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大根を蒔いた。

黒マルチ一穴につき、五粒。

それ以上だと、間引くのに難渋する。

この種は青首大根。

耐病総太りといえば、某大手種苗メーカーのおはこだが、この種は地元の種屋さんが販売している。

昨年まで4年作り続けたが、とても安定している。

ボクの定番の種の一つだ。

煮物にもするし、おろしにもするが、沢庵にもする。

ぶっとい、沢庵になる。


素十さんの句は、作り物でない。

ボクの畑にも、蛙が住んでいる。

愉快だ。



白菜はうまく発芽した。

明日は、タマネギの種を蒔く。

ブロッコリーやら、キャベツやらは、来週へ。

このところ、畑なんぞにかまけて、もっとイイ事ができなかった。

今週末にかけて、遊ぼう。










# by ribondou55 | 2019-09-15 21:30 | この一首その一句 | Trackback | Comments(0)
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今夜の月。

十六夜。

よく晴れて、雲の一つもない。

今は「いざよい」と読むが、もとは「ためらう」「躊躇する」の意味の動詞「いざよう」の連用形が名詞化したものとか。

月の出を早くから待っているのに、なかなか昇ってこない、そこで、月が出るのをためらっていると見立ってたのだと。

ちなみに、東京でいうと、

昨夜つまり十五夜の月の出は、17時44分・月の入りは、今朝の4時06分

今夜つまり十六夜の月の出は、18時13分・月の入りは、明朝5時01分

なんだそうだ。

月が出るのを待つこと、昨夜よりおおむね30分。

ためらいの時間としては、いい感じではないか。

更に古くでは、「いさよう」と清音になり、「いさよい」、であるから十六夜は「いさよひ」。

ためらう心である。




十六夜の外に出てこころつまづきぬ    三橋鷹女




さてはて、昨夜の残りの饅頭四つ。


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この年になると、夫婦二人でも、胃にもたれそうだ。






# by ribondou55 | 2019-09-14 22:54 | この一首その一句 | Trackback | Comments(0)



ほんの今から15分ほど前、我が家にもお月さんが雲間からチラッと姿を見せてくれた。


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「世直し」と十五夜の月。

一茶が生きた時代は、百姓一揆が頻発している。

「世直し」という庶民の願望を一茶も共有していた。

一茶は北国街道筋の柏原に生まれた、農民の小せがれであった。

十五の時、そりの合わない継母と離れ、江戸に奉公に出た。

世の中の裏の裏まで、周知していただろう。

月に願いをというのは、古今にわたる心情なのかも知れない。

何より、「世直し」なのだ、こんな言葉は芭蕉宗匠からは絶対に出てこないだろう。


今夜の月は、停電中の千葉の方々にも見えたのだろうか。

被災者に寄り添う世の中であって欲しいと、ボク如きも願っている。

その意味で言えば、一茶の思いは我々のものでもある。


我が家の十五夜飾りは、畑の隅に植えてある薄と紫苑と庭先の秋明菊。

月見団子は、団子でなくて、饅頭だ。

饅頭は毎年同じ店で買ってくる。

そろそろ雨戸を閉じる時間だ。





白菜の種蒔きが済んだ。

明日、大根の種を蒔く。

タマネギの苗床を急いでやる。

その他は、今後。

中之条ビエンナーレに行く日を都合すること。






# by ribondou55 | 2019-09-13 22:20 | この一首その一句 | Trackback | Comments(0)
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片腕が既に鬼になっていると、

自覚できることが

重要だろう。



作品は、北村西望「浦島」


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狂言の「浦島」は、おとぎバナシの浦島太郎とは、逆のストーリー。

老いた浦島が、ある日孫がつかまえた亀を助ける。

亀は、お礼に「玉手箱」を浦島に贈る。

その「玉手箱」を開くと、老人が青年に変ると。

この像は、その瞬間だろうか。

あげた左手が異様に大きく、それは、もしかしたら、「鬼」のそれか、

ボクの妄想でアル。
















# by ribondou55 | 2019-09-11 23:42 | この一首その一句 | Trackback | Comments(0)

台風が去った。

早朝、東西に広がるいわし雲を見た


白菜を播く畝を立てた。

汗。



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組閣内定者のメンツをみて、胸くそが悪くなる。

Twitterで15号の被害は千葉・茨城で深刻だと知る。

マスコミの報道はお粗末過ぎる。




表題の句、台風一過、晴天なれど酷暑のまま夜に入る、という感じ。

日が落ちて、雷雨あり、が、当地ではさっと通り過ぎた。




















# by ribondou55 | 2019-09-10 22:27 | この一首その一句 | Trackback | Comments(0)

眼鏡

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普段使いは、遠近両用眼鏡。

デスクトップpcの前では、中近両用眼鏡。

映画館や展覧会は、近視用眼鏡。

車の運転時は、近視用度付きサングラス。

そして、今日は、だだの老眼鏡ができてきた。


この頃は、遠近でも中近でも、文字だけに向き合っていると、変な目の疲れを感じるようなった。

そこで、とうに昔に度が合わなくなったので、引き出しに放っておいた近視眼鏡のフレームを再利用して、老眼レンズに交換した。

とても、具合いい。

「注」の多い文庫本も読みやすくなった。

ちょっと、うれしい。







# by ribondou55 | 2019-09-09 22:31 | よしなしごとあれこれ | Trackback | Comments(0)
 台風15号、接近中。
 
最大瞬間風速六〇メートルと、予報である。

 懐中電灯の乾電池を交換した。

そろそろ寝よう。

 




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# by ribondou55 | 2019-09-08 22:28 | この一首その一句 | Trackback | Comments(0)



この夏の旅の一番の目的は、秋田県鹿角花輪のお祭り見物であった。

ユネスコ登録云々はさておき、東北にはねぶただ、竿灯だと、メジャーなお祭りが目白押しに夏を賑わわす。

そこへ行くと、「花輪ばやし」はいまひとつといえば、地元の方ゝは、ご立腹か。

実際に訪ねて見ると、スケールは想像の内にあった。

が、しかし、地に着いた熱気を感じて、つくづくよいお祭りであると思った。

嫌みがない。

それは、原則的に礼儀正しい祭りであるからだ。


同じくユネスコ登録の秩父夜祭りは、ボクにはよくよく知った祭であるが、年ごとに、ウーン、失礼ながら・・・客が劣化してゆく。

どちらが前かワカランが、祭自体もマンネリとういうか、「お金」問題がちらつくし、つまらなくなってきた。

ユネスコ登録には漏れてしまった熊谷祇園うちわ祭なんぞは、ボクがガキであった半世紀以前の素朴さが皆無、ただの「お金」が仕切る祭に堕落しているようだ。


さて、花輪ばやしの礼儀正しさとはなんぞや。

ボクは正直何が行われいるのかわからなくて、面食らった。


  
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 路上で鉢合わせした屋台と屋台が向き合い、それぞれの屋台に属する人たちが整列して神妙な面持ち。

 外交と書かれた提灯を掲げて、双方から人が出てきた。

 何やら、道の真ん中でやり取りしてして、別れた。

 さて、これは、お囃子のガチンコ勝負、戦線布告かと思いきや、そうではなかった。


 これは、「町境の挨拶」というここ花輪の祭りの重要なしきたりであったのだ。

 外交部は祭の花形で、外交部の働きを無くして花輪ばやしは語れません。外交と書かれた提灯を持った人が、その町内の屋台を先導する外交部です。外交には、他町内の通行許可をもらう、大事な役割があります。

花輪の町には七ヵ所の町内の境い目、つまり『町境』があります。舟場元町と舟場町、舟場町と新田町と六日町、六日町と谷地田町、谷地田町と大町、大町と新町と旭町、新町と横丁と組丁、横丁と組丁の境い目です。

花輪ばやしの屋台が、この町境に差し掛かったとき、外交による『町境乗り込みの挨拶』を見ることができます。

町境では写真のように、それぞれの町内の外交部が提灯をてかざし、話し合う場面があります。この時、以下のようなやりとりが行われております。

隣町内に乗り込む側「○○町内申し上げます。かねてお約束の時間に参上いたしました。ただ今から××町内をお通し願います。」
迎える側「××町内申し上げます。ただ今の○○町内のお申し出確かに承知いたしました。どうぞお通り下さい。」
                       ※

 町境のしきたりの中には、屋台が町内を通過し再びその町内を通って帰るとき、町内の外交担当者が、通過する町内の役員および屋台を出口となる町境において、見送るしきたりがあります。

 丁寧な気持ちのよいならわしで、相手側に対する最大限の敬意を表します。  (花輪ばやしガイドHPより)


 こうした整然とした祭の進行は、多所にも例があるのだろうか。

 その威厳を感じさせる礼儀正しさは、随所に見ることができた。

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 さて、祭とは、本来日常からの解放、逸脱という一面も併せ持つものだと、思われている。

 古くから伝わる各地の祭りにおいても、明治以降の近代化の過程で、風俗の紊乱ありとして、様々な弾圧があり、自粛や修正が加えられきているということを、聞き及んでいる。

 この祭りの「外交」による町境における挨拶という「制度」もそうした近代化の中で形を為したのだろうか。一体いつ頃からあるものなのだろうか。

 しかしそこはお祭り、やはりただではすまないということも、あったようだ。


 これはあくまでもスムーズにいった場合です。町境の位置があいまいなため、提灯を置く位置をめぐり、もめる場合がたびたびあります。昔は町境のいざこざがこじれて、屋台をぶつけて押し合ったり、血の雨が降ったという血気盛んな時代もあったようです。

 20日未明に行われる朝詰では、たびたび町境の挨拶がこじれます。この時、屋台をギリギリまで近づけ、お囃子合戦をしたり、中には屋台をはげしくぶつけ合う、けんか屋台に発展する町内があります。荒々しい祭りの一面を見ることが出来る、花輪ばやしみどころの一つでもあります。


 ウーン、そうだろう。

 それにしても、この整然とした祭の運行のシステムは、たいしたものだ。



 そんなこんなで、web上を、花輪ばやしの情報を求めて彷徨うと、とても優れたサイトに出会えた。一読を。

「秋田の伝承学 花輪ばやし」 https://nanmoda.jp/2017/08/1084/

 






# by ribondou55 | 2019-09-07 16:22 | ちょっと、そこまで | Trackback | Comments(0)

映画「タロウのバカ」

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たまたま、今日が封切り日だったそうな。

映画「タロウのバカ」(監督・脚本・編集・大森立嗣、119分、2019年)を、太田イオンシネマで。


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七面倒くさい映画でアル。

これから、沢山のお方がこの作品について語るだろう。

だが、耄碌爺のボクの語れることは無いに等しいが、

この夏のボクの観たなかでは、最も出色の作品。





今日は畑に出なかった。


















# by ribondou55 | 2019-09-06 23:08 | 古希シネマ | Trackback | Comments(0)


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直径が6、70㎝程もあろう南瓜であった。

森林公園のハーブ園ゲート近くの東屋の入口に置いてあった。

朱色の綺麗な南瓜であった。

表題の句の「のふぞう」というのは、伊予の方言で「大胆な、横着な、図太い」といった意味らしく、始末に負えないというニュアンスもあるらしい。

この南瓜を形容するのにぴったりでアル。

ハローウィン用にというには、まだ気が早かろうが、これに目鼻と口をくり抜いてみたくなった。



午前中は、耕す。

今週中に、まず白菜の直播きを終えたい。




「のふぞう」をさらにあたると、「野風増」という表記もあるらしい。

中部地方でとか、岡山県とかという情報もアル。

こうなると、後日方言辞典で確認しよう。






# by ribondou55 | 2019-09-05 23:22 | この一首その一句 | Trackback | Comments(0)

水面を滑りまわって世を過ごし、その上、空を飛ぶ羽も持っているあめんぼは、老蛙の憧れだ。


by 泡六堂