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 鎮魂の炎よ天に届け 福島・須賀川「松明あかし」

 福島県須賀川市の伝統行事「松明(たいまつ)あかし」が9日夜、行われ、計24本の壮大な火柱が晩秋の夜空を焦がした。
 須賀川市は台風19号で市内の阿武隈川や釈迦堂川が氾濫し、2人が犠牲になった。大勢の見物客が訪れ、犠牲者の鎮魂や復興を祈った。
 午後6時半、太鼓の音とともに長さ約10メートル、重さ約3トンの「大松明」に着火。他のたいまつにも次々と火が付けられ、ぱちぱちと音を立てながら赤々と燃え上がった。
 松明あかしは、伊達政宗の軍勢が須賀川城を攻めた合戦が由来で、戦死者を弔うために始まった。
 市などでつくる実行委員会によると、市内の広範囲で浸水被害を受け、2団体が参加を断念した。たいまつの材料となるカヤが水に漬かった団体もあったが、仲間同士で融通し合い開催にこぎ着けたという。
 見物した郡山市の介護ヘルパー橋本真智子さん(66)は「台風の影響で開催が危ぶまれたが、伝統の火を消さずにやってくれてよかった。迫力のある炎は被災した人たちの力にもなったと思う」と話した。


「河北新報」は、このように伝えている。

 この日、朝はゆっくりと出発し、白河で高速を下りて、白河ラーメンの昼食。

 白河城に立ち寄って一息ついて、須賀川に国道4号で向かった。

 「松明あかし」は日本三大火祭りの一つなのだそうだ。

 長野湯沢温泉「道祖神祭り」、京都・鞍馬の火祭り、それとここ須賀川の「松明あかし」。

 でも、諸説ありそうで、和歌山・「那智の火祭り」、或いは、久留米大善寺の「鬼会」などを挙げる例もある。

 ボクは、ミーハーなので、この日本三大ナンチャラという奴に弱い。

 なので、とりあえず、「松明あかし」、三大の内の一つだとして、この秋の遠出先に選んだのだった。

 「松明あかし」は、鎮魂の火祭りである。

 キホンテキに「火祭り」は宗教的な性格を持つことが多い。

 ここも、ゆるやかに火炎崇拝的な雰囲気が漂っていたようにも感じる。

「魂鎮め」。

 巨大な松明、天を焦がす火柱、祭りは単純明快、火炎が主役なのであった。

松明が燃え尽きるまで、太鼓が打ち鳴らされているのであるが、

会場は静かなのだ。

人々は、ひそひそと言葉を交わしている。

ボクがいたのは、会場の五老山の南斜面の御神火が点されている辺り。

山と言っても小高い丘、その頂上が平らに開けていて、何本もの松明が燃えている。

その燃えさかる松明を、多くが黙って見上げている。

祭りにはつきものの、視界には激しく燃える風景があるのに、喧噪がない。

そういう祭りなんだろうか。


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点火前はこんな。


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点火は、松明のてっぺんによじ登って、着火。


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ところで、「醍醐の花見」ならぬ、「御苑の花見」。

今太閤を主役にした「お花見の宴」なんて、この節、だいたいが時代錯誤だろう。

いや、失礼、元祖太閤さんは卑賤の身からの立身出世、善くも悪しきも、己の才覚と努力で得た地位。

この節、一強天下人といったら、もー長州あたりの名門も名門、世襲議員上がりのお坊ちゃんでした、こういうのは、今太閤とさえ呼べなかった。

失礼。












by ribondou55 | 2019-11-12 16:18 | ちょっと、そこまで



この夏の旅の一番の目的は、秋田県鹿角花輪のお祭り見物であった。

ユネスコ登録云々はさておき、東北にはねぶただ、竿灯だと、メジャーなお祭りが目白押しに夏を賑わわす。

そこへ行くと、「花輪ばやし」はいまひとつといえば、地元の方ゝは、ご立腹か。

実際に訪ねて見ると、スケールは想像の内にあった。

が、しかし、地に着いた熱気を感じて、つくづくよいお祭りであると思った。

嫌みがない。

それは、原則的に礼儀正しい祭りであるからだ。


同じくユネスコ登録の秩父夜祭りは、ボクにはよくよく知った祭であるが、年ごとに、ウーン、失礼ながら・・・客が劣化してゆく。

どちらが前かワカランが、祭自体もマンネリとういうか、「お金」問題がちらつくし、つまらなくなってきた。

ユネスコ登録には漏れてしまった熊谷祇園うちわ祭なんぞは、ボクがガキであった半世紀以前の素朴さが皆無、ただの「お金」が仕切る祭に堕落しているようだ。


さて、花輪ばやしの礼儀正しさとはなんぞや。

ボクは正直何が行われいるのかわからなくて、面食らった。


  
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 路上で鉢合わせした屋台と屋台が向き合い、それぞれの屋台に属する人たちが整列して神妙な面持ち。

 外交と書かれた提灯を掲げて、双方から人が出てきた。

 何やら、道の真ん中でやり取りしてして、別れた。

 さて、これは、お囃子のガチンコ勝負、戦線布告かと思いきや、そうではなかった。


 これは、「町境の挨拶」というここ花輪の祭りの重要なしきたりであったのだ。

 外交部は祭の花形で、外交部の働きを無くして花輪ばやしは語れません。外交と書かれた提灯を持った人が、その町内の屋台を先導する外交部です。外交には、他町内の通行許可をもらう、大事な役割があります。

花輪の町には七ヵ所の町内の境い目、つまり『町境』があります。舟場元町と舟場町、舟場町と新田町と六日町、六日町と谷地田町、谷地田町と大町、大町と新町と旭町、新町と横丁と組丁、横丁と組丁の境い目です。

花輪ばやしの屋台が、この町境に差し掛かったとき、外交による『町境乗り込みの挨拶』を見ることができます。

町境では写真のように、それぞれの町内の外交部が提灯をてかざし、話し合う場面があります。この時、以下のようなやりとりが行われております。

隣町内に乗り込む側「○○町内申し上げます。かねてお約束の時間に参上いたしました。ただ今から××町内をお通し願います。」
迎える側「××町内申し上げます。ただ今の○○町内のお申し出確かに承知いたしました。どうぞお通り下さい。」
                       ※

 町境のしきたりの中には、屋台が町内を通過し再びその町内を通って帰るとき、町内の外交担当者が、通過する町内の役員および屋台を出口となる町境において、見送るしきたりがあります。

 丁寧な気持ちのよいならわしで、相手側に対する最大限の敬意を表します。  (花輪ばやしガイドHPより)


 こうした整然とした祭の進行は、多所にも例があるのだろうか。

 その威厳を感じさせる礼儀正しさは、随所に見ることができた。

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 さて、祭とは、本来日常からの解放、逸脱という一面も併せ持つものだと、思われている。

 古くから伝わる各地の祭りにおいても、明治以降の近代化の過程で、風俗の紊乱ありとして、様々な弾圧があり、自粛や修正が加えられきているということを、聞き及んでいる。

 この祭りの「外交」による町境における挨拶という「制度」もそうした近代化の中で形を為したのだろうか。一体いつ頃からあるものなのだろうか。

 しかしそこはお祭り、やはりただではすまないということも、あったようだ。


 これはあくまでもスムーズにいった場合です。町境の位置があいまいなため、提灯を置く位置をめぐり、もめる場合がたびたびあります。昔は町境のいざこざがこじれて、屋台をぶつけて押し合ったり、血の雨が降ったという血気盛んな時代もあったようです。

 20日未明に行われる朝詰では、たびたび町境の挨拶がこじれます。この時、屋台をギリギリまで近づけ、お囃子合戦をしたり、中には屋台をはげしくぶつけ合う、けんか屋台に発展する町内があります。荒々しい祭りの一面を見ることが出来る、花輪ばやしみどころの一つでもあります。


 ウーン、そうだろう。

 それにしても、この整然とした祭の運行のシステムは、たいしたものだ。



 そんなこんなで、web上を、花輪ばやしの情報を求めて彷徨うと、とても優れたサイトに出会えた。一読を。

「秋田の伝承学 花輪ばやし」 https://nanmoda.jp/2017/08/1084/

 






by ribondou55 | 2019-09-07 16:22 | ちょっと、そこまで
 昨夜、15日、空模様を気にしいしい尾島へ出かけた。

 利根川を渡る上武大橋の辺りの路面は、通り雨の跡があったが、尾島の町に入る頃は、雲の切れ間が見えてきた。

 多少は蒸していたが、やがて雨上がりのあとらしく、しのぎやすくなってきた。

 尾島ねぷたは、この数年欠かすことなく観に来ている。

 はじめて訪れたのは、何時ごろか、10年ほどまえだが、祭りそのものは1986年からだという。

 ボクが観てきた間だけでも、祭りの質も、賑わいも、年々立派になってきたように思う。

 尾島が新田郡尾島町から太田市・新田町・藪塚本町と合併して、太田市となったのが2005年であるから、祭りは合併以前から開かれていたことになる。

 確かめるに、例によってウィキのおせわになると、

 かつてこの地が、弘前藩の初代藩主津軽為信が関ヶ原の戦いで立てた勲功によって加増された領地、つまり飛び地であったことから、尾島町は弘前市と姉妹都市を締結、1986年からこの祭りが始まったと、ある。

 へー、そうでしたか。

 ボクは、お祭り騒ぎが大好きだが、このところ、メジャーなお祭りには、少しがっかりしている。

 先頃訪れた山形花笠踊りはほどほどであったが、仙台七夕にはちょっとはなじろんだ・・・かな?

 そういう意味で、この群馬県の利根川っぺりのちっちゃな町の尾島で、「ねぷた」をやる人々の、むちゃくちゃなと云うと何だが、そういう気概がとてもいいではないか。

 旦那衆のやにさがったドヤ顔より、大きな太鼓に、またがった、普段は地味にふつうだろうお姉さんが、今夜限りの肌もあらわに躍動する、これこそが、祭りだ。

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 さて、毎年足を運ぶと見所も心得ていて、一通り楽しんだところで、サクッと帰路についた。

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by ribondou55 | 2016-08-16 17:27 | ちょっと、そこまで
 『サウルの息子』を観たのは、こうのすシネマである。

 そのJR鴻巣駅に接するエルミこうのすショッピングモールで、“ひな人形で飾る日本一高いピラミッドひな壇”(31段高さ7m)が、見物客で賑わっている。

 映画のついでに一見した。

「鴻巣びっくりひな祭り」_b0018682_2259845.jpg


 このところ、寒さがぶり返しているのだが、春はやはり近づいている。

「鴻巣びっくりひな祭り」_b0018682_230111.jpg


 なるほど日本一というだけあって、結構、高さがある。

 この鴻巣という土地柄は、日本一がお好きなようだ。

 鴻巣市(埼玉県にある、中山道の宿場であったところ)のHPによると、

  8つの日本一を紹介

 1分あたりの尺玉以上の花火打上数日本一(1分間平均約75.5発) 
 ピラミッドひな壇の高さ日本一(31段・7.0m) 
 水管橋の長さ日本一(1,100.95m) 
 ポピーの栽培面積日本一(12.5ヘクタール) 
 荒川の川幅日本一(2,537m) 
 サルビアの出荷量日本一(年間90万本:平成18年度) 
 プリムラの出荷量日本一(年間272万鉢:平成18年度) 
 マリーゴールドの出荷量日本一(年間138万本:平成18年度) 


 とある。

 まあ、「8つ」もあるとは、まことに末広がりでおめでたい・・・、なんだか、わからないが、タイシタモンダ!と、云えるのかもしれない。

 
「鴻巣びっくりひな祭り」_b0018682_2384266.jpg


 

More 興味がある方へ・・びっくりひな祭り ポスター
by ribondou55 | 2016-02-26 23:09 | ちょっと、そこまで
 「天空だんべぇ石間」、どこかで見かけたポスターを記憶していてでかけた。

 もちろん、台風接近中の朝である。

秩父市吉田「天空の里」で神楽を楽しんできた。_b0018682_23535164.jpg


 農民ロケット「龍勢まつり」でよくしられた旧吉田町の奥深くに点在する集落の地区、石間(いさま)である、今は秩父市に合併している。

 道の駅「龍勢」から下吉田方向へ進み、椋神社を左手に過ごして、しばら行って、吉田石間交流学習館の案内標識で、右折し山間の道を行くと目的の集落に行き着く。

 学習館には、秩父事件の資料展示室がある、ここ石間は秩父事件発祥の地であるそうだ。

 集落の入り口近くか、漆木神社の祭礼の日でもあり、神楽が奉納されていた。

 ほのぼのとした雰囲気の穏やかな祭礼で心惹かれた。

秩父市吉田「天空の里」で神楽を楽しんできた。_b0018682_23582538.jpg


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秩父市吉田「天空の里」で神楽を楽しんできた。_b0018682_004326.jpg


 この神楽は,秩父市の無形文化財に指定されている、正式には「諏訪神社神楽」というのだそうだ。

 演目も多彩で、面や衣装も清らかでうつくしい。この地区の人々の熱意のほどが本当によく伝わってくる。

 中でも、「大蛇退治」の神楽は楽しかった。

 素戔嗚尊の八岐大蛇を退治した神話に依っている。

 櫛名田比売がとても美しかった。

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 姫の計らいで酒に酔った大蛇と戦う素戔嗚尊は真に雄々しい。

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 大蛇を退治した素戔嗚尊は、「八雲立つ 出雲八重垣妻籠みに八重垣作るその八重垣を」と歌って姫を妻にむかえる。

 最後の素戔嗚尊の舞は、まことに勇壮でりりしかった。

秩父市吉田「天空の里」で神楽を楽しんできた。_b0018682_02594.jpg



 楽しく観させてもらっていると、空模様が険悪になってきた、台風は着実に接近中であったのだ。

 
 ところで、石間の「だんべぇ」で食べた手打ちのお蕎麦はとてもおいしかった。これは忘れないでおこう。トウモロコシの粉で焼いたお焼きもよかった。


 今日一日、配偶者は上機嫌であった。これがなにより。

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  橡の実の屋根うつ音のしきりなり   李凡堂




 


 
 



 
by ribondou55 | 2012-09-30 23:15 | ちょっと、そこまで
 夕刻、ふらりと町に出た。

 妻も一人になりたいらしく、ゆっくりいってらっしゃいと。

 祭りの町は、電車に乗って一駅。

 駅ビルでラーメンをすすってからカメラを手にして2時間ほど歩いた。

 写真のお稽古である。

 ひととき、気分も晴れてにぎわった。


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by ribondou55 | 2012-07-23 00:41 | よしなしごとあれこれ
 おじさんたち、大喜び。

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 子供たち、大迷惑。

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 それでも、子供たちはかわいらしい。

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 大津いじめ事件について、注目したい。
 教師たちと、教育委員会と、・・・・・・。

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 こともが死ぬというのは、なんともいたましい。

 子供が、こどもを死に追いやる、・・・・無残なほどに、大人の馬鹿さ加減が反映している。

 あらかじめ正義が子供に付与されている訳ではないのだから。

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by ribondou55 | 2012-07-15 21:59 | ちょっと、そこまで

「蛙声」と云うより、「蛙の屁」と云うべきか。お他人様の俳句に便乗しての徒書き多し。つきましては、俳人各位には深謝つかまつり候。


by 泡六堂
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