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獏さんの「喪のある風景」_b0018682_22180136.jpg




喪のある景色   山之口獏

うしろを振りむくと
親である
親のうしろがその親である
その親のそのまたうしろがまたその親であるというように
親の親の親ばっかりが
むかしの奧へとつづいている
まえを見ると
まえは子である
子のまえはその子である
その子のそのまたまえはそのまた子の子であるというように
子の子の子の子の子ばっかりが
空の彼方へ消えいるように
未来の果てへとつづいている
こんな景色のなかに
神のバトンが落ちている
血に染まった地球が落ちている


神のバトンは何処へ行ったのだろう。

どこそこに落ちていたと、誰かが知っていてくれれば、よいのだが。

今や地球は、血の海さながらだ。




人というのは、

たまたま出会った男女によって生みだれた子が、

やがて、たまたま出会う相手との間で子を生み、

その子はやがて、たまたま出会った相手と子を生み、親となる。

親となって、幾許かの日々を重ね、死んで行く。

しかし、

ひとの中には、

子のままで死んで行くことだって、あたりまえにある。

親になるはずもないのに、子を産まされた女性も数限りない。

親になることを許さない力に蹂躙されることもある。

はじめから子として認められない命がある。

それは、それは、悔しいくらいに、あきれるほどに、いろいろある。

のだが、

それでも、

「神のバトン」は、受け継がれていくのだろうか。



















by ribondou55 | 2020-01-22 22:31 | 世界は昏いか?
口紅つかう気力体力 寒いわ  池田澄子_b0018682_23302776.jpg



女性の気持ちに、トンチンカン過ぎる、とは、配偶者視線からの評価である。

勿論、小生への。

この句、「寒いわ」が、ちょっと生々しい。

こういう時の女性には、近づきたくない。




拙宅の垣根の枯れ枝の先に、固くなった食パンを一枚刺しておく。

毎年この時期にやって来るヒヨドリがどこからともなく現われて、

そのパンを独り占めする宣言の一声を吐く。

パンを啄んでは、ばさばさっと飛び立つ。

だが、遠くに去るわけでなく、向かいの家の梅の枝に止まって、見張っている。

スズメがぱらぱらとパンの周辺に舞い降りてくると、矢のように舞い降りてきて、追っ払う。

そんこんなで、二日ほどで一切れのパンは、消化される。

リンゴの切れ端のことも、傷んだリンゴ一個丸ごとのことも、その度に、消えて行く。

どうやら、スズメはヒヨドリがやってくる前の夜明け頃に、餌にありついているようだと、最近気づいた。

ヒヨドリに寝ぐらは何処に?

ともあれ、

生きものというのは、食べなければ生きられない、辛いもんだ。











by ribondou55 | 2020-01-21 23:48 | この一首その一句



寒鴉己が影の上におりたちぬ    芝不器男_b0018682_22512052.jpg

X沼公園、散歩中に。




腰から背筋へ移り変わる辺りの筋肉が痛む。

畑の草取りがすこし難渋させられる。

この暖冬も異常気象である。

例年この頃は、畑は乾ききっているものだが、今年は年末からこの方ずっと湿り気を含んでいる。

それはそれで、不気味な感じがしてくる。

午前中、草取り。

配偶者が出かけたので、餅を焼いて食う。


寒鴉己が影の上におりたちぬ    芝不器男_b0018682_23074743.jpg



寒烏戦飽きて唖々と鳴く   村上鬼城

麦の芽にここも人里寒烏   中村汀女


寒鴉己が影の上におりたちぬ    芝不器男_b0018682_23234405.jpg
寒鴉己が影の上におりたちぬ    芝不器男_b0018682_22521812.jpg








by ribondou55 | 2020-01-20 23:21 | この一首その一句



日向ぼこ一人となれば唄ひけり   竹内夏竹_b0018682_23463172.jpg


日向ぼこ、寄りかかれる塀があった。

ガキのそこは袋小路の隠れ家。

自分にも子ができたころ、昔ひとりで遊んだそのあたりを歩いた。

もう塀はなく、明るい色のマンションが建っていた。

ぼくは、塀にもたれて、唄ったのだろうか?

一人でいたがる癖は、今も変らない。



ウィキでは、

「塀」とは、

塀と類似した意味で用いられる用語に「」があるが、
壁は主に建築物の外壁や内部を間仕切る内壁を指す場合によく使われる。
垣は生け垣など外部の見通しが可能なものをいい、
塀は見通しが利かない連続性のある壁を指す。

と定義される。

それぞれは、いずれも境界上の建造物であるが、

「壁」と云った方が、「塀」というより重々しくて文学的だ。

「垣」は「垣間見」の「垣」でちょっと王朝風。

そうみてみると、「塀」がとても俗っぽい。

「塀の中の懲りない面々」なんてこともあった。


「塀」を乗り越えるのは、こそ泥だ、

悪くすると不法侵入者・不法移住者と見なされる。

だが、「壁」を突破すれば、だいたい英雄になれる。


そうみてみると、やっぱり、ボクは「塀」に寄りかかってぼんやり空想の海を漂っていた、

ガキの自分がなつかしい。

ひとりぼっちの自分を取り囲んでいたのは、

「壁」ではなく、

「塀」であった。






















by ribondou55 | 2020-01-17 23:59 | この一首その一句
 
 あれやこれやと想像を膨らませられる句である。

 こんな句も、虛子に

 マスクして我を見る目の遠くより

 
 「仮面」というのは、目元を隠すものだが、口元を蔽うマスクは、眼差しが露わになる。

 
 次の女性達はどのような「目」をしていただろうか?


 マスクして人にあがらふことも鬱し   麻生和子

 マスクして見知らぬ橋の風に佇つ    清水毎子

 疲れはてマスク白きをたのみける    沢田しげ子



マスクして我と汝でありしかな  虛子_b0018682_23371690.jpg



「スター・ウォーズ/スカイ・ウォーカーの夜明け」を太田イオンシネマで観た。




昨日、Amazonの映画配信で「LUCKY」(監督 ジャン・キャロル・リンチ、88分、1917年)を視た。

ハリー・ディーン・スタントンの最後の主演作。

身にしみた。


マスクして我と汝でありしかな  虛子_b0018682_22561316.jpg

マスクして我と汝でありしかな  虛子_b0018682_22573145.jpg









by ribondou55 | 2020-01-15 23:48 | この一首その一句

眠れぬに室花夜もこもり香や   野澤節子_b0018682_22053631.jpg


昨年暮れに、知人から頂いた立派な百合のうちの一輪が食卓用のテーブルに飾れている。

すっかり萎れているのに、配偶者はかたづけようともせず、今もそこに在る。

蕾から開きはじめ、見事に咲いていた盛りに、この百合は香りが薄いネと、家人と二人で言っていた。

ところが、この華やかな顔に、衰えが見え始めたころになって、俄然匂い立つのであった。

朝起き抜けに、狭いダイニングがこれ一輪の香りで満たされているのに気づくのだった。

それから、今は再びよわよわしい名残の香のようなものになった。

萎れて行く花の姿も、衰えつつあればこそ一層淫らがましい、そんな感じも。

花は枯れない、腐って行く、そうにも感じる。


さて、衰えが兆して、匂い立つ。

ボクの知り合いの女性ににもいたような、いないような。




「室花」「室の花」「室咲」「室咲の花」とは、

春に咲く草木を温室の中で冬期に開花させたものをいう。

季は、冬。


歳時記から一句。

温室花の香に啼くおうむ胸白し  治面地夏女

ちょっと、艶っぽくないか。














by ribondou55 | 2020-01-14 22:19 | この一首その一句

わが天使なりやおののく寒雀  西東三鬼_b0018682_16355205.jpg


今朝の散歩で見かけた。

三鬼さんは、カッコイイなあ。

今朝は、暖かくて、このスズメはぬくぬくしていたようであった。


その他、今朝の出会い。

わが天使なりやおののく寒雀  西東三鬼_b0018682_17043554.jpg



わが天使なりやおののく寒雀  西東三鬼_b0018682_16393317.jpg

X沼公園で。


昨日、熊谷ラクビー場で、パナソニック対クボタを観戦。

我ら夫婦も、どこまでもミーハーなのだ。

でも、小生、高校時代ラグビーは冬の体育授業で毎年しごかれた。

当時は、これが大嫌いであったのだが。

その体育の教員の強圧的な姿勢を畏れつつ、憎んでもいた。


昔のことだ。











by ribondou55 | 2020-01-13 16:43 | この一首その一句


何やら、深い意味がありそうな、いや、空っぽのような。




今夜の月


人穴を掘れば寒月穴の上     富沢赤黄男_b0018682_23352551.jpg


昨日の空

人穴を掘れば寒月穴の上     富沢赤黄男_b0018682_23354815.jpg






by ribondou55 | 2020-01-11 23:39 | この一首その一句
色鳥のこゑ先立てて来たりけり   鷹羽狩行_b0018682_22341145.jpg

年が明けて、初めての森林公園散歩。

ジョウビタキに再会できてうれしい。

公園内、西田沼北岸のふれあい広場の藪で、昨年もみかけたところだ。


色鳥のこゑ先立てて来たりけり   鷹羽狩行_b0018682_22375986.jpg

そして、ルリビタキにも、一層うれしい。

色鳥のこゑ先立てて来たりけり   鷹羽狩行_b0018682_22385679.jpg


これは、カワヒラ?


色鳥のこゑ先立てて来たりけり   鷹羽狩行_b0018682_22432386.jpg

色鳥のこゑ先立てて来たりけり   鷹羽狩行_b0018682_22440075.jpg

「色鳥」とは、秋に渡ってくる美しい小鳥を指す季語で、季は秋。

例えばジョウビタキは、日本野鳥の会の紹介文にこうある。

春から夏の間は、中国の東北部やチベット、ロシアの沿海地方で子育てをし、秋になると、日本、中国南部に渡って冬を越します。
日本では10月下旬頃からよく見られるようになります。
スズメほどの大きさで、約2千キロもの旅をしているのです。

2000㌔である、エライものだ、たしたものだ。

つまり、そんな長旅を成し遂げた姿がボクらの目を楽しませてくれている。

ありがたいことだ。




バードウオッチングには、枯葉も散ったこの頃が一番向いていると、ボクは数年前に知った。

森林公園に月一度ほど散歩に行くようになって、四季折々の森の様子の中で惹かれることは沢山ある。

なかでも印象深いことに、鳥の囀る声があった。

春先などは、公園のゲートをくぐって、帰路ゲートを出るまで、鳥の声が絶えることが無い。

そんなことで、鳥に関心を向けるようになった。

安物の双眼鏡を首からぶら下げ、手軽なデジカメを携え、コンビニで買ったおにぎりはデイパックへ。

にわかな鳥好きであるから、熱心に鳥の名を覚えたりしない。

ただ、聴く、目を凝らす、見る、それだで、十分楽しい。

どこまでも、怠け者でアル。


 ※


紅梅が咲き始め、福寿草がほそっと顔を出していた。


色鳥のこゑ先立てて来たりけり   鷹羽狩行_b0018682_22550681.jpg

色鳥のこゑ先立てて来たりけり   鷹羽狩行_b0018682_22554071.jpg




世界中が剣呑になっている。

そのなかで、株価だけが伸長、・・・・。

為政者とその周辺は己の権力と利権を温存するために、方法を選ばない。













by ribondou55 | 2020-01-10 23:00 | この一首その一句

ぶりや鯛や、もしかすると穴子・鮟鱇、いやいや、なんだったか?

この季節お袋は、安売りの魚のあらをいろいろに目先を変えて調理した。

貧しいなりに工夫して、コドモたちにひもじい思いはさせまいと・・。

骨までしゃぶるようにアラ煮を食べた翌朝、その煮汁が煮凝りになって朝飯のおかずに出た。

箸で煮凝りを慎重に捕らえて、湯気の立つ飯に置くと、すぁっと解けて、飯にしみこんだ。

それが、うまかった。


本日は、我ら第一子の命日。

墓参り。

門前の背の高い檜の種を野鳥たちが食べに来ていた。

群がる中、名の知らぬ鳥もいた。


もう長い小説は、キツい。

短編を拾って読むのがちょうどいい。

午後、必要な本を探しにいったついでに、H図書館で村上春樹「品川猿の告白」(文学界・二〇二〇/二月号)。

一時、楽しかった。

今読みかけは、

多和田葉子「穴あきエフの初恋祭り」

お次は、今日購入の

多和田葉子「百年の散歩」




煮凝のつかみどころをさがしをり   西村純吉_b0018682_22303232.jpg







by ribondou55 | 2020-01-09 22:30 | この一首その一句

「蛙声」と云うより、「蛙の屁」と云うべきか。お他人様の俳句に便乗しての徒書き多し。つきましては、俳人各位には深謝つかまつり候。


by 泡六堂
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