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 何分咲きかなんて、ボクには判定できない。

 だいぶ咲いてはいるが、見ごろゾーンには届かないなー。

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 ところで、県立熊谷図書館が、にぎにぎしくリニューアルオープンというので、出かけてみた。
 
 ちょくちょく利用させてもらってきたので、この間の長い休館は、不便で困っていた。

 それに、リニューアルということで期待もしていた、もちろん、ちょっぴりだ。

 なぜ「ちょっぴり」かというと、この埼玉県が図書館にお金をかけるというような、まともな県政を行うはずなどあり得ない、ということだ。

 はたして、予想どおり、期待はほんのわずか裏切られただけで済んだ。

 喜ぶべきか、怒るべきか?

 お金をかけていない!

 県立浦和図書館の閉館を受けて、いわば熊谷へ浦和が吸収合併?

 まあ、浦和へ熊谷が、ならわかりやすのだがね。

 でも熊谷の住民であるボクは胸をなでおろした、こちらだって大いにアブナい、熊谷だって結構な古さだ。

 とにかく県立浦和の建物が老朽化した、で、建て替えもせずに、熊谷へというのだが、これまで二館で運営してきた蔵書やサービスが、一館体制になったわけだ。

 大丈夫?

 だいたい、浦和を改修するか新築すべきだ。

 たとえ、地域図書館が充実していても、県立には県立の役目がある。

 どんな役目?訊くような輩が、政治をやってるのだろーなー。

 浦和及び、県南の市民は、どんな反応だったのか?


 で、リニューアルしたのだが、当然、スペースに限りがあるのだから、これまでに比べて、ボクの関心分野だけでも開架されている図書が激減した。

 書庫にあるのを請求せよ云うのだろうが、書棚の前にたって背表紙を眺め、手に取って、目次に目を通してはじめて、出会った本は数限りない。

 開架式の良さはそこにある。

 よっぽどの研究者でもなければ、目当ての本の指定などできない。

 ボクは、浦和の図書館へも一時期足しげく通っていた。

 あの長方形の書物の壁は、なつかしい、ああでなければ、その一冊に遭遇できないのだ。

 浦和に新図書館を、それくらいのハコをつくってみようよ。

 浦和・久喜・熊谷、三館体制の復活を強く望む。


 たまには、国政でも県政でも市政でも、これはすごい!やってくれたと、いうようなことをしてほしいものだ。

 

 

 
 

 
by ribondou55 | 2016-03-31 19:22 | よしなしごとあれこれ | Trackback | Comments(0)
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 昨日、全国高校選抜女子サッカーめぬま杯の一試合を観戦にいった。

 お目当てのチームは、地元高校を軽く破って、ボクは地元民としてはちょっと後ろめたい気分ながら、うれしかった。

 この試合会場は、熊谷市の利根川河川敷のサッカー場。

 グライダーの滑走路にじかに隣接する妙なところで、懸命に球を追う高校生の頭上を、優雅に翼を光らせながらグライダーが飛び交っている、ちょっといけてるスチエーションといえる。

 で、そのグランドの東に、なんと渡船場があるのだ。

 ボクは、試合観戦のあと、その利根川の渡し船にチャリ連れで乗った。

 
 急いで、「妻沼町町誌」を今手元に開くと、『葛和田渡船場と船問屋』と記述がある。要点を拾い出してみよう。

 元和二年(1616)に江戸幕府は利根川を横断する16の渡船場を定めた。葛和田渡船場はその一つである。葛和田の渡船場は、中山道熊谷宿方面と,上州館林方面とを結ぶもので、対岸は上州邑楽郡赤岩村(現千代田町)である。

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 現在は、新千代田丸が運行されていて、船賃は無料。

 乗船時間は、10分足らずであるが、うらうらかな川面を行く風に吹かれながらの小さな船旅は爽快この上ない。

 両岸は、今は菜の花が満開、その香があたり一面に。

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 未来のなでしこ候補のサッカー少女たち・ゆったりと飛ぶグライダー・のんびりと渡し船・咲き匂う菜の花の堤、いままさに、春。


 

More 赤岩渡船
by ribondou55 | 2016-03-27 21:57 | ちょっと、そこまで | Trackback | Comments(0)

ヨーグルト食い

 還暦を過ぎるまで、ボクはヨーグルトを進んで食べようとは思わなかった。

 ところが、前期高齢者に属したころから、ボクは己の身体に俄然関心が向くようになった。

 老いである。

 そして、この頃は、毎日、ヨーグルトを食べるようになった。

 ボクは、慢性的な便秘症で、漢方由来の便秘薬を常用してきた。

 これが、漢方というと穏やかな効き目というイメージだが、なかなか強い薬で、排泄はひどく緩い状態になる。

 腹痛も伴った。

 最近になって、ネットでこの漢方薬の副作用をしらべてみた。

 はたして、副作用は、かなりやっかいなものであった。

 その症状にちょっと心当たりがあったのだ。

 で、ボクは長い間頼り切ってきた薬を止めた。

 そうなると、やはり腹が膨れてくる。

 そこで、以前より配偶者から勧めれてきたヨーグルトを摂取し始めたのだ。

 結果、多少の時間を要したもの、現状では、かろうじて便秘から脱したように思える。

 下痢もない。


 しかし、まだまだ不安定で、少し生活のリズムが狂うとつらくなる。

 快食快眠快便というが、一番は快眠で、これなしに快便はないようにおもわれる。

 とにかく睡眠不足はいけない、ボクのなりの経験知である。

 市販の何種類かのヨーグルトを試して、今はビフィズス菌入りとやらに、ハチミツを垂らして、就寝前に摂取する。

 腸内環境とか、腸内フローラとか、なんだかボクにはわからないが、一応、ヨーグルト効果が確かにあると、断言はできないが、否定もできない、そんな感じだ。



 ただ、一つ言えるのは、ボクは案外ヨーグルトに関しては、食わず嫌いであったのだと、いうこと。

 毎晩就寝前のヨーグルトが、服薬のような気分でなく、おいしくなってきたのだ。

 就寝前に、一口なんて、どうかと思うのだが。

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by ribondou55 | 2016-03-25 23:30 | 舌の幸い | Trackback | Comments(0)
 熊谷気象台は、

 本日3月23日、さくら(そめいよしの)の開花を観測しました。
 これは、平年(3月29日)より6日早く、昨年(3月27日)より4日早い開花です。

 と、昨日発表した。

 「熊谷では、熊谷桜堤で観測しています」というのだが、ボクが住むあたりのソメイヨシノで開花しているのは、1割以下、ほとんどはまだつぼみである。

 業平さんの"世の中に 絶えて桜のなかりせば 春の心は のどけからまし''という歌の心は、何時の頃からか?ボクら日本人に共通する感覚となっていて、梅が咲くころのなると、次の桜が気にかかるのだ。

 そんなこんなか、開花宣言を待ち望むふうな傾向がある。

 ところが、今日はそんな気分に水を差すかのように、冷たい風が吹き、朝方まで雨さえ降っていた。

 おもしろいものだ。


 肥料というより土壌のアルカリ調整に使うにケイカルを購入するために「タネ屋」さんまで行った。

 空芯菜の種も買った、息子夫婦のリクエストである。

 青梗菜の菜花の種も購入。

 
 午前中は、水彩画の練習、昼飯後にHuluで、大林監督の「さびしんぼう」を観た。

 セピアの画面の尾道水道の風景は、たいそうなつかしく、尾道三部作のいづれもボクは好きだ。

 映画でなくてはならない表現を、嫌みのなくみせてくれる作品は、そう多くはない。

 1985年の作品、富田靖子・尾美としのり・藤田弓子・小林稔侍・佐藤允・岸部一徳・秋川リサ・入江若葉・樹木希林・小林聡美・峰岸徹・根岸季衣、みなさん若い、もちろん、文字道理の若さではない方もいるが。

 これらの方には、すでに亡くなれた方もおられる。

 30年以前の作品、セピア色の画面が、シックりくるはずである。

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by ribondou55 | 2016-03-24 18:46 | よしなしごとあれこれ | Trackback | Comments(0)
 見逃していた『お盆の弟』(監督・大崎章、2015年)を、深谷でようやく観ることができた。

 それに、昨日までお彼岸。

 
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 渋川清彦の主演で崖っぷちの売れない映画監督が再起をはかる姿を、全編モノクロームの映像で描いたドラマ。数々の作品で助監督を務め、2005年の初監督作「キャッチボール屋」が第16回日本映画批評家大賞新人監督賞を受賞した、大崎章監督の10年ぶりとなる監督第2作。不惑を目前に妻子と別居中で、兄マサルの暮らす実家に戻ってシナリオ作りに励む売れない映画監督のタカシ。悪友の藤村を通して知り合った女性・涼子を気に入ったタカシは、涼子のような女性が兄と付き合ってくれれば安心だと考え、頻繁に会う機会を作っていたが、涼子はタカシに対して本気になってしまう。一方、妻からはついに離婚を切り出され、なんとか妻の気持ちをつなぎとめようと躍起になるタカシだったが、映画の企画はうまくいかず……。兄マサル役で光石研が共演。脚本は「キャッチボール屋」でも大崎監督とタッグを組んだ、「百円の恋」の足立紳。 映画comより拝借

 売れない映画監督マサルは、実家に帰ってガン手術を終えたばかりの兄の世話をしながら暮らしている。
 
 その実家は、群馬県の玉村町、玉村とは群馬県と埼玉県の県境、東に伊勢崎市、西に高崎市、北に前橋市、南には藤岡市、埼玉県に囲まれている、玉村町には日光例幣史街道が通り抜けている。

 まあ、全国的云えばまったくなんだかわからない、普通に田舎である。

 都会といえば,ご近所では高崎。

 マサルは同郷の藤村と組んで映画のシナリオを作っている。

 藤村は、すでに脚本家としての自分を見限って玉村で、まんじゅう屋を本業としている。

 映画は、その玉村、高崎周辺でロケをしている。

 ボクは、その玉村や高崎に弱冠の土地勘があるので、ロケ地の風物がたまらく面白い。

 藤村の店のメニューは焼きまんじゅうと焼きそばの二品であったように思う。

 焼きまんじゅうには、あんこ入りというのもあったが、ボクは好まない。

 焼きまんじゅうは、上州のこの辺りのソウルフードである。

 この手の店が,この周辺で点在する、玉村にほど近い太田市はボクのサイクリングエリアであるので、昼飯時にお世話になるのが、「助平屋」という大胆な屋号の焼きまんじゅう屋で、おいしい。

 配偶者へのお土産にも買うことがある。

 同じく太田なら,市街に元祖吞龍山田屋あり、店先で食べるとお茶も出してくれて、ちょっと一休みには具合よい。

 それに、マサルと藤村が絡むシーンでは、やや不明瞭ながら、上州訛りが観察できた。

 実は、映画のなかでこの訛りを聴くことができたのは、初めて。

 
 まあ、どうでもいい様なことばかり書いたが、映画そのものも、とてもよろしかった。

 見ようによれば、しんどいテーマを描いているのだが、観ていると、ほのぼのしてくる。

 人情たっぷりの作品である。

 渋川清彦・光石研・岡田浩暉・河井青葉・渡辺真起子・柳田衣里佳、それぞれがほんとうに自然に演技している。

 監督の手腕だろうし、脚本の足立紳もいい。

 モノクロームの雰囲気もよし。

 云うなれば、映画の「品」が高い、そうおもった。

 きもちのよさは、その気取りのなさから発している。

 これは、易しそうで、実はたいへんむずかしいものだと、思う。





 
 

More 焼きまんじゅう
by ribondou55 | 2016-03-23 23:40 | 還暦シネマ | Trackback | Comments(0)

草餅・・ほどほどの安心

 
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 ヨモギである。

 草餅を搗こうと、配偶者がいう。

 広く広く区画された何枚もの水田の中に、あちらこちらに点在し始めた耕作放棄地?のとある個所に配偶者に連れて行かれた。

 さまざまな雑草が生えている。

 ヨモギも生えている。

 10センチほどに育っている。

 これを二人で摘んできた。

 それを、茹でてあくを取り、細かに刻んで、すり鉢でさらにつぶして、もち米と一緒に搗くのだ。

 搗くのは、電動餅つき機であって、労力はいらない。

 昨日、第一回目、つまり試作した。

 結果、問題は草餅らしい発色がない。

 ヨモギの風味はあるのだが、問題は目を楽しませてくれるレベルには到達していない。

 これがボクらの課題である。

 でも、今日は息子夫婦がお彼岸で訪ねてくれて、おいしく食べてくれた。

 次回は、数日中に搗く。

 ヨモギを増量する、さて?結果は。


 こんなことで、日が過ぎてゆく、ほどほどの安心、ボクら夫婦にはこんな感じが似合っている。

 お寺の境内の枝垂れ桜の数本の枝に、花がちらほら。

 東京は開花宣言があった。



 
 
by ribondou55 | 2016-03-21 23:06 | よしなしごとあれこれ | Trackback | Comments(0)
 このあたりでは、彼岸前には、ジャガイモの植えつけを終えるようにと、云われているらしい。

 配偶者が、近所の人から聞いてきた。

 そんな風な知恵をどこからか仕入れてきて、ボクを叱咤激励する。

 知ったかぶりしやがって、とボクは内心面白くない。

 この手の話題が、彼女の知人の間では普通にあるらしく、種まき時や肥料のあれこれなんかを、聞きかじってきて、エラソーにボクに云ってくる。

 実に、面白くない。

 だいたい、彼女の情報源とて、おお旨ぷくぷく奥様方がほとんどだから、たいして実経験があるとは思えない。

 しかし、この辺りは昔々は田園地帯であったから、ご先祖様らの言い伝えや農作業を見よう見まねで知っているという、地元民が多いらしいのだ。

 一方、ボクはずぶの素人であって、入門書やネットを頼りに細々やっている。

 基本的に、すべてが初体験であって、自信もなければ、当然見通しもない、いうなれば、五里霧中なのだ。

 そういう自覚があるから、配偶者のシッタカ振りに、ちょっと、動揺してしまう。

 これまで、ビギナーズラックというか、いい感じに作物ができたこともあるし、

この辺りでは見かけない品物を栽培したり、菜っ葉や蕪や大根なんぞに必ず花を咲かせてみたりするので、

朝夕の散歩の折に我が菜園に目を止める人もいるらしく、そんなことが、配偶者経由で聞こえて来たりする。

 まあ、変わり者扱いなのだろう。



 そうであるが、本日、じゃがいもの植えつけを終えた。

 土地の人々のお言葉を信じたのである。

 これぐらいで変人扱いがとまれば、ラッキーだ。
 
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 はたして、こんな感じで、新ジャガを食べたいものだ。
by ribondou55 | 2016-03-19 18:26 | 畑にいます | Trackback | Comments(0)
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 今日もひとりの
              石垣りん

 ビルが建つ
 事務所が足りない、という
 卑近な目的にかりたてられて
 東京中にたくさんのビルが建つ。

 そのかしましい響きの中で
 今日
 「また一人工事現場で死んだよ」
 と、さりげない人々の物語り、

 あの危険な生活の足場から
 木の葉よりも軽く
 撃たれた小鳥よりも重くどさり、と落ちて死んでしまった。

 「それはね、一つのビルが建つには
 たいていあることなんだ」
 誰もが日常茶飯の中でそう言い捨てる
 この近世の非情に対して
 私たちは無力に相づちをうつのであろうか。

 その目の中に太陽を宿し
 その胸に海をいだき
 こころのぬくもりで
 むざむざと失ってならないものが
 たやすく否定されたりする

 たとえばひとつの建築
 あるいは大きな事業のためには
 ”やむを得ない”などと、
 だから
 平和のためのいくさ
 などともいえるのだろうか。

 道に横たえられていた鉄筋が
 生きているもののように立ち上がり組み立てられる
 その建築の
 その目的の
 それが造る人ひとりひとりにきざまれた
 希望であり
 目的であるような
 そのようにいのちも心も生かされる
 人間の仕事はないものだろうか、
 もしそうであったら
 建築と共に残る私たちの歴史は
 どんなに輝かしいことだろう。

 今日また一人のひとが足場から落ちて
 死んだ、
 あの危険な場所へ登って行ったのは
 ビルを建てる願いのためではなく
 食べるため
 或いは食べさせるrために
 
 今日もひとりの人が死んだ。



 よい陽気なので、終日畑の手入れをした。

 とりあえずは、ジャガイモを植えるためにだが、ついでに冬野菜の残りや、はるキャベツ、菜の花、イチゴ、かき菜、ネギ、玉ねぎなんかが育つ畝と畝の間をスコップで掘り起こし、牛糞たい肥を入れた。

 例によって、トランジスタラジオからイヤホーンで音楽を聴いたりしながらだが、大体は参議院の予算委員会の中継だった。

 腹が立つよりあきれた。

 あきれた。

 答弁に立つ首相Aやもろもろの大臣やら官僚やら

 質問する与党・野党の議員さん

 ぜーんぶ、残念。

 そこで、りんさんの詩を思い出した。

 こんなこころやまなざしが奴らには、まったくない!あるいは、どこかに置き忘れしまっている。

 尊大で

 はしたない。
by ribondou55 | 2016-03-18 21:02 | この一首その一句 | Trackback | Comments(0)
 こんな日、午前中は絵筆をもてあそんで悪戯描き、午後は少し読書しながら眠ったりして過ごした。

 それでも、時間をもてあまし、古い写真をハードデスクから呼び起こしていた。

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 こんなのがあった。

 ボクは、このごろでは子どもたちも見向きもしないだろう「遊具」であるコンクリート彫刻を、すごいなと、たまに自転車を漕いで通り過ぎる度に感じる。

 どこかの美術館の前庭で、茂みの影にでも飼って欲しい。

 相当にいいものだと、ボクは思う。

 熊谷市の妻沼、利根川の堤にそった小さな公園にいる。


 昨日は、横浜美術館で、「村上隆のスーパーフラット・コレクション ―蕭白、魯山人からキーファーまで―」を観た。

 愉快な展覧会で、たのしかった。

 村上隆さんは、たいそうなコレクターで、非常なお金持ちあることに改めてびっくりした。

 展示されたモノには骨董品と云われるものもあった。

 ボクは、骨董というのが、よくわからない。

 古くて希少価値があるということだけだったら、そういうものを好むコレクターがいることに不思議はない。

 ボクの知り合いにも、石臼ばかり集めている趣味人がいた。

 しかし、高尚な審美眼を持った人々の手から手へと渡ってゆくというものが、がらくたであるはずもない。

 見た目で、それらがボクを惹きつけ、勿論ボクの方も誘惑されたいというようなモノは、自分の言葉ではふつうに云うと、古かろうと新しかろうと「美術品」であって、それらの一部が、どうであると骨董とよばれるモノになるのか、そのへんが、どうもわからない。

 たとえば、魯山人っていかなる方?、どうも付加価値がお高そうで・・・・・?

 いづれにしろ、お金の切れ目が縁の切れ目っていう感じで、「お宝」は。

 でも、展覧会は、オテンコモリでたのしかった。



 当日の横浜は、マラソン大会もやっていた、マラソン愛好家の数の多さにもびっくりした。


 中華街で食べた「ぐるなび」3.9のランチコースは、お粗末だった、生ぬるい四川は困りものだ、断っておくが、その店を選んだのはボクではない。





 

by ribondou55 | 2016-03-14 21:28 | 目の快楽 | Trackback | Comments(0)
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 今日のような寒い日は、あまり愉快な気分になれない。

 やはり、こんな花壇が、待たれる。

 このあたりでは、ちょっと遠出して群馬フラワーセンターのチューリップがいい。





by ribondou55 | 2016-03-12 23:54 | この一首その一句 | Trackback | Comments(0)

花より団子、団子より昼寝がよろしい「隠居蛙」の日常をポロリ。誤字誤記多し、恐縮。


by 泡六堂