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 風が強い一日だった。

 携帯電話をこのところ放っておいた。

 いくつかの不在通知。

 いくつかのメール着信。

 銀行の待ち時間にしばらくぶりでメールの整理をしたが、己の言葉でする返信が、どことなく自分自身にしっくりこない。

 
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  『ツレがうつになりまして』(監督・佐々部清、2011年)を観た。



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 よい映画である。

 もちろん「鬱病をこころの風邪」なんて云われたら、馬鹿にするなと、思う人も多いだろう。

 しかし、誰でもが罹るかも知れない病気だということは、知っておくべきだと思う。

 それも、やっかいなことに自分で命を絶つコトになるかも知れないのだ。

 これはほんとうにきつい。

 この映画の見所は、宮崎やよいだ。

 とてもいい感じだった。こんなにできる人だったのか、感心した。

 《こわれないことに価値がある》という。これは、わるくないことばである。

 
 数日前『紀子の食卓』(監督・園子温、2006年)を観たのだが、こちらはみごとに壊れる。



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 これについては、『自殺サークル』を観たあとでもう一度見直してみよう。







 

 

by ribondou55 | 2013-01-30 23:57 | 還暦シネマ | Trackback | Comments(0)
 浦和に出る用事があった。

 少し足を延ばして、トーハクの「東京国立博物館140周年 特別展「飛驒の円空―千光寺とその周辺の足跡―」を観た。

 なんやかやあって足が遠のいていたお江戸である。なんと半年ぶりに上野駅に降り立ち、昼飯をどこにしようかと、ふらふら歩き、広小路から天神下の方向へ、そこで「どてモツ煮込み定食」なるものを食べた。悪くなかった。

 腹を満たして、上野公園方向に戻って、トーハクまで歩いた。

 半年前は公園の噴水周辺は工事中であったが、殺風景な広場に変わっていた。スタバなんかできていた。

 周辺の森も整理されたのだろうか、少し前まであちらこちらの茂みの奥にひっそりとあった青いビニールシートハウスは一つもなかった。恩賜の公園だそうだが、万民が賜ったわけではないようだ。・・・・・・おもしろくない。


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 円空が今に生きていたらシートハウスの人々にまず木っ端に彫った観音さまを授けにまわっただろう。

 生涯で十二万体も仏さんを刻んだという。

 十二万という数は途方もない数だ。現存するものだけで約4500体。

 寺や神社に納めた仏や神も多くあったろうが、そのほとんどはたぶん身近にあった人々のために彫った「お守り」の仏像であり神像であったのではなかろうか。

 円空の現存する作物のもっとも古いものは1663年(寛文3)32歳のころの神像であるようだ。長良川畔で入定したのが、1695年(元禄8)、64歳の時である。ああ、小生も今年64歳になる、同い年でないか。なんと即身仏として素懐を遂げたとか。

 たとえば、かりに生まれたばかりの円空さんが仏さんを削りだしたとして、それから64年の生涯を終えるまで彫ったとして、一年間に1875体づつ彫った勘定だ。さらに一日あたりにすると、5.13体。

 この膨大な数の神仏は、どこへいったのか?

 やっぱり、お守りだな。

 ところで、円空さんの作品中で国宝だったり重文だったりに指定された仏さんは一体もないのでは?

 そうだな、国宝やら重文になれない円空さんがボクは好きだ。いや、円空さん自身が国宝になんていわれたら、まっぴらごめんと云いそうだ。

 トーハクの円空の会場は、こんな部屋が隠れていたのかという感じの本館正面階段の裏側であったが、そこから正面玄関の方に戻って、左の平常展の部屋にはいるとぴかぴかの仏さんがおいでだ。由緒正しい仏さんだ。これらは、れっきとしたお宝である。博物館にふさわしい仏さん。

 所詮、円空さんは変わり種?

 薪を割るようにたたき割られた木っ端から生みだされた仏さんと洗練を極めた仏師たちの手から生み出された仏たちと、さてさて、どっちがありがたいのか?

 どっちがありがたいなんて、もちろん愚かしい問いだが、小生としては薄暗い民家の仏壇の隅や粗末な神棚の脇におかれて、だいたいはそこにあるのも忘れさられしまうような木っ端のような仏さんに愛着を覚える。

 神仏は、困った時の心の支えになるのが勤めだ。困った時の神頼み、頼まれないような神仏では役に立たないのだ。ボクはお宝の仏さんより、路傍のお地蔵さんを信用している。お宝はあまりに遠くにおいでで、僕らのことなんか、本当はなにもご存じあるまい。円空さんの神仏は、家の「お守り」村を守護してくれる神仏であったろうと、だから、やさしく笑っている。せめて、仏さんだけはいつでもほほえんでいてほしいものだから。

 なんだか、ばかげた感想文になってしまった。

 円空については、一度きちんとお勉強してみたい。



 

by ribondou55 | 2013-01-25 23:04 | 合掌 | Trackback | Comments(0)
 畑のおでん用大根がちょっと自慢だ。

 よく太ってくれた。

 味も悪くない。

 映画から帰ったらおでんで夕飯。

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 山田洋次監督の『東京家族』(2013年)を観た。

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 観客のほとんどが僕ら夫婦とほぼ同世代の人々であった。

 この作品は小津安二郎監督の『東京物語』(1953年)のリメイクであるいうことが、映画館まで僕らが足を運んだ動機の一つになっているは確かだ。しかし、どうなのだろう、小津作品をお手本にした臨書のような作品だと思って、似てる似てないなんていうのは、あまり意味がないと思った。どちらがいいとか、悪いとかいっても始まらない、そんなものは小津作品の方が優れているというのに決まっているからだ。

 今夜、たまたま会津の射撃好きのお姉さんのドラマを見たあと、終の棲家を求めて「漂流する老人たち」のドキュメンタリーをNHKで観た。

 2013から1953を引いてみよう。この六〇年間で、家族のありようは大きく変わった。

 そういう観点から「東京物語」と今度の「東京家族」を比較するのは悪くないような気もする。

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 それと、「物語」から「家族」へと題名が変わった。これも気になる。

 「物語」は尾道で暮らす周吉とその妻とみが東京に暮らす子供たちに会うために旅をした顛末である。では、「家族」はいうと、現代の東京に生きる子供たちそれぞれの「暮らし」が丁寧に描かれている。周吉ととみの物語というより子供たちの現在に光が当てられており、その光の反射のなかに老いた父母の姿が浮かんでくる。

 思い浮かぶままにメモすると、「物語」では、原節子演ずる戦死した次男の妻の(紀子)の存在ががなんといってもこの作品のおおきな魅力の一つになっている。1953年であれば、若い戦争未亡人というのはリアリティがあったのだろう。で、「家族」では、次男・昌次はちゃんと生きていて、(紀子)にかわって東京見物に父母を案内する。妻夫木聡は昌次をよく演じている。だがね、やっぱり原節子相手では、分が悪い。なんていっても美し過ぎる戦争未亡人が相手では、これだってはじめから勝負はついている。では、これこそ本命の昌次の恋人間宮紀子は、どうなんだ。これは、山田洋次さんがもっとも好む「優等生」の女の子だ。蒼井優さん、ボクだっていいなと思った。だがね、これだって戦争未亡人にはかなわない、映画の物語としては。しかし、そこがあれから60年経った東京である。蒼井優さんの「平凡な紀子」でしかない、でも、それが山田監督が思い浮かべるリアルな人間の姿なのかな。

 実際に老いた母とのつきあいを通じて思うことは、老人問題というのは、「家族」のあり方の問題なのだ。


 そんな風に2013年に瀬戸内海の小島から上京したとされる周吉ととみが、実は山田監督の「観念」からやってきたということは、すぐにわかる。
 つまり、そんなに幸せな老夫婦はざらにはいないのだ。
 とても恵まれている。

 子供たちがそれぞれの事情で数日間老いた両親に寂しい思いをさせたからと云ってあれこれ云うのはおかしいのであって、こんなことなら何の問題もない。美容院を営む滋子を薄情だと思ったりするのは僭越だと、たとえば胸に手をあてないでもボクなんかは感じる。たとえ長い間同居してきた両親でも老いてしまえば、子供の家庭にとっては「異物」なのだ。そうだとすれば、長男夫婦も長女夫婦も常識的なおもいやりに満ちている。文句のつけようがない。
 
 本音で云うと、この周吉ととみは、美しい「嘘」である。こんな風に老いて死んでゆけるなら六八歳の死が早すぎるとしても、幸せである。周吉は妻になきあとも、心優しい隣人たちに助けられて、やがて住み慣れた我が家で死んでゆけるのだろう。

 とりあえずの印象。細かいことをいってもしかたないな。

 多くの人が鼻をすすっていた。

 ボクも、隣に座る女房に気づかれないように涙を拭いた。

 老人たちがとみのように亡くなることができ、周吉のように老いの日々過ごせるならこんなによいことはない。

 そういう映画だと思った。

 出演者全部がよくやっている。

 山田洋次はやはりたいしたものだ。


 横尾忠則は、やっぱり「三叉路」。


 おでんを食べながら我が老妻とあれこれ話した。彼女は、蛍ちゃんの変わり果てたおばちゃん振りに感銘したようだった。




 

 
 
by ribondou55 | 2013-01-21 00:53 | 還暦シネマ | Trackback | Comments(0)
 寒い。
 
 午前中、隣町の図書館まで年越しした返却延滞図書を届けた。

 カウンターのたぶんパートの中年女性が飛び抜けて愛嬌に富んでいたのでびっくり。

 自分の町のカウンターのお姉さんはたいてい不機嫌そうなので、ちょっと、おばさんになると、そういうものかと。


 隣町へ行くには北風に立ち向かうことになる。

 自転車で三〇分ほど。

 ギアを軽くして走るのだが、それでも、これが、なかなか辛かった。

 薄手の手袋であったから、指が凍えた。


 帰路は追い風、楽ちんだった。


 家に着くと、暖まる間もなく、畑から春菊と小松菜を摘んできてと、配偶者から。

 鍋焼きうどんには春菊の風味が、とても合うのだ。

 畑は霜が溶けて長靴の底にべたべたとくっつく。

 春菊はよくできているが、小松菜はまだ10センチほどだ。でも、そんなでも、りっぱに小松菜の味わいがある。

 

 『セイジ 陸の魚』(監督・伊勢谷友介、2011年)は、佳い作品だ。
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 だが、ちょっと垢抜けしすぎている、そこがいいというひといるだろうが、・・・・・。

 セイジ:西島秀俊
 僕:森山未來
 翔子:裕木奈江

 この三者のそれぞれによかった。裕木奈江にはちょっとびっくりした、年をとったのがいい感じだ。


 「陸の魚」という比喩がすべてか。英題は「FISH on LAND」。


 この世界にとうてい生きることができそうもないものが、この世界に生きていた。


 もうひとつこの映画の肝は、最後まで何者か明らかにならない荒ぶる無差別殺人者の存在。


 圧倒的で理不尽な暴力。

 片腕を落とされてしまう幼い少女、魂の殺人。

 「神」は?


 でも、この映画はそれでもこの世界は「暗黒」ではないと、云おうとしている。


 音楽もいい。










 
  
 
by ribondou55 | 2013-01-18 16:15 | 還暦シネマ | Trackback | Comments(0)
 《ミニシアター シネマテークたかさき》まで。

 都心やさいたま副都心まで出るより、時間がかからない、当然交通費も安い。電車も混まない。

 時間調整なら高崎市役所の21階展望ロビーがある。飯も食える。

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 今日は市立中奥図書館によってみた、立派な図書館である。ここでも、ちょっとほっとできる。

 つい半年前までは、来る日も来る日も遠距離通勤でくたくた、夕方から晩はふらふらとほっつき歩いていた都心に、猛暑八月以来、一歩も足を踏み入れていない、けれども寂しくもないし、恋しくもない、こんな風になるとは。

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 「演劇1」(想田和弘監督、3012年)を観た。

 同監督の「精神」(2008年)を観てから2年ぶり?いや3年前?

 あの映画にはちょっと助けられた。

 今度の「演劇1」も大変おもしろかった。

 ただ視ているだけのようでいて、視てしまうことがあるのだ。

 「映画」であるから、普段のとおりに見えているということとは全く違うのだし、その場に立ち会っているというわけでもないのだが、ちょっと日常に近い水準に「映画」の時空が開けている?ような感じがある。

 水準というより「地続き」にという位置か?

 でも、やはり、それを観衆として客観的に視ているボクがいる。

 映画はどこまでいこうと幻影だ。

 めんどうだな。

 「観察映画」というのは、じつは案外、イカサマ臭いかも?

 そこがおもしろさか。

 そして、平田オリザという人の魅力はいうまでもない。


 来週「演劇2」が上映されるが、時間的な余裕がない。残念。
by ribondou55 | 2013-01-15 23:37 | 還暦シネマ | Trackback | Comments(0)
 今朝、七草粥を炊いた。

 「七草なずな 唐土の鳥が 日本の国に 渡らぬ先に ストトントン」とは、どういう意味なのか?「唐土の鳥」とは、鳥インフルエンザを運ぶ鳥のことではあるまい。

 ネットで当たると、こんな記事があった。

 正月七日に食べる粥で、せり、なずな、ござょう、はこべら、仏の座、すずな、すずしろの七種の若菜を入れて作る。この七草は所と時代に依って多少ちがっている。粥を煮る前に七草打ちということをやる。それは恵方へ向って綺麗な俎板へ七草をのせて、庖丁、火箸、摺こぎ、杓子、金杓子、采箸、薪などの台所にある七種のもので七たび七草を打つのでその時に「七草なずな、唐土の鳥と日本の鳥と、渡らぬ先に、七草なずな、手に摘み入れて、こうしとちよう」と歌いながら、拍子を取って囃すのである。これは「つく」という悪鳥が渡って来るのを追い払うのだと云われている。     『岡本綺堂 江戸に就ての話』(岸井良衛編 青蛙房刊)

 では、「つく」なる鳥とは?

 粥は、おいしかった。米一合、畑でとれた蕪と大根、それに小松菜・蕪の葉だけ、足すことの餅三きれ。味付けは塩のみ。

 それから年賀状のお返しをプリントして、発送。

 昼飯は、アンゼルセンのシナモンロールその他、コーヒー、ココア。

 食後、今日から再開された正平さんの「こころ旅」を視て、配偶者は定期検診に出かけた。

 小生は、DVD二本立て。

 『HOME 愛しの座敷わらし』(監督・和泉聖治、2012年)は、ほのぼのとした家族再生の物語。

 岩手、転校生、座敷童とくれば、宮沢賢治の「風の又三郎」ってことかと思ったが、そうでもない。それでは、「遠野物語」?、そんなことでもない。

 今時の家庭に起こりそうなエピソードをほどよく交えて、お行儀がよくて、ほっこりできる映画になっている。

 原作を読んだ後での印象はまた違うのだろうが、このお話はこれまで。
 
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 『さや侍』(監督・松本人志、2011年)は、おもしろい。

 DVDを視ている間に来客や電話があって、ちょっといい加減な感じで視てしまったのだが、後半は自然に気合いが入って視ていたような気がする。

 この映画のおもしろさは、こtれまでにないお侍さんを登場させたことだ。

 刀身が無い「さや」のみを腰に差した「侍」とはなにか?

 だいたい「刀は武士の魂」なんていう常套句があるが、そもそも「刀」は武器であって、魂なんぞでなはない。たぶん太平の世になって戦う用事の無くなった「刀」を元々戦闘要員であったことを忘れまいとして、「刀」を武士階級の象徴として取り出して見せたのだろう。

 とうことは、「さや侍」とは実のない「侍」、あるいは「半侍」ということか?「魂」を捨ててしまった侍でありながら、もとより侍としてのアイデンティを持ち得ない侍が、「切腹」する羽目に陥ったらどうなる?

 大喜びで切腹する?いや、そうにはならなかった。嫌々、切腹に臨んだのだ。

 ただ、ただでは腹を切らなかった。

 野見勘十郎 ( 野見隆明)は、腹を切らされたその刀でもって、「さや」に元々あったはずの刀身の代替えとしてと「さや」に収めて、その上で介錯を頼むのであった。つまり、切腹の場面で、ぎりぎり「さや」に「魂」ももどしたのである。

 この「刀返し」をギャクとみることもできる。大いなるアイロニーは、ギャグの本領ではあるまいか。「武士道と云ふは死ぬ事と見付けたり」という野蛮さを連想すれば、立派に笑える。なぜ、映画の中では誰も笑わないのか、思い切って、笑ってしまえばよかったのに。

 それは、武士の「魂」の問題などでなかったからだ。

 切腹に向かってこのお話は、武士道物語から親子の物語に変わってゆく。

 娘たえ (熊田聖亜)は、父野見勘十郎の 「遺書」を聞く。その中身は、辞世の句なんのという儀礼的なものではなく、徹底的に私的なものである。

 父は死にました でも 心配しないで下さい/父は死にました でも 生きていた時よりも元気です/血を見ましたか?/美しかったですか? 醜かったですか?/首は転がり落ちましたか?/上を向いていましたか? 下を向いていましたか?/投げ捨てたふりをしていた何かに/少しずつ追いつめられて行く様な想いの中 あなたは/一生懸命父の背中を押してくれました/もう一度その何かに立ち向かわせようと/一生懸命父の背中を押してくれました
父は“侍”でしたか?/誇りますか? 恥じますか? 恨みますか?/父は“侍”でしたか?/父は死にました でも心配しないで下さい/父は今 母と一緒にいます/あなたにとって/幸なのか不幸なのかはわかりませんが/親と子の絆は永遠です/もしかしたらこうして初めて親と子の絆は永遠となるのかもしれません/もし会いたくなったら
愛する人と出会い 愛する人を 愛して下さい/

巡り 巡り 巡り 巡って/ あなたが 父の子に 産まれた様に
巡り 巡り 巡り 巡って/いつか 父が あなたの子に 産まれるでしょう
巡り 巡り 巡り 巡って/ただ それだけですが それが全てです
巡り 巡り 巡り 巡って/ただ それだけですが それが全てです


 このお侍は「七生報国」なんていわない。元々国元を追放されたのであろう。「主君」なる存在にもとより絶望していることは、最後の最後黙って切腹したことでもわかる。だからこの「侍」は、生まれ変わっても生まれ変わっても親子の絆は切れぬものだというのだ。これを「正しい仏教」からいうとどうなるのか知らないが、これが弱いものにとっての「転生」だと松本さんはいいたいのだろうか。

 「葉隠」侍なんて、くそ食らえ、・・・・、こうでなくては、おもしろくない。

 夕飯は、回鍋肉・銀ダラ煮付け・ひじきの煮付け・野沢菜・もずく・大根とネギの味噌汁・納豆・飯。




 
by ribondou55 | 2013-01-07 22:56 | 還暦シネマ | Trackback | Comments(0)
 箱根マラソンを結構楽しんで観戦した。

 空いた時間で、DVDを二本。

 「猿の惑星 創世記」(監督・ルパート・ワイアット、2011年)では、ひどい目にあっているのは猿の方で、人間は、科学によって自然を自分勝手に操作した挙げ句、手ひどい報復をうけるというお決まりの筋書きである。

 ばかばかしいし、定番過ぎる。だからといって、つまらないわけではなく、なかなかおもしろいので時間を忘れた。お正月にふさわしい映画である。

 主役のシーザーというチンパンジーを演じたアンディー・サーキスは、2005年の「キングコング」でもコングのモーションキャプチャーを果たしたという実績があるそうだ。その経験が活きていたのか、実に巧みなCGとあいまって、まずは見た目よし。ストーリーもいいかげんで、おもしろかった。なんといっても、シーザーが言葉を発してしまうなんてと、サルの声帯ってどうなってるのと、つっこみ入れなくても、入れてもどっちでもよくて、そのおおざっぱ振りでかえって退屈させない。

 当然、続編があるだろうという結末で、必ずやシーザーが神経生理学者(ジェームズ・フランコ)の寝首をかく日がやってくるはずで、その時を待ってみたい。このお話は、そこから始まるはずだ。

 まだ、「猿の惑星」実現までの道は遠い。

 そんな、荒唐無稽なお楽しみ映画に比べると、「僕らは歩く、ただそれだけ」(監督・廣木隆一、2009年)は、だるい。

 だるいのは、ボクは嫌いではない。

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 いい感じてかったるそうな安藤サクラが演じる写真家が恋人と別れて、うつうつうじうじして、よせばいいのに故郷に帰って、母校を訪ねてしまい・・・、ということで、・・・・まあ、ありそうな設定もだるい。

 ぷらぷら歩き回るから、確かにロードムービーといえばそんなものだが、行く先々に落とし穴やら憩いがあって、村内町内徘徊ムービーといった方がぴったりくる。

 サクラさんが中学生時代つきあっていた男の子が、別の女と結婚し、その上子供までなして亡くなっていたことを知らされ、衝撃をうけつつもやり場もなく府抜けに落ち込んでしまった自分に耐え切れなくなる。そうなると発散するしかないから、誰もいない校庭のピチャーマウンド上でもだえ号泣とあいなる。そのシーンは、悪くない。マウンドの上というのが、効いている。こういうところがこの監督さんの腕だ。

 ロードムービーというのは、「たいていの人は変わっていけるのだ」というメッセージ含みのことが多い。「道行き」というのは、空間移動と同時にそれに要した時間も経過してゆく。時間て奴は性もない奴で「子供は大人に」なるしかないのだ。「大人は老人に」、老人は間もなくに死んじまうのだ。

 (さっきまで視ていた箱根駅伝もロードムービードキュメントだ。)

 サクラさんも、その時間をうけいれるしかなかったのだろう。

 その時間とは、「今」である。

 「今」は絶対だが、「過去も未来も」これは、虚かもしれないなあ。

 この映画も、正月にふさわしかった。

 去年のことも来年のことも、これからの今年も、みんな「虚」だ。

 今日が、ニッコリ、これがすべて。

 そんな、感じだった。

 

  


 

 
by ribondou55 | 2013-01-03 23:28 | 還暦シネマ | Trackback | Comments(0)
 午後三時を過ぎた頃、車で三〇分ほどにある「聖天さま」に初詣でにでかけた。

 きょうは、穏やかで暖かい一日になったせいか、初詣に大勢の人たちがつめかけていた。。
 
 どうみても例年に比べて賑やかなのは、昨年この寺の本殿である聖天堂が国宝に指定されたことによっているのだろう。

 「聖天さま」と呼ばれてこの地域では親しまれてきたのだが、聖天とは、「歓喜天」のことである。象頭人身の単身像と立像で抱擁している象頭人身の双身像の2つの姿の形像が多いが、稀に人頭人身の形像も見られるという。その男女の神が抱擁している姿からか妻沼聖天でも秘仏となっているが、ご本尊は「御正躰錫杖頭」。錫杖の頭であるのだ。時折、ご開帳があるのだが、小生はまだ拝したことがない。金属製であるのは、浴油供という祈祷を行うためなのだろうか。「密教」特有の怪しい感じが漂う。
 
 歓喜院聖天堂は、享保20年(1735)から宝暦10年(1760)に掛けて、林兵庫正清及び正信らによって建立されました。これまで知られていた彫刻技術の高さに加え、修理の過程で明らかになった漆の使い分けなどの高度な技術が駆使された近世装飾建築の頂点をなす建物であること、またそのような建物の建設が民衆の力によって成し遂げられた点が、文化史上高い価値を有すると評価されました。
 日光東照宮の創建から百年あまり後、装飾建築の成熟期となった時代に、棟梁の統率の下、東照宮の修復にも参加した職人たちによって、優れた技術が惜しみなくつぎ込まれた聖天堂は、「江戸時代建築の分水嶺」とも評価され、江戸後期装飾建築の代表例です。
 この度の国宝指定は、本県の建造物として初の栄誉であり、昭和25年の文化財保護法の制定以降、熊谷市においては初めての国宝指定となります。


 国宝「聖天堂」については、熊谷市のHPには紹介されているが、それほどのものであったとはと、地元民ですら思ってもみなかったと云ったら、叱れるだろうか。

 それにしても、国宝指定以来妻沼は観光地の体裁を取り始めてきたように思える。そもそもが、歓喜天、夫婦和合、子授けの神であるであるから、当然「縁結び」の御利益を求めて参詣する。近頃のパワースポットブームに乗ることができれば、若い女の子がたくさん訪ねてくるのではという思惑を地元商店街が抱いたとしても不思議ではない。

 でもまあ、「縁結び」なんて小生には関係ない。

 足腰丈夫で、適度にぼけられるようお願いしておいたのだった。

 ちなみに、門前の名物に「聖天すし」というのがあって、おいなりさんである。そのおいなりさんは、長方形のアゲをそのまま一枚使うので、細長い。「一人前」ではおいなりさん三本と海苔巻きがついて、四八〇円だった?とにかく人気があってすぐに売れ切れになる。案の定、本日も売れ切れだった。一度、いかがでしょう。
 ほぼ同じものが、道の駅「めぬま」では、「吟子すし?」と命名されて売られている。

 どうでもいいな。

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by ribondou55 | 2013-01-02 23:35 | ちょっと、そこまで | Trackback | Comments(0)

花より団子、団子より昼寝がよろしい「隠居蛙」の日常をポロリ。誤字誤記多し、恐縮。


by 泡六堂
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