人気ブログランキング |

<   2013年 05月 ( 3 )   > この月の画像一覧

 『百年の時計』(監督・金子修介、2012年)を車でひとっ走り、上州赤城山のよく見えるあたりの映画館で観た。

 感じのよい作品だった。

b0018682_17464524.jpg


 ウィキに詳しい紹介がある。その紹介にまずこうある。

 高松琴平電気鉄道創業100周年記念事業のひとつとして全編香川県内オールロケによって制作されたご当地映画である。

 「ご当地映画」というと、ご当地演歌のようなものかというちょっと色眼鏡がかかった感じになる。確かに県知事さんまで登場するのは《?三つ》という御仁もおられようがぎりぎり嫌みにはなってない、監督の腕か。

 ミッキー・カーチスさんのお姿を見に行ったのだ。七十歳はとうに越えておられるはずだ。しゃんとしていて、少しも老人臭くない。ちょっと重い物語であるが、軽快なノリであたりを「暗く」しない。いいなあと駆け出し老人のボクとしては思う。

 高松は、直島をはじめとした瀬戸内おしゃれアート巡りの、云ってみれば基地になっている。香川県はうどんだけではないと、いうのがキャッチだが、その通りなんだろう。

 この作品では、その「アート」がいうなればお話の元になっている。

 だいたいこの節の「アート」では、大抵のものが《インスタレーション》とかいわれる。

 インスタレーション (英語: Installation art) とは、1970年代以降一般化した、絵画・彫刻・映像・写真などと並ぶ現代美術における表現手法・ジャンルの一つ。ある特定の室内や屋外などにオブジェや装置を置いて、作家の意向に沿って空間を構成し変化・異化させ、場所や空間全体を作品として体験させる芸術。ビデオ映像を上映して空間を構成することもあれば(ビデオ・インスタレーション)、音響などを用いて空間を構成する(サウンド・インスタレーション)こともある。
 空間全体が作品であるため、鑑賞者は一点一点の作品を「鑑賞」するというより、作品に全身を囲まれて空間全体を「体験」することになる。鑑賞者がその空間を体験(見たり、聞いたり、感じたり、考えたり)する方法をどのように変化させるかを要点とする芸術手法である。最初はおもに彫刻作品の展示方法の工夫や、ランドアート・環境芸術の制作、パフォーマンスアートの演出に対する試行錯誤から誕生したが、次第に彫刻などの枠組みから離れ、独自の傾向を見せるようになったため独立した表現手法として扱われるようになった。
(Feペディア)

 
 安藤行人(ミッキー・カーチス)はすでに過去の人になりつつある、その回顧展を新米の学芸員の神高涼香(木南晴夏)が行人の故郷高松で開催するという設定である。回顧展の新作発表は琴電を舞台に駅から駅への運行の中で行われる、いうなれば琴電インスタレーション。

 琴電の進行につれて百年前から現在へと時間が流れてゆく。開業当時、出征兵士、安保闘争、・・・・、電車の乗客も自分の過去に出会いながら年を重ねてゆく。そして終点つまり「現在」を問い直す、あるいは「現在」を肯定し受け入れることができる自分に変容してゆく、二両連結の電車は100年の時間をゆったりと走り抜けたのだった。

 わかりやすい、いい話だ。

 「時間」は過去から現在へと、棒のように伸びてくるのでない、そういう時間は物理的な真実かもしれないが、ボクらが体験する「時間」は、過去と現在と未来が、まるで共時的?なできごととして想起されたり体験したりする、つまり、ボクらひとりひとりのこころに刻まれた「時間」の不思議をおもしろく表現していたように思う。

 「百年の時計」とは、もしかしたら、ボクのへその下あたりにあるような気がする「腹時計」に似たものかもしれない。握りしめた手のひらの中の時計は、必ずしも物理的なあるいは制度的な一秒を恒に几帳面に刻んでいるわけでもあるまい。
 
 確かに時間は過ぎてゆくだけのもの、取り返しのできないものである。しかし、ボクらの「時間」はi生き直すことが、もしかすると可能なものとしてあるのかもしれない、とか?


 だがお客さんが入っておりませんでした、残念。

「老人」映画としても、とてもいい気分の作品だ。
by ribondou55 | 2013-05-28 17:33 | 還暦シネマ | Trackback | Comments(0)
 今週の日曜日19日、午後から浅草の三社祭に思い立って出かけた。

b0018682_1735501.jpg


 数日前からなぜか気分がくさくさして配偶者のご機嫌をそこねることを続けていたので、関係の調整に入ろうと、お祭り好きの配偶者を誘ったのだ。

 久々に人中に出るとなにか感慨があるかというと、なにもない。

 強いて云えば、有名な天ぷら屋の天丼を数十年か振りに食べたが、いただけなかった。つまり、評価に値しない食い物になっていた、浅草もそんなもんかと思い、そんなもんだろうと、一人で納得した。

 田舎もののボクは、東京といえば一様に花の都であって、23区の間でこれほどの違いがあり、かつ互いに妙な対抗意識を持ち合っていた、とは思いもしなかった。これじゃあ、おらが村とおめえの村との間の軋轢とまったく同じことである。

 実際に暮らしてみると、例えば浅草などは世田谷の方で暮らしている人には別世界で、雷門なんてくぐったことがないという人をたくさん知っている。

 以前、ちょっと堅苦しい集まりの懇親会の幹事をしたとき、ちょいとはずれて浅草の食い物屋にしたところ、舌の肥えたおばさま方からやんわりと且つ手厳しい不評をかった。勿論、浅草にだって残念な店があるだろうから、店選びの失敗したボクがいけない。浅草だったからと云っては語弊がある。でも、今だって、ちょっと名の知れた店ではあった。

 ボクの貧弱な舌からすると、ウナギや寿司はだいたい世間水準なら美味いのだ。浅草界隈の多くの店はその水準を超えているのだろうか。もっとも食べ歩く気力も財力もない小生がとやかくいうのもおこがましいが。

 どうも、悪口を云うのは楽しいのもので、筆がすべるし、おしゃべりにもなりすぎる。反省。


 上野駅からぶらびら歩いて行くと、一之宮の御輿に出会った。一之宮の御輿には鳳凰?がとまっているので、一目で分かるのだ。

b0018682_17363378.jpg


 どうやら一之宮の担ぎ手は、さすがに一層高揚しているようだ。

 いつもながらの御神輿の巡行風景であるようだが、しかし、よく見ると前後左右への練り歩く際の「ぶれ」に勢いがある。

 初めて知ったのだが、浅草神社の三つの御輿は祭最終日の朝宮をお出ましになり、日が暮れて宮入りするまでの間に三方向に分かれて氏子の住む町々を町内ごとに担ぎ手をリレーしながら巡行する。これを本社神輿各町渡御(ほんしゃみこしかくちょうとぎょ)といい、実はこれが祭りのクライマックスであったのだ。

 前日は、町内神輿連合渡御(ちょうないみこしれんごうとぎょ)といわれ、浅草氏子44ヶ町の町内神輿約100基の渡御がある。浅草寺本堂裏広場に参集した神輿が、一基ずつ発進。浅草神社でお祓いを受けた上で、各町会へ渡御するのだ。

 その本社御輿の担ぎ手だが、これが大変な大人数。各町内の滞在時間は4,50分、これに350人ほどの人々が担ぎ手として加わっていると聞いた。これらの人々に担ぐ機会を均等に保証するのは高度な苦労仕事だろう。

 云うまでもなくこの方々の中には地元の担ぎ手ではない助っ人さんたちが多数おいでになるようだった。つまり、お江戸を代表する祭りとして、「祭りの頂点」を極めてしまった感のあるこのお祭りを、すべての町会が毎年毎年維持運営していくのは、たいした気骨をおることにちがいない。

 実は昨年は一人でこのあたりを徘徊した。昼飯に浅草寺裏の小さな餃子屋でチャーハン餃子を食った。油っぽい店の隅っこに、どうやらその担ぎ手さんらしき一団もいて、すっかりできあがっていた。木更津あたりの高校の思い出話に大いにに盛り上がっていたのを思い出したのだった。

 つまりそういう形で維持されている。ボクは埼玉や群馬の農村山村の村祭りをこのところ、のこのと訪ねることが比較的多いのだが、どこだって老齢化と過疎化のWパンチであるが、何と云おうが経済原理主義の世の中、わずかでも観光化されたものだけが生き延びようとしている。だが、そうはいっても観光化はある意味本来の祭りの伝統的な姿を歪める力ともなる、見せ物になるのは避けることができない、そういう感じがする。

 もう一つ、印象的であったのは、これはボクの勘違いかもしれないが、町内の巡行を終えると、次の町会に御輿を引き継ぐ、それまでの担ぎ手は解散とあいなる。その三々五々の横顔、表情は今ひとつ冴えない感じ、どう見ても完全燃焼後の虚脱?・・・・、たぶんそれはないな。


 配偶者も今週、還暦を迎えた。

 ボクも子供たちも、記念的な誕生日であるから、おおいに盛り上げた。懐もスコシバカリ傷んだ。

 
 そんなこんなしつつ、風邪をひいてしまった。潜伏期間を考慮すると、やはり浅草からかつできたらしい。

 医者は漢方の薬を処方したが、そのほかついでに痰切り咳止めその他諸々の西洋由来のお薬、・・・・・風邪ごときでなんという大げさな。

 

 今週、サツマイモを植えた。いづれは来るに違いない食糧危機に備えてサツマイモぐらいは作れなくてはいけないと、思ったからである。

 
by ribondou55 | 2013-05-23 17:28 | よしなしごとあれこれ | Trackback | Comments(0)
 

 2013年5月23日

 自転車に乗って町中に出た。

 地方にはよくあるのれんのやや寂れ気味のデパートで買い物をした。

 買い物と云っても小さな品物、ポケットにいれた。

 両手はちゃんとハンドルを確保できる。

 ボクの常用の自転車はGAIANTのエスケープとう云う奴で、もう年代落ちのモデルながら当時の一番上のグレードで、5年間以上もずっと愛用している。

 これは普通のママチャリよりちょっとタイヤが細く、フラットハンドル、変速機も装備されていて、車体も軽い素材でできている。

 町中でも、一番整備されたちょっとおしゃれに整備された道を、JRの駅方向へ走っていた。

 よく晴れて、初夏の川沿いの道である。


 「嗚呼、転ぶぞ!」

 と、妙に冷静な判断が脳裏をかすめて、・・・・結果的に転んでいる。

 ほとんど段差がないと見えたものの、車道から歩道へ乗り上げる幅20センチほどの斜面で、前輪が滑ったのを、確かに見ていた。

 滑るかもしれないという恐れを事前に感じていたからだ。

 それでも、ハンドルをキープ出来なかった。

 なんで?

 危険性を察知しながらも、まんまと転んでしまう。


 恥ずかしい。正面から歩いてきた中年女性が駆け寄ってきて、「前のタイヤが滑りましねエ。大丈夫ですか?」と、親切に言葉をかけてくださる。

 後ろから来た作業服のお兄さんが3,4人無言であるが、立ち止まって気遣ってくださる。

 ボクは、恥ずかしさばかりが先行して、無様に歩道に投げ出された身体を起こしながら、「大丈夫です。大丈夫」と慌てふためいて繰り返す。

 「転ぶぞ転ぶぞ」と、予測しつつ転んだのに、その結果に慌てている。

 「ああ。あれが、我が人生の愚かさの本質だった、と・・・。」

 勿論、身体のあちこちの痛み具合をチェックするように、のろのろとペタルを踏む帰路の道すがら、身にしみて思ったのである。

 幸い砂利道ではなく、路面はつるつる、スピードものろのろ、そういうことで、擦り傷一つなく外見上は問題ない。

 一応、転ぶぞ警報が身体反応にも伝わったらしく、反射的に回避的な反応も少しはできたらしく、・・・何も覚えていないのだが。

 ボクの貧弱この上ない運動神経よ、よちよち歩きの赤ん坊以下の身体能力よ、その割には、よくやった。

 これが、下り坂カーブ、砂利道なんぞであったら、全身血だらけと相成る。下手すると確実に骨折事故となる。

 ああ、やはりでも、ヘルメットを装備する時期が来たのかもしれない。

 遠出はスポルティーフという車種に乗り換えるのだが、これとて、転倒するときはきちんと転ぶはずだ。

 (あっ、あのときの女性や若者のお気遣いのありがとう、でもどうか、いい年してすかしたチャリになんか乗ってるから転ぶのだと、・・・そんな風に思わないでほしいと・・・。)

 だとしても、ピチピチモッコリのレーサー風のユニーホームは、金輪際お断りだが、ヘルメットは、・・・「こころ旅」の正平さん風にしてみようか。迷うのである。


 とにかく、本愚録に「記録」しておこう。

 今夜は、オムライスが食べたい。


b0018682_18281693.jpg


 身体が痛くて、野菜畑に行けないので、空ばかり。


 2019年05月22日 追補
 
 
 高齢者の運転能力への疑問が、連日ワイドショーで語られている。

 前の転倒は、幸い?誰にもご迷惑をかけないですんだが、その懼れが十分アル失態だった。

 車道側に転んだのだから、後続の車があれば、ボクを轢くことになったかも知れない。

 そうなれば、運転されている方にとっては、迷惑千万ではすまされない。

 
 ボクは、ワイドショウのコメンティターのどなたかがいうように、運転能力は年齢を問わず、全く個別的なものだというのに、賛成でアル。

 ついでにいうと、能力とともに「資質・適性」についても同様でアル。

 それをどうすればチェックできるのか、大変ムズカシイのは誰にもわかる。


 ともあれ、個人的には加齢によって、とっさの臨機応変の対応が鈍くなっているような気がする。

 ボクは、あの一度の転倒以来、自転車に乗る際は、随分慎重になったと思う。

 自動車についても、最近、自動ブレーキの車に乗り変えたのだが、だからといって気を許すことはできない。

 
 ボクにも幼い孫がいる。

 かれらにもしもの事があればと、思うと。


 いずれ免許証返納の時が来る。

 ・・・、今すぐ、返納しても、余り困らないかも知れない。



 
 

by ribondou55 | 2013-05-17 18:34 | よしなしごとあれこれ | Trackback | Comments(0)

花より団子、団子より昼寝がよろしい「隠居蛙」の日常をポロリ。誤字誤記多し、恐縮。


by 泡六堂
カレンダー
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31