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花より団子、団子より昼寝がよろしい「隠居蛙」の日常をポロリ。誤字誤記多し、恐縮。


by 泡六堂
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 ようやく寝苦しさから解放されてきたのだが、


 旨く眠ることのできない晩もある。



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by ribondou55 | 2019-08-25 23:02 | この一首その一句 | Trackback | Comments(0)
 西馬音内盆踊りを見た翌日は、横手市増田町の朝市を覗いて、北上し、角館で稲庭うどんの昼飯、さらに、大館へ移動した。

 大館駅近くのホテルにチェックインして、小休憩し、今度は鉄道で、鹿角花輪に向かった。

 花輪の夏祭り、「花輪囃子」もかねてから、一度は雰囲気を味わっておきたいと思っていた。

 この花輪囃子は、ユネスコの「山・鉾、舞台行事」の一つとして無形文化遺産に登録された。

 北関東の夏も、各地に祇園祭があって、屋台や山車の引き回しが行われる。

 ボクにもガキの時分から馴染んだ、屋台にお囃子という祭の形である。

 居住地の近くでは、秩父と川越の祭が、ユネスコ登録されている。

                         ※

 さて、増田の朝市のことだ。

 増田町は、こんなところだ、観光協会のHPによると。

 日本有数の豪雪地帯である秋田県横手市。その南東部に位置する増田は、成瀬川と皆瀬川が合流する地点に立地し、江戸時代以前より人と物資の往来でにぎわった地域です。両沢目で生産された養蚕や葉タバコのほか、様々な物資の流通に伴って増田は県内有数の商業地となっていきました。

現在商店街となっている「中七日町通り」は、明治の中ごろまで「ホタル町」と呼ばれ、内蔵や裏庭など、家の奥にある施設に比べると質素な表構えの町並みであったといわれています。しかし、商業発展のゆえに、明治の中ごろからは細部まで特徴的な正面意匠をもった大型の町屋が立ち並ぶようになり、秋田県内の商業地の中でも大型で特徴的な景観を見せるようになりました。(下・YouTube参照)



 さて、行ってみると、とてもいい。


 町屋の立ち並ぶ景観は、国の重要伝統的建造物群保存地区に指定されている。

 それは、さておき。

 朝市のことだ。

 19日は、九のつく日、この日は市が立つとのことであった。


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店の数は10店ほど、簡素にして素朴。

街角の市というものは、こういうものだと教えられた。


佐竹藩の公認で約360年前(寛永20年)から始まったと言われている朝市は、毎月2.5.9のつく日、7:00~12:00に、開催されます。
        
 かつては、増田城の武士達が日常生活を営むため、物資の調達が行われたものと言われています。

朝市には近郊の農家や商店から50あまりの店が出店し、新鮮な季節の野菜が並びます。(横手市HP)

ということだ。

地域としては、観光客目当てのものにしたいのだろうが、お客さんは地元の方達が多かった。

いまでも、生活に根ざす商いなのだろうと思った。

よいものを見た。

店番の元気なおばあさん?から「ンダ」の用法を伝授された。

ところで、「ンダナ」と「ンダ」の違い、どうだった?










 

by ribondou55 | 2019-08-24 15:49 | ちょっと、そこまで | Trackback | Comments(0)

「西馬音内盆踊り」へ。

 8月18日、秋田県羽後町西馬音内盆踊りを見にゆく。

 長年、訪れてみたいと思っていた。

 安いデジカメの手持ち撮影である.

満足な画像は一枚もないが、それはそれで悪くないと自分では思う。

 後々のボクの記憶探しのヒントになればいいのだ。



 
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 郡上踊りや八尾の風の盆の洗練度にたいし、僅かに鄙びたところがあるのだが、そこがとてもいい。

 踊り手さん達の衣装も美しい。

 音頭の歌詞は滑稽、諧謔、風刺、それに艶笑風な趣も、生活感が溢れていた。

 踊り手は、幼い子どもから相当のお年のお方までおいでであった。

 もっとも、編み笠を深く被ったり、目だけをだす黒頭巾で踊る姿に年齢は関係ないのだ。

すばらしいでないか。

  

ホラ西馬音内女ごはどこさえたたて 目に立つはずだんす 手つき見てたんせ足つき見てたんせ 腰つき見てたんせ

ホラ川原田の池には緋鯉に真鯉 じょろじょろ遊んでる たまには木陰にがさごそめかして 浴衣の鯉もいる

ホラ名物踊りは数ある中にも 西馬音内ぁ一番だ 嫁コも踊るし姑も踊る 息子はなお踊る





   

 

 盆踊は、全国各地でそれぞれの特色を伴なって伝承されているが、西馬音内で踊られている盆踊は、とくに洗練された流麗優雅な踊り振りにすぐれた芸態を示し、盆踊の一典型としての価値が高い。
 踊り手のうち、とくに女たちは端縫【はぬい】と呼ばれる端布【はぎれ】を縫い合わせた風雅な着物、あるいは浴衣に白足袋のいでたちで踊り、編み笠または彦三頭巾と呼ばれる黒頭巾をすっぼり冠り、顔を見せないようにしている。彦三頭巾のいでたちは亡者をかたどったという言い伝えを残し、盆に精霊とともに踊るという供養踊の伝承の面影をいまに伝えている。
 盆踊の囃子は、笛・大太鼓・小太鼓・三味線・鼓・鉦などで編成され、特設屋台の上でにぎやかに演奏され、これに合わせて地口と甚句が歌われる。
 宵のうちは秋田音頭と同じ地口で囃される「音頭」から踊りはじめ、夜が更けてくるにつれて、「甚句」の踊となるのが習わしになっている。「甚句」の踊は、また、がんげ踊とも亡者踊とも呼ばれる。
 快活でにぎやかな囃子でありながら、その踊りの振りは実に優雅で美しく、数ある盆踊の中でも傑出したものと評価されている。(国指定文化財等データベースより)














 
 



by ribondou55 | 2019-08-22 23:06 | ちょっと、そこまで | Trackback | Comments(0)
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今朝方まで、台風の余波が、時折、激しく雨戸を叩くように襲って来ては、去って行く。

朝方、網戸にとまって、一声高く鳴くと、押し黙ってしまった蝉である。



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冷たいものばかりが欲しくなり、腹具合があやしい。




汗をかきながら、お盆様を送った。







by ribondou55 | 2019-08-16 22:34 | この一首その一句 | Trackback | Comments(0)

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孫と摘んできたプチトマト。

だから、一段と美味しさを増す。

などと云うことはない。




令和初の敗戦記念日。

NHKのドキュメンタリーで、海軍は二二六のクーデターの実行者も殺害対象者も、事前に把握していたという。

それが、今日までずっと秘匿されていたともいう。

くそったれめ、というしかない。

「8月15日」、この日が盆の中日であるというのは、何かを意味するのだろうかと、毎年思う。

我が家のお寺は、施餓鬼である。

塔婆を頂いて、盆棚添える。

明日は、送り盆。









by ribondou55 | 2019-08-15 22:36 | この一首その一句 | Trackback | Comments(0)


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台風が迫る。

関東地方はコースからは外れるようであるが、今日の未明から雷雨が激しく、幾たびも通り過ぎた。

ようやく今になって晴れ間も見えるが、ひどく蒸し暑い。

真に生憎の空模様で、帰省中の甥や姪も、我が子の欲求不満になすすべもない風だった。

明日は、息子夫婦が来る。

娘夫婦は、連れ合いの実家へ行った。

関西であるので、酷いことになるだろう。

帰路、びわ湖辺りに寄り道すると聞いたが、いかが。




山頭火は、どうであったかは知らないが、

自己肯定というのは、水面に浮かぶ油膜のようなもので、

時おり虹色に輝いたりするのだが、

実に頼りない、

ボクの場合はである。



宇野邦一「政治的省察」読み終える。














by ribondou55 | 2019-08-14 16:39 | この一首その一句 | Trackback | Comments(0)
by ribondou55 | 2019-08-13 22:00 | のらり句らり | Trackback | Comments(0)
by ribondou55 | 2019-08-12 23:20 | のらり句らり | Trackback | Comments(0)



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お盆には、二人の子がそれぞれの配偶者と孫と連れ立って帰省する。

もっとも、なんやかやと二月に一度は顔を指すので、そう大げさにすることもないのだが。


孫たちの目覚ましい成長の様子はおおいなる楽しみである。

で、それはさておき、

会う度に、我が子にもこんな一面があったのかと、驚かされたり、あらあらとため息でたりする。

それは、子は子なりに年齢を重ねて、もうボクら夫婦が知る「子」からは遠く生きているということだ。

当たり前というより、そうでなくてはならないのである。

だから、こちら側もその見知らぬ子の一面をさりげなく受け入れるか、

見過ごせないとして悩むか、

そんなこともおきてくる。


そこで、ボクラ夫婦と子の夫婦が対等に向き合うことができる、貴重な時期に到達したのだと、思うことにした。

そこで、サアどうする?


しかし、このバランスはそう長くは続かない。

こちらの老いがもっとはっきり進行すれば、・・・。


拙妻は、もうはりきっている。

ああもしてやしたい、こうもしてやりたい、と。

いい加減にすればとおもうのだが、そうでなくては、我が家の「おかあさん」ではなくなる。

その「おかあさん」も・・・・・、ときおり、ため息をついている。










by ribondou55 | 2019-08-11 06:01 | のらり句らり | Trackback | Comments(0)

長崎原爆忌


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年端も行かぬ孫娘を抱き上げると、

その細い骨と笑い声。

切に、いとおしい。

年に数度は、丸木美術館を訪ねるのだが、

その「原爆の図」に

乳飲み子も幼子も

いて、・・・・・。











by ribondou55 | 2019-08-09 23:01 | この一首その一句 | Trackback | Comments(0)