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花より団子、団子より昼寝がよろしい「隠居蛙」の日常をポロリ。誤字誤記多し、恐縮。


by 泡六堂
カレンダー

カテゴリ:舌の幸い( 22 )


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 明日から、当地の気象台は、気温30度を越えて行くと予報する。

 さて、還暦過ぎてから、かき氷を好むようになった。

 そろそろ、今年初めの一杯となりそうだ。


 小波のいう「よき人」とは、どのような感じのお方であったろうか。


 こんな句もいい。

 頬杖のゑくぼ忘れむ夏氷  加藤楸邨



          







by ribondou55 | 2019-05-22 22:45 | 舌の幸い | Trackback | Comments(0)

玉羊羹、おいしい。

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どうも、体調がはっきりしない。

拙妻はすでに二週間ほどにもなるのか、咳き込んだり、痰がからんだり、そんもので、トローチを頻繁に舌の上で転がしている。

いささか舐めすぎだろうと、注意申し上げると、拙妻はヴィックスドロップに変えて、これなら平気だといっているが、多分それは違う、だが、これ以上は云わない。

ともあれ、風邪なのか、花粉症の一症状なのか不明だが、どうやら、このボクのけだるい感じはそれに感染したのではないか、疑いがある。

先ほど蔬菜園に出たのだが、まるで身体の水分量が通常の二三割増になっているようで、鍬の上げ下げもたいぎでたまらなかった。

早々に、撤退してきて、なにか甘いものでも口にしたいと、例の所をさがすと、玉羊羹が三つ、・・・、一つ頂きました。

これは、二本松で購入したお土産なのだが、拙妻はどういうわけか、まったく手を出さない。

かく云うボクは、なかなか美味しいと思っている。

ウィキペディアによると、この玉羊羹は、実はただものではないことが分かった。


玉羊羹(たまようかん)とは、ゴム製の風船容器として売られる状になった羊羹のこと。風船羊羹ボンボン羊羹、異名として切腹羊羹とも。

爪楊枝で刺したりして表面のゴム皮に傷をつけると、つるりとがむけて中身の羊羹が食べられる。

日中戦争中の1937年に、福島県二本松市の和菓子店「玉嶋屋」が開発した。戦場兵士に送る慰問袋用の菓子として、日本陸軍から開発の指示が出されたものである。以前から市販されていたアイスボンボン(風船に入ったアイスクリーム)を参考に、圧縮空気を使って風船に詰める装置を設計した。風船に封入することで1か月以上の日持ちが可能になった。当時は「日の丸羊羹」の商品名だった。軍用のほかに、1939年に世界一周飛行を行った毎日新聞社飛行機ニッポン号」にも、同様の風船入り羊羹30個が機内食として搭載された。

同じような風船入りの羊羹が他社でも生産され、駄菓子屋などでも売られた。戦後になって、「玉嶋屋」のものは「玉羊羹」と改名された。形状や開封時の面白さなどから、「まりも羊羹」(北海道)や「玉花火」(新潟県[1]のように土地の銘菓として売っているところもある。


ふーん。


そうかそうか確か、まりも羊羹、食べたことあるな。


楊枝のような先端がとがったもので、ゴムをプチュッとやると、するりと、剥ける。

これは、ガキの時分日参した駄菓子屋で時々買った、ごちそうである。

イヤ、それは羊羹ではなく、ゼリーであったような気がする。

多分、羊羹のほうが高級であった。

たった5円玉一つを握りしめて、ほこりっぽい路地を駄菓子屋へ走ったガキの日の自分は、質より量であったはずだ。

おそらく、だから風船羊羹(玉羊羹とは呼ばなかった)は、幸運な10円の日のお買い物であったのだろう。


もう戦後10年ちかく経っていたはずだが、そのころは1円を何等分かにできる時代だった。

ボクが好んで買ったのは、一円で3枚の醤油味塩せんべいだった。

とにかく、5円と奴を、如何に有効に活用するのか、小さな坊主頭で知恵を絞ったものだ。

今はすっかり様変わりしてしまった街並みだが、あの頃通った駄菓子屋があった筈の場所を通りすぎるとき、この年になってもちょっと気分が波立つ。


ウィキによると、この玉嶋屋の玉羊羹は、戦場の兵士への慰問袋に入れる菓子であったという。

ボクの父は中部地方の連隊に徴兵されて大陸に渡り、ズタボロに衰えた身体でかろうじて帰国できた人であるが、彼はまったく大の甘党であった。

おかげで、ボクも酒は余り好まない。

さて、そのオヤジが、もしこの玉羊羹を中国大陸のどこかの民家の軒下で口にできていたら、心からよかったねと云いたい。




残り二つ。

これから食べる。








by ribondou55 | 2019-04-22 11:13 | 舌の幸い | Trackback | Comments(0)
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 畑から先ほど抜いてきた九条葱でアル。

 一昨日、三泊四日のびわ湖辺への旅行から帰ってきた。

 宿は草津に連泊した。

 目的は、琵琶湖周辺の観光的探索であったのだが、20分ほどJRで足を伸ばせば、京都でアルから、夜な夜な飯を喰いに出かけた。

 で、九条葱である。

 あちこちにあの青々した葱が出現してきた。

 これまで関西への旅行は何度なくしてきた。

 この葱だって何度も口にしたし、関西どころか関東の郊外ラーメン店には山盛り九条葱を売り物にした店まであって、時折立ち寄った。

自分の自給用菜園でも栽培している。

なぜ北関東の田舎で九条葱なのかというと、今もって「都」あたりの食い物に憧れがあるのであるからなのだ。


 だが、今度の旅で九条葱は深谷葱に及ばない、と、確信した(個人的見解です)。

 いうなれば風味が単純。

 粘りがない。

 
 そこにいくと、我らが深谷葱のみずみずしさと、甘さと、柔らかさは問題なく、葱それ自体でごちそうになる。

 九条葱は薬味か、粉ものに攪拌されるか、煮物の風味づけか、単独で口できるものではなさそうだ(個人的独断です)。

味覚音痴の痴れ言であると、・・・。


 そういうことで、さっき引っこ抜いてきた九条葱を今夜食べて、この独断の確かさを検証してみようと思う。

画像から九条葱の本物かと疑いがあるかも知れない。

この辺りでは葱といえば白い部分を食べるもの、そこで、ついつい根を深く植えてしまうので、青い部分が短くなってしまった。

デモ、れっきとした九条葱でアル。



 新元号が発表された。

 西暦に統一してもらったほうが、なんぼか便利であろうに、やっかいなことだ。











 


 


by ribondou55 | 2019-04-01 17:15 | 舌の幸い | Trackback | Comments(0)
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 南瓜を三個、土産にもらった。

 十五夜に供えして、膳はかたづけたが、南瓜は置き去りにされていた。

 
 若い頃は、南瓜とサツマイモとうどんが嫌いだった。

 まずいと感じた。

 なぜかというと、亡き母親の影響である。

 幼少期から戦争が終わるまでの彼女の食体験に由来する南瓜嫌い・薩摩芋嫌い・うどん嫌いを受け継いだ訳である。

 いかなる食べ物にまつわる体験だったかは、母親から何度も聞かされた。

 ボクは、母に同情したのだった。

 その子細は、書かない。

 
 ところが、この頃、南瓜も、薩摩芋も、うどんも、厭うことはなくなった。

 どちらかというと、よろしい方に傾く。

 「おふくろの味」から脱するのには、相当な時間を要するものだと云うことが、分かった。


             ※


 ようやく、冬春の野菜の種まき、苗植えを終えた。

 大根は二種類(煮もの用・たくわん用)・キャベツ・白菜・ミニ白菜・ほうれん草・三つ葉・小松菜・水菜・レタス・ルッコラ・人参・タマネギ(苗作り)・春菊。

 大根・白菜は間引きも終わった。


 

 NHKスペシャル「樹木希林を生きる」を観た。

ドキュメンタリーの新境地を開いた。






 



by ribondou55 | 2018-09-26 23:45 | 舌の幸い | Trackback | Comments(0)

 七草粥をたくのも、小生である。


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三度の飯を調理するのが、小生のかろうじての存在意味である。

 材料は妻が買ってくる。

 後片付けは、彼女がする。

 調理だけするのだが、呆けも防止にも役に立つ。

 七草粥についていうなら塩加減が微妙である。

 今朝のはやや塩辛かったが、餅を入れたのであのくらいでもよかったのかも知れない。

 この句であるが、小生は妻に味加減を相談などしない、もとより当てにしていないからだ。

かつて彼女が作っていたのは、粥ではなくおじやであったのだから。









 

by ribondou55 | 2018-01-07 23:12 | 舌の幸い | Trackback | Comments(0)
 山本健吉編著「句歌歳時記 冬新年」に見えた歌である。

 アララギの歌人・鹿児島寿蔵は、昭和二十年熊谷市に疎開し、以後七年ほど当地で暮らしたそうだ。

 山本健吉の評。

 埼玉県深谷産の葱は、上州下仁田葱と並ぶ、関東産葱の代表。突っ風の中で売る深谷葱の白さが、目にしみる。

 その通り、美味い葱である。

 
 熊谷は深谷市に隣接する、車を引いて葱売りがやってきていたのだろう。

 ここでの、「しろじろとひかる」葱は、泥を洗われきちんと始末された葱である。

 空っ風が吹き下ろし、酷いと大粒の土埃が顔を打つ、目を開けていられないほどになる、そんな中で収穫し、綺麗に洗って売りに出る、たいした労働であったはず。

 深谷葱は、いうまでなく白い部分を食べるものだ、白いというのは地中にあるからであって、つまり、収穫するためには、白い部分が長いほど深く掘り出さなくてはならない。

 この頃は、機械化されているが、昭和二十年ごろであれば、すべて手掘りであったはずなのだ。

 「しろじろとひかる」には、手間がいるのだった。

 
 我が家でも、深谷葱は重宝しており、人に贈ることもある。

 ただ、泥付である。

 横着をしている。


 で、この頃はこんなだ。

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by ribondou55 | 2017-01-08 22:05 | 舌の幸い | Trackback | Comments(0)
 朝飯は、おきまりの七草粥。

 「七草草子」によれば、一口で10歳、七口で70歳若返るという。

 そうであれば、御利益が本当なら、今のボクは影も形もなくなっていいはずだが、白髪一本だに黒くなることなく、爺さんのまんまである。


 配偶者が買ってきた七草粥セットは、ちかくの農家がJAの直販所に卸しているものだが、人参が一切混じっていた。

 一般的に七草粥の七草とは、セリ、ナズナ、ゴギョウ、ハコベラ、ホトケノザ、ナズナ、スズシロというが、七草粥セットで確認できるのは、スズシロ(大根)、ハコベラ、人参、それに、ナズナ、外に綠の物が混じるが、ボクにはなんだか分からない。

 これはどうしたことか?と、「聞き書き 埼玉の食事」(農文協)に当ると、この地域については、七草粥の記述はなく、川越商家の「晴れ食」として記述があった。

 七日の朝、にんじん、ごぼう、大根を細かくきざみ、米三合ほどで炊いた味噌仕立てのかゆへいれ、切りもちを入れて煮る。最期に小松菜を入れる。焼き餅のお雑煮とは反対にとろとろになるまで煮ると、もちに野菜がからんでおいしいい。野菜をきざむとき、「七草なずな、唐土の島と日本の鳥が、渡らぬさきに、すととんすととんすととんとん」と歌いながら包丁を使う

 とある。

 これは、我が家では「味噌おじや」として食べているものに近い、具材は一般的な七草とは、まったく違っているものの、まな板を叩きながら歌う「歌」は同じ。

 つまり、問題は「歌」を歌うことであって、何を粥の具にするかは、余り問題ではないのかも知れない。

 それも包丁でまな板をたたきながら歌うのだ。

 要は、そのまな板を叩く行為と「歌」が、セットになって「お呪い」なのだろう。

 一茶の句にも、

 七草の音に負けじと烏かな

 七草を敲き直すや昼時分

 七草を内々に打つ寝坊哉


 具材は、その土地のものでいい。

 そういうことだろう。

 と、勝手に理解した。


 ちなみに我が家は、塩味で、切り餅をいっしょに煮る。


 ナズナ、これは、花が咲くとペンペングサと、呼ばれる。

 「ぺんぺん草も生えない」といわれるように、荒れ地の最期に生える貧乏ったらしい奴であるが、実はこれが薬草で、肝臓病なんぞに効くそうだ。


 ペンペングサ、捨てたものではない。


 
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by ribondou55 | 2017-01-07 15:14 | 舌の幸い | Trackback | Comments(0)

味覚が戻る

 依然として、鼻水が止まらない。

 だが、ようやく、味覚はもどった。

 数日間、味のしない食事を送ったあと、塩味に敏感になっている。

 白菜漬けも、味噌汁も、塩っ辛く感じる。

 このまま、塩分を控える方に変化できるといい。

 とはいえ、長い風邪である。

 ボクの免疫力は、だいぶ低下してきているのだろうか。

 年を取ったと云うことが、こういう所で応えてくる。


 楽しみは、あがた森魚を聴くことだ。

 それから、30年以上もしまい込んでいたニコンのマイクロレンズを、panaのGX1に装着した。

 ちゃんと撮影できた。

 うれしい。


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 ブログのジャンル別のランキングにもうエントリーしない、このブログの主な読者は、ボク自身であるからだ。

 備忘録としてこのブログはある。

 では、全面非公開にすればいいということになりそうだが、そうはしない。

 誰かに読まれるかも知れないと意識するのは、ボクの中のそこはかとなく存在する暴走する気分を、すこしは抑制出来るかも知れないからだ。

 よいこと風に云えば、自制心ということを軽んじてはいけないと、思うのだ。

 今のボクは、家族と身の回りの僅かの人との関係に生きている。

 だから、未知の訳知りを空想することは、かろうじてボクの普遍性を維持する手立てになるかも知れない。

 ですから、未知の誰かさん、よろしく。






by ribondou55 | 2016-12-18 17:17 | 舌の幸い | Trackback | Comments(0)

「栗」入手の顛末

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 子どもたちがそれぞれに自立し、家を離れてくと、残された老人夫婦は、その子どもたちがたまに「顔」を見せてくれることがどんなに嬉しいモノか・・「的な」お話は広く支持されている。

 ボクは、そんことはあるまい、親のすねかじりのガキ共が消えてなくれば、どんなにかせいせいするだろうと、思ってきた。

 ところが、案外そんな風でもないと、いうのがこのごろの気持ちである。

 別に無事に暮らしていればそれでいいのダと思うのだが、やはり「顔」を見ると、安心感がちがう。

 この連休には、子どもふたりとそれぞれの連れあいの「顔」を見るのだ。

 昨夜は、息子夫婦の「顔」を見た。

 明日は、娘夫婦がやってくる予定だ。

 そこで、老妻はさて、何をごちそうしようかと、二週間前から作戦を練っている。

 ようやく、季節柄「栗」ご飯と決まった。

 ところが、その栗の入手に、この数日苦戦した。

 この近辺で栗を手に入れるには、JAふれあい農産物販売所で購入するのが王道である。

 新鮮だし、品物に信頼感がある。

 そこで、この数日、妻は開店直後のお店に出向いたのだが、二度買いそびれた。

 一足遅かったのだ。

 昨日の夕べ、もう栗はあきらめたと、未練たらたらにこぼすので、では、「明朝はアルバイトのあなたに代わって、俺が買いに行こう」と、つい言ったしまったのだ。

 そこで、今朝、ボクは八時三十五分には、販売店の駐車場に着いた。

 そこで、開店を待つ七、八人の中年肥のおばさんたちの列を見いだした。

 嫌な感じがした、あの人たちの尻に並ぶべきか、開店を車の中で待つべきか、迷った。

 開店は、九時。

 すると、トイレから出てきた老夫婦が列に加わった、気づくと、どんどん駐車場が埋まってゆく。

 ぼんやりしてはいられない。

 列の尻に立つと、皆さんあっちこっちの販売店の情報交換に余念なし。

 とにかく、九時十分には、完売するという。

 地元民は少数、かなりの遠方からネット情報を頼りにやって来ていることを、おばさんトークから確認して、吾が老妻が、ドジを踏んだのも、もっともだと思った。

 さて、待つこと二十分、開店が待ち遠しい。

 やがて、九時。

 しかし、ブラインドが下がったまま。

 先頭の中年男性(この人は「農産物買い」に精通している、列の先頭にいて、どのような品物が出ると列が長くなるか?おばちゃんたちに解説してた)、
この店は始末が悪い、定刻に開けたためしがないと、ぶつぶつ云いながら、自動扉をこつこつと叩く、叩く。

 すると、内側に、こういう事には気の利かなそうな色白の青年が、うつむきがちにブラインドを上げて、扉が開いた。

 店内放送、「走らないで順番にお願いします。」

 みなさん、栗のテーブルに一目さん。

 ボクも、行く行く。

 おばさんの誰かが「リヘイ」がいいのよ、と大きな声で言った。

 すると、みんな「リヘイ」探しに目を更にし始めているところへ、ようやくボクは到着。

 おばちゃんも、おじいちゃんも「リヘイ」「リヘイ」。

 でも、ボクはリヘイも減ったクリもない、栗は栗、区別不能とすぐにあきらめて、手前をザッと観て、値段が・・・、一袋950円、・・・・、法外な値段、・・・ぶったクリ・・・、とか・・・・、で、なんだが、めらめら購買衝動が燃え上がって、・・・、気づくと、二袋掴んで、・・・、レジに行った。

 一番レジ通過者は、あの蘊蓄男性であった、さすがに手早い、三袋お買い上げであった。

 次いで、無知蒙昧なボク、二袋。

 レジを待ちながら、ちらっと見ると、お婆ちゃんたちは、クリの棚の前で、まだまだ、購入選定に熱中していて、その中にいるはずもない老妻の幻を見たような気がして、「おお、あさましや」と思わずつぶやいて、店をそそくさと出たのであった。



 

 

by ribondou55 | 2016-10-09 11:13 | 舌の幸い | Trackback | Comments(0)

かき氷、食べ修め。

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 今年最後のかき氷。

 本当は、今年はじめてのかき氷でもある。

 かき氷は、年一度。


 ボクが食べたのは、手前の杏シロップ。


 午前中、白菜にベタがけ。

 虫が出てきていて、この時期にやるのは、馬鹿げているかも知れない。

 一応、オルトランを散布してある。

 だが、青虫は、どうやら防ぎきれないようだ。

 少し様子をみよう。

 間違うと、全滅かな。




 
 

by ribondou55 | 2016-10-06 21:10 | 舌の幸い | Trackback | Comments(0)