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カテゴリ:この一首その一句( 150 )

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数日前、今年最後かもしれない森林公園の散歩で、

ボクは幾層にも積もった枯れ葉を踏んで山道を行った。

不思議の満ち足りた気分になれた。

画像は、その折に見かけた風景。


さて、この句を引いたのは、平凡社版の俳句歳時記の冬。

昭和34年刊のもの。

ボクの愛読書の一つだ。

この歳時記には「時代」の雰囲気が息づいている。

どのような句があるか、そのうちここにあげておきたい。


「落葉日記」とは岸田國士の作品の題名にもある。

けれど、この句に本意にかかわるものかボクには分からない。

ちょっと若者のようなセンチメンタルな記憶の1ページのようなものだと

勝手に解釈してみた。











by ribondou55 | 2019-12-15 17:49 | この一首その一句 | Trackback | Comments(0)
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2019/12/12 22:11の月


この句の山頭火は、幸せそうだ。


肉眼で見える今夜の月かげはまん丸に輝く光の円であるが、

カメラで拡大して見ると、

暗い影の海も広がっている。

さらに、ボクらは見ることが出ない裏側は、それこそ漆黒の闇と満天の星星の世界なのだろう。



仕事を辞めて、以来、深夜歩くことがなくなった。

夜空を見上げて、星座の動きに季節の変化にうたれることも忘れている。

飲んだくれて、長い通勤列車でうたた寝し、

ホームに降り立って北埼玉の夜気に身震いするのが、この時期続いたものだった。

そうしたことが五、六年前の日常であったのだが、

今となってはみんな朧な記憶になりつつある。









by ribondou55 | 2019-12-12 22:22 | この一首その一句 | Trackback | Comments(0)

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過ぎてしまったが、12月8日は、太平洋戦争開戦記念日であった。

ボクが生まれる以前に、その戦争は負けて終わった。

終わった、かのように見えて、昭和・平成・令和と元号は変わったものの、その総括も後始末もまったくついていない。

なさけないことだ。




ものを読むスピードが遅くなってきた上に、持久力がもたない。

阿部和重の「オーガ(二)ズム」に一週間つきあっていて、まだ読了できない。

情けないことだ。




菜園の白菜で、白菜漬けができた。

おいしい。

たくわんは、月末までには食えるのだろうか。




また、年賀状を制作せねばならない期限が目前に。

やめようやめようと思いながら、ずるずると続けている。














by ribondou55 | 2019-12-10 23:21 | この一首その一句 | Trackback | Comments(0)

ボクは「サラダ記念日」が刊行されて、程なく多分読んだ。

大いに楽しんだのではあるが、戸惑う感じもあった。

その感じは、今も消えていない。

さてさて、ボクの作った白菜だって、捨てたもんではない。

赤帯は締めてないが、青虫、ヨウトウムシ、ナメクジ・・・諸君に、大いに愛されている。


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久しぶりに都心に出た。

築地で馳走にあずかったあと、銀座で娘と孫に会った。


隠居暮らしに入って以来、今日は「東京」へ行くと、云うようになった。

現役の頃は、仕事へ行くと言っていたのだ。



今のボクにとっては、都心に出向くには、重い腰をどっこしょとあげて、という感じだ。

それでも、今日のように40年も通い続けた通勤電車に乗って、

文庫本を開くと、

なぜか電車の振動がしっくりと伝わってくる。

人だらけの往来の流れに乗って歩いている自分が

懐かしい日常へと帰ってきたような気がしてきた。



孫にクリスマスの絵本を買ってあげる約束?をしていた。

教文館の狭い階段を孫の手を引いて上って行ながら、やっぱりもう俺はおじいちゃんだな、

それが「うれしいような」と自覚したのだった。












by ribondou55 | 2019-12-01 23:32 | この一首その一句 | Trackback | Comments(0)
足利・鑁阿寺の大銀杏、本日〈11/29〉の様子である。

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十二月まで、残すところ今日一日、とはいえ、この歌は気が早いともいえる。


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午後三時過ぎの境内は、時折、ざざっと北風が吹き寄せて、黄葉がまるで大波の飛沫のように降ってくる。

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安野光雅さんの展覧会を、足利市美術館で。

鑁阿寺は、その流れで。

安野さんの絵本は、居間の書棚に何冊かある。

その手持ちの絵本の原画を見ることが出来た。

一枚の画面が、アイデアを幾重にも練って、注意深く緻密に計算されて、創り込まれている。

改めて、驚く。




101歳でN氏は亡くなれたそうな。

顔を背けたかった人であっても、「死者にむち打つ事なかれ」というのが、この国の礼儀であるらしい、

だから、訃報を聞いた今は云わない。




NHKスペシャル「ボクの自学ノート 7年間の小さな大冒険」を観ていて、

古希過ぎの爺さんが、何を今更ではあるが、

大昔、学校が苦痛で苦痛でならなかった、

その気分を思い出した。

ボクは明日佳クンとは似ても似つかぬ怠け者でもあったのだが、

教室という空間にいることへの違和感は、

共感できる。

小・中・高と

ボクは不登校にこそなれなかったが、

ずる休みの常習者であった。

大学は、行っても行かなくてもどうでもよかったし。

そういう点も、皆勤であった明日佳クンとは全く正反対であったのだが、

教師から言われたことは同じだった。

「そんなことでは社会に出て生きてゆけないぞ。」

そんなボクが、

今や暢気な隠居暮らし。

××先生、こんなことって、あってよいのでしょうか?













by ribondou55 | 2019-11-30 00:16 | この一首その一句 | Trackback | Comments(0)
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一茶忌は、陰暦11月19日。

一茶の句には、こんなのがある。


柿の木の番しがてらの隠居哉


隣家の柿の実は、そこそこ甘い。

入れ替わり立ち替わり鳥たちがやってくる。

隣家のものだから、別に追っ払ったりしない。


今日は、まったく冬の寒さがやってきた。

散歩の途中に寒桜が咲いていた。

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たまたま向けたカメラに、こんなものも写り込んでいた。


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エナガのように見えるのだが、それでいいのだろうか?

シジュウガラも来ていた。


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安物のデジカメだから、黒色の部分がのっぺりとつぶれてしまう。

だが、野鳥の影が見えると、とりあえずは絵を撮ってしまう。

一足延ばせば、××沼公園という所があり、そこには水辺の渡り鳥ももう来ているはずだが、寒いので、それにちょっと尿意も催して、情けない。

帰路についた。


沢庵大根を干した。


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二週間ほど、寒風に曝す。














by ribondou55 | 2019-11-26 15:21 | この一首その一句 | Trackback | Comments(0)


秋の長雨に、ちょっと気分が腐っていた。



息子のお嫁さんからのお土産。

意外においしい。

老眼の疲れ目にいかにも効きそうだ。

この飴は越中富山廣貫堂の健康飴。


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ガキの頃、富山廣貫堂の置き薬の箱が悪戯できないようにタンスの上に置いてあった。

年に一度か二度か?忘れたが、大きな箱を自転車に積んで、おじさんがやってきた。

なんだかペラペラお袋にお愛想を言って、お袋も楽しそうだった。

ネクタイをしていたなあ。

おじさんは、薬箱を点検して、使った薬の代金をお袋から受け取って、

不足分を補充していった。

おじさんは、大抵紙風船をくれた。

正方形の紙風船。

風船を鼻先に持って行くと、インクの臭いと煎じ薬の臭いが混じったようでツンと臭う。

その臭いが、好きだった。



古谷田奈月著『神前酔狂宴』2019/07刊・河出書房新社

この小説世界を覗いていると、まるで万華鏡。

あれやこれやと、てんこ盛り。

一気に読んだ。

そういえば、小生も結婚式場内の神社で、あれしたのだった。

息子・娘はどっちも、にわかクリスチャンに化けていた。


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秋雨に閉じ込められて、気持ちが沈んでたのに、「石田徹也」の画集をめくってしまった。

ページをめくるにつれて、二十歳頃の憂鬱を思い出して、苦笑いであった。


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『石田徹也ノート』求龍堂刊



ローマ教皇・長崎、広島でのスピーチ、繰り返して聴きたい。









by ribondou55 | 2019-11-24 23:02 | この一首その一句 | Trackback | Comments(0)

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穂村さんにしては、どーかな?




この秋初めて、先ほどエアコンを暖房にした。

暑ければ暑いで、寒ければ寒いで、外出が億劫になる。

それで済むのが、隠居暮らしのありがたさである。

隠居というのは、我ながら真に結構な身の上であるのだ。

いまのところ、三度の飯をきちんと食べることができるので、自分を縛るものは、自分自身しかいない。

口やかましい配偶者は、時に実に五月蠅いものだが、長年のお互い様、対立的な問題も予定調和となる。



だが、お上は「人生100年時代」は目前だと言い立てて、年金だけでは食べて行けないぞと、暢気な老後なんてあり得ないと恫喝してくる。

働ける間は、高く働く意欲を持続せよと、せっついてくる。

おめえら若年世代のお荷物になるんじゃないぜ、とばかりだ。

小生は30,40代の頃は、年寄りは六十過れば、大体死ぬものだと思っていた。

だが、こうしてなんとなく古希を過ぎる時点まで生きてしまうと、いつ頃この世からおさらばすればよいのか皆目分からなくなった。

お上の云うように、100まで生きるとしたら、あと約30年、「ウエー・・・!」、恐ろしい。

目減り必至の乏しい年金を頼りにどう食べてゆけばいいのだ。

とにかく、高齢者の不安は尽きないのだ。


とはいえ、今現在はとりあえず、食えて、寝て、糞をして、稼ぎもせず、生存している。

この程度の寒さでも暖房をかけることもできる。

これで、「足る」とせずして、何を望むのかと。

とりあえず、今を生きよ。

それでよし。




いやいや、実は、以上書いてきた来たこと全部が、ダメなんだなあ。

糞爺に、成り下がった自分よ、いっそのこと長生きせよということか。

生きて、移ろえ。

移ろい行くのだから、「怠ることなく努め励めよ」、とか。

南無釈迦如来。




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SFマガジン・2019/10

神林長平 デビュー40周年記念特集・エピグラフ集より










by ribondou55 | 2019-11-22 14:19 | この一首その一句 | Trackback | Comments(0)
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令和天皇即位祝賀パレードの日(11/10)、羽鳥湖(福島県天栄村)を望む展望台に立つ。

前日、須賀川の「松明あかし」を観て、郡山に泊まった。

この日は、南会津を経由して、帰宅するコース。

西那須野塩原のインターまで、どこもかしこも紅葉していた。

ことに、118号を通過する道すがら、羽鳥湖周辺の眺望は、とても気持ちがよかった。


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祝賀パレードについては、旅の間、頭の片隅にもなかった。



まだ、たまねぎの苗が植え付けできない。

もうちょっと、育成中の苗の姿がしっかりして欲しいのだ。

昨夜少し雨が降って、湿ったので、もう数日待とうか。

今のところの、最大の懸案である。










by ribondou55 | 2019-11-11 11:01 | この一首その一句 | Trackback | Comments(0)

 ブログの額縁、デザインを、チャラチャラっと一新。

 案外、似合うのではないか?

 自問すると、

 OKだ、と、背中の方から誰かが答えてくれたような。

 出不精な小生には、居心地が良さそうであるし。

 ソファーに寝転んでいる時間は、気持ちよいものだし。



 

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これで、ちょっと元気をだせそう。









by ribondou55 | 2019-10-28 22:22 | この一首その一句 | Trackback | Comments(0)

水面を滑りまわって世を過ごし、その上、空を飛ぶ羽も持っているあめんぼは、老蛙の憧れだ。


by 泡六堂