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 六月が終わる。

蒸し暑い。


 とりあえずは、

 平穏な日々であるような。

 平穏であるこつは、ボクにとっては、人付き合いを最小限にすると、いうことだ。

 ボクは、人間がダメだから、つい人前ではいい格好をしようとする。

 これが、いけない。

 だから、こんな風な感じで残りの生涯を過ごしたい。



老人は老人なりにできることで社会貢献をすることが望まれているらしい。

でも、ボクは乏しい年金から税金を納入し、国民保険料を払っている。

ボクはこの十年間だけでも、医療のお世話になったのは、五度もない。

彼方此方痛みがあっても、自分で養生して治すし、治る。

これまでの所、可もなく不可もない老人ではないか。

これ以上のことは、ボクにはできない。


義務をないがしろにしているのは、全体の奉仕者であるべき為政者と官僚たちだろう。

ボスがお友達にいい顔できるよう忖度の連鎖が起きる。

それも、ボクたち低所得者までが律儀に納入した税金を使ってだ。



「一億総活躍社会」の次は、なんだろう。

「ニッポン一億総活躍プラン」だと。

大笑いだ。

どこかの保険会社の手数料ばかり高いインチキ金融商品みたいなネーミングだ・・。

ニッポン・プランなんて、韻を踏むのも軽薄だ。



こんな風にみてくると、ボクの平穏もかろうじてというところだ、井の中の平穏。

ちょっと、目を広く見開き、耳をすませば、言葉を失うばかりことが数々ある。

本当は、平穏なんて云っていられないのだ。





良寛さんの書

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by ribondou55 | 2017-06-30 10:36 | のらり句らり | Trackback | Comments(0)
 茄子の実成はよろしいが、キュウリは青息吐息のようだ。

 雨量が全く不足している。

 畑まで水を運ぶのが、億劫になってきた。

 この春先から、水やりはしていない。

 野菜を園芸植物のように育てるのは、滑稽だ。

 旱には、旱らしく、生きて欲しい。

 南無山川草木悉皆仏。


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美味しく頂いております。

ありがたし。








by ribondou55 | 2017-06-29 23:11 | この一首その一句 | Trackback | Comments(0)
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(森林公園・6/26)



セセリチョウというのは、どうも好きになれないのだが、この組み合わせは、ちょっとシブい。

実をいうと、この仲閒には、似たものがいて、ボクには見分けがつかない。

オオチャバネセセリ・ミヤマチャバネセセリ・チャバネセセリ・イチモンジセセリのどれだろう・・・。

にわかにナチュラリストを気取ってみても、始まらないのだ。


ボクは、とにかく森の中をぶらぶらあるく楽しみを知ったばかり、それも管理された公園内で。

いずれは、自然の森林をのんびり歩ける老人になりたい。





by ribondou55 | 2017-06-28 21:42 | 咲いた咲いた何の花 | Trackback | Comments(0)

アーティチョークの花

森林公園のボーダーガーデンで出会った。

赤ちゃんの頭ほどの薊の花。

迫力。

ボクらに親しい「山には山の憂いあり」という「あざみの歌」・横井弘の歌詞の風情とはまったく相容れない。



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〈森林公園・6/26)




丈は、1メートルを越える。

つぼみは、食用となる。

ヨーロッパ、アメリカでは広く食べられているらしいが、日本では江戸時代に渡来し、観賞用に栽培されることが多いという。

和名では、朝鮮アザミとよぶが、「朝鮮」は外来のという意味合いであって、そもそも原産地は地中海沿岸、朝鮮王朝には関係ない。



 アーティチョークは「朝鮮アザミ」という和名を持つキク科チョウセンアザミ属の植物です。日本ではおもにフランス料理やイタリア料理などのレストランで使われることが多く、一般家庭ではあまりなじみがありません。一方、欧米ではよく利用されている食材の1つで、瓶詰めにしたものもポピュラーです。

食べるのは10~15cmくらいの若いつぼみの部分。加熱するとホクホクとした口当たりで、ほんのりと甘味があり、その風味は「ゆり根」や「そらまめ」にたとえられることもあります。つぼみはガク(萼)がウロコにように重なっていて、その見た目は個性的。緑色のものと紫色のものがありますが、日本では緑色のものがほとんどです。

青果はアメリカやフランスなどから輸入しているほか、国内産も少量ながら出回っています。旬の時期は5月から7月頃。つぼみが開く前に収穫されます。(野菜ナビから借用)





by ribondou55 | 2017-06-27 21:39 | 咲いた咲いた何の花 | Trackback | Comments(0)
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〈森林公園・6/26)



夏の森の中をぶらぶらと行くと、

身も心も、緑に染まってゆくようだ。

新鮮な感覚である。



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木や花に出会うのは、喜びである。








by ribondou55 | 2017-06-26 23:45 | 咲いた咲いた何の花 | Trackback | Comments(0)

『お弁当』と『おやつ』

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またもやぎっくり腰の予兆あり。

朝方、畑で頑固に根を張った雑草を力一杯、△ホーで掻き取ろうした途端に、例の痛みが腰の辺りに、ぴりりと走った。

ほうほうの体で、帰宅し、それから終日ごろごろして過ごした。

ここで、不用意な動作をしたら、もうアウト。

一週間は、自由に身動きできなくなる。

そこで、先日図書館から借りてきた二冊を読んだ。

大いに愉しく読んで、吾が身の上にまつわる「お弁当」と「おやつ」についても懐かしく思いだされた。

このアンソロジーに収められている随筆の作者たちの多くに、ボクはいい加減な読者であるが、親しみを感じてきた。

その面々のお話にも興味が尽きなかったのだが、ついつい自分の体験に基づいて、是非もう一度食べてみたいと思ったのが、

お袋が中学生の頃によく作ってくれた二段重ねの「海苔弁」。

なつかしいねー。

自分で作ってみたいとも思って、台所の棚から弁当箱を探したが、見当たらない。

配偶者に、俺の弁当箱どうしたと訊いてみようとかと思ったが止めた。

サラリーマンの間、配偶者はほぼ毎日ボクに弁当を持たせてくれた。

だから、定年を迎えたあと、多分、いや、きっと、

弁当箱はこっそり

処分されたに違いないと、ボクは確信したからだ。



ともに、出版社はパルコ。

収録されている著者名は、Amazonで検索すると観ることができる。







by ribondou55 | 2017-06-24 23:57 | 読み捨てご免 | Trackback | Comments(0)
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 『僕とカミンスキーの旅』(監督・ボルフガング・ベッカー、2015年)、ベルギー・ドイツが製作。


 「グッバイ、レーニン!」の監督ボルフガング・ベッカーと主演ダニエル・ブリュールが12年ぶりにタッグを組み、崖っぷちの青年美術評論家と盲目の老画家がヨーロッパをめぐる旅を描いたロードムービー。無名の美術評論家ゼバスティアンは、金と名声のために芸術家の伝記を書くことを思い立ち、スイスの山奥で隠遁生活を送る老画家カミンスキーを訪ねる。マティス最後の弟子でピカソの友人、60年代ニューヨークで「盲目の画家」として脚光を浴びた伝説的な人物であるカミンスキーの新事実を暴くため、ゼバスティアンはカミンスキーが若き日に愛した女性に引き合わせることを画策。年老いたカミンスキーに振り回される、ゼバスティアンの珍道中がスタートする。ゼバスティアン役をブリュール、カミンスキー役を「007」シリーズの悪役ミスター・ホワイトなどで知られるイェスパー・クリステンセンが演じる。(映画comより)

 別にボクには名声も後世にのこるなにものもないのだが、老いだけはこんな身の上にも平等にやって来ている。

 この間観た「海辺のリア」では、今は老いぼれて、いうなれば斑呆けの元名優が、「思い出の中だけで生きてゆくのだ」と台詞を吐いていたが、この盲目?の画家は、のこのことかつての恋人に会いに行くのだった。

 つまり、老いというのは、だれにもやってくる平凡極まりない現象ではあるが、老人ひとりひとりすべて別々な、特別に個人的な出来事であり、当事者であっても、どう体験するかはまったく分からない。

 そのカミンスキーの老いの真実から現われてくる苦い、あるいは、暖かいユーモアがいたるところに、・・・。


 で、達磨さんが登場した。

 何事かを為すためには、或いは飛躍する為には、云うなれば、今の己のすべてを捨てよと達磨は云われたと、カミンスキーさんは理解していたようだ。

 作中の再現ドラマは、慧可という僧が、面壁座禅中の達磨の参禅を申し込んだが許されず、ついに慧可は己の左腕を切り落とし、達磨に差し出して許しを得たというエピソードを下敷きにしているのだろうが、・・・。

 「捨てよ」と云われると、達磨さんの禅宗とは相容れないのだろうが、「捨て聖」といわれた一遍を思い出す。

 ボクは、このお方が大好きで、興味が尽きないのだが・・・・・。



 思いつくままに書いていたら、映画のことをわすれた。


 美術ファンにだけではなく、楽しめるおもろい作品であった。




 

 

by ribondou55 | 2017-06-23 23:50 | 還暦シネマ | Trackback | Comments(0)
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(森林公園・6/15)




今日は、一日中雨らしい。

このところ、梅雨なのに五月晴れが続いた。

畑もカラカラに乾燥してしまった。

今年は、西瓜の実のつき方がとてもいい。

それだけに、サラリーマン時代は不快な満員電車の通勤を一層鬱陶しくさせた梅雨時であったが、今は空梅雨を呪うような言葉さえ吐くことがある。



立場が変われば、望むことも違ってくる。

しかたないことか。

とはいえ、このところのニュースである文科省の内部文書の内容と政府官邸・内閣府の主張の食い違いは、立場の違いというより、所詮雲上におはす「お上」の内輪の争い。

内部告発した文科省の役人に同情を感じても、同じ穴の狢に変わりない。

云うまでもないが、

トップのお方のお言葉の胡散臭さは、誰しもが感じているとおり。



















by ribondou55 | 2017-06-21 10:27 | のらり句らり | Trackback | Comments(0)
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 昨日は、曇って涼しかったので、たっぷりと草取りをした。

 今朝、もう怠け心が出て、図書館へ本の返却を口実に、家を出て、図書館からそのまま、行田方向へ走った。

 いつもとは違う道をわざと選んでいった。

 おかげで、いくつかの発見があった。

 行田は、近頃、市内に点在する「足袋蔵」が日本遺産に登録されたのだそうだ。

 
 さて、昼飯に「フライ・焼きそばセット 中」を頂いた。

 行田市内には、30軒ほどのフライ屋さんがあるそうだ。

 今日たまたま通りかかってたち寄ったお店は、おばあちゃんが焼き、口数の少ない中年の女性が接客する、地味なお店であったが、美味しかった。

 我が家で時折テイクアウトしてくる近所の店のフライは、分厚いのだが、ここのは、あっさりとしていた。

 それもそれでよいなと、思った。


 帰りは、大きく迂回して、荒川の土手を通ってきた。

 熊谷堤の桜並木は、青々と葉を繁らせて、ずっと先まで続くのだった。



共謀罪強行採決へ!





 

by ribondou55 | 2017-06-14 18:10 | のらり句らり | Trackback | Comments(0)
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生後数ヶ月の孫を抱いてみると、その重さに驚かされる。

気障になるが、それは、幼い者の命の重みで、これは、ボクの耄碌したそれになんか比べものにならないほどのもの。



茄子、キュウリはもうどんどん収穫できる。

本格的な梅雨空になる前に、じゃがいもを掘らないといけないらしい。

それと、つぎつぎと芽を出し、もりもりと生育する雑草をなんとかしなければ。








by ribondou55 | 2017-06-12 21:22 | のらり句らり | Trackback | Comments(0)

水面を滑りまわって世を過ごし、その上、空を飛ぶ羽も持っているあめんぼは、老蛙の憧れだ。


by 泡六堂