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カラン コロン

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鬼太郎の下駄の音を一度でいいから聞かせて欲しい。


今日は、晴れてはいるものの風が酷く冷たい。

部屋に籠もって、せんべいやチョコレートを囓って過ごしている。



この数日間の画像。


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 このなかで、ボクにとって切実なものは、餅つき器だ。

後は、どうでもいいというわけでないが、・・。

リタイヤしてぶらぶらしていたボクに、女房は家事の分担を要求した。



掃除洗濯は、嫌いだから、三度の飯を作る係になった。

始めは苦役めいたので、禅寺の典座の心得を読んだりして、修行だと思うようにした。

片付けや食器あらいは、女房のやくわり。

ボクは、純粋に調理のみ。

かくして今のボクの日常の要は、この三度の飯作りとなった。

これが、結構面白い。

うまいかまずいか、結果は自分の舌で判断する。

女房の批評は気にしない。


画像にあるアートの二作品は群馬県立近代美術館で観た。


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この展覧会は16歳から30歳までの青年を対象にした全国公募の展覧会である。

ジャンルは問わない。

ボクはこの展覧会を毎回楽しみにしている。

ここにあげた作品は「絵」なのだが、今年は映像もなかなか、気の利いたインスタレーションもあり、活きがよい。


ボクが今回イイネと思ったのは、ブロックにガムテやビニールテープを巻き付けたごっつい作品。


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イヤハヤ、ドウモ、イイぞ。













by ribondou55 | 2019-02-23 16:38 | 生きている | Trackback | Comments(0)
by ribondou55 | 2019-02-16 22:20 | 咲いた咲いた何の花 | Trackback | Comments(0)
 沙石集のうちの一話。

 ざっくりとこんなお話。

 ある尼さんがいた。金色の立像の阿弥陀仏を、美しく造り申し上げて、本尊として拝み供養していた。

 そのうち、もともとは京の都に住んでいたのだが、縁あって片田舎に下った。このご本尊さまもお連れして、知り合いの持仏堂に安置して、花や香を絶やすことはなかった。
 実は、この尼さん何事に付けても四角四面な性格で、ひどくケチでもあった。香を供養するにつけても、持仏堂であるから回りにたくさんの仏様がおいでになるのが気になった。自分が供養した香の煙が傍の仏さまの方に流れて、己のご本尊に届かないのではないかと不安に駆られた。そこで一計を工夫した。香をたく器の蓋に細い竹の筒をねじ入れて、その片端を仏の鼻の穴にねじ入れて、ほんの僅かであっても香の煙が散らないようにしたのだ。そのようにして香を供養していると、しばらくすると金箔を貼ってあった仏の鼻が、漆を塗ったようになって、ついに金色の輝きが失せてしまったのだ。

 さてさて、この尼さんもやがて寿命が尽き、女人に生まれ変わった。
 生まれ変わりの女人は顔かたちは人並み以上であったのだが、なんとしたことか鼻の穴が真っ黒で、まるで墨を塗ったようであった。
 
 まことにもって、因果の理ということであろう。 (沙石集巻第八の七・佛の鼻薫ぶる事)


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 ところで、ボクは、この尼さんを笑うことが出来るだろうか?











by ribondou55 | 2019-02-12 23:03 | 今は昔 | Trackback | Comments(0)

この4日の間に訪れたところ、原爆の図丸木美術館、さいたま水族館。


一日目

丸木美術館

原田裕規「写真の壁:Photography Wall」展

廃棄された膨大な枚数の写真のいちまいちまいに撮された人やこと。

その一枚一枚に、シャーッターを押した動機があり、撮された対象との関係があり、そしてついには、捨てられた理由がある。

おお、めまいがする。

このブログの写真も、そう遠くない先で無用となり、削除される。

デジタルデータは、打ち棄てられた形跡もなくさっぱりと消される。

スマホの画像が氾濫する。

防犯カメラが昼夜なく作動している。

この時代の一枚の写真がある意味はますます軽く、それでいて、実はいよいよ恐怖を孕む。


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丸木美術館のある風景



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二日目

垣根に来るもの

食べ残した食パン一枚に、鳥が集まってくる。

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三日目

「年寄りの冷や水」

「老いの木登り」

ボクにとってはこの上なく教訓的な言葉だと、思った。


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四日目

さいたま水族館

淡水魚専門の水族館

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季節の変わり目のせいか、夕方又訃報が届いた。










by ribondou55 | 2019-02-11 22:32 | よしなしごとあれこれ | Trackback | Comments(0)
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引きこもり老人は、独り遊びのあれこれを工夫するものだ。

このところのお遊びは、ハイカラにいえば、ペーパークラフトということか。

始まりは、本屋の店頭で世に言う「飛び出す絵本」にたまげたことだ。

実に高度だ。

通常の絵本作家の表現にくわえて、構造物を組み立てる仕事がくっつくのだ。

こういう紙の使い手をペーパーエンジニアと呼ぶのだそうだ。

ネット検索で関係事項を調べて行くと、実に奥が深い。

折り紙建築というジャンルの存在も知って、やってみた、これがムズカシイ。

紙に指がなじんで行かない、歯がゆいほどだ。

設計図通りにカッターで紙を切る、これとて、おいそれとはできないものだと知った。


これは、耄碌する脳みそには、悪くない遊びでないかと、勝手に考えている。


紙で遊ぶというのは、ガキの時分以来のことだ。

PONちゃんは、いたずらで作ったのだが、この数日、あわれで哀しい孤独な老人の話し相手である。





by ribondou55 | 2019-02-06 16:09 | 生きている | Trackback | Comments(0)
  余りのぽかぽか陽気に散歩に出た。

 
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 風はあるが、フリースで十分暖かい。

 いい気分だ。


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 昨日は、節分祭のはしごをした。

 長瀞の宝登山神社にまず参拝して、格式を感じさせられる追儺式の豆まきをみた。

 続いて、秩父神社の豆をいただきに。

 ここでは、あちこちに鬼が出没し、幼子を泣かせていた。


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 昼飯は秩父の道の駅の立ち蕎麦で済ませたが、蕎麦の香りもコシもある、きちんとした「ざる」であった、美味。



 先々日は、深谷シネマで『沖縄スパイ戦史』(監督・三上智恵、大矢英代、2018年、114分)を観た。



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 前の大戦については、ボクは知らないことばかりだと、改めて思った。

 非武装中立なんてことは、もうダレも口にしないが、軍隊や基地があるところは、必ず戦場になるのだと、一番切実に知っているのは沖縄の人なのだろう。


 そして、ボクは今年自分の知人への年賀状をサボった。

 いただいた年賀状の返礼もしていなかった。

 一月も押し詰まり、急に後ろめたい気分になって、2月1日付けの寒中見舞いを、礼を言葉にして送った。

 まことにもって、ろくでなしの己である。








by ribondou55 | 2019-02-04 23:13 | よしなしごとあれこれ | Trackback | Comments(0)
 隣町の図書館へ行くのに、普段は通ることがない道を行った。

 瑠璃光寺とあった、立派な天台宗のお寺である。

 平安初期の創建、1200年の歴史を持つ由緒あるお寺であるそうだ。


 境内に薬師堂があり、寺の通称となっている寅薬師さんとして人々に親しまれており、眼病に御利益があるのだそうだ。

 その薬師堂へは仁王門から参ることになる。

 その仁王さんが、失礼ながら、とてもいい感じだ、といいたい。

 先ずは、お口を開いて「阿」の仁王さん。

 
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 こちらが口を閉じられた「吽」の仁王さん。

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 仁王門自体は、享保年間の建立であると云うから、この二体の金剛力士像も江戸時代の作品であるかも知れない。


 目が生き生きとしておいでだ。

 眼病の治癒を薬師様にお願いにくる人々をくりくりした目で見下ろす仁王さんはかっこよいではないか。

 薬師様に手をあわすのが本当だが、ボクはこのお二人の仁王さんのほうがありがたい気がしてきた。

 ともあれ、老眼が苦になる私めのために、合掌。

 
 そして、南無薬師如来。



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仁王門の全景と天井画をつけておく。








by ribondou55 | 2019-02-02 22:52 | ご近所巡礼記 | Trackback | Comments(0)

「霧」のオノマトペ

 
 前回の宮沢賢治つながりで。

 
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 宮沢賢治を語る書物は、あきれるほど世に存在するが、この本は一風個性的で好きだ。

 帯に「賢治の童話のなかから157のオノマトペをご紹介します。」とある。


 例えば「霧」に関するオノマトペ。

 今日は陰気な霧がジメジメ降ってゐます。「貝の火」より

 霧がツイツイツイツイ降って来て、あちこちの木からポタリッポタリッと雫の音がきこえて来ました。「十力の金剛石」より

 霧がトントンはね踊りました。「十力の金剛石」より

 霧がポシャポシャ降って、もう夜があけかかってゐます。「貝の火」より

 きりはあめにかわり、ポッシャンポッシャン降って来ました。「十力の金剛石」より


 面白い。


 ボクの持っているのは古い「校本 宮澤賢治全集」だが、その第七巻のどこのページを開いても、行間にオノマトペが跳ね回っている。

 オノマトペを多用する文章は、幼稚なものになりやすいと、昔どっかで聴いたか読んだかしたが、賢治童話では大きな魅力の一つだ。

 
 オノマトペの使い手でもあった中原中也は、賢治の詩についてこういった。

 宮澤のオノマトペがどこからやってくるかという問いのヒントになるような気がする。


 彼は幸福に書き付けました、とにかく印象の生滅するまゝに自分の命が経験したことのその何の部分をだつてこぼしてはならないとばかり。それには概念を出来るだけ遠ざけて、なるべく生の印象、新鮮な現識を、それが頭に浮ぶまゝを、――つまり書いてゐる時その時の命の流れをも、むげに退けてはならないのでした。
 彼は想起される印象を、刻々新しい概念に、翻訳しつつあつたのです。彼にとつて印象といふものは、或ひは現識といふものは、勘考さるべきものでも翫味さるべきものでもない、そんなことをしてはゐられない程、現識は現識のまゝで、惚れ惚れとさせるものであつたのです。それで彼は、その現識を、出来るだけ直接に表白出来さへすればよかつたのです。



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by ribondou55 | 2019-02-02 00:11 | 読み捨てご免 | Trackback | Comments(0)

花より団子、団子より昼寝がよろしい「隠居蛙」の日常をポロリ。誤字誤記多し、恐縮。


by 泡六堂
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