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 好きな句である。

 作者の故郷である秩父の名産品に、秩父銘仙があった。

 トウモロコシと織子さんと、絶妙な組み合わせだと思われる。

 織子さんのうなじは、働く少女のうなじである。

工女さんのホッとひとときのおやつなら、さぞかし、おいしいトウモロコシであったろうと、・・・。


 ボクは、歯が悪いので、この大きさでやっとである。

 情けない、爺さんなのだ。






 

by ribondou55 | 2018-09-27 23:06 | この一首その一句 | Trackback | Comments(0)
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 南瓜を三個、土産にもらった。

 十五夜に供えして、膳はかたづけたが、南瓜は置き去りにされていた。

 
 若い頃は、南瓜とサツマイモとうどんが嫌いだった。

 まずいと感じた。

 なぜかというと、亡き母親の影響である。

 幼少期から戦争が終わるまでの彼女の食体験に由来する南瓜嫌い・薩摩芋嫌い・うどん嫌いを受け継いだ訳である。

 いかなる食べ物にまつわる体験だったかは、母親から何度も聞かされた。

 ボクは、母に同情したのだった。

 その子細は、書かない。

 
 ところが、この頃、南瓜も、薩摩芋も、うどんも、厭うことはなくなった。

 どちらかというと、よろしい方に傾く。

 「おふくろの味」から脱するのには、相当な時間を要するものだと云うことが、分かった。


             ※


 ようやく、冬春の野菜の種まき、苗植えを終えた。

 大根は二種類(煮もの用・たくわん用)・キャベツ・白菜・ミニ白菜・ほうれん草・三つ葉・小松菜・水菜・レタス・ルッコラ・人参・タマネギ(苗作り)・春菊。

 大根・白菜は間引きも終わった。


 

 NHKスペシャル「樹木希林を生きる」を観た。

ドキュメンタリーの新境地を開いた。






 



by ribondou55 | 2018-09-26 23:45 | 舌の幸い | Trackback | Comments(0)

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目的は、喜多方ラーメンを食べることであった。

時間調整にということで、喜多方の新宮熊野神社の長床に立ち寄った。

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 この建築物は立派なものであった。

 会津という土地には驚かされるばかりだ。

 昨年、一昨年と会津の徳一ゆかりの寺を巡った折にも感じたことだ。

 
 さて、ここには宝物館が付属する。

 大体、古社には寺院が付属するものだ。

平安時代後期にこの地に熊野神社が勧進され、最盛期には300余りの末社や寺院が立ち並んでいたと、ウィキペデアにある。
 
この地でも、明治近代の野蛮の一つである「廃仏毀釈」によって、多くの仏教関連の信仰対象が破壊、破棄されたのだろう。

辛くもというか、幸いというか、村人によって守られ伝えられたものが、展示されていた。

国の重文である「銅鉢」、県の重文「木造文殊菩薩騎獅像」などが広く紹介されている。

それらについては、置いておき、ボクには冒頭二作、不思議な木造が印象に残った。


鎌倉時代の「木造禽獣像」。

熊野神社の使い「月の精」である「兎」であるかもしれないと。

ころっとした形がとてもいい。

次のは、ボクには何だかわからない、もしかすると、竜の頭?

ともあれ、ボクには魅力的。

素朴な信仰心の手触りようなものが、伝わってくる。

どこのどなたが作られたものか。

それをうち捨てずにおいた皆さんもたいしたものだ。


こんなのもあった、ガラスが反射してちょっと見にくい。

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愉快。











by ribondou55 | 2018-09-25 09:56 | ご近所巡礼記 | Trackback | Comments(0)
 今月二度目の森林公園。

 あの花は見ておきたいと心づもりするが、しばしば見逃す。

 今日は幸いだった。

 植物園に新しく作られたダリア園で、見事に咲いているのを見ることが出来た。

 ダリアの花の多様さと美しさを再認識した。


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by ribondou55 | 2018-09-22 22:17 | 咲いた咲いた何の花 | Trackback | Comments(0)
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その「絵本と木の実の美術館」では、どうやらこの芸術祭では、マムシが主役のようであった。

 美術館の入り口には、竹や木や紙で作られた大がかりなマムシトンネルがしつらえられていた。

 
で、アーサー・ビナードさんの詩を読んだ、書としても魅力的だ。


そこで、ボクの身の上話だが、

ボクは、蛇が嫌いで、とりわけマムシを恐れている。

ボクの畑のあたりでも生息していて何の不思議もない。

ボクは、ちょっと告白すると、

ボクの畑で蛇を殺したことがある。

30センチほどの幼い奴であったが、とっさに草刈きでやった。

それがマムシかアオダイショウかシマヘビか、なんだかは分からなかった。

後味が悪くて、何度もナムアミダブーと口の中で唱えた。

ボクは、車の運転中でも、轢かれた猫や狸を見かけると南無阿弥陀仏と唱える。

唱えて落ち着く。

 
で、こんな詩もあった。


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殺し殺される、これは数の問題でないが、やはり強者と弱者ははっきりしている。

自明である。







 

by ribondou55 | 2018-09-21 23:46 | この一首その一句 | Trackback | Comments(0)


 旅の三日目の宿は、寺泊の港に面して在った。

次の朝、出雲崎の良寛堂に立ち寄り、柏崎へ。
 
そこから十日町に抜け、大地の芸術祭をちょっと覗き、帰宅の途についた。


 寺泊も、出雲崎も良寛さんのゆかりの地である。

 特に出雲崎は誕生の地である。


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この良寛さんの像の背のお堂は良寛堂、像の正面には佐渡が臨まれる

ここに来たのは三度目。

長い間、ボクは良寛さんに惹かれてきた。

この像のお顔を拝むわけではない。

良寛さんは、きっと、拝まれたりしたら照れてしまわれるだろう。


昨晩の寺泊の宿は夕日を観るに格好の部屋を用意してくれた。


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しかし、水平線に落ちる場面は見逃した。

宿に着いて一服したあと、かつて良寛さんが棲んだという密蔵院というお寺に参ろうと出かけた。

だが、宿の裏におられたあの勇ましいポーズの日蓮さんに挨拶などしている内に、日は大いにかたむいて、慌てて宿に戻ったのだが、既に日は落ちていた。

で、密蔵院にはとうとう行けず仕舞い、夕日の決定的瞬間も見逃した。

とろいボクにはよくありがちな残念さである。


その密蔵院の境内に建つ歌碑にはこの歌が刻まれているという。

おほとのの はやしのもとをきよめつつ きのふも けふも くらしけるかも
          (大殿の林の下を清めつつ昨日も今日も暮らしけるかも)

後日、また改めて。






by ribondou55 | 2018-09-20 15:26 | この一首その一句 | Trackback | Comments(0)
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この美術館についてのHPではこんなふうに。


「鉢&田島征三 絵本と木の実の美術館」は、新潟県十日町市の鉢集落にあります。
JR十日町駅から「鉢」行きの路線バスに揺られ、市街地を抜け、信濃川を渡り、山を越え、谷を越え、また山を登ると現れる、すり鉢の形をした集落。
ここ「鉢」にある、2005年に廃校になった真田小学校が、2009年7月26日、空間絵本美術館として生まれ変わりました。
美術館は丸ごと、絵本作家の田島征三さんが長年思い描いてきた空間絵本です。
絵本のタイトルは『学校はカラッポにならない』、主人公は真田小学校の最後の在校生だったユウキ、ユカ、ケンタの3人。
そして学校に棲む、夢を食べるオバケ「トペラトト」、夢をつぶすオバケ「ドラドラバン」…。
その世界を表現するのは、流木や木の実、和紙を使ったオブジェたち。
「鉢」の人たちと多くのボランティアスタッフの力で、田島さんのイメージがひとつひとつ形になり、空間絵本が現実のものとなりました。
「鉢」の美術館へ行ってみよう。
そう思った瞬間が、空間絵本の始まりです。
美術館への道のり、鉢集落、美術館そのもの。
すべての空間をそれぞれの感性で味わえる作品。
それが「鉢&田島征三 絵本と木の実の美術館」なのです。    文 高橋真理子




廃校になった校舎に美術館が出来たと言う経過は分かった。

では、肝心の真田小学校はどんなだったのか?

ネットを当たると「学舎の記憶 新潟を中心とする廃校を旅するブログ」に真田小学校が紹介されていた。

■学校データ

創立:1874年

・第六中学区第三番小学新町新田校附属鉢校として開校。

・1879年に第十四中学区第九番小学公立山谷校附属鉢校と改称。

・1885年に第十二小学校区鉢小学校と改称。

・1887年に簡易科真田小学校と改称。

・1892年に真田村真田尋常小学校と改称。

・1902年に町村合併により吉田村立真田尋常小学校と改称。

・1941年に吉田村立真田国民学校と改称。

・1947年に吉田村立真田小学校と改称。吉田村立吉田中学校真田分校を併置。

・1954年に市町村合併により十日町市立真田小学校、十日町市立吉田中学校真田分校と改称。

・1981年に吉田中学校真田分校が閉校。

閉校:2005年

コメント:

現在は絵本作家・田島征三氏による空間絵本美術館「絵本と木の実の美術館」として利用されている。2006年に行われた「大地の芸術祭」で作品展示場として利用されたあと、2009年に美術館として開館した。

グラウンドが駐車場として利用されている以外は、校舎も体育館もほぼ当時のままのようだ。

体育館近くの草むらにプール跡があるが、草に隠れていて横からではよく見えない。上を通る県道から覗いてようやく形が確認できた。



上の二枚の画像は、いまは美術館になった壁に残された、謂わば真田小学校の記憶のひとつ。

ボクは、ちょっといい気分にしてもらった。

子どもは学校で何を学ぶのか。

学校は子どもに何を教えるのか。

よく分かる。

この校歌は、いつの頃に作られたのかは分からないが、歌詞がよい。

いい気分にしてもらった。






by ribondou55 | 2018-09-19 22:57 | よしなしごとあれこれ | Trackback | Comments(0)
 配偶者に誘われて巾着田を訪れた。

 しばらく前に一度、二度遊びに来たことがある。

 その記憶とはやや違って、随分と垢抜けた観光地になっていた。

 であるが、彼岸花は彼岸花であった。

 たいそうな人出であった。



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この彼岸花、不思議な形の花である。

歯っ欠けばばあとの異名の通り、一本の茎に6枚の花弁が放射状についている、葉がない。

花弁の形からか、「剃刀花」という異名もあるとか。

であるが、なぜ「ばばあ」なのか?

歯が抜け落ちている人、すなわち、「婆」ということだろうか。

爺では、ここの赤い色にはふさわしくないのだろう。

アルカロイドを含む有毒植物でもある。

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by ribondou55 | 2018-09-18 23:08 | ちょっと、そこまで | Trackback | Comments(0)
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是非とも訪れてみたいと思っていた。

湯殿山神社本宮。

そこは、やはり神の領域であった。

若い頃、不用意に入り込んだ恐山の賽の河原で、えもいわれぬ感覚に襲われたことがあった。

あの感覚が、本宮のご神体に向きあうと、よみがえってくるような気がした。

このお山の詳細を語ってはいけないと古来云われている。

月山から下って湯殿山に向かった芭蕉もこのように。


 日出でて雲消れば湯殿に下る。谷の傍に鍛治小屋といふあり。この国の鍛治、霊水をえらびてここに潔斎して劔を打ち、終ひに月山と銘を切りて世に賞せらる。かの龍泉に剣を淬ぐとかや。干将・莫耶のむかしをしたふ。道に堪能の執あさからぬことしられたり。岩に腰かけてしばしやすらふほど、三尺ばかりなる桜のつぼみ半ばひらけるあり。ふり積む雪の下に埋れて、春を忘れぬ遅ざくらの花の心わりなし。炎天の梅花ここにかほるがごとし。行尊僧正の哥の哀れもここに思ひ出でて、なほまさりて覚ゆ。

 そうじてこの山中の微細(みさい)、行者(ぎょうじゃ)の法式(ほうしき)として他言(たごん)することを禁(きん)ず。よりてて筆をとどめて記(しる)さず。坊(ぼう)に帰れば、阿闍利(あじゃり)のもとめによりて、三山(さんざん)順礼(じゅんれい)の句々(くく)短冊(たんじゃく)に書く。

 
  涼しさや ほの三か月の 羽黒山

  雲の峯 幾つ崩れて 月の山 

  語られぬ 湯殿にぬらす 袂かな 

  湯殿山 銭ふむ道の 泪かな  曽良



山を下りて、麓の湯殿山注連寺に向かった。


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冷たい雨が瀟々と降るなか寺に着いた。

森敦さんの「月山」の寺である。

ここも、一度訪ねてみたいと長年思ってきた。

そこにおいでの女性から丁寧な説明をいただいた。

思うことはあるのだが、書かない。




by ribondou55 | 2018-09-17 22:34 | 合掌 | Trackback | Comments(0)
 エラーを表示したまま、てこでも作動しなかったプリンタを激しく上下に動かして、ビシビシと机に打ち付けたら、あらあら不思議、復活した。

 頭にきてビシバシ、この野郎とバンバン。

 家電の大体の故障は叩けば直ると、ボクの親父は断言していた。

確かに叩くと直るものもあったが、近頃は効き目がないことの方が多かった。

 であるが、E社のプリンタは、今時の精密機器のようなふりをしていたが、バシッと決めてやったらシャンとなった。

めでたい。

その昔の真空管ラジオのようである。

意外にローテクな部分が生かされているのだ。

大体、ハイテクハイテクとでかい面をして言いふらす輩はくそ野郎である。

 とはいえ、これがいつまで持つのかは、不明。

 

まこと怒りは天に通ずるのだ。

 天は命無き機械にもその力を及ぼすのだ。

 畏れ多いことだ。



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さて、大根白菜は無事に発芽した。

このあと、ミニ白菜、レタス、タマネギ、キャベツの苗の定植、ほうれん草、小松菜・・・。

畝をたてマルチをかけ・・・、そして種を蒔いたり植えたり。

しばらく雨模様だから灌水はちょっと免れられるだろう。

早く終わって、のんびりしたい。





by ribondou55 | 2018-09-16 22:40 | 生きている | Trackback | Comments(0)

花より団子、団子より昼寝がよろしい「隠居蛙」の日常をポロリ。誤字誤記多し、恐縮。


by 泡六堂