人気ブログランキング |

<   2019年 03月 ( 6 )   > この月の画像一覧

b0018682_22442713.jpg


 桜が咲いたこのころには、会いに行きたくなる。

 かわいらしいお地蔵様。

 「さくら地蔵」とは。

 南無南無と掌をあわせれば、それで心安まるというのが、お地蔵さんのありがたさである。

 身近においでくださるありがたさ。

 桜に誘われてお会いできるとは。


 今日図書館帰りに日本さくらの名所100選のひとつ熊谷桜堤へと遠回りした。

 ソメイヨシノの並木はまだ5,6分の開花状況か。

 それでも、もう桜の下では老いも若きも男も女もいい気分で浮かれていた。

 平成の御代の最後のめでたさである。



b0018682_23155617.jpg
 


 昨夜、旅から帰った。

 そのことは、明日に。






by ribondou55 | 2019-03-31 22:57 | ご近所巡礼記 | Trackback | Comments(0)
b0018682_22572831.jpg

 
 深谷市の「ふかや緑の王国」は気持ちのよい植物園である。

 すべてに人の手がかかっているもので(ボランティアのご尽力である)ある。

自生のものは鳥が運んだ実生のものか、野草の類。

 それでも、ここの池でカワセミも見たし、青大将にだって出会えるのだ。

 さほど広い植物園ではないが、四季折々に楽しめて、小半時程度の散歩にはこの上ない。

 で、昨日(3/20)、園内で今年初めてのスミレをみた。

まあ、スミレも雑草の類であるのだが、同じ野草でも美人さんはチヤホヤされるのだ。

 ボクは、スミレには沢山の種類があって、その見分け方を何度か教えて貰ったのだが、直ぐに忘れる。

これまで出会った紅白粉の「美人さん」のことも、忘れがちだ。

さみしいことでないか。

だから、これもスミレとしかいいようがないのだ。



菫の花咲く頃とあいなれり、というわけだが、うらぶれた春になりそうだ。










 
 

by ribondou55 | 2019-03-21 23:11 | 咲いた咲いた何の花 | Trackback | Comments(0)
 「金玉歌合」は、伏見院の歌を左に、藤原為兼の歌を右に配し、六十番百二十首からなる歌合。

 新編日本古典文学体系の「中世和歌集・鎌倉篇」をぱらぱらとめくっては、歌を拾って読んでいたら出会った。

 ボクのような風流を解さない人間でも、この頃の気分として共感できる。


  五番
      左
 しられずも心のそこや春になる 時なる頃と花の待たるゝ
  
      右
 梅が枝睦月のころの花にして さくらは末の弥生如月

 
 まあ、そういうことだなあ。


 配偶者と世間話をしている内に、今年は琵琶湖の桜が観たいと、どちらともなく云いだした。

 四月にはいると都合がつかないので、今月末に宿の予約をした。

 というわけで、開花予想が気になるのだが、今年は例年より遅くなるらしい。

 さて、どうしよう。

 

 ジャガイモの植え付けを済ませた。

 あとは、夏野菜作りの準備、さくっと終わりたい。


 

b0018682_23074843.jpg

今度、孫が顔を見せてくれた時まで、とっておこう。





 

by ribondou55 | 2019-03-18 23:09 | この一首その一句 | Trackback | Comments(0)
 久しぶりの森歩き。
 
春、暖かな陽。

 空高く風。

 
b0018682_22591074.jpg

今年初めてのカタクリ。


b0018682_23000764.jpg
b0018682_23284070.jpg

キクザキイチゲ


b0018682_23305386.jpg

十里香

b0018682_23321380.jpg


シュンラン

b0018682_23330867.jpg

赤松の肌

b0018682_23355905.jpg

チューリップ


b0018682_23375349.jpg


風の梢



さて、腰を伸ばすストレッチをはじめようか。

畑仕事で疲れた。









by ribondou55 | 2019-03-13 23:39 | 咲いた咲いた何の花 | Trackback | Comments(0)
 今年のひな祭りはつまらない。

 孫が顔をみせないからだ、・・・、情けない孫呆け爺さんに成り下がったか。

 夕べ手慰みに、中沢圭子さんの「立体切り絵カード」から型紙を拝借してこんなのを雑に作った。


b0018682_15115118.jpg

 
 さて、昨日はよい陽気だった。

 年を取ったせいか、気分が天候に左右される、今日のような冷たい春の長雨は酷くよろしくない。

 で、アーツ前橋で「闇に刻む光ーアジアの木版画運動 1300sー2010s」を視た。

 「視た」であって、「観た」ではない。


 
b0018682_15194704.jpg



これは、展覧会のお知らせチラシであるが、ビラといっていい。

裏側はこんなだ。



b0018682_15224200.jpg




見出しにぐっと迫る文字が躍るが、この展覧会の骨子はその通りであった。

1月20日まで、福岡アジア美術館で展観されていたものが、群馬の前橋までやって来た。


さて、ガキの頃、図工の時間の木版画の制作をさせられた。

高学年になると毎年あった、おまけにコンクールもあった、ついでに云うと、くそったれの賞状コレクターであったので、この制作は嫌いではなかった。

つまり木版画というものは、「誰にだってできる表現」としての可能性を有する。

その木版画をソーシャル・メディアとして、世界の闇に向かって、自己主張するための「武器」にしようでないかということだ。


今も昔も、文学にしろ美術にしろ音楽にしろ、その種の表現に政治的社会的なメッセージなり主張なりを込めるのはいかがであろうかなどという、「脳天気な人々」もおいでだが、そういうのは相手にしない方がよろしい。


ボクにとっては、膨大な展示であったので、疲れたが、一晩寝て今思い出す印象的のことは次のようなことか。

中国の版画運動の仕掛け人であり推進者だったのが魯迅だったこと、知らなんだ。

インドネシアのパンクバンド〈マージナル〉の活動に木版画の制作があったこと。

三つ目、映画「タクシー運転手ー海を越えた約束」で少しだけ認識を深めた光州事件のドキュメント、ホン・ソンダムの光州民衆抗争連作版画を視られたこと。

もう一つ、北関東に中国木版画から影響を受けた戦後版画運動があったこと。

その代表的な作家飯野農夫也のこと、その展示作品中「濡れた稲束」?だったかな、稲を背負った女性がこのお堅い展覧会にあって、唯一艶っぽい線で描かれていたこと。


以上、疲れたので止める。










by ribondou55 | 2019-03-03 16:21 | 生きている | Trackback | Comments(0)

雑草を抜く・雑念が湧く

b0018682_16064662.jpg

 3月になった。

 ようやく雨が降ってくれたところで、畑に出た。

 土が湿って柔らいうちに、雑草を抜く。

 ホトケノザ、スズメノカタビラ?が主勢力。

 冬の間のサボりが祟って、たっぷりと根を張っている。

 柔らかい土であるから、簡単に抜けるのだが、ひろく生えているので、一仕事となった。

 
 さて、ボクは雑草を抜く間中、雑念で頭がいっぱいになる。

 来し方のなんともトホホな後悔やら自己嫌悪やらが次から次へと思い浮かんでくる。

 あるいは、為すべきなのにやってないこと、その結果がもたらすだろう手ひどい苦しみ、そういうことを想像して不安になる。

 行く末に、希望など一片もないと、暗い気分になる。


 そうしたろくでもない不安や恐怖を、雑草抜くように消し去れないだろうか。


 兼好さんは、つれづれなるままに、妄想の虜になったらしいが、ボクは雑草を抜きはじめると暗澹タルものが頭上を覆い尽くすのである。


 3月ガ来タ!

 また自給的菜園をボクは這いずりまわるのである。

晴耕雨読なんぞと、馬鹿云うな!











by ribondou55 | 2019-03-01 16:32 | 畑にいます | Trackback | Comments(0)

水面を滑りまわって世を過ごし、その上、空を飛ぶ羽も持っているあめんぼは、老蛙の憧れだ。


by 泡六堂