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 去るGW中のある日、群馬県邑楽郡板倉町に坐す雷電神社に出かけた。

 五月晴れのさわやかな午前、昼飯まではちょっと間がある。

 神社境内脇の臨時駐車場、料金五百円也。

 さて、本殿へと赴こうとすると、社務所らしき建物。

 その玄関先に真っ赤な幟が何本も立っている。

 その赤字の布になんと「なまずさん」と染め抜かれている。

 
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 なんだ?

 
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 玄関先に、巨大なまず。

 これ、「撫でると地震を除けて自信が湧き出る「なまずさん」として親しまれております。地震・雷・火事を除ける御守もございます。ナマズに代表される川魚は水場である板倉の大切な食資源でした。神様からの賜りものとして大事にされております。(雷電神社HPより)」とか。

 『地震を除けて自信が湧き出る』、いいねェ。

 駄洒落で御利益、さすがにこの国の神様はおおらかなもんだ。

 それに、「なまず様」ではなく、「なまずさん」、「さん」付け、これもフレンドリー。

 その上、門前の飯屋の名物は、ナマズの天ぷら。

 こういうのホントにいいね。

 そこで、小生も、配偶者も、丁寧に「なまずさん」のオツムを撫で撫でしてきたのでした。

 
 さて、本殿は総本宮雷電神社。

 「当神社の歴史は古く、1400年をさかのぼります。主な御祭神(ごさいじん)は、天地に轟き、火と水の大いなる働きをつかさどりたもう、火雷大神(ほのいかづちのおおかみ)・大雷大神(おおいかづちのおおかみ)・別雷大神(わけいかづちのおおかみ)です。また、併せて、学問の神、管原道真公がおまつりされております。推古天皇の御代、聖徳太子が天の神の声を聞いて、伊奈良(いなら)の沼に浮かぶ小島に祠(ほこら)を設け、天の神をお祀(まつ)りしたのが最初とされています。 雷電神社HP」という。

 北関東に棲むものなら、冬は赤城おろし、夏がどんぴしゃ雷様、そう誰でも知っている。

 辺りはすっかり夏めいてきた。

 また、夕立の季節がやってくる。

 この暑すぎる北埼玉では、夕立がさっと通り過ぎた後の、涼しさは格別だが、ピカピカゴロゴロはまったく余計だ。

 くわばらくわばら。

 雷電神社、ありがたし。

 ここでは、地震雷火事親父の内の、頭の二つが除けるのだから。



 実は、なまずだけではない、社殿の彫刻にはこんなのも、

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 鰻である。

 本殿背面周囲に石原常八主信作の華麗な彫刻があります。本殿東側に「浦島太郎」の物語、右側に「素戔嗚尊」。縁下脇間に「唐子遊び」が刻まれ、特に唐子遊びの内に鰻取りがあるのは池沼の多い当地方から生まれたと思われます。(ぐぐっと群馬県HPより)

 あれ、それだけ、なにか寓意は?御利益は?
 






 
 

More 車谷長吉さん、逝く。
by ribondou55 | 2015-05-19 21:39 | ご近所巡礼記 | Trackback | Comments(0)
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 ここは、環境省の「湧水ポータルサイト」・「埼玉の代表的な湧水」に「近年湧水量が極端に少なくなっている。」と紹介されている。

 何時の昔かは分からないが、滾々と澄み切った水が湧きだしていたのだろう。

 その御手洗池のほとりに、水神様が祀られていて、ボクはこの辺りを散歩する折々にお参りしている。

 その祠の裏手の坂を登ると、西別府の湯殿山神社が鎮座し、そのお社の裏手に、古代祭祀遺跡がある。

 西別府祭祀遺跡は、市内西別府にある湯殿神社社殿裏のかつて湧水があった堀の周辺に形成された祭祀遺跡です。遺跡は、古墳時代も終わり飛鳥時代といわれる時代から平安時代の終わり頃まで継続的に、豊富な湧水に祈りを奉げていた跡です。それは、豊富な湧水の恩恵に感謝し、未来永劫その恵みを望む、「水(水神)に対する祈り」であったと考えられます。
 この周辺は、この頃、幡羅(はら)郡の郡家(郡役所)がつくられ、地方の政治の中心地として栄え、郡役所と関わりがある寺院(西別府廃寺)がつくられた場所でした。このように、郡役所・寺院・祭祀がまとまって確認されている例は珍しく、岐阜県関市・弥勒寺官衙遺跡群に次いで2例目です。また、古代の原風景が復元できその景観が今に残っている場所は貴重です。( 熊谷デジタルミュージアム 読書室より拝借)


 なんとも、この地の古代の世界へとタイムトリップするには、格好のポイントではないか。

 特にこの時期、新緑の森の下はまことに心地よく風が吹き抜ける、ぼんやりするのには好適な癒しの場である。

 ついでに云うと、この祭祀遺跡は熊谷市域にあるのだが、幡羅遺跡は深谷市・熊谷市の両市の間に広がっている。で、この遺跡は全国的にも貴重な遺跡であることから、両市共に遺跡の周知に努力している風なのだが、さすが「ふっかちゃん」で名をあげた深谷市は、なかなかPR上手で、こんなキャラクターもいて、面白い。

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 幡羅遺跡の「ハラ君」(深谷市HP「幡羅遺跡にようこそ」参照)。これはほろ酔いバージョンであるという。

 熊谷も、もうちょっと遊び心が欲しいものだ。

 上野の国博のマスコットは、熊谷出身ではないか。

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 いづれにしろ、水神様にお願い。

 このところの異常気象にあっても、どうぞ我が畑には野菜がすくすく育つだけの恵みの雨をお降らしくだされますよう。

 

More 水神
by ribondou55 | 2015-05-16 23:44 | ご近所巡礼記 | Trackback | Comments(0)
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 是非とも一度は訪ねてみたかった。

 はからずも、今日寄り道できた。

 渡良瀬遊水地に先月日、95年ぶりに帰ってきた旧谷中村の延命院の鐘の音が響き渡った。

 この日は谷中村遺跡を守る会(針谷不二男会長)主催で同遺跡の草刈りが行われ約20人が参加した。アシ原の中の共同墓地と雷電神社と延命院跡に茂る夏草を刈った。珍しいスズランが墓地の中央に20数株植えられていた。北海道佐呂間町に移住した旧谷中村の子孫が持ってきたのだろうか。足尾鉱毒事件の辛酸な歴史を語る同地を訪れる人は多い。

 午後、きれいになった延命院跡に藤岡町歴史民族資料館から延命院の鐘が持ち込まれた。同会の人らが交代で鐘を鳴らした。田中正造も聞いた鐘の音がアシ原に響いた。「谷中村の廃村の時、やむなく村を出る祖先の人たちの無念の思いが、伝わってくる。歴史の風化を取り戻してくれる」と針谷会長は鐘の音に聞き入っていた。

 この鐘は1907(明治40)年に足尾鉱毒の沈殿地を作るために国の強制破壊で廃村となったころ、雷電神社の御手洗池(みたらせいけ)に沈められたとされ、その後行方不明になっていた。

 1986年九月、郷土史家らの調べで埼玉県幸手市の火の見やぐらにあることがわかり、同会の石井信一さんが同やぐらに登り確認した。この鐘の発見者は幸手市消防団の野口博伸さんで、鐘に刻まれた「下野国下都賀郡下宮」の地名と寛保元(1741)年の年号を見つけて、郷土史家の小路精蔵さんに伝えた。消えゆく火の見やぐらの鐘が奇跡的に残っていた理由は「一番、鳴りの響きがいいからだろう」と針谷会長は語っていた。

 発見から16年後の昨年11月に藤岡町に返還され、95年ぶりに里帰りした延命院の鐘。谷中村の歴史が刻まれた貴重な財産は、いま同町歴史民族資料館に展示されている。今後は、延命院跡で、谷中村が藤岡村に合併され廃村となった1906年7月1日にちなみ毎年7月1日に鐘を鳴らしたいと同会は願っている。(「東京新聞2003年8月 『渡瀬有情 夏の谷中村遺跡で』 より拝借)


 ご近所と云うにはちょっと遠いが、気持ちの上では、意外なほど近い。

 国の在り方を考えるとき、なんども立ち返る出来事の地である。

 フクシマへの道筋の起点といえるだろう。

 谷中村を追われた人々、「立ち入り禁止区域」として住み慣れた地を奪われた人々。

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 それにしても、渡良瀬遊水池は広大であった。2012年にサムサール条約に登録され、かつて鉱毒により辛酸をなめた地が、今は国際的に貴重な水鳥の棲息地に指定された。歴史とは、一筋縄ではいかないものだと、しみじみ思う。

 それはそうと、新たに「明治日本の産業遺産」が世界遺産登録実現の運びとか。

 昨日今日、ワイドショウも盛んにはしゃいでいる。

 それならば、いわば公害問題の原点、足尾銅山鉱毒事件の史跡である、「足尾銅山」とこの「旧谷中村遺跡」も、そのひとつに是非、加えて欲しい。

 この島国の近代化から得たものは、手放しで称揚できるものばかりか?

 すでに、足尾銅山は日本一の銅産出量を誇り近代産業の発展に大きく貢献した産業史跡として、国の史跡になっているそうだ。

 だがね、今やこの島国の近代化を誇るより、「公害対策インフラ」によって世界貢献をもくろむ国として、その近代化の裏面にあったことへ思いをいたし、「痛切な反省」をわすれないためにも、足尾鉱毒事件関連史跡こそ、世界遺産登録にふさわしかろうと、思うのでありました。












 
by ribondou55 | 2015-05-05 23:19 | ご近所巡礼記 | Trackback | Comments(0)

花より団子、団子より昼寝がよろしい「隠居蛙」の日常をポロリ。誤字誤記多し、恐縮。


by 泡六堂