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カテゴリ:ちょっと、そこまで( 71 )


 鎮魂の炎よ天に届け 福島・須賀川「松明あかし」

 福島県須賀川市の伝統行事「松明(たいまつ)あかし」が9日夜、行われ、計24本の壮大な火柱が晩秋の夜空を焦がした。
 須賀川市は台風19号で市内の阿武隈川や釈迦堂川が氾濫し、2人が犠牲になった。大勢の見物客が訪れ、犠牲者の鎮魂や復興を祈った。
 午後6時半、太鼓の音とともに長さ約10メートル、重さ約3トンの「大松明」に着火。他のたいまつにも次々と火が付けられ、ぱちぱちと音を立てながら赤々と燃え上がった。
 松明あかしは、伊達政宗の軍勢が須賀川城を攻めた合戦が由来で、戦死者を弔うために始まった。
 市などでつくる実行委員会によると、市内の広範囲で浸水被害を受け、2団体が参加を断念した。たいまつの材料となるカヤが水に漬かった団体もあったが、仲間同士で融通し合い開催にこぎ着けたという。
 見物した郡山市の介護ヘルパー橋本真智子さん(66)は「台風の影響で開催が危ぶまれたが、伝統の火を消さずにやってくれてよかった。迫力のある炎は被災した人たちの力にもなったと思う」と話した。


「河北新報」は、このように伝えている。

 この日、朝はゆっくりと出発し、白河で高速を下りて、白河ラーメンの昼食。

 白河城に立ち寄って一息ついて、須賀川に国道4号で向かった。

 「松明あかし」は日本三大火祭りの一つなのだそうだ。

 長野湯沢温泉「道祖神祭り」、京都・鞍馬の火祭り、それとここ須賀川の「松明あかし」。

 でも、諸説ありそうで、和歌山・「那智の火祭り」、或いは、久留米大善寺の「鬼会」などを挙げる例もある。

 ボクは、ミーハーなので、この日本三大ナンチャラという奴に弱い。

 なので、とりあえず、「松明あかし」、三大の内の一つだとして、この秋の遠出先に選んだのだった。

 「松明あかし」は、鎮魂の火祭りである。

 キホンテキに「火祭り」は宗教的な性格を持つことが多い。

 ここも、ゆるやかに火炎崇拝的な雰囲気が漂っていたようにも感じる。

「魂鎮め」。

 巨大な松明、天を焦がす火柱、祭りは単純明快、火炎が主役なのであった。

松明が燃え尽きるまで、太鼓が打ち鳴らされているのであるが、

会場は静かなのだ。

人々は、ひそひそと言葉を交わしている。

ボクがいたのは、会場の五老山の南斜面の御神火が点されている辺り。

山と言っても小高い丘、その頂上が平らに開けていて、何本もの松明が燃えている。

その燃えさかる松明を、多くが黙って見上げている。

祭りにはつきものの、視界には激しく燃える風景があるのに、喧噪がない。

そういう祭りなんだろうか。


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点火前はこんな。


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点火は、松明のてっぺんによじ登って、着火。


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ところで、「醍醐の花見」ならぬ、「御苑の花見」。

今太閤を主役にした「お花見の宴」なんて、この節、だいたいが時代錯誤だろう。

いや、失礼、元祖太閤さんは卑賤の身からの立身出世、善くも悪しきも、己の才覚と努力で得た地位。

この節、一強天下人といったら、もー長州あたりの名門も名門、世襲議員上がりのお坊ちゃんでした、こういうのは、今太閤とさえ呼べなかった。

失礼。












by ribondou55 | 2019-11-12 16:18 | ちょっと、そこまで


主役は火炎。

諸々の不幸の種を焼き尽くしてと、願ってしまう。

南無不動明王

我らに平安を。




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 修験道独自の護摩儀礼。野外に護摩木や藁(わら)などを積み上げ,そこへ仏菩薩を招き点火する。その火により修験者煩悩を焼き尽くすとともに,天下国家安穏,家内安全,五穀豊穣などを祈願する。修験者自身の修行として行う場合もあれば,寺院の年中行事のとき,あるいは信徒の諸祈願にこたえる場合にも執行される。護摩木は人間の煩悩をあらわし,その護摩木を井桁に積み上げるのは,人間の罪垢が井戸のように深いからであると説明される。

出典 株式会社平凡社世界大百科事典 第2版





by ribondou55 | 2019-10-19 22:44 | ちょっと、そこまで


見てきた「もの」と「こと」と「なにか」



中之条ビエンナーレを覗いてきた(その1)_b0018682_22270701.jpg

以下のA~Eは作者不詳

中之条ビエンナーレを覗いてきた(その1)_b0018682_22284448.jpg
A

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B

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C

   
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D


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E


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F








by ribondou55 | 2019-09-19 22:52 | ちょっと、そこまで



この夏の旅の一番の目的は、秋田県鹿角花輪のお祭り見物であった。

ユネスコ登録云々はさておき、東北にはねぶただ、竿灯だと、メジャーなお祭りが目白押しに夏を賑わわす。

そこへ行くと、「花輪ばやし」はいまひとつといえば、地元の方ゝは、ご立腹か。

実際に訪ねて見ると、スケールは想像の内にあった。

が、しかし、地に着いた熱気を感じて、つくづくよいお祭りであると思った。

嫌みがない。

それは、原則的に礼儀正しい祭りであるからだ。


同じくユネスコ登録の秩父夜祭りは、ボクにはよくよく知った祭であるが、年ごとに、ウーン、失礼ながら・・・客が劣化してゆく。

どちらが前かワカランが、祭自体もマンネリとういうか、「お金」問題がちらつくし、つまらなくなってきた。

ユネスコ登録には漏れてしまった熊谷祇園うちわ祭なんぞは、ボクがガキであった半世紀以前の素朴さが皆無、ただの「お金」が仕切る祭に堕落しているようだ。


さて、花輪ばやしの礼儀正しさとはなんぞや。

ボクは正直何が行われいるのかわからなくて、面食らった。


  
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 路上で鉢合わせした屋台と屋台が向き合い、それぞれの屋台に属する人たちが整列して神妙な面持ち。

 外交と書かれた提灯を掲げて、双方から人が出てきた。

 何やら、道の真ん中でやり取りしてして、別れた。

 さて、これは、お囃子のガチンコ勝負、戦線布告かと思いきや、そうではなかった。


 これは、「町境の挨拶」というここ花輪の祭りの重要なしきたりであったのだ。

 外交部は祭の花形で、外交部の働きを無くして花輪ばやしは語れません。外交と書かれた提灯を持った人が、その町内の屋台を先導する外交部です。外交には、他町内の通行許可をもらう、大事な役割があります。

花輪の町には七ヵ所の町内の境い目、つまり『町境』があります。舟場元町と舟場町、舟場町と新田町と六日町、六日町と谷地田町、谷地田町と大町、大町と新町と旭町、新町と横丁と組丁、横丁と組丁の境い目です。

花輪ばやしの屋台が、この町境に差し掛かったとき、外交による『町境乗り込みの挨拶』を見ることができます。

町境では写真のように、それぞれの町内の外交部が提灯をてかざし、話し合う場面があります。この時、以下のようなやりとりが行われております。

隣町内に乗り込む側「○○町内申し上げます。かねてお約束の時間に参上いたしました。ただ今から××町内をお通し願います。」
迎える側「××町内申し上げます。ただ今の○○町内のお申し出確かに承知いたしました。どうぞお通り下さい。」
                       ※

 町境のしきたりの中には、屋台が町内を通過し再びその町内を通って帰るとき、町内の外交担当者が、通過する町内の役員および屋台を出口となる町境において、見送るしきたりがあります。

 丁寧な気持ちのよいならわしで、相手側に対する最大限の敬意を表します。  (花輪ばやしガイドHPより)


 こうした整然とした祭の進行は、多所にも例があるのだろうか。

 その威厳を感じさせる礼儀正しさは、随所に見ることができた。

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 さて、祭とは、本来日常からの解放、逸脱という一面も併せ持つものだと、思われている。

 古くから伝わる各地の祭りにおいても、明治以降の近代化の過程で、風俗の紊乱ありとして、様々な弾圧があり、自粛や修正が加えられきているということを、聞き及んでいる。

 この祭りの「外交」による町境における挨拶という「制度」もそうした近代化の中で形を為したのだろうか。一体いつ頃からあるものなのだろうか。

 しかしそこはお祭り、やはりただではすまないということも、あったようだ。


 これはあくまでもスムーズにいった場合です。町境の位置があいまいなため、提灯を置く位置をめぐり、もめる場合がたびたびあります。昔は町境のいざこざがこじれて、屋台をぶつけて押し合ったり、血の雨が降ったという血気盛んな時代もあったようです。

 20日未明に行われる朝詰では、たびたび町境の挨拶がこじれます。この時、屋台をギリギリまで近づけ、お囃子合戦をしたり、中には屋台をはげしくぶつけ合う、けんか屋台に発展する町内があります。荒々しい祭りの一面を見ることが出来る、花輪ばやしみどころの一つでもあります。


 ウーン、そうだろう。

 それにしても、この整然とした祭の運行のシステムは、たいしたものだ。



 そんなこんなで、web上を、花輪ばやしの情報を求めて彷徨うと、とても優れたサイトに出会えた。一読を。

「秋田の伝承学 花輪ばやし」 https://nanmoda.jp/2017/08/1084/

 






by ribondou55 | 2019-09-07 16:22 | ちょっと、そこまで

一つ家に遊女も寝たり萩と月    芭蕉_b0018682_22492118.jpg



 萩は萩だが、小さなしじみ蝶を遊女と見立ててみたのだ。



ところが、

このところの奇妙な空模様、

暗すぎる灰色の夜が続いて、

秋になろうというのに、月も星も見えないのだ。

日照不足は作物などに影響が出るので、話題になる。

では、月明かりの不足がもたらすことはどのようなことがあるのだろう。

誰か、教えて欲しい。


















by ribondou55 | 2019-09-03 22:52 | ちょっと、そこまで
 秋保温泉からの帰り道は、浜通りを国号6号で、いわき市の白水阿弥陀堂へ向かった。
 
あれから8年を経過した相馬からいわきまでの国道6号を走り抜けた。


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走る車から何枚もの写真を撮ったが、このくらいで。

云うべきことばは、月並みで陳腐だが、「原発はいらない」。




白水阿弥陀堂は、何時だって美しい。


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合掌。

南無阿弥陀仏






by ribondou55 | 2019-08-30 22:21 | ちょっと、そこまで
 西馬音内盆踊りを見た翌日は、横手市増田町の朝市を覗いて、北上し、角館で稲庭うどんの昼飯、さらに、大館へ移動した。

 大館駅近くのホテルにチェックインして、小休憩し、今度は鉄道で、鹿角花輪に向かった。

 花輪の夏祭り、「花輪囃子」もかねてから、一度は雰囲気を味わっておきたいと思っていた。

 この花輪囃子は、ユネスコの「山・鉾、舞台行事」の一つとして無形文化遺産に登録された。

 北関東の夏も、各地に祇園祭があって、屋台や山車の引き回しが行われる。

 ボクにもガキの時分から馴染んだ、屋台にお囃子という祭の形である。

 居住地の近くでは、秩父と川越の祭が、ユネスコ登録されている。

                         ※

 さて、増田の朝市のことだ。

 増田町は、こんなところだ、観光協会のHPによると。

 日本有数の豪雪地帯である秋田県横手市。その南東部に位置する増田は、成瀬川と皆瀬川が合流する地点に立地し、江戸時代以前より人と物資の往来でにぎわった地域です。両沢目で生産された養蚕や葉タバコのほか、様々な物資の流通に伴って増田は県内有数の商業地となっていきました。

現在商店街となっている「中七日町通り」は、明治の中ごろまで「ホタル町」と呼ばれ、内蔵や裏庭など、家の奥にある施設に比べると質素な表構えの町並みであったといわれています。しかし、商業発展のゆえに、明治の中ごろからは細部まで特徴的な正面意匠をもった大型の町屋が立ち並ぶようになり、秋田県内の商業地の中でも大型で特徴的な景観を見せるようになりました。(下・YouTube参照)



 さて、行ってみると、とてもいい。


 町屋の立ち並ぶ景観は、国の重要伝統的建造物群保存地区に指定されている。

 それは、さておき。

 朝市のことだ。

 19日は、九のつく日、この日は市が立つとのことであった。


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店の数は10店ほど、簡素にして素朴。

街角の市というものは、こういうものだと教えられた。


佐竹藩の公認で約360年前(寛永20年)から始まったと言われている朝市は、毎月2.5.9のつく日、7:00~12:00に、開催されます。
        
 かつては、増田城の武士達が日常生活を営むため、物資の調達が行われたものと言われています。

朝市には近郊の農家や商店から50あまりの店が出店し、新鮮な季節の野菜が並びます。(横手市HP)

ということだ。

地域としては、観光客目当てのものにしたいのだろうが、お客さんは地元の方達が多かった。

いまでも、生活に根ざす商いなのだろうと思った。

よいものを見た。

店番の元気なおばあさん?から「ンダ」の用法を伝授された。

ところで、「ンダナ」と「ンダ」の違い、どうだった?










 

by ribondou55 | 2019-08-24 15:49 | ちょっと、そこまで

「西馬音内盆踊り」へ。

 8月18日、秋田県羽後町西馬音内盆踊りを見にゆく。

 長年、訪れてみたいと思っていた。

 安いデジカメの手持ち撮影である.

満足な画像は一枚もないが、それはそれで悪くないと自分では思う。

 後々のボクの記憶探しのヒントになればいいのだ。



 
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 郡上踊りや八尾の風の盆の洗練度にたいし、僅かに鄙びたところがあるのだが、そこがとてもいい。

 踊り手さん達の衣装も美しい。

 音頭の歌詞は滑稽、諧謔、風刺、それに艶笑風な趣も、生活感が溢れていた。

 踊り手は、幼い子どもから相当のお年のお方までおいでであった。

 もっとも、編み笠を深く被ったり、目だけをだす黒頭巾で踊る姿に年齢は関係ないのだ。

すばらしいでないか。

  

ホラ西馬音内女ごはどこさえたたて 目に立つはずだんす 手つき見てたんせ足つき見てたんせ 腰つき見てたんせ

ホラ川原田の池には緋鯉に真鯉 じょろじょろ遊んでる たまには木陰にがさごそめかして 浴衣の鯉もいる

ホラ名物踊りは数ある中にも 西馬音内ぁ一番だ 嫁コも踊るし姑も踊る 息子はなお踊る





   

 

 盆踊は、全国各地でそれぞれの特色を伴なって伝承されているが、西馬音内で踊られている盆踊は、とくに洗練された流麗優雅な踊り振りにすぐれた芸態を示し、盆踊の一典型としての価値が高い。
 踊り手のうち、とくに女たちは端縫【はぬい】と呼ばれる端布【はぎれ】を縫い合わせた風雅な着物、あるいは浴衣に白足袋のいでたちで踊り、編み笠または彦三頭巾と呼ばれる黒頭巾をすっぼり冠り、顔を見せないようにしている。彦三頭巾のいでたちは亡者をかたどったという言い伝えを残し、盆に精霊とともに踊るという供養踊の伝承の面影をいまに伝えている。
 盆踊の囃子は、笛・大太鼓・小太鼓・三味線・鼓・鉦などで編成され、特設屋台の上でにぎやかに演奏され、これに合わせて地口と甚句が歌われる。
 宵のうちは秋田音頭と同じ地口で囃される「音頭」から踊りはじめ、夜が更けてくるにつれて、「甚句」の踊となるのが習わしになっている。「甚句」の踊は、また、がんげ踊とも亡者踊とも呼ばれる。
 快活でにぎやかな囃子でありながら、その踊りの振りは実に優雅で美しく、数ある盆踊の中でも傑出したものと評価されている。(国指定文化財等データベースより)














 
 



by ribondou55 | 2019-08-22 23:06 | ちょっと、そこまで

松本城、二年ぶりに。

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飛騨からの帰り、松本で一泊。

松本は、父方に縁がある地であるので、ボクにとっても愛着がある。


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二年振りの松本は、どんどん変化していて、見慣れたままなのは、お城と縄手通り。

外国人観光客が多いのにも、驚いた。

お城の夜景を見に来ていたのは、欧米からの人ばかりのようだった。

この日は、クローズされた店が多くて、夕飯を食べるために、駅近くまで歩くハメになった。

飯屋ではないが、今度来たときには立ち寄りたい。


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松本では、しばしば宿泊したホテルのコンセプトが大分変ったらしく、ちょっと、ボクにはいただけない感じがした。






by ribondou55 | 2019-06-20 10:35 | ちょっと、そこまで
 
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飛騨古川の近くに宿を取った。

この町を訪れたのは、初めてでアルハズ。

ところが、急な雷雨に軒を借りながら、この街を歩いていると、すっかり既視感に囚われていた。

この小道には見覚えが、

あの角を曲ると郵便局・・、とか。


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雨宿りの狭い軒下で、シー・ズーを散歩させていた初老の女性は、話しかけても言葉少なで、顔も伏せがちな人だった。


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雨あがりの町を歩く。

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この石碑にであった。


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ああ、飛騨古川とは、あの町だったと、はたと胸に落ちた。


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少女の足下には、こうある。

「野麦峠を越える娘たちは十二歳だった」




この頃、ここは初めて来たところと思いつつも、

その風景の中でしばらく過ごすと、

ここは見知った所ではないかと

感じてきて、

やがて、うっすらとしつつも、確信のようなものが、胸中に頭を擡げてくる。

デジャブ、・・・、これも、「老いるショック」?















by ribondou55 | 2019-06-19 06:07 | ちょっと、そこまで

「蛙声」と云うより、「蛙の屁」と云うべきか。お他人様の俳句に便乗しての徒書き多し。つきましては、俳人各位には深謝つかまつり候。


by 泡六堂
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