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 現代訳「旅行用心集」(八隅廬菴著・桜井正信監訳、二〇〇九年刊・八坂書房)を手にした。

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 刊行は、文化庚午6月、つまり、1810年(文化7年)、ほぼ200年前の旅行のガイドブックである。

 自序のよれば、主にお伊勢参りに旅立つ人々向けの案内書のようだが、それにとどまらず、「諸国温泉、 二百九十二ヶ所」なども掲載する。

 その温泉湯治の注意事項を読んでいると、つい先頃訪れた温泉での配偶者の様子に、あまりにぴったりなので、吹き出した。

 廬菴先生はこのようにおっしゃる。

 湯治にあったって、病気に合う湯、合わない湯とがあるので、この区別をおろそかにしてはいけない、では、どのように見分けるのか?

 一 湯治に行って、その温泉が自分の病気に効くか効かないかを確かめるには、最初一、二回入った後、腹が空いて食べ物が美味しい場合は、効く温泉だと思えばいい。もし、一、二回入っても、腹が張って食欲が増さなければ、大体病気に合わないと思うこと。とにかく行った先の湯宿に病気のことを詳しく話してから、湯に入りなさい。まあ、二、三日入ってみれば、しぜんにようすがわかってくるものだ。

 と。

 過日、配偶者は宿に到着して、風呂に入り、それから夕食となったのだが、あら不思議、その日の昼飯はもりもり食べきったのに、旅館料理を目の前に箸を取らないのであった。

 胸が詰まるようで、食欲がないという。

 なんと、驚くべきか。

 この人は、旅先の旅館飯を食べ残すことは、絶対にこれまでなかった。

 ついに、ほとんど箸を付けずに夕食を終えた。

 その宿の湯は、正真正銘の源泉掛け流し、まことにイイ湯であったのだが、この湯にどうやらあの人はあったったらしい。

 そのお人の様子に、ボクとて大いに心配せざるを得なかったのだが、夕食後のイベントにはケロッとして機嫌良く参加した。

 翌朝は、いつのようにパクパクと沢庵一切れすら残さず食べたので安心したのだった。

 そんなこんなで、そこまでは、どことなく怪しげな廬菴先生のお言葉だと思っていたのだが、ボクは、この箇所に至って、大いに信用すようになった。



 この書は、ほんとうに現代のボクラでも、心得ていれば、大助かりのことが、満載である。

 あまりに、多いので、ここに書き写すのは面倒だから、ここまで。






 

 

More [旅行用心集」
by ribondou55 | 2016-07-30 11:24 | 読み捨てご免 | Trackback | Comments(0)
 今年のスイカは、ラグビーボール型のやつだ。

 今まさしく収穫の時期に入った。

 狭い畑に、スイカのコーナーを作っているので、ツルは伸ばし放題にできない。

 それでも、ほんのわずかなスペースながら、意外にも多収なのがスイカというやつだ。

 親指ほどの大きさの実が、次々と、むくむく大きくなる。

 気が付くと、葉の茂みの影でぱっくりと皮が割れて赤い実をさらしている、収穫しこそねたのが。

 それも、あちこち。

 はじめの二三個は、目星がついているが、もうそれ以上になると、なにがなんだか、どれがどこだか分からなくなって、勘ひとつで選別し、収穫。

 勘であるから、当たり外れは当然で、いざ、割ってみると、まだまだうすいピンク色の果肉であることもあれば、熟れすぎて赤紅色したのが顔を出すこともある。

 そんなこんなだが、そこが素人菜園家の楽しみでもあると思うのだが、我が家で唯一のスイカ大好物の配偶者は、取り損ねたスイカが、ひとつでも残念でしかたないようで、スイカの様子を念入りに見張っているらしい。

 それでもやはり、彼女自身もしくじっておおいに嘆いたりしている。

 今朝は、これである。

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 外出した配偶者が帰宅するやいなや、この季節は、スイカを食べて一息、・・・、これが習慣だから、先ほど取ってきて、冷蔵庫に放り込んだ奴である。

 さて、配偶書の食後の感想や如何。
by ribondou55 | 2016-07-29 11:07 | 畑にいます | Trackback | Comments(0)
  右をむいても左を向いても「いョ!ご同輩!」というわけで、老人ばかりだ。

 例によって清志郎さんは時代の先を読む才能があって、現今のこの国の行く先の最大の懸念材料のひとつ「高齢化社会」を、ずばり歌っている。

 この曲は1992年3月にリリースされた『Memphis (メンフィス)』(忌野清志郎の2枚目のソロ・アルバム)に収録されているそうだ。

 今からざっと25年前、昭和から平成になったあのころ、そこから今は亡き清志郎さんが歌っている。

  お前が生まれる前から 俺は俺だぜ わるかったな
  そうだぜ俺は年より 世話がやけるぜ すまなかったな HeyHey
  若い女を紹介してくれ なァいいだろ  
  俺の腰をもんで欲しいのさ(注りゃjく

  いたわってくれ面倒見てくれ 気を遣ってくれ すまねえな
  忘れんなよこの年より 頑固者だぜ わるかったな HeyHey
  若い女じゃもの足りないのさ OH そうだな
  体は良くても わびさびを知らねえ
  他の女を紹介してくれ なァいいだろ
  風呂で背中を流して欲しいぜ

  (中略)

  優先してくれ思いやってくれ 大事にしてくれ すまねえな
  そうだぜ俺は年より 変わり者だぜ 悪かったな HeyHey
  気の合う女を紹介してくれ なァいいだろ
  たまにはまともな女がいるはずだ
  若い女を紹介してくれ おい!いいだろ
  俺の財産を分けてやりたいぜ
  冴えてる女を紹介してくれ 欲に眩んだちんけなのばかりさ
  まるで政治家みたいな イモなのばかりさ
  可愛い女を紹介してくれ 冴えてる女を紹介してくれ
  俺のフンドシを もう1度絞めてくれ
  OH 絞めてくれたら ガタガタ言わねえ
  ガタ ガタ ガタ ガタ・・・言わねえったら、もう言わねえ

 高齢者のボクは、膝を打ちながら、我が意を得たという気がして、大いに愉快なのだが、そうとはいえ、清志郎さんの予想は微妙に外れているようにも思えてくる。

 まことに、残園なことに、この曲の歌詞ほどに、高齢者は我がままに、頑固に、一徹に、生きることがむずかしい人びとに成り下がってしまったということだ。

 今からざっと25年前、昭和から平成になったあのころには、、2016年現在のいわば、うまく年相応に年を取り損ねて、己の姿を見失ってしまったボクのごときの有様は想像できなかったかもしれない。

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by ribondou55 | 2016-07-28 18:07 | よしなしごとあれこれ | Trackback | Comments(0)
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 一昨日の7月23日、世良田(群馬県太田市)の祇園まつりに出かけてみた。

 世良田八坂神社の祭礼である。

 全国に八坂神社は広く分布している。

 発祥は、京都の八坂神社であるが、この北関東にも各地で祇園祭が執り行われている。

 ボクの棲む中山道沿いのこのあたりの宿場町では、軒並みといってもよさそうなほどに、夏祭りとして行われている。

 世良田は、中山道の通過点ではないが、日光例幣使街道の木崎宿にほど近い。

 さらには、世良田東照宮がある。

 このこの祇園祭りは、かつては、大した物であったらしく、

 『上野国郡村誌 新田郡』の世良田邨より
 
 八坂社 郷社 東西四十六間南北三十五間、面積千六百三十六歩 村ノ北方ニアリ 祭神素戔嗚尊 祭日八月陰暦六月七日十四十五日ヲ推シテ之ヲ用ユ、十四十五日両日遠近咸至リ来テ 祭儀ヲ観ルモノ率常ニ数千人、蓋郡中ノ盛祭ナリ 初メ女塚・境・三木・粕川及本村五邨ノ鎮守タリ 明治八年始メテ郷社ニ列ス。 とか。

 で、今はどうか。

 確かに往時の面影が無いわけではない。

屋台の造り、装飾、お囃子いずれにも、一地区の祭りとしては規模も質も、ぬきんでているように見受けた。

 
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 ところが、この北関東の祇園祭りにありがちな、気追い込んだ祭り気分の充満ということが感じられない。

 のんびりとしている。

 ボクは、そこがとてもイイと思った。

 祭りの開会式?を見物したあと、八坂神社へお参りにいった。

 ボクは、ここですっかりこのお祭りが好きになった。

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 さすがに、郷社というだけに、うこのあたりの村々にある神社に比べるとすこしばかり立派に見えないこともないが、取り立てて見栄えがするほどでもない。

 しかしながら、とっても、いかにも祇園祭の夜という感じが醸し出されている。

 長い参道には提灯がともされ、そこから三々五々、参拝の人々がやってくる。

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 境内では、神楽殿のほか、全部で4箇所の舞台があって、近郊近在のお囃子が賑やかに演奏されている。

 名物の飴も売っていて、ボクらも金300円で購入、「入れ歯にくっつくと抜けてしまいますから、噛まないでね」と白いハッピのおばちゃんから注意された、ボクの入れ歯はお見通しのようであった。

 しばらく、境内にいて、帰途についた。

 ボクは、ご立派な由緒正しき官国幣社より、実はこうした神社が好きだ。

 そうした神社とて、それぞれが由緒来歴を言い立ててはいるのだが、手を合わす庶民は、そんなことにはお構いない、だだただ日々が平穏であり、五穀豊穣、商売繁盛を祈願する、ボクもそう願って、拍手する。

 世良田神社、ありがたし。




 

More 神社由来
by ribondou55 | 2016-07-25 10:59 | ご近所巡礼記 | Trackback | Comments(0)
 今日は、熊谷祇園のうちわ祭りの最終日だが、あいにくの空模様。

 どうやら、夏風邪か?

 喉の奥に、嫌な感じがうっとうしく垂れ込めている。

 ダルイ。

 こうなると、耳を澄ませば聞こえてくような気がして、そのつもりになっても、なにも聞こえて来ない。

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 明日から関西への旅を計画していたが、宿をキャンセルした。

 無理は利かない。




 

 
by ribondou55 | 2016-07-22 09:27 | よしなしごとあれこれ | Trackback | Comments(0)

散る前には、しおれる。

by ribondou55 | 2016-07-21 22:10 | 咲いた咲いた何の花 | Trackback | Comments(0)
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 睡蓮は、綺麗、これに間違いはない。

 
 しかし、現実の世に咲く睡蓮は、ボクには、清らかながらも、ひどく孤独なようにみえるのだ。

 淋しい花。

 孤独がいけないのではない、己の孤独を受け入れられないことが、痛々しい、そんな感じをボクは持っている。

 哀しい物語の方が、ふさわしい花ではないか。



 モネの睡蓮は、輝いたのは一瞬、すぐに、色彩が光となって、溶け出してゆく。

 やがて、輪郭も形も失って、・・・。

 やさしい、画家のまなざしではないか。

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by ribondou55 | 2016-07-19 21:11 | 咲いた咲いた何の花 | Trackback | Comments(0)
 花ではないが。

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 ボクの住む埼玉の北は、麦も作るので田植えが遅くなる。

 すでに済んだ田がほとんどであるが、まだこれからという田もある。

 田植え時、たくさんの人手がいって一時人通りで賑わったあぜ道も、田植えを終えると人気がなくなる、その寂しくなった田んぼの水口の脇に、ヘビイチゴが・・・。

 
 ヘビイチゴとは、正式な和名であるのだそうだ。

    バラ類 rosids
  目:バラ目 Rosales
  科:バラ科 Rosaceae
  亜科:バラ亜科 Rosoideae
  属:キジムシロ属 Potentilla
  種:ヘビイチゴ P. hebiichigo

  学名  Potentilla hebiichigo  


 子供の頃、蛇いちごが生えている草むらには必ず、蛇が潜んでいるものだと、警戒心を抱いていた。

 そのせいか、こんな爺さんになっても、この紅い実を見かけると微妙に距離をはかる。

 畑の隅に見つけたりすると、つい急いで草かきで始末したくなるのだが、こんな句にもであうと、まったくそうだなと、腑に落ちた。

 蛇苺ふみにじらんとしてためらふ  上村占魚

 さらには、こんな句も、

 なにものが舐めしや紅肉蛇苺   山口青邨

 うわー、やっぱり、ヘビイチゴは恐ろしい。

 「なにもの」とは何者、邪悪にして、この上なくエロな存在のようではないか、でも、怖いもの見たさってことも。

 

 最期に、575fudemakaseさん、いつもお世話になっています、ありがとうございます。










 

 
by ribondou55 | 2016-07-17 22:59 | 咲いた咲いた何の花 | Trackback | Comments(0)
 足利市美術館まで、出かけた。

 諸般はさておき、東武足利市駅を下り、渡良瀬川を渡って、両毛線の踏切の手前に、パン屋さんがあった。

 午前11時30分、ちょい過ぎに、ボクはその店の前を通り過ぎた。

 ふと、店を覗くとご婦人方が店中にいて、品物を物色しているようなのだ。

 少なくない数だと思った。

 チェック!

 果たして、美術館からの帰り道、といっても、そこのお店から美術館は目と鼻の先といってもいい距離であるが、ボクはコロッケパンとハムサンド?を購入、二つで「二分の一コイン」ほどであった。

 ボクは、足利市駅のホームのベンチで頂いたのだが、とりわけ揚げたてのホクホクコロッケを挟んだ奴は、美味であった。

 今日、第一の収穫である。

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 さて、高島野十郎といえば、あの「蝋燭」である。

 というより、「蝋燭」だけが、あやふやなボクの記憶の中で灯っていた。

 どこで観たのか覚えがないが、とにかく「蝋燭」は繰り返し繰り返し描いていたという。

 けれども、実際に見てみると、なにやらスピリチュアル感がたっぷり。

 ボクは、この頃、こういうのは苦手になってきた。

 多分、二十歳代後半だったら、思わず合掌していたかも知れない。

 野十郎は仏教とりわけ空海に傾倒していたという。

 「阿字観」は真言宗の瞑想法であるが、これに「月」のイメージは切り離すことができない。

 野十郎の描く「光と闇」には蝋燭ばかりではなく、月と太陽と、そして闇が主題となる。

 いづれにしろ、蝋燭の灯り、月の光、それをじっとじっと見つめていると、不思議な気分になるはずだ。

 不思議な気分とは、瞑想的な世界に入り込むということだろう。

 そういう気分を、野十郎という人は好んだのだろうと、思う。


 全体として、理知的すぎる。

 かつ、自己完結的。

 あの静物画をみていて、つくづくそう思った。

 こうも思った、職業芸術家を超えようとして、ほぼそれが実現できた趣味の画家、いうなれば高等遊民の一人。

 一種の優れたオタク。

 好きになれないが、嫌いにもなれない。


 まともな画家は、太陽を正視した絵を描くことはないだろう。

 目がくらむだけだ。

 そういうところが、嫌いになれない理由だろう。


 

 

 

 
 


 

More 高島野十郎の「蝋燭」
by ribondou55 | 2016-07-16 23:49 | 目の快楽 | Trackback | Comments(0)
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 一昨年、(上越市直江津)居多ヶ浜(上越市直江津)で。

 浜昼顔。

 親鸞は、承元の法難によって越後に流され、約7年間をこの越後の地で過ごした。

 この浜は、親鸞が越後の地に下り立ったところである。

 比叡の山で20年の僧堂生活をしたとはいえ、越後に配流された生活は厳しいものであったに違いない。

 「愚禿釋親鸞」 と名告リ、非僧非俗の生活を開始する。

 この句の作者である素十も新潟に住んでいた時期がある。

 この句が、何時頃のものか、ボクは知らないのだが、あるいは、同じく越後の浜に咲いた昼顔であったかもしれない。

 

 ボクは、浜昼顔の丸っこいハートの形をした葉が好きである。






 

 

 
by ribondou55 | 2016-07-15 21:23 | この一首その一句 | Trackback | Comments(0)

花より団子、団子より昼寝がよろしい「隠居蛙」の日常をポロリ。誤字誤記多し、恐縮。


by 泡六堂