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カテゴリ:ご近所巡礼記( 35 )

 秋晴れ。

 早めに農作業を終えて、久しぶりのサイクリング。

 しばらく乗っていなかったスポルティーフのタイヤに空気を入れたところ、後輪のタイヤの数カ所に緩やかなコブが浮き出た。
 
 どうやら、道路の縁石にこすったあとが、傷んだらしい。

 近日中にタイヤ交換することとして、このごろ常用している小径車で出かけた。

 これでの遠出は初めて。


 遠出といっても、せいぜい15キロ程度としよう、しばらくサイクリングから遠ざかっていたからだ。

 季節もよくなった、とりあえずの身体馴らし、初日である。

 これと云った当てもないままに、利根川を目指す、というより、北の空にグライダーが滑空する機影が見えたからだ。

 熊谷市妻沼の利根川河川敷には日本学生航空連盟(学連)の滑空場がある。

 
 で、その途中、ご近所巡礼の3番目に出会った。

 
ご近所巡礼3番 龍泉寺の観音堂 かわいらしい天人像_b0018682_22271082.jpg


 かわいらしいではないか。

 龍泉寺の観音堂(武蔵国幡羅郡善ヶ島村・現在は熊谷市)の装飾彫刻である。

 高野山真言宗のお寺さんである。

 そもそもが、この観音堂そのものが、優美なものだ。

 
ご近所巡礼3番 龍泉寺の観音堂 かわいらしい天人像_b0018682_22302319.jpg


 埼玉県の指定文化財であるそうだ。

 「雛には希な」と、口をついて出た。

 江戸時代。方形造、銅板葺(もと茅葺)。方三間、細部は和唐折衷風。

 それはそうとして、とにかくその彫刻は、とても小さな物で、四方にそれぞれひとつ。

 上の天使は、南の軒下に、次のはお堂正面、東向きに。

ご近所巡礼3番 龍泉寺の観音堂 かわいらしい天人像_b0018682_22495232.jpg


 北向き。

ご近所巡礼3番 龍泉寺の観音堂 かわいらしい天人像_b0018682_22503814.jpg


 お堂の裏側、東に面しては、天人ではなし、唐獅子牡丹。

ご近所巡礼3番 龍泉寺の観音堂 かわいらしい天人像_b0018682_22525619.jpg


 いいな、かわいい。

 翼が生えた「飛天」というのも、珍しいとボクは思うのだが、どうなんだろう。

 蓮一輪をおし抱く姿が、とても清らかだ。

 龍泉寺の観音堂、ありがたし。

 故に、ご近所巡礼3番とする。










 


More 観音堂について・・熊谷市教育委員会
by ribondou55 | 2014-09-28 22:54 | ご近所巡礼記
 巡礼地2番目にして、すでに「巡礼」の常識からみれば、変則的といえる。

 それは、お参りの対象としては妙な物だが、ボクはこの前に立つ度に厳粛な気持ちになる。

 一礼し、黙祷・・・。

 宗教心というのは、たぶんそんな心の機微から出発するのではないかと、思うのであります。

ご近所巡礼2番 荒川公園・D51140号蒸気機関車に黙祷_b0018682_21192426.jpg
 熊谷市の「荒川公園」にそれは、「展示保存」されている。

 D51140号蒸気機関車である。

 
ご近所巡礼2番 荒川公園・D51140号蒸気機関車に黙祷_b0018682_21262403.jpg
 さて、青春18きっぷを愛用する還暦超え爺さんのボクは、ささやかな鉄道ファンであるが、そのファン的のものが、この機関車によせる関心のすべてではない。

 では、当の機関車に対面してみよう。

 『高崎線で力量を発揮し沿線の人々から「デゴイチ」として親しまれていましたが輸送力の変遷に伴い、昭和45年廃車となりました、この間走った走行粁は188万8千粁にも達しました。』と熊谷市役所は宣うのだが、この機関車の現状にはまったく無関心であるのが、一目瞭然。

 一面に塗装が剥げ落ち、赤錆が吹き出ている。

 このまま放置すればどうなるかは、誰の目にも明らかだ。

 一方では、この公園にほど近い熊谷駅(秩父線)からは、休日ごとに高らかに汽笛を鳴らしてSLが発車する。

 熊谷は、そういう町でありながら、この「デゴイチ」の隠退生活は悲惨だ、この町の市民であると思うと、「デゴイチ」に対し慚愧に堪えない気持ちになる。

 
ご近所巡礼2番 荒川公園・D51140号蒸気機関車に黙祷_b0018682_22011939.jpg
 文化を軽んじるというということは、こういう事をさすのだ。

 さて、それと「巡礼」と関係あるのかというと、あるのだ。

 付喪神(つくもがみ)とは、日本の民間信仰における観念で、長い年月を経て古くなったり、長く生きた依り代道具生き物自然の物)に、霊魂などが宿ったものの総称で、荒ぶれば(荒ぶる神・九尾の狐など)禍をもたらし、和(な)ぎれば(和ぎる神・お狐様など)幸をもたらすとされる。(ウィキより。)

 普通「つくもがみ」というと、「『付喪神記』の冒頭に「陰陽雑記に云ふ。 器物百年を経て、化して精霊を得てより、人の心を誑かす、これを付喪神と号すと云へり」とある。絵画や絵巻では『鼠草紙』・『十二類合戦』とよばれる生き物を模した物や、『化物草子』では、案山子柄杓の九十九神が描かれている。室町時代に軽工業の発達から生活道具が大量に出回り、などから、が、安易に消費されるようになり、これらも九十九神として描かれている。土佐光信筆と伝えられている京都真珠庵蔵の『百鬼夜行図』は、これまで描かれた文字通りが主流であった百鬼夜行とは違い、九十九神を中心に描かれ、九十九神の黄金期であったことがうかがえる。(ウィキより)」ということで、身近な器物が、化けるのだが、ボクは蒸気機関車だって、きちんと幸をもたらす「神」になれると信じるのである。

 この機関車は昭和13年(1938年)11月3日の生まれである、もうすぐ76歳。

 まだ99歳までには間があるが、そうであっても、「化して精霊を得る」兆しは確かにあると、ボクの中にある何かが感じてしまう。

 蒸気機関車という乗り物は、一種特別なものである。

 単に日本の近代化を牽引しただけではない。

 日本人の心の深くを走り抜けたものである。

 

 であるから、ボクは、ここを二番目のご近所巡礼地としたい。

 斯様に思う次第であります。

 一礼・黙祷。


 ついでに、もう一言。

 先の熊谷市役所の立て看板の文言はまことに教育的配慮を欠いた、お役所仕事の馬鹿げたものだ。

 教育的というのは事実の正確さに基づくべきものであるが、それだけではヘボである。

 何時の時代でも、幼い子どもほど鉄道好きなものだ。

 せめて、小学校一年にでも楽しめる紹介解説を掲げるべきだ。

 第一、「粁」は何と読むか?「キロメートル」と読むのだと、子どもの何割が答えることができようか。

 こんな漢字、この節誰が使う。

 大人向けのいい加減な看板を無神経に立ててしまう、もう少し文化の伝承ということに対して気配りが欲しい。





 

by ribondou55 | 2014-09-27 22:36 | ご近所巡礼記
 いつからのことか、道々出会うお宮やお寺にふらっとお参りすることが、ナンの抵抗もなくできるようになってきた。

 それは、お釈迦様の教えを少しばかり読ませてもらうなかで、宗教的な何事かに、少なからず謙虚になってきたからだと思う。

 巡礼と云えば、四国・西国・板東・秩父という具合に、メジャーな霊地巡りをすぐに思い浮かべるが、そういうのはおいそれとは実行できない。

 時間的にも空間的にも長すぎる、遠すぎる、そして、お金もかかる。

 そういのは、クラブツーズムなんぞに任せておけばいい。

 もっとも、板東の一部や秩父なんかは、まあ、ご近所、このカテゴリーに顔を見せることもあるかも知れない。

 釈徹宗さんだったかな?身近なお寺さん巡りも、精神のリフレッシュに効き目あり、とか、そんなことを書いておられた方があった。

 ボクも、そういわれると心当たりがある。

 徒歩、チャリ、軽で、ふらっと会いに行ける神様・仏様・またはちょとスピリチアルな物や事について、記録していこう。

 
 まずは、1番 久保島大神社(旧村社 武蔵国 播羅郡鎮座・埼玉県熊谷市久保島)

ご近所巡礼1番 久保島大神社 曼珠沙華は縁結び _b0018682_13382768.jpg

 なんとまあ、華やかな。

 曼珠沙華はいま盛りだ。
 
 ご当地久保島は、「曼珠沙華の里」として売り出し中ののどかな田園地帯である。

   ご近所巡礼1番 久保島大神社 曼珠沙華は縁結び _b0018682_13425769.jpg 
  主祭神 大山祇神 伊弉諾命 伊弉册命
 
  お祀りしている神様方が、オホヤマツミ・イザナギ・イザナミの神々なら、縁結びをウリにしても、あれこれ云われる筋合いはない、まァそうだ。

  オホヤマツミは、イザナギとイザナミの間に生まれた子である。

 『曼珠沙華の里に鎮座する縁結びの神 久保島大神社』、ありがたし。

 だからといって、曼珠沙華から「彼岸花」という通称名を思い出すのは、ご当地にとってはどうだろう。

 また、「赤い花なら・・・」の『長崎物語歌』もあまり適切ではない、主人公じゃがたらお春は、日本から追放されてしまったのだから。

 そう思って、景気づけにと、すこし、「曼珠沙華」を詠んだ歌や句を探してみたが、これが、まあ、「縁結び」に叶うロマンチックなものが、ボクの乏しく貧しい脳みそでは発見できない。

 申し訳ない。

 神社の森の西南遙かに、武甲山も見えてくる。

 つまるところ、これだ、ごめんさい。

 金子兜太先生の一句。

        曼珠沙華どれも腹出し秩父の子  


 久保島大神社は、古くは山神社、山神大権現と称されていたという。楡山神社(深谷市)の論社であるとか、でも由緒等不詳とか。「現代において、延喜式に記載された神社と同一もしくはその後裔と推察される神社のことを論社・比定社などと呼ばれる。 ウィキより)」のだそうだ。

 だが、「山神社」と呼んだのは、祭神がオホヤマツミであるからだろう。神名の「ツ」は「の」、「ミ」は神霊の意というから「オホヤマツミ」は「大いなる山の神」という意味になる。そこで、「山神社」。

 「大権現」というのは、もしかすると明治の廃仏毀釈の際に、本地垂迹に基づく「権現」さんではまずいねと云うことで、止めたのかも知れない。

 そんな久保島大神社が、曼珠沙華とどのように結びついたかは、あくまでも「謎」、でもそこがありがたい、男女の「縁」も謎又謎の不思議なものだから。


 

 


More イザナギとイザナギが生んだ神々 ウィキより
by ribondou55 | 2014-09-26 14:08 | ご近所巡礼記
 昨日、新宿から高速バスで下諏訪にきた。

 今は、松本の城近くのホテルである。

 こんな早朝に目が覚めるのは、老人であるからだ。

 昨日、諏訪大社下社の秋宮と春宮に参拝した。

 これであと上社の前宮に詣でれば、諏訪の四社に参ったことになる。


 さて、諏訪大社もさることながら、今回の小旅行では「万治の石仏」を見ておきたいと思っていた。

 
ご近所巡礼:番外 野の仏のありがたさ・・万治の石仏_b0018682_4515937.jpg

 
 岡本太郎がこの石仏を激賞されて、この石仏を世に知らしめた。

 
 秋宮からしばらく旧中山道をたどって秋宮、そこから程なく熊野権現を横に見て、川を渡って、その仏の面前にでた。

 わたしは、ちょっと言葉を失った。

 南無阿弥陀仏

 これしか念ずることができない。

 今でもそんな感じがする。

 巨石の身体と小さなお顔と、それは巧まぬ絶妙なバランスがとれた石仏である。

 身体には一面に鑿の跡がある、衣紋とも文様とも知れぬ線と組まれた指と。

 その巨石にとりついて鑿を振るった人の信仰心のありがたさよ。

 そして、そのお顔。

 ざっくりと面で削れて、堂々たる「顔」が顕れた。猛然と出現し、静止した、そんな感じがする。


 阿弥陀仏も極東の信濃にまでやってきて、かくのごとく極まった。

 ありがたい。

 なんまいだぶ。





by ribondou55 | 2011-10-03 05:08 | ご近所巡礼記
 

道ばたにおいでになる仏たちに。_b0018682_2251295.jpg
とある無住寺の門前で     

  

  路傍の石仏の写真なぞ自分が撮ろうとは思わなかった。

  ところで、かくもおびただしくも仏たちは此処彼処にいらっしゃって、見られているのはこちらの方と思えてくる。

  しかし、よくよく見ると不思議にも、、衆生を正面から受け止める眼差しの石仏はお地蔵さんらいである。

目を伏せる、目を閉じる、中には空の彼方を望んでいたり、そっぽを向いておられたりする。
  
  ボクのような煩悩まみれの人間には、仏からの視線を見返すことなどできないから、かえってありがたい。

そうだから、安んじて仏たちの写真も撮ることができる。

南無観音菩薩。







by ribondou55 | 2008-05-07 23:03 | ご近所巡礼記

「蛙声」と云うより、「蛙の屁」と云うべきか。お他人様の俳句に便乗しての徒書き多し。つきましては、俳人各位には深謝つかまつり候。


by 泡六堂
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