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『ルンタ』を観た

 『ルンタ』(監督・池谷薫,2015年)を観た。

 
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 この映画で、チベットの現状へとわれわれを誘うのは、ブログ〈チベットNOW@ルンタ〉「ダラムサラ通信」の発信者、中原一博氏である(www.lung-ta.org)

 作品中で、ロプサン・ノルブというお爺さんが証言する。

 お爺さんは、80歳。セラ僧院の僧侶だったが、1959年中国がラサに侵攻したとき、銃を持ち戦った。激しい戦闘の中で負傷し、捕まった。そして、その後24年間監獄に入れられていた。1988年、再逮捕を逃れるためインドに亡命。現在ダラムサラの小さな部屋で1人暮らしをしている。足が悪くいつも杖をついている。

 中原氏とは古くから友人だという。

 そのロプサン・ノルブさんの証言の一部、ボクにとって感銘深いかった言葉が、ブログに起こされていたので、その部分を引用させて頂く。

 ー2009年以降、焼身という抗議の方法を取る人が増えていますが、焼身についてどう思われますか?

ノルブ:彼らはまさに国と民族のために焼身しています。彼らは熟考の結果あのような行動を選択したのです。自分の命を絶つことで、他人が苦しまないですむようにと、自分の命を国と民族のために役立てようと考えたわけです。そのように考えず例えば中国人を殺すなら、それはただの暴力です。中国人を殺すことはできます。5人や6人、銃がなくてもできます。でも、そのようなことをせず自分の命を投げ出し、国や民族のために役立ちますようにと祈りながら、死んでいるのです。ダライ・ラマ法王の長寿を祈りつつ死んでいるのです。それは暴力ではありません。世界の人たちにチベットの現状を訴えているのです。中国はチベットや新疆を侵略し、弾圧しています。今、中国はラサに自由があると言っていますが、自由なんてありません。ラサのパルコルの至る所に検問所があります。僧院の入り口には銃を持った部隊が立っています。ひどい時代なのです。人々はまるで囚人のようです。ラサは監獄同然ですよ。それでもチベット人たちは中国人に暴力を振るったりしないのです。それは観音菩薩であるダライ・ラマ法王の「他者を害してはならない」というお言葉に従っているからです。非暴力主義に従っているのです。ダライ・ラマ法王がそのようにおっしゃっていなかったら、青蔵鉄道はラサまで到達できなかったことでしょう。死んでもいい、殺されてもいい、すべての路線を破壊し尽くそうとしたでしょう。でも中国がこれから先も弾圧を続けたらどうなるか分からないと思います。法王が亡くなられた後はどうなるか分からないと思います。道路や橋や鉄道を破壊するというような暴力行為が始まるかもしれません。


More「ルンタ」とは。
by ribondou55 | 2016-01-29 23:25 | 還暦シネマ | Trackback | Comments(0)
 「セッション」(監督・デミアン・チャゼル、2014年)を観た。

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 いかにものアメリカ映画である。

 この映画は、主人公のドラマー・ニーマン ( マイルズ・テラー)よりも、助演のJ・K・シモンズの演技が見もので、その通りこの年のアカデミー賞やらゴールデングローブ賞やらの助演男優賞を軒並みかっさらっている。

 役どころはシェイファー音楽学校の中でも最高の指揮者として、ニューマンを徹底的にしごくのだが、どこまでが「教育的配慮」か、「音楽的私情」なのかが判別できない。

 なんせ、邦題はよくあることでオブラートに包んだ表現だが、原題は「Whiplash」、鞭打ちってこと?

 云ってしまえば、新兵をいじめ倒して訓練する、鬼軍曹ってな役どころか。

 この手の話は、僕らは星飛馬と星一徹の関係性でおなじみのスポ根ものとして、自家薬籠中の使い勝手のいい涙腺刺激剤であって、その音楽版だから、ジャズセッションの醍醐味を加味して、まず「hhhhha!おもしろい」と思うが、それだけ。

 一種、音楽は狂気だから、まあ、そのレベルに達するセッションというものはあるだろうし、ラストシーンで二人が、シンクロしてゆくあたりの表情は、いい感じだ。

 ボクは、J・K・シモンズはテレビドラマ「クローザー」のロス市警運用担当副本部長役の保身至上主義の「スーダラ狸ぶり」が大いに気にいっていて、この「セッション」では、それと正反対のガッツぶりで、その辺も見終えてから、笑った。

 それにしても、色気の薄い映画ではあった。

 朝 トースト コーヒー ババナミルク 味噌汁 林檎
 昼 カレーうどん たくあん 蜜柑
 夜 回鍋肉 鰯の丸干し 里芋の煮付け 貝の佃煮 自家製の白菜漬け 納豆 青さの味噌汁 ご飯


 

More 当然なこと
by ribondou55 | 2016-01-28 17:39 | 還暦シネマ | Trackback | Comments(0)
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 先ほど、畑から摘んできた。

 この他、水菜・九条ネギ。

 寒い日が続いていたが、それでも春はやってくる。


 今日の朝日朝刊、林真理子さんのSMAP騒動への一撃は、ようやくまともな話が聴けたように思った、・・・・、基本的にはどうだっていいのだが。
by ribondou55 | 2016-01-26 17:48 | 舌の幸い | Trackback | Comments(0)
 『イニシエーション・ラブ』(監督・堤幸彦、2015年)を、レンタルDVDで観た。

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 これは、この監督さんの先だって観た『天空の蜂』の前作である。

 この作品も、いい感じに職人っぽい監督さんだなァと、思った。

 松田翔太と前田敦子の共演で、乾くるみの人気小説を映画化。原作は、最後の2行に仕掛けられたどんでん返しが評判を呼び、発表から10年以上を経て130万部を超えるベストセラーになった話題作。映画は、1980年代後半の静岡を舞台に、奥手で恋愛経験のない大学生・鈴木が、合コンで知り合った女性マユとの日々を通して変化していく姿を描く「Side-A」、就職先の会社で東京本社に転勤することになった鈴木がマユを置いて上京し、本社の同僚・美弥子との出会いで心が揺れる「Side-B」という2つの物語が並行しながら、原作とは異なるエンディングを迎える。監督は「SPEC」「TRICK」シリーズの堤幸彦。 映画comより拝借

 原作が、たいそう人気らしい、そこで既読か未読かによって、この映画の印象が大分ちがうようなことがあるらしい。

 まあ、トリックが仕掛けれていて、どのくらい観客をラストまでだまし続けられるかがこの映画の肝で、最期の種明かしはびっくりポンというほどではない。

 だましのテクニックがなかなかのものだ。

 これまでボクらが何度も何度もテレビドラマなんぞで観てきた陳腐な恋の未熟者たちの物語を、これでもかこれでもかと展開し、聞き慣れた懐かしい歌謡曲もつぎつぎとと繰り出し、80年代のファッションに車、・・・・、つまり、観るものはみんな納得、予想したとおりの展開、何とも安心して観ていられる、だまされているなんてみじんも思わさせられない。

 でも、少し感じやすい観客なら、ダイエット以前の鈴木とダイエット以後の鈴木の間で、人格が激変していることに違和感を持つはずだが、物語は進行する、いったん流れの中に入ってしまうともう見えていても見えなくなることがある。

 おそらくオレオレ詐欺の手口もこんなものかも知れないと思った。

 それにしても、そのトリックの主役は、成岡 繭子(前田敦子)。

 慧眼のお姉さん方は一目で、こいつ嫌なブリブリ腹黒女と見抜くだろうが、ボクはそう思わないことにして、観ていた。

 歯科衛生士、短髪、20歳、合コンで知り合った鈴木と付き合うようになるのだが、このどこにどこにでもいそうな一見純情風な女の子の「たくらみ」のしたたかさは、たいしたものだが、これとて特段に個性的とも思えず、つまりありふれた女の子の人生を楽しむ一般的な処世術なのかも知れない。

 到底、アホな青少年男子の太刀打ちできるところではない。

 で、このくせ者繭子に、どこまでも普通っぽい前田敦子はぴったり来る、へーと思った、AKBというのは、バラしてひとりひとりにすると、いろんな人がいるのだと、この頃のはやりに疎い,老人はおもった。

 朝 トースト バナナミルク 紅茶 林檎
 昼 ネギたっぷりお好み焼き 味噌仕立ての雑煮
 夜 おこわ系のデパ地下弁当 ニボウトウ(上州のソウルフード。鶏肉・季節の野菜たっぷり・外見はきしめん風であるが、もっとモチッとしたうどんを醤油味で煮込んだもの。今日のように寒い日には最適の暖まり料理。) 野沢菜漬け ヨーグルト(便秘対策)





 





 

  
by ribondou55 | 2016-01-23 21:56 | 還暦シネマ | Trackback | Comments(0)
 遅ればせながら、レンタルに出たので、ようやく『きみはいい子』(監督・呉美保、2015年)を観ることができた。

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 「そこのみにて光輝く」でモントリオール世界映画祭の最優秀監督賞を受賞した呉美保監督が、2013年本屋大賞で第4位にも選ばれた中脇初枝の同名短編小説集を映画化。5つの短編から成る原作から、「サンタさんの来ない家」「べっぴんさん」「こんにちは、さようなら」という3編を1本の映画にした。真面目だがクラスの問題に正面から向き合えない新米教師や、幼い頃に受けた暴力がトラウマになり、自分の子どもを傷つけてしまう母親など、子どもたちやそれに関わる大人たちが抱える現代社会の問題を通して、人が人を愛することの大切さを描き出す。出演は高良健吾、尾野真千子のほか、「そこのみにて光輝く」に続いての呉監督作となる池脇千鶴、高橋和也ら。 映画comより拝借

 原作は未読であるが、この映画は映画として、『そこのみにて光輝く』に続く作品としての期待に背かない。

 子どもへの虐待、貧困、子どもの間のいじめ、或いは、自閉症などの広汎性発達障害があるこどもたち、それらをすべてを呑み込んで流れてゆく学校の日常、勿論、それはぐずぐずの親や教師たちのありかたの問題でもあるが、それらのやっかいなあれこれを幾層にも積み上げて、「現代」を描いてゆくこの若い監督の手腕は、大したものだと思った。

 演出の冴えは、随所にあるのだが、ボクが感心したのは、誰かに抱きしめられてくることという宿題をだした、駆け出し教員の岡野( 高良健吾)が、その宿題をどのように果たしてきたか生徒ひとりひとりに尋ねて行くシーンで、とてもすばらしい。

 ぬくぬくと炬燵を囲んで一緒に観ていた配偶者は、「わァー,急にドキュメンタリーになっちゃたわ」と口にした。

 ボクも同感、あれは訊かれた子どもひとりひとりの実体験に違いないと思った、もちろん進行上の「役」を演じる子役さんもいるが、多くは素顔で実感を話していたに違いない。

 そういうことで、子どもたちの「演技」がすばらしい、なかでも加部 亜門(2003年生まれ)の才能には驚かされた。

 この作品でも、ラストシーンが、とてもいい、どんなに暗澹とした現実でも、その闇に向かって開くドアをノックすることをあきらめてはいけない。

 新米岡野は、きっとよいセンスをもった教員になってゆくだろう。

 次回作を期待して待てる監督さんがまたひとり増えた。
by ribondou55 | 2016-01-22 21:48 | 還暦シネマ | Trackback | Comments(0)
 けさは、大雪の懼れがあると、昨日の夕方の天気予報で、イヤに語尾に力を込めるお天気お姉さんが伝えていたとおり、我が家の周辺に、20センチは越えそうな雪が積もっていた。

 今は、雨に変り、時折霙交じりになる。

 寒いので、炬燵でYouTubeで、デヴィッド・ボウイのミュージックビデオを観た。

 その後、どういう道筋か、清志郎さんの『イマジン』に行き当たり、最期の武道館コンサートの「イマジン」だけではなく、続けざまに、時々のライブ映像を見ていると、何となく、この傑作というしかない訳詞の「僕らは薄着で笑っちゃう。ああ 笑っちゃう」という言葉にこもっている思いが、ボクにも伝わって来る気がした。

 まさしく「薄着の僕ら」と「厚着の彼ら」、それと付け加えれば「裸のひとら」、それで世界は構成されている。

 そういうことだ。

 そうそうと思ったら、ボクも随分と「厚着」になってしまったと、苦笑するほかない、そう思った。



 どうやら清志郎さんは、亡くなるまで「薄着」でいられたのだなと、武道館の動画を観ながら思った。


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 朝 磯辺焼き(餅) 味噌汁 バナナミルク 林檎 
    コーヒーミルが壊れてしまった、多分十年以上は使っていた愛用の品、酷く残念。
昼 カレーうどん 漬け物 
夜 鍋・水炊き(キンメ・鮭・鱈などの切り身、練り物、野菜たくさん、豆腐、白滝)、佃煮、野沢菜、塩から、卵かけご飯、味噌汁。




 

 
by ribondou55 | 2016-01-18 11:16 | 世界は昏いか? | Trackback | Comments(0)
 昨日、同じ三ヶ尻の地区にある龍泉寺のダルマ市までゆくのに、幸安寺を素通りするわけにはいかないと、今年初めのお参りをした。

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 熊谷の西部三ヶ尻、上越新幹線北側の山門と桜の木が目印、これが幸安寺です。代々の花好きな住職、檀信徒の皆さんの協力で花の寺として知られるようになりました。梅、桜、ミツマタ、ツツジ、サツキ、紫陽花など、四季折々の花が咲きます。珍しいところでは、クマガイ草(4月半ばすぎ)ハンカチの木(4月下旬から5月初旬)牡丹は中国の苗です。
 毎年、4月29日は『花まつり』。手づくりのお祭りを開催しています。 熊谷市HPより


 ボクは、このお寺さんのファンである、大体毎年『花まつり』にはお参りに来る。

 何が好きか、このお寺の静けさである。

 しだれ桜の頃なら、それはもう云うことがない。

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 幸安寺は臨済宗南禅寺派のお寺である。

 確か、本山の南禅寺の塔頭のひとつ慈氏院には、達磨大師像の立像があって、珍しさもあって信仰を集めているとか聞いたことがある。

 この幸安寺にも、その達磨さんの堂々たる石像がある。

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 そんなご縁でいえば、これから向かう龍泉寺よりこちらの方が達磨大師への縁が深いのではないかと、なんて思うのだった。

 山門の手前の左側に蓮の池がある、そのほとりの梅の一樹がもう匂っていた。

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 で、その梅の木まで、池を巡って行こうとしたところ、ふと目を遣った足下に河童が立ち並んでいた。

 おお、昔、黄桜酒造のCMで見た清水崑の作風を連想させられる、なんとまあ色っぽい女性の河童もいるではないか。

 
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 笑った。

 このお寺が、益々好きになった。

 朝 トースト コーヒー 味噌汁 バナナミルク 林檎
 昼 和歌山ラーメン(行列のできる・・・とか)+野菜たっぷり お稲荷さん
 夜 鯖の味噌煮 シューマイ もやし炒め ブロッコリーのサラダ ご飯 具だくさん味噌汁 野沢菜漬け




 
by ribondou55 | 2016-01-12 23:27 | ご近所巡礼記 | Trackback | Comments(0)

映画、『母と暮らせば』

 『母と暮せば』は2015年12月12日に公開された日本映画。主演は吉永小百合と二宮和也。監督は山田洋次。
 井上ひさしが晩年に構想していた、「ヒロシマ」・「ナガサキ」・「沖縄」をテーマにした「戦後命の三部作」の意思を山田が引き継ぎ、「ナガサキ」をテーマに制作された[1]。「ヒロシマ」が舞台である井上の戯曲『父と暮せば』と対になる形となっている。 (ウィキより)


 つまりこの作品は、井上ひさしが構想した『命の三部作』の内、井上の生前に上演もされ、映画化もされた「父と暮らせば」、亡くなる直前まで執筆しようとしていたという「木の上の軍隊」、そして構想のみ残された「母と暮らせば」、その「母と暮らせば」を、この度山田監督が、井上の意思を引き継いで映画化したといういうのだ。

 井上の手で構想が実現されのは「父と暮らせば」のみで、『木の上の軍隊」は蓬莱竜太により戯曲化され、「母と暮らせば」が、本作品となる。

 ボクの中では、『父と暮らせば』(監督・黒木和雄、2004年)での原田芳雄・宮沢りえが演じた親子の姿が印象深い記憶となっている。

 まさしく、この作品は対を為していて、死んでいるのは息子・生き残ったのは母、『父と暮らせば』では、亡くなったのは父・生きているのは娘。

 本作は長崎、前作は広島、ちなみに『木の上の軍隊』は沖縄である。

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 さて、この映画だが、山田巨匠の「映画」であった。

 福原伸子 (吉永小百合)、福原浩二 ( 二宮和也)、佐多町子 ( 黒木華)が、それぞれの役を、破綻なく演じている。

 被爆時の様子は、象徴的な一瞬のカットのみで、丸木夫妻の「原爆の図」のような凄惨なシーンはない。

 語られるのは、謂わば戦争によって断絶させられた命への追慕であり、喪失感の深さ、人の手によって引き起こされた悲惨であり、天災にでも遭遇したかのように「運命」としてなどと、断じて受け入れることはできないと、いう怒り・・・。

 作品では、噛んで含めるように、被爆以後、敗戦以後の辛酸を観客に知らしめるように、エピソードを繰り出してくる。

 まあ、それは巧みな脚本であり、演出であって、ボクら戦争知らない還暦爺さんにも、十分伝わってくる。

 まあね、うまいのだが、・・・・・、声を低めて云ってしまうのだが、押しつけがましくてウザイ。

 この手の「誠実な主張」は、現実の政治的力関係の中では、もうほとんど無力である。


 さてさて、ボクはこういうファンタジーっぽいのは、山田監督にはふさわしくないのでないかという、疑念も持った。

 第一、真面目すぎる、当たり前すぎる、そういう「幽霊」は、ボクの好みではない。

 それに、町子さんが婚約者を、伸子さんに紹介したあたりから以後は、いらない。

 親子で手に手を取ってあの世へ、なんて、・・・・、どうなんだろう???

 それは、もしかしたら、長崎で亡くなっていった人々への鎮魂の思い?はたまた救済?

 と、思ったのであります。


 朝 蜂蜜トースト コーヒー 林檎
 昼 焼きそば(富士宮風) きんぴら オレンジジュース
 おやつ 鯛焼き 
 夜 マグロの中落ち丼弁当 白菜とネギと揚げの味噌汁 京芋の煮付け 沢庵




 
 

More 訃報
by ribondou55 | 2016-01-11 22:44 | 還暦シネマ | Trackback | Comments(0)
 
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 前橋の初市には、ダルマの露店が主役である。

 縁起物といえば、「五穀豊穣、大漁追福、商売繁盛、家内安全、無病息災、安寧長寿、夫婦円満、子孫繁栄、祖先崇拝や招福祈願、厄除祈念や「ハレ」に纏わる物など多岐に渡る。また、祭礼や縁日や市などの寺社の参道や境内や門前町・鳥居前町において参詣者に授与・販売する歴史的、文化的背景のあるものを指す。」(ウィキより)、ダルマもその代表的なものの一つだ。

 ボクの棲む街では、今日と明日観音さんのお寺の境内で、ダルマ市が開かれている。

 明日、時間があればのぞきに行く。

 ボクは、そのダルマだが、拝む対象であるとは知らなかった。

 例えば参院戦も近いが、当確でわきたつ選挙事務所の背景に、ダルマさんが鎮座していた、ああ、そうだ、必勝祈願、やっぱり拝むモノだった。

 ボクの印象では、場末の大衆食堂のブラウン管テレビの上に、油と埃で薄汚くなった、片目すら入れてもらえなかったダルマさんが、ぽつんと座っておいでになる、そんな感じのものだが、実際は、大変な崇拝のされようらしい。

 認識をあらためよう。

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 ダルマさんが、禅宗の開祖の菩提達磨であることぐらいは、ボクだって知っている。しかるに、今は宗派なんて関係なく縁起物として、売られている。

 多くは赤色の張子(はりこ)で製作され、目の部分は書き入れずに空白のままに残す。そして何らかの祈願を行い、祈願が叶うと目を書き入れるという習慣がある。

 大体、群馬高崎は黄檗宗の少林山達磨寺の近在が、その張り子のだるまの発祥の地であるようだからして、群馬の県都である前橋初市の賑わいももっともだ。

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 ところで、だるま様に祈願するとして、どのようにだるま様に呼びかけるのだろうか?

 「南無だるま大師、今年こそ宝くじ、せめて二等賞なりとお願い申し上げます。」とか、称えるのだろうか?

 罰当たりなボクは、少し悩んだ。

 いや罰は当たったらしい、些細なことで、ボクは不機嫌になり、配偶者は黙り(だんまり)となった、気まずい帰宅となったからだ。

 朝 蜂蜜トースト コーヒー バナナミルク 林檎
 昼 来客有り・・うどん+付け汁 巻き寿司(穴子・鉄火その他) 白菜漬け きんぴら 京芋の煮付け
 夜 塩鮭 煮込みうどん 沢庵 きんぴら 京芋の煮付け とろろ ご飯少なめ






 

More 些細なこと
by ribondou55 | 2016-01-10 22:31 | ちょっと、そこまで | Trackback | Comments(0)
 『バット・ルーテナント』(監督・ベルナー・ヘルツォーク 、2009年)をHuluで観た。

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 アメリカ、ニューオリンズ。巨大ハリケーン・カトリーナの襲来を受け、警察署が水没してしまう。刑事テレンス・マクドノー(ニコラス・ケイジ)は、署内に置き去りにされた容疑者を救い出す。この功績によりマクドノーは表彰され、警部補に昇進する。一躍正義の刑事となったマクドノーだったが、裏では、恋人である高級娼婦フランキー(エヴァ・メンデス)と、ドラッグやギャンブルに溺れる日々を過ごしていた。さらにマクドノーは、警察が押収したドラッグを保管庫から盗み出すという悪事まで働いていた。昇進から1年後のある日、セネガルからの不法移民の一家5人が惨殺されるという事件が起こる。マクドノーが捜査の指揮を執ることになるが、事態は思わぬ方向に展開していく。  KINENOTEより拝借

 ニコラス・ケイジの神経質そうなグズグズ感がこの役にぴったり。

 ドラッグと汚職まみれのろくでなし警部補の反吐が出るような所行が、次から次へと。

 だが、もう一方では、至極まっとうな善行も行う。

 人を性善説と性悪説で説明しようにもそんなことはできない、そんなことを馬鹿馬鹿しくこの警部補が体現する。

 つまり、究極のスーダラ野郎と、ボクには見えた。

 ドラッグ中毒の幻覚、この警部補だけに見えるイグアナが前景大写しに這うシーンは、テレビ画面で観ても大胆で斬新、カメラの腕の冴えを見せてくれる。

 ボクにとっては、おもしろすぎた作品で、もう一度見て考えたいという印象が残った。


 朝 トースト コーヒー 林檎
 昼 雑煮 漬け物(沢庵・白菜・松前漬け)
 おさんじ  甘酒(前橋・初市で、美味し、酒っぽくて、暖まった〉
 夜 野菜炒め 冷や奴 味噌汁 漬け物 ご飯(外食である、定食屋)




 


 
 
 
by ribondou55 | 2016-01-09 23:10 | 還暦シネマ | Trackback | Comments(0)

水面を滑りまわって世を過ごし、その上、空を飛ぶ羽も持っているあめんぼは、老蛙の憧れだ。


by 泡六堂