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 一月が終わる。

 「せめて時雨れてよかし、ひとり板屋の淋しきに」とでも云っておこう、この新年であった。でも、これは男を待つ女の歌なのだが。

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 明け方に見た夢が、怖かった。夢であるのだから、シュールなのは当然としても、だ。
 予知夢というやつなら、どうなのだろう。

 歯がぞっくりと抜け落ちた。

 生活激変の兆し?


茶をすする間も陽は昇る一月尽 李凡堂老人

轢かれ猫横目に杖す芥坂

嘘四つ林檎をみっつ寒の内
by ribondou55 | 2005-01-31 09:53 | のらり句らり | Trackback | Comments(0)
 倉本聰の15年ぶりの連ドラであるという「優しい時間」を見始めた。

 云うまでもなく「北の国から」の脚本家である。

 舞台は、富良野。

 脱サラ、妻の死、父子の愛憎、これまで視たところでは、共通点が多い。ただ、今度はお洒落なお父さんなのだ。

 
 「北の国から」の熱狂的なファンは身近にも多い。

 私にも思いで深い作品であるが、純クンが東京に出て定時制高校に通う頃から、つまらなくなったように思う。

 最終回の「遺言」で終結した理由が、スッタッフの高齢化であるというのは、ちょっとため息が出た。


 ふと、倉本聰には関係ないけれど、思い出した。森川時久監督の「若者たち」、一九六六年から六七年にかけて、フジテレビ系列で放映された。

 ・・・いや、これは別の機会に書いておこう。と、忘れない内にここにメモしておく。

 倉本聰が大衆的な人気を獲得できる脚本家であることは、さておき、最大の功績は、「北海道の発見」である。

 富良野とその周辺をあたかも北海道の原風景でもあるように、私たちに印象づけた。

 昨年所用で、10月ごろ一週間ほど富良野に滞在した。秋の富良野は、紅葉だけであまり観光向きとはいえないが、それでも多くの人々が訪れていた。

 彼が、富良野の地を離れないのは、まっこと賢明である。
 
 「北の国から」の映像が今やホッカイドウの代表的な「風景」なのだ。
 
 第一、ボクなんかはキタキツネという生き物を、あのドラマで知ったのだ。

 
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    Foxtail Barley




by ribondou55 | 2005-01-30 00:41 | 生きている | Trackback | Comments(0)
 1月23日(日) 

 「笑の大学」を観た。(2004年・監督星護・原作脚本三谷幸喜)


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小さな映画館で観た。客はあまり笑ってはくれない。時折、クスリとしてしまう息の乱れが伝わってきたが、・・・まあ、そんなもの。

 よくできたお話。1人は笑ったことがない男、情け容赦ない検閲官・向坂睦男(さきさかむつお)こと役所広司、勿論よし。1人は笑いに命をかける男、劇団・笑の大学・座付作家・椿一(つばきはじめ)を演じた稲垣吾郎 にビックリ、やればできるんじゃない。

 だが、もの足りない。昭和15年があんなものであったなら、今の方がマシとは、言いづらい。

 笑いが権力に拮抗できるたのは、この国ではもう過去のことである。今や権力は、笑いだって己の側に取り込んでいる。大口開けて笑っていてくれる国民は、安全安 全。論より証拠、議員コメディアンの多いこと。我らが頭領K首相からして、今や劇場型のperformance政治は立派にバラエティである。

 1月24日(月)
 尾道ラーメン、マズッ

 某駅ビル内、「尾道ラーメン」麺・スープ・焼き豚のまずさの枢軸。完璧のゴミ。でも、食べた。

 1月29日(金)
 鶏のトサカ問題の対策二人会議

 いつもの池袋、y喫茶店。ウエイターが若くて二枚目ぞろいだが、いつも不思議と女性客が少ない。理由は簡単。珈琲代が、ちと高い。スタバと正反対。
 実りうすい会議であった。





by ribondou55 | 2005-01-29 01:09 | 世界は昏いか? | Trackback | Comments(0)

限りなき逃避行を切に。

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こんがらかって、うっすらととまどう笑い。
笑い仮面。


臘梅に瞼の重し赤十字病院ナース 李凡堂老人

不眠記す男の手帳は新しき

肉色の灯台ともす湯冷めまで

空色の円テーブルに水仙花

麦の芽に灰撒く男上手なり

 

 「滅亡は私たちだけの運命ではない。生存するすべてのものの内にある。」 武田泰淳

 折しも月が美しい。正面に月を見据えてゆっくりと歩くと、月が揺れる。脳髄が冴えかえる。
 冬のままでよい。
 
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by ribondou55 | 2005-01-27 17:03 | のらり句らり | Trackback | Comments(0)
 旅に出て、帰れない。
 そんな気分が続いている。
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貧に浮く月まんまるに凍えをり  李凡堂老人

舌に甘し銀面の月北帰行

口笛も深海めきて安ホテル

海苔巻や笑ふ責め苦を無際限

山眠る墨色の湯気緋のあたり

寒の雨蕎麦屋の女将亀裂まで

アンタレス死神の履く乗馬靴
by ribondou55 | 2005-01-26 23:23 | のらり句らり | Trackback | Comments(0)
  「晩歳 生を偸むに迫られ 家に帰るも勧趣少なし」とは、杜甫である。

  では、家に帰らなければどうなるのだろうか。

  いのちをむさぼるとは。
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寒五時の鼬の轢死報ぜざる   李凡堂


この春やほうれん草にマヨネーズ  ゝ


外套に膝やや割れて人が妻      ゝ


ミルク温める人ミルクの匂い    ゝ


昔から「式」と名の付くものが嫌いだった。
 葬式はいうまでもなく、結婚式、入学式、始業式、卒業式、銀婚式、金婚式、出初め式、進水式、開会式、閉会式・・・・・。

 おりしもの「成人式」。
 成人式には出席しなかった。会場の近くの喫茶店で出席した友人達と待ち合わせをした。スーツ姿の友人たちに、ちょっとすねてみせるために、黒いセーターを着ていたことを思い出す。馬鹿なことをした。

 結婚式は、普段は大抵のことにはこだわらない父親が、世間様並にはやれ、と命じたので、世間並みの結婚式をした。


 一度、結婚式の媒酌人をさせられたことがある。閉口した。

 なぜ嫌いか、・・・・・とにかく、面倒なのだ。息が詰まる。それだけか。いや、たぶん偏見であろうが、「式」とよばれる出来事の根っこには、「国家」の影が在る、ような気がする。それが、疎ましい

 自分の葬式は・・・・・・?死んだ後のことは関知しない。
by ribondou55 | 2005-01-10 00:53 | のらり句らり | Trackback | Comments(0)
  日付が変わった。朝から馬鹿げた諍い。
  世間は、年始回りに忙しいようだが、さて明日はどうする、・・・。
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    黙りを犬も知らぬげ五日かな  李凡堂


    霜柱エホバの使者が道尋ね    ゝ


    形代をいくた流せば若菜の野   ゝ

 
 
       
by ribondou55 | 2005-01-06 00:08 | のらり句らり | Trackback | Comments(0)

 一茶「七番日記」文化11年1月元旦の句。当日は<晴、寒>とある。

 「安房鳥」とは、「信天翁(アホウドリ)」のことであろうが、どうなのだろう。
 アホウドリの鳴き声がbookshelf2.0で聴ける。それはまるで、子どもの頃、水枕をブコブコいわせていたずらしたした時に聞いたような懐かしい声である。おおらかな、まるで鳥とも思えない、まあるい鳴き声であった。とても、いい。
 酉年の「酉」は、十二支の中で鶏が当てられている。この安眠を妨げる家禽に比較するに信天翁は極めて好ましい。


 雪の原ひんがし蒼く暮れそむる 李凡堂
 
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 2005年が明けた。極めつきの困難を抱えた年の幕開けである。




by ribondou55 | 2005-01-01 23:58 | この一首その一句 | Trackback | Comments(0)

水面を滑りまわって世を過ごし、その上、空を飛ぶ羽も持っているあめんぼは、老蛙の憧れだ。


by 泡六堂