に自慢たらたらになってしまうのだ。

 自慢老人ほど嫌みなものはない。家族から顰蹙をかう程度は当然で、××扱いされても文句は言い返せない。

 そして、問題なのが、「うまく」という判断基準がなんともお粗末、スーパーで売られる野菜の姿形に似ていればよいという体たらくではないか。


 ボクは、今朝採ってきたこの苺を前に、反省しようと思う。

 そうであるから、これからこの苺を、どんなに酸っぱくても、青臭くても、全部いただこうと思うのだ。

 素人の野菜作りが何を目指せばよいのか?

 はて?


 

by ribondou55 | 2019-05-22 23:10 | 畑にいます | Trackback | Comments(0)
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 我が家の卯木は、葉のほうが美しい。

 今日は、改元二日。

 5時に目が覚めてしまった。

 朝飯前にお菓子など口にするのは、もってのほかだが、「スイートキャラメルかりんとう」をつまんでいる。

 そうそう、「おめざ」というのを忘れていた。

 思い出してみると、とおいとおい遙かなところに、おぼろに、父母を感じる。





 

 

by ribondou55 | 2019-05-02 06:01 | のらり句らり | Trackback | Comments(0)

 今朝は夏野菜の種蒔き。
 
勇んで畑に出たが、何時になってもジャガイモの芽が出ないのが、気になった。

 そこで、掘り起こしてみると、嗚呼、なんとジャガイモの抜け殻が。

 皮のみ残し、消滅。

 種は100ほど、植えたはず。

 芽が出たのは、15株ぽっきり。

 ほぼ全滅。


 とぼとぼと家に帰り、食用にとってあった男爵のちっこい奴を、あるだけ抱えて、畑にもどり、植えた。

 こんな時期に。

 ジャガイモは高温になると生育しないとか聴いたことがある。

 だが、植付けてみた。

畝はあってもガラガラ、僅かな数の緑の株がパラパラ生えている眺めは、みっともなかろう。

 せめて、夏までの間、葉だけでも茂っていてね、という収穫度外視の、ボウキョ?

 阿呆か、と自嘲。

 
 原因は、種芋を丸ごと植えずに、カットして植えた、その切り口からなにやら悪いものが感染したとか、多分。

 例年は切り口に発芽促進・殺菌作用のある草木灰を購入、しっかり散布した。

 しかるに、今年は面倒臭くなって、ジャガイモなんてなんでもOK、ディジョウブと、高をくくった。

 阿呆だった。
 
 
 と、雨が降ってきた。

 もう、種蒔きもできそうもないと、撤退してきた。

 

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 恐れいりました、ジャガイモさま。










 

by ribondou55 | 2019-04-24 11:01 | 畑にいます | Trackback | Comments(0)
 Amazon Primeで「あゝ.荒野」(監督・岸善幸、原作・寺山修司、前篇157分・後篇147分、2017年)をようやく観た。

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 前後編を通しでこの長尺を、もしも映画館で観るとすると、この頃のボクにはしんどい。

 時折、尿意に抗しきれないことがあるので、これまではなんとか切り抜けてきたが、不安なのだ。

 そういう意味では、畳の上で寝転んで観ることができるなんて、便利な世の中になった。

 ありがやたや。

 でも、三日がかり。

 イロイロ思うことがあった。


 書棚をあたると、原作本が出てきた。

 
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 映画の印象は、原作を再読した上で。




このところ、過去にこのブログへあげたものに、手を入れたり、ダメなものを削除したりしている。

そうしていると、この日記は嘘がほとんど、事実はほんの少しというのがわかる。

お他人様に向けて書いているのだろうか。

いやいや、自分自身に向けてかいているのだな。

偽日記を書いて、何をねつ造しようとしているのやら。




明日は、種蒔きの日。

頑張ろう。













by ribondou55 | 2019-04-23 22:40 | よしなしごとあれこれ | Trackback | Comments(0)
  余りのぽかぽか陽気に散歩に出た。

 
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 風はあるが、フリースで十分暖かい。

 いい気分だ。


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 昨日は、節分祭のはしごをした。

 長瀞の宝登山神社にまず参拝して、格式を感じさせられる追儺式の豆まきをみた。

 続いて、秩父神社の豆をいただきに。

 ここでは、あちこちに鬼が出没し、幼子を泣かせていた。


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 昼飯は秩父の道の駅の立ち蕎麦で済ませたが、蕎麦の香りもコシもある、きちんとした「ざる」であった、美味。



 先々日は、深谷シネマで『沖縄スパイ戦史』(監督・三上智恵、大矢英代、2018年、114分)を観た。



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 前の大戦については、ボクは知らないことばかりだと、改めて思った。

 非武装中立なんてことは、もうダレも口にしないが、軍隊や基地があるところは、必ず戦場になるのだと、一番切実に知っているのは沖縄の人なのだろう。


 そして、ボクは今年自分の知人への年賀状をサボった。

 いただいた年賀状の返礼もしていなかった。

 一月も押し詰まり、急に後ろめたい気分になって、2月1日付けの寒中見舞いを、礼を言葉にして送った。

 まことにもって、ろくでなしの己である。








by ribondou55 | 2019-02-04 23:13 | よしなしごとあれこれ | Trackback | Comments(0)
 
内山知也さんの『良寛詩 草堂集貫華』を拾い読みしている。

「草堂集貫華」は良寛の自筆詩集で、全二十四葉、百十七首を収めている、本書はその注釈書である。

ボクのようなものにもわかりやすい註解で、失礼ながら、手元近くにおいて三、四首づつ読んでいる。

愉しい。

そこで、さきほど読んだ詩。

   生涯 身を立つるにものうく、   
      私は生涯ひとかどの人になろうというような気にならず、
   騰々 天真に任す。
      自分の天性のまま自由自在に生きてきた。
   囊中 三升の米、
      食糧と云えば袋の中に三升の米、
   炉辺一束の薪。
      燃料と云えば、炉辺に一束の薪があるばかり。
   誰か問はん 迷悟の跡、
      迷ったの悟ったのという修行の跡はすっかり払拭し、
   何ぞ知らん 名利の塵。
      名聞利養への執着心など全くない。
   夜雨 草庵の裡、
      雨の降る夜中草庵の中、
   双脚 等閑に伸ぶ。
      両足を伸び伸びのばして寝るのだ。
 

ボクは、この有名な良寛さんのイメージの原型とも云える心境の表白を、素直に受け入れることができない。

おっかないなあと、ちょっとたじろぐ所がある。

執着の全くない人って、怖ろしくはないか。

どうなんだろう。


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by ribondou55 | 2018-12-30 23:02 | 読み捨てご免 | Trackback | Comments(0)

「尻ぬけ」所感

 
「尻抜け」という語がある。

若い人には死語になりつつある。

新明解7版には、「(一)「見聞きするはしから忘れていくこと[人]。(二)一見しめくくりをつけたように見えて、肝心な点が欠けていること。」とある。

6版では、忘れっぽいことを、「ざる耳、かご耳」と言い換えているのだが、7版では削られている。

まあ、この頃のボクは、文字とおりの「尻抜け」爺ィであるといっていい。

だが、この「尻抜け」という言葉が頭にふと浮かんだのはそういう老いの体たらくを思ってではない。


このところボクは、トイレに行くのを忘れる。

便意があまりはっきりしないのだ。

そういうわけで、昨日排便しなかった。

今朝11時を少し回ったころ、ぼんやりとした感じで便意が兆した。

トイレにいって、ちょっと、苦しみながら排便した。

相当に息んだところ、脱糞した。

とても固そうな棒状のなにである。

ふと「尻の栓が開いた」と感じた。

ついで「尻ぬけ」という語が頭に浮かんだ。

まあ、尾籠ながらそういうことだった。

この語、今ごろのボクの姿をよく現している。



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by ribondou55 | 2018-12-21 16:47 | 生きている | Trackback | Comments(0)
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長谷寺のご本尊十一面観音さんは、身の丈三丈三尺六寸、この国で最も大きな仏像であるそうな。
 
たしかに合掌しながら見上げる観音さんには、えもいわれぬ威厳を感じさせられる。

 ボクは、仏に何事かをお願いするということはあまりないのだが、つい胸の内が出た。

おみ足に触れて一言。

 「南無観世音菩薩、願わくば、かくかくしかじか、×××××、ムニャムニャ、ならんことを」と。

 巨大であるということは、やはりパワーフルである。


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我が家の墓は、ここ長谷寺の末寺にお世話になっている。

そんなことでも一寸親しみを感じる。

そういえば、わらしべ長者の話もこのお寺のことである。

霊験あらたかな寺と昔から多くの人々が参詣してきた。

源氏物語の玉鬘と右近の再会をはじめとして、長谷寺は枕草子や更級日記、蜻蛉日記にも登場する。

芭蕉は、越人の句にこんな付け句をしている。

人去りていまだ御座の匂ひける   越人

初瀬に籠る堂の片隅            芭蕉    

王朝の物語の一場面のようだ。(「雁が音も」歌仙)



さて、長谷寺名物の登廊をあがったところであったか、紀貫之の「ひとはいさこころもしらず・・」の歌碑が建つ。



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さらに、一茶さんの句碑も貫之さんのおとなりにあった。

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此裡に春をむかひて  我もけさ清僧の部也梅の花  一茶

長谷寺に一茶がやってきたのはいつ頃か。

一茶は30歳の三月、江戸を出て西国行脚の旅に出る。

江戸に帰ったののが、36歳の8月。

その年の正月は、長谷寺で新春を迎えている。

それにしても、一茶に「清僧」はまことに似合わない。

でも、ここは長谷寺、そういう法螺も許されよう。


南無十一面観音菩薩。













by ribondou55 | 2018-12-11 13:23 | 合掌 | Trackback | Comments(0)