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カテゴリ:この一首その一句( 139 )

 うらをみせおもてをみせて散るもみじ  良寛


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 よく知られた句である。

 ボクの想うところも、皆さんと同じ、良寛さんは空恐ろしいお方だ。


 それにもうふたつ、和歌である、これもボクにとって、そう遠い日のことではない。


 ぬばたまのよるはすがらに糞まりあかしあからひく昼は厠に走り敢へなくに 良寛歌集


 この夜らの いつか明けなむ この夜らの 明けはなれなば をみな来て はりを洗はむ こいまろび あかしかねけり 長きこの夜を  (同)

 とはいえ、果たしてボクにも下の世話をしてくれる「をみな」はおいでになるのか?

 いやいや、日頃から「ひとりぼっち」であることを善しとする小生、そんな期待を口にするとは、情けない。

 でも、やっぱり、つらいもんだなあ、と。





 
 
 
by ribondou55 | 2015-11-04 23:07 | この一首その一句 | Trackback | Comments(0)
 八重桜が咲いている。

 ハナミズキも咲き始めた。

 モンシロチョウも飛んでいる。

 
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 本日、レタス定植。





by ribondou55 | 2015-04-20 00:36 | この一首その一句 | Trackback | Comments(0)
 椿は勿論、山吹や利休梅には目が向いていたのに、ひっそりと梅の実がなっていたのに気がつかなかった。

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 荒木一郎の『梅の実』という歌を思い出す。

  梅の実がなった この小さな朝に
  青く冷たい 朝もやの中に
  梅の実は 風のゆりかごに眠る
  やがて生まれる 子供のように
  あの空 あの雲 遠い調べよ
  山の頂きの 白い雪
 
 この歌、メロディがきれいなのでさりげなく歌われているが、歌詞の意味は、ボクには難解である。

 又、一茶には、

 青梅に手をかけて寝る蛙(かわず)かな 一茶

 があるが、季節は夏になるだろう。

この句、老いた一茶が若い妻に甘えている気分だという人もいる。

 さて。

 それに、坪井杜国は芭蕉の想われ人だったという説もある。

 そうな風に読むと、またそれはそれで、おもしろい。

 梅の実も隅には置けない



 熊谷は、乾燥していて最小湿度が8%であった、とか。









by ribondou55 | 2014-04-16 23:50 | この一首その一句 | Trackback | Comments(0)
 四月五日午後、よいお天気に誘われて、少しばかり散歩的サイクリング、・・・ポタリングというのだそうだが、に出た。

 遠目に見えてくる桜の高い梢や一群れの桜を目指して、集落に入り、目指した桜の下でちょっと憩い、再び、田畑の中の道を行くと、あちらに村社の森、向こうに禅寺の山門前の古木、などなどと見えてくる。

 そんな感じで、訪ねていった桜の下に小さなお堂があって、花祭りと小さな旗が揚がっていて、誰もいない。

 そのお堂に、誕生されたお釈迦さんがおいでであった。

 ボクは、手を合わせて、しばらく庭先のブランコにすわって休み、そして黙礼してそのまま帰宅した。



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by ribondou55 | 2014-04-12 23:59 | この一首その一句 | Trackback | Comments(0)

山城茄子は幸いなり。


山城茄子は老いにけり

採らで久しくなりにけり

赤らみたり

さりとてそれをば捨つべきか

措いたれ措いたれ種とらむ    「梁塵秘抄372」


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by ribondou55 | 2012-04-11 23:24 | この一首その一句 | Trackback | Comments(0)


  選択は、結局ひとりでやるほかありません。    大江健三郎




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                              一葉記念館への途々・「煙突掃除用ブラシ」






by ribondou55 | 2008-03-14 21:46 | この一首その一句 | Trackback | Comments(0)
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春宵一刻       春の宵、このひとときは

直千金        千金に値する (この胸に血は流れない) 

花に清香有り     花には清らかな香りがただよい (堅い乳首がめざめたようだが)

月に陰有り      月はおぼろにかすんでいる  (満ちくる潮 沖の白波 欲望)

歌管楼台       高楼から楽の音 (風か 掻き消されがちに歌声が)

声細細        切れ切れにほそくかすか (おお 君の声)

鞦韆院落       中庭にぶらんこが垂れている (薄い月影)

夜沈沈        夜  静かに女たちの眠りへと下りてゆく






by ribondou55 | 2008-03-02 21:53 | この一首その一句 | Trackback | Comments(0)

針千本を呑み込んで

 

  一茶の句に、

  冬の夜や針うしなうておそろしき

 がある。小学館の古典文学全集の注には、蕪村の「身にしむや亡妻の櫛を閨に踏む」が連想されるとあり、『「針」と「櫛」の違いや、「亡き妻」としてある点など、蕪村の方が手の込んだ趣向である』と解説されている。
 どちらの句を好みとするとかは、読み手次第でどうでもよい。
 ただ、ボクの感じでは、先の注釈者がこの二句を並べることに違和感がのこる。
 蕪村は、作りすぎだ、一茶の「おそろしき」のリアルさは、「身にしむや」という蕪村の狙う虚構の詠嘆とは、全く異質だ。
 蕪村は「櫛」に妻を偲ぶ夫と亡き妻の情愛の歴史性を象徴させるが、一茶の「針」にはこの瞬間の恐怖しかない。たかが「針」であるが、その失われた「針」が人の「神経」につき刺さると抜き差しならないような、一瞬の恐怖が背筋の辺りを走り、いてもたってもいたれないような思いになる。

 今日、新しい年が明けたが、ボクの神経には幾本もの「針」が紛れ込んでいて、時折深く屈託する一年になることは、疑いない。

    


   去年今年君の乳房をつねったり   李凡堂

   
by ribondou55 | 2006-01-01 23:57 | この一首その一句 | Trackback | Comments(0)

 一茶「七番日記」文化11年1月元旦の句。当日は<晴、寒>とある。

 「安房鳥」とは、「信天翁(アホウドリ)」のことであろうが、どうなのだろう。
 アホウドリの鳴き声がbookshelf2.0で聴ける。それはまるで、子どもの頃、水枕をブコブコいわせていたずらしたした時に聞いたような懐かしい声である。おおらかな、まるで鳥とも思えない、まあるい鳴き声であった。とても、いい。
 酉年の「酉」は、十二支の中で鶏が当てられている。この安眠を妨げる家禽に比較するに信天翁は極めて好ましい。


 雪の原ひんがし蒼く暮れそむる 李凡堂
 
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 2005年が明けた。極めつきの困難を抱えた年の幕開けである。




by ribondou55 | 2005-01-01 23:58 | この一首その一句 | Trackback | Comments(0)

花より団子、団子より昼寝がよろしい「隠居蛙」の日常をポロリ。誤字誤記多し、恐縮。


by 泡六堂
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