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花より団子、団子より昼寝がよろしい「隠居蛙」の日常をポロリ。誤字誤記多し、恐縮。


by 泡六堂
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カテゴリ:目の快楽( 29 )

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『熊谷守一 いのちを見つめて』展(群馬県立館林美術館)を観た。

昨年の春先、竹橋の近代美術館で、没後40年の回顧展を観ている。

少しは「目」が慣れたか、熟れたか、言葉は悪いが、熊谷守一ワールドを「堪能」した気がする。

あそこまでフォルムを単純化されると、通俗に流されやすい「目」が、作品にもう一歩踏み込んで、ゴツンと楽しむというのが、たいそう難しくなる。

だが、今日はすこし近づけた気がする。


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壁に貼って、眺めることにした。





館林美術館のアプローチのわきの小高い芝の丘から、バリー・フラナガンの巨大うさぎが来館するボクラを迎えてくれる。

ボクは、この丘そのものが、好きだ。

芝山なのだが、いろいろな野草が季節季節に顔を出す。

ネジバナが一面に直立しているのを見たこともある。

今日の様子はこんだだった。



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シロツメクサも立派に野草だったはず。




明日は、キュウリ植付け。

それと、スイカをもう一株追加。


地這いキュウリ・まくわうり・ミニトマトの育苗状況良好。








by ribondou55 | 2019-05-10 23:34 | 目の快楽 | Trackback | Comments(0)
 びわ湖巡りに買った青春18きっぷが三回分残っていた。

 そこで、この陽気にさそわれてトーハクへ足を延ばした。


 昔、よく行った御徒町のカレー屋で昼飯、忍ばずの池の淵からお山に登ってゆく、トーハクまでの道は上野公園一番の桜並木。

 桜は既に終盤ながら人出は相変わらず、しかし、博物館は意外にお客さんが少なめ、ゆっくり丁寧に仏さん達にお会いできた。

 結論で云えば、とてもよかった、楽しかった。

 午後一時前に入館して、出たのは五時半だった。

 もちろん、本館の平常展示もじっくり観ての滞在時間でアル。

 この間の旅行では、湖北においでのあの渡岸寺の十一面観音を拝むことができた。

 それは喜びであった。

 この展覧会は、仏さんに会う楽しさをまたもや味あわせてくれた。
 
 

 東寺の大日堂で朝の生身供に参拝したことがある。
 
 もう何年も経ったような気もするが、この時の印象は鮮明にある。

 そこでお舎利さんを授けていただいた。

 ちょうど今頃のことで、朝の五時にホテルを出て、東寺まで歩いた。

 まだ御影堂の前でおじちゃんおばちゃんが数十人、開門をまっていた。

・・・・・・・・・・・・・・・

 ああ、思い出すと、懐かしいやら、ありがたいやら。



 こんな風に書くと、信心深いよい人のようだが、そんなことはない。

邪心疑心の人間でアル。

 だから、今の己を見直すといより、生き直すためのヒントを仏教から教えて貰いたいなあと、・・・。

 
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帝釈天

本日の撮影可の仏様。



博物館の裏庭は今年も開放されていて、お花見客が沢山おいでであった。

本館二階のベランダからの裏庭の眺めはこんな風だった。



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 とても気分がよかった。






by ribondou55 | 2019-04-05 23:16 | 目の快楽 | Trackback | Comments(0)
 すでに会期は過ぎた。

 目録の冒頭、主催者「ごあいさつ」にはこうある。

 『利行の誰にならったとも知れない油彩画は、自由奔放な筆致と天性の明るい色彩溢れ、当時の画壇に影響を与えました。東京が関東大震災から復興を遂げつつあった昭和初期、汽車や駅、モダンなビルディング、カフェや酒場の喧噪といった街の息遣いを、利行は息つく間もない速度で鮮やかに描き出します。放浪生活をしながら描いた、友人知人、カフェの女給や子ども達などは、どれも描かれる人に心底寄り添い、飾らず、その人の本質や生命感をカンヴァスの上にほとばしらせます。これらの利行の作品は、その波乱に満ちた人生からは想像できないほど、どれも凄まじいまでの美しさと宝石のような輝きに満ちています。』

 これまでいろいろな場所で、この人の作品に一点、もう一点と出会ってきて、ようやく、この展覧会が巡ってきた。

 ボクはこの人が短歌を書いていたことを知らなかった。

 詩人でもあった、それも油断できない作品が残っている。

 このことは、この画家について思うとき忘れてはいけない。



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 さて、ボクは先頃の仏像見物の旅の帰り、京都で「藤田嗣治」展を観た。

 藤田は、明治19年に生まれて、昭和43年スイス、チューリッヒで八十一歳で亡くなった。死後、日本政府から勲一等瑞宝章が贈与された。

 利行は、明治24年に生まれ、、昭和15年「三河島の路上で、行路病者として板橋区板橋町にあった東京市養育院、板橋本町に収容される。胃がんの手術を拒絶、しばしば脱走しようとした。」「10月12日、知友の看取りもなく逝去、利行が一番大切にして最期まで手放さなかった作品は、スケッチブック、日記などとともに遺留品としてすべて規則により焼却された。」(目録・年譜より)享年四十九歳。

 藤田は、昭和15年9月、ノモンハンの戦争画を描くために、満蒙国境近くへ取材旅行に行き、翌月帰国している。

 こんなことも、一応覚えておこう。







by ribondou55 | 2018-12-25 23:15 | 目の快楽 | Trackback | Comments(0)
まず、太田市立美術館図書館へ。

『本と美術の展覧会vol.2 「ことばをながめる、ことばとあるくー詩と歌のある風景」』を観た。



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ここは、その名の通り、図書館に美術館が併設されているというより、両者が融合して一体化したようなユニークなものだ。


チケットを購入する前に、図書館部分をのぞいてみた。

図書館はスロープ状に上の階に続く通路があり、その壁に書棚が設置され、その書架もいわばミカン箱が積みあげられたような体をなしている。

書籍の置き方も実用的に背表示を見せるだけだけはなく、「本を見せる」ことを意識してディスプレイしている。

今時のおしゃれな書店風の見せ方である。

美術館でもあると云うとおり、美術書がとても充実している。

美術好きの人なら書架にならぶ本のタイトルを目で追うだけでわくわくして来るだろう。



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ボクはこの美術館が開館間もないころに一度来たことがある。

この建物には屋上庭園があって、野バラが白い花をつけていた。

今度が二度目であるが、今はワレモコウの季節であった。

この屋上庭園がとても気持ちいい。

目の前には太田駅のホームが見えたりするのだが、それもいいのだ。


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さて、展覧会は、第一室に最果タヒの詩作品が、佐々木俊のグラフィックによって視覚化されている。

文字言語そのものを視覚的レイアウトしデザインして表現するというのは、特に珍しいことではない。

でも、このインスタレーションで面白いのは、ちゃちなベニヤ板で作った看板に表現されていることだ。


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或いは、


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「看板」、これはもっとも身近なメディアであった。

昔、若かったころには、ボクの風景のここそこに「立て看板」が絶叫していた。

「看板」は、壁新聞よりも身軽であった。

簡単に移動し、何事か設置に問題があれば、すぐに撤去して、彼方此方へ。

設置場所が変われば、同じ言葉も別な意味に見えてくる。

観る人々も、変わってくる、人が変われば、感じ方も変わってくる。

白模造紙一枚、張り重ねれば、言葉はどんどん更新できる。

誰か、「看板詩人」、やりませんかね。

面白いですね。


でも、詩人はこんな風におっしゃる。

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長くなった。

つまり、面白い展覧会であった。

その上、老齢者のボクは無料で観ることができた。

群馬の市立美術館は、あちらこちらで老人にやさしい。

それに、第三室の短歌とイラストレーションも楽しかった。

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by ribondou55 | 2018-10-05 14:27 | 目の快楽 | Trackback | Comments(0)
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 笹川ながれは、日本百景の一つ、新潟県村上市のにある海岸。

 笹川とは、この海岸にある集落の名であるが、ボクは長いことどこぞの渓谷の急流を指すものだと思い込んでいたのだった。

 そこには遊覧船があって、物見遊山の旅であるから乗らいないという手はない。

 この手の遊覧船では、カモメへ餌を放るというイベントがつきもの、一袋100円の「かっぱえびせん」を購入。

すると、カモメさん、かっぱえびせんを放る手先ではなく、ボクとタイマンを張るように、あの恐竜似の目でにらんでくるのだった。

それ、それ、うまく投げてこい、と。


 
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 なんとも、エライもんだ、カモメさん。

 

「キナーレ」は、新潟県十日町市の越後妻有里山現代美術館である。

今は、高名な「大地の芸術祭」の会期中、きわめてご盛況、慶賀の至りであります。

キナーレは、正方形の四辺を回廊のように建物が取り囲み、その正方形の内側が大きな中庭となっていて、この場所がこの美術館の最も美しい空間になっている。

今回は、水が張られて大きなプールとなっている。

たまたま行き合わせたのが、近隣の中学校の校外授業らしく、とてもいい感じの子供たちであった。

これが美術の授業であれば、ボクもこんなこと許してくれる先生に教えてもらいたかった。



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50人には満たない生徒さんたちだったが、そのプールの中を走り回り笑い転げていた。

男の子はみんな丸坊主。

勿論、このプールは「空の池」という題のアルゼンチンのお方の作品である。

その作品を、縦横にバシャバシャと動き回っているのは、痛快であった。

プールサイドに立ち並んでいたのは「方丈記私記」という企画展のアート作品で、HPによると、

  小さな庵に移り住み、動乱の世を見つめた鴨長明に倣い、旧来の価値観が崩れゆく現代における新たな可能性を、2.73m四方の小さな空間から考える。


ご大層なものだが、まあまあご苦労さんと一言ねぎらえば終わってしまう程度のもん。

たしか、長明さんの移動式庵は、これより一回り広かったのではないか。

この差はどうやら決定的で、お気楽さがお気楽さとしか見えてこなかった。

せめて、一つぐらい、四畳半的なエロさを、うまいこと出来なかったのか。

もしかした、あの密室がそれか?

ありがちな、独りよがりと誤解の上に成り立って「アート」様が・・・・、やめた。

つまり、この企画展に1500円也を払ったのは、「どぶへ金を・・」、と後悔したのだが、

中学生たちのが楽しげにしていたので、よしとしたのだった。

笹川ながれの遊覧船は、お一人1000円。

これは、文句なしに楽しめた。

なんせ、ボクらの後は欠航になるほどうねりが高かった。

おばあちゃんたちが黄色い声をあげていたのが、一層恐怖を誘ったし。


アートと言えども、見世物ではないか。

楽しませておくれよ。

毒にも薬にもならんものにお金を払いたくない。






by ribondou55 | 2018-09-13 23:00 | 目の快楽 | Trackback | Comments(0)

『塚廻りの埴輪ー小古墳群の美しき埴輪世界ー』(群馬県立歴史博物館)を観た。

  繊細にして、たおやか、そして、おおらか。
  
勿論、その古代の当時の人々は、現代のボクらよりはるかに過酷な生活であったろうに、・・・。



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太刀を持つ女子 頭部

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椅座の男子 頭部

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跪座の男子 頭部


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手を挙げる人


 塚廻り古墳群は、群馬県太田市龍舞町にあります。墳丘長30mに満たない造出し付き円墳や円墳で構成されるこの古墳群は、6世紀前半を中心に古墳が築かれ、これまでに12基の古墳の存在が確認されています。6世紀前半の群馬県では、墳丘長100mを超える前方後円墳が最大規模の古墳でしたので、塚廻り古墳群は「小規模古墳で構成される古墳群」(=小古墳群)といえます。

埴輪の出土が多いことで知られる群馬県ですが、とりわけ6世紀の古墳から出土は顕著です。大古墳から小古墳まで、数多くの古墳に埴輪が備えつけられました。そうした「埴輪王国・群馬」において、最も美しいとも賞される埴輪が国指定重要文化財「上野塚廻り古墳群出土埴輪」です。約1,500年前(6世紀前半)の埴輪造りの達人が当時の姿を後世に伝えた造形美といえます。(博物館HPより)


by ribondou55 | 2018-08-23 15:57 | 目の快楽 | Trackback | Comments(0)

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南方熊楠の展覧会、上野の科学博物館まで。


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驚かされること、この上なき人である。


デザインを変更、このくらいの文字のサイズであると、老いた目にやさしい。

人様にも晒している戯れ言だが、つまるところ、何のことはない自分自身が一番の読者である。

読みやすいのが、よろしい。










by ribondou55 | 2018-02-01 16:13 | 目の快楽 | Trackback | Comments(0)
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2月から森林公園に通い始めて、今は晩秋。

本日は、絶好のサイクリング日和。

そうそうにタマネギ苗の定着の具合を確かめて、森林公園へ出発。


カエデ園には約20種、約500本のカエデが植えられているそうな。

カエデの森を歩くと、木々の一本一本の姿・色彩の違いが見えてくる。


桜の杜だけでない、紅葉の森の下にも鬼女が棲んでいると、云われればそれは確かなことのようにも思われてくる。





by ribondou55 | 2017-11-13 21:48 | 目の快楽 | Trackback | Comments(0)
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 昨日、出かけた。

 面白かったが、ちょっと、ハイレベル。

 ちゃらけたartではない。

 新国立の「サンシャワー:東南アジアの現代美術展」を観て、そうだよなと、思わされた感覚がちょっと、思い出された。

 相変わらず、この美術館はがんばっている。

 

 近未来の「悦楽の園」。

 或いは、終末。

 または、人の進化。

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by ribondou55 | 2017-10-12 23:23 | 目の快楽 | Trackback | Comments(0)
 ローカル極まりないが、東武・西小泉駅(群馬県大泉町)までダホンのスピード8で走り、数駅先の成島駅(群馬県館林市)まで輪行、そこから群馬県立館林美術館まで。


 昨日のことだ。

 今朝は雨だ、畑にも行けない、気分の湿度も上がって、音楽を聴くぐらいしかできない、などと、団塊年金生活者のお気楽な愚痴をつぶやく・・・。

 我ながら、ダメダメだ。

 昨日だって、雑草抜き程度はできたろうが、足下が悪いの、このところの運動不足の解消だとか、己を合理化して、遊びに出たのだ。

 ちかごろ、本当に気の乗らないことに対する回避傾向が著しい、なんとかしなければいけない頃あいだ。


 さて、

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 「カミナリとアート」展ではあるが、〈光/電気/神さま〉と副題がついている。

 ボクは、「カミナリ」という文字が意味することだけに、惹かれていたので〈神さま〉まではOKだが、〈光〉と〈電気〉は、この展覧会でなくてもよかった。

 一番の目玉は、デュフィの「電気の精」・・・。

 オリンポスの神々とゼウス(破壊的なカミナリサマだね)が地上の「偉人達」を見下ろしている。

 当時は確かに科学技術が明るい未来を約束していたのだが、それは、1937年のパリ万博でのことだ。

 とはいえ、1937年と云えばナチスドイツが・・・。

 つまり、うざったく云えば、今日に至ってみると、手放しで賛美する気分には到底なれない。

 そういう意味では、ボクの期待感は会場を歩く中で、しぼんでしまった。

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 自分は、館林市にはちょっと腹に含みをもつ人が多い最高気温1位ホルダーの地位を奪われた熊谷市民の一人だから云うわけで無い、むしろ、カミナリさまはボクら北関東に生活してきたものにとっては、曰く言いがたい親近感と懼れを抱いている対象である。

 ここに目を付けるとは、さすが館美と思っていたのだが、・・・・・・。

 子どものころ、雷が怖くて、母親があわてて吊ってくれた蚊帳の中で、兄弟三人、肩寄せ合って、行き過ぎるのをじっと待っていた、そんな記憶がある。

 急な来襲で、ずぶ濡れになって家に帰ったことなど、何度あったことか。

 雷が落ちて、屋根を突き抜け、灼熱の明々と輝く火の玉が座敷をぐるぐると転げ回って、庭先に出てきえたとか、・・・、大人から聴いた。

 そんな、こんな・・・・・。

 つまり、カミナリサマは、冬の空っ風と共に、上州と北埼玉の古くからの住民にとっては、単なる自然現象というだけでは済まされないものだ。

 

 切実さがない。

 というわけで、こじんまりと「アート」していた展覧会。

 まあ、地方風土に根ざました的な軽さ。

 勿論、一つ一つは、面白くも、愉しくもあったのだがね。




 

 

by ribondou55 | 2017-08-18 11:57 | 目の快楽 | Trackback | Comments(0)