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カテゴリ:還暦シネマ( 169 )

 「14の夜」(脚本監督・足立紳、2016年)を、深谷シネマで。

 
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 1987年の田舎町。中学生のタカシは、ずっと家でうじうじしている父親がカッコ悪くて嫌いだ。今日も婚約者を連れて帰ってきた姉に情けない態度で見ていられない。道を歩いているとすぐ絡んでくるヤンキーたちも、鬱陶しいし、隣に住むい幼なじみのメグミがちょっと気になっている。そんなどうにもならない悶々とした生活を送っているタカシが柔道部の仲閒たちと入り浸っている、町に一軒だけあるビデオレンタル屋があった。そして、そこにAV女優のよきしまる今日子がサイン会にやって来るという噂が聞えてきて・・・・。予期せぬ事態、大騒動の果てにタカシはよくしまる今日子に会えるのか・・・・・?(作品のチラシ)

 1987年というと、あの「スタンドバイミー」が公開された年である。

 ゴーディら4人の少年は、英雄になろうと、森の奧に放置されているという死体を探しに出かけたのだが、彼らより2歳年上のタカシたち柔道部4人組は、よくしまる今日子のおっぱいを吸えるかも知れないと、レンタルビデオ屋へと、チャリンコで向かうのだった。

 もうこれだけで、OKである。

 1988年には、日活ロマンポルノが打ち切られる。

 わざわざ映画館にゆく必要もなくなったのだ、中学生の本箱の奧にまでエロビデオは行き渡りつつあった。

 そんな頃の14歳の「悶々」を、大いに笑いつつも、それがそれなりに、青春映画のピュアさも大いにあって、ちょっと、イケテル?いい作品になっている。

 さすが、「百円の恋」の脚本家である、期待を裏切らない。

 光石研のダメ親っぷりは、素敵だ。

 その息子、父を馬鹿に仕切っているタカシの「14歳っぷり」も健気である、中途ハンパさとビビリの所が、すごく、共感できる、・・・・・と、還暦爺さんの感想・・・・・?

 その他、登場する少年達がいい感じ、ヤンキー振りもいい感じ、嘘くさくない。

 どうでもいいが、付け足すと、ヤンキーがタカシたちをパシリにしたり、暴走族に喝上げされるのは、あれは「いじめ」ではない、単純な非行であり暴力である、「いじめ」というのは、モットたちが悪い。

 それと、ビデオ屋の姉さん(内田慈)の優しさは、捨てがたい。

 そういう少年たちが棲息できた時代だった。

 これは、高偏差値お利口馬鹿のなれの果ての先生方や教育勅語もイイコト書いてあるよ的な脳天気ジジババ必見の作品である。

 イヤイヤ、やっぱり絶対に見せない方がいいな。

 ・・・・・・・・!

 ところで、この監督さん「百円」とか「14歳」とか、数値化が好きなのだろうか。







by ribondou55 | 2017-04-11 22:57 | 還暦シネマ | Trackback | Comments(0)
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 「虐殺器官」(監督・村瀬修功、2017年)を、観た。

 この映画は、伊藤計劃の「虐殺器官」に概ね忠実に従っていた。

 ボクは、この小説に感心していた。

 その記憶から観に行ったのだ。

 アニメと云えば、「この世界の片隅に」にやられた記憶がまだ残っている。

 そこで、「虐殺器官」を観ると、まあものが違うのだが、できればもっと、ゴリゴリやって欲しかった。

 原作を突っつきまわして、もう一歩先に、「今日に」肉薄してくれればと。

 ダルイ。







 

by ribondou55 | 2017-02-24 23:11 | 還暦シネマ | Trackback | Comments(0)
 「湯を沸かすほどの熱い愛」(監督・脚本 中野量太、2016年)を深谷シネマで。

 ボクは病気が嫌いだから、余命数年、数ヶ月を懸命に生きるという体の小説もマンガも映画も、敬遠する。

 だからなんでこの映画を観ようと思ったのかというと、宮沢りえとオダギリジョーの絡みに興味がそそられたからだ。

 それから、妙に長い修飾のついた「愛」という、題名からだ。

 大体、ボクは長ったらしいタイトルを好む癖がある。

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 サービス満点の作品だった。

 この監督さん、商業映画のデビュー作というが、実に客を飽きさせないアイデアをたっぷり持っているらしい。

 今後が楽しみ。


 さて、宮沢りえは役どころも、演技も熱かった。

 かりかりに瘦けた頬の輪郭が、気合い十分。

 オダギリジョーは、オダギリジョーならさもあらん風な飄々振り。

 二人はいい感じだ。

 娘の杉咲花をはじめとして、脇役もそれぞれよかった。

 とくに、りりィが、台詞もなく、ほんの一瞬だが、カミソリの刃のようなワンカット、この映画にはとても重要、冥福を祈る。


 難しく観る必要はなくて、映画の流れに身を任せていれば、後味のよい結果が得られる、そんな感じだ。

 
 ロケ地が足利市、足利にはよく足を伸ばすので、お馴染みの風景が発見されて、それも楽しかった。

 高崎映画祭は、やはり目が高い。






 


 

 

by ribondou55 | 2017-02-22 21:40 | 還暦シネマ | Trackback | Comments(0)
 映画「ノーカントリー」(監督・ジョエル・コーエン イーサン・コーエン、2007年)を、炬燵にぬくもりながら、DVDで観ていると、ふと浮かんだヘボ一句。

 
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 多分、これまでも二三度は観ている。

 難解と云っても良い作品だが、ボクは人にとって必然も偶然も悲劇的なものになりやすい、ということを教えられた。

 お釈迦様は、人の生の本質は苦しみであるといわれた。

 そういうことだ。

 年を取ったせいであろう、トム保安官の無力感がしみじみと共感できるような感じがする。

 また、シガーがボクの夢に出てきたなら、震え上がるだろうか、少なくとも、一緒にコーヒーでも・・・、というわけにはいかないだろうな。




by ribondou55 | 2017-02-19 23:28 | 還暦シネマ | Trackback | Comments(0)
 「アース・トゥ・エコー」(監督・ディヴ・グリーン、2014年)をHuluで。

 
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 子どもは、政治的にも社会的にも、無力でちっぽけな存在へと追い込まれていると、案外気づいていないガキが、たくさんいるように思える。

 子どもは、まったくカスのように扱われていると知っている人たちには、楽しめるSFファンタジーであるとおもうのだ。

高速道路建設のために、住民全体が強制撤去を余儀なくされた町。明日がいよいよ別れの日というとき、町中の携帯電話に不可解な画像が突然映し出される。もうすぐ離れ離れになってしまう親友同士の少年たち、アレックス(テオ・ハーム)、タック(ブライアン・"アストロ"・ブラッドリー)、マンチ(リース・ハートウィグ)の3人は、真相を突き止めるために地図が指し示す闇深き砂漠へと向かう。そこで彼らは、遥か彼方の宇宙からやってきた未知の物体に遭遇する。巨大な謎と怪しげな陰謀が渦巻くなか、彼らが見つけた真実とは……?
(MovieWalker より拝借)

 そんな子どもであっても、やればできるというストーりーだが、「スタンド・バイ・ミー」と「ET」を掛け合わせたような作品だと途中で舐めてしまうと、この映画の面白さを見誤るかも知れない。

 ボクは、爺さんながら、ちょっとわくわくしながら見終った。


 ホームビデオのようなカメラワークのノリをうまく生かしているのが、なかなかよかった。



 

 



 

by ribondou55 | 2017-01-14 14:17 | 還暦シネマ | Trackback | Comments(0)
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 「マザーウォーター」(監督・松本佳奈、2010年)をHuluで、観た、というか、聴いた。

 この頃の感動大好きの若い衆には、わけのわからない、ダルイ作品だろうが、爺さんのボクには波長が合ったようだ。

 「かもめ食堂」「めがね」「プール」「東京オワシス」「すいか」いずれの作品もおもしろかったが、これまで見落としていたこの作品が、ある意味で一番すっ飛んでいるように思った。

 すっ飛ぶというのが、へんなら、「あの人ちょっと、イッテルね。」という用例に近い、イッテル感が実は潜んでいる。

 イッテル感・・・、これも語弊があるなあ。

 ホントっぽさとウソっぽさが、クリーム状になるまで攪拌されたと、云う感じ。

 一見、淡々と日常を描いているかのような、だが、ボクにはそれを素直に信ずることができないのだ。


 この味わい、嫌いではない。


 京都のとある川沿いの街というような、設定だが、出てくる人は、余り京都人っぽくない、ややそれらしいのは光石研ぐらいか。

 というより、この川沿いの街にいつしか身をよせてきた人たちなのだ。

 川が流れるように、或いは、川に誘われて。


 相変わらず、もたいまさこが、もたいまさこをしている。

 たいしたもんだ。

 どうみても、常世?のあたりから来た人のようだに思えてならない。


 さて「聴いた」と、妙なことを云ったのは、このところHuluで映画を見るときは、ヘッドホンで聴くのが心地よくて、この作品もそうした。

 そこで、楽しかったのは、「水」が立てる生活の音を丹念に拾い上げてることであった。

 例えば、喫茶店経営の小泉今日子が、コーヒーを入れる場面で、ドリップに注ぎこまれる湯の音、コーヒーの粉に落ちるそのくぐもったような音。

 そういう音が、厳選されて聞こえてくる。

 勿論、雑多極まりない環境音はすべて除外されていて、必要最小限の生活の音だけが聞えてくる。

 気分良かった。


 ニコンEMが、半ば生き返った。

 電池を入れてみると、露出メータの針も振れた。

 レンズもいい感じ。

 でも、まだフィルムを入れて、撮っていない。

 撮れないことには、まだ、ゾンビと変らない。

 さて、いかが相成ることやら。






by ribondou55 | 2017-01-11 23:21 | 還暦シネマ | Trackback | Comments(0)
 「淵に立つ」(監督・深田晃司、2016年)を観た。

 
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 「歓待」「ほとりの朔子」などで世界的注目を集める深田晃司監督が浅野忠信主演でメガホンをとり、第69回カンヌ国際映画祭「ある視点」部門で審査員賞を受賞した人間ドラマ。下町で小さな金属加工工場を営みながら平穏な暮らしを送っていた夫婦とその娘の前に、夫の昔の知人である前科者の男が現われる。奇妙な共同生活を送りはじめる彼らだったが、やがて男は残酷な爪痕を残して姿を消す。8年後、夫婦は皮肉な巡り合わせから男の消息をつかむ。しかし、そのことによって夫婦が互いに心の奥底に抱えてきた秘密があぶり出されていく。静かな狂気を秘める主人公を浅野が熱演し、彼の存在に翻弄される夫婦を「希望の国」「アキレスと亀」の筒井真理子と「マイ・バック・ページ」の古舘寛治がそれぞれ演じた。 映画com より拝借  


 ホラー映画?

 ボクのように、小心で家族の平穏第一に過ごしてきた父親の目からみれば、立派に恐怖映画である。

 この監督さんが観ている世界では、「家族」はいかなるものなのだろう。

 恒に無愛想で不機嫌そうな正体不明の如き利夫(古館寬治)は、八坂(浅野忠信)が罵るとおりに、表面はいかにもそうだが、内実は意志薄弱な取り柄のない男である。

 己の正しさを一貫するために人を殺したいう八坂は、それだけで不穏である、利夫に歯がたたないことはいうまでもない。

 住み込みという形での同居人となった八坂に、利夫の妻章江(筒井真理子)が惹かれてゆくのは、一面では自然ななりゆきであろう。


 で、この妻を演じる筒井真里子が、たいしたものであった。

 この妻章江に感情移入できれば、これは極上の心理サスペンスであるということもできる。


 物語は、最期の悲劇的な結末に向かって、経過してゆく。

 巧みな筋立てに感心した。


 この映画には、救いがない。

 救いがないということは、リアルであるとも云える。

 人は家族は、時折、崖っぷちに立たされることがある、何者かが、背中を押す、稀に手をさしのべる、さて、どうなのだろう。

 この監督さんは、背中を押してみせたのだろうか。

 いや、多くの場合は、徹底的に無視される、世界は淵に立ったモノに無関心だ。

 淵はあらゆる場所に亀裂となって口を開けている。

 
 もしかすると、この映画は、章江の物語である。

 クリスチャン章江にとって、赤シャツの男は、根源的な欲望のシンボルだった。

 悲惨である。

 神も仏もない。

 蛍ちゃんが気の毒でならない。



 





 

 




by ribondou55 | 2016-12-23 21:32 | 還暦シネマ | Trackback | Comments(0)
 風邪が抜けない。

 鼻水が止まったか、鼻の穴がカラカラに乾燥しているのが、不快で、鼻をほじると、鼻血が出た。

 その鼻血が、ジクジクとしていて、今もすっきりとはなってはいない。

 丸めてつめてあるテッシュペーパー越しに、キーボードを打っている。


 昨日のこと、家で安静もヨイが、少しは世間の風邪に当ろうかと、「オーバー・フェンス」を観に出かけたのだ。

 深谷シネマは、馴染みの居心地良いミニシアターであるし、幸い咳は止まっていて、いい気分で観られた。


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 「オーバー・フェンス」は、原作は佐藤泰志。

 この作家の函館を舞台にした小説の映画化としては、「海炭市叙景」(監督・熊切和嘉)、「そこのみにて光輝く」(監督・呉美保)につづく、三作目にあたる。

 前二作については、共に、たいへんすぐれたものであったから、昨日まで見損ねていた本作も、楽しみにしていたのだ。

 やはり、観終えてみると、この三作にはそれぞれに、味わいがあったなと、思った。


 佐藤泰志は、1949年函館に生まれ、上京、小説を書く、一時帰省するが、再度上京、満四一歳で自死した。

 この映画の主人公は、妻子と離別して東京から函館に帰省し、今は職業訓練所の建築科に通うひとり暮らしの男(白岩義男・オダギリジョー)である。

 この経緯には、佐藤の自伝的な臭いが色濃くある。

 大学を中退して訓練所に通ってはいるが、そこでも自分を場違いな異物としてしか感じられない森(満島真之介)という青年の方に、或いは、佐藤の実像は近かったかも知れない。

 
 無自覚に『壊してしまった男』と既に『壊れている女(田村聡・蒼井優)』の再生の物語、この作品にも、函館三部作とでも云いたくなるのだが、かすかなかな「希望」の光が差している。


 キャストそれぞれが、とてもよい。

 期待は、裏切られなかった。

 すこしは、惚けた頭もすっきりした?

 分からない。 

 

by ribondou55 | 2016-12-16 14:22 | 還暦シネマ | Trackback | Comments(0)
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 「この世界の片隅に」(監督・脚本片渕須直、2016年)を、観た。

 今年のヨコハマ映画祭で、作品賞に選ばれたと報じられている。

 審査員特別賞に、のんが。

 今話題の「君の名は」は10位であった。

 ボクの住む町のシネコンで観たのだが、「君の名は」と同時刻の開映となった。

 11時40分であったのだ、客の入りをそれとなく見ていた感じでは、本日12月6日においては、片や驚異的興行収入をあげているわけだが、案外遜色なかった。

 「君の名は」は、母と娘の組み合わせが眼についたが、「この世界の片隅に」には大人たちが入場していた。

 
 主人公すずののん(本名・能年玲奈)は評判通りの好演であった。

 
 この作品にはお涙頂戴的な意図を感じさられることがなかった。

 このことは、記憶しておこう。

 時間的に重ねられてストーリーをつくってゆく小さなエピソードのそれぞれもわかりやすく無駄がない。

 登場する人物ひとりひとりの人物像も明瞭。

 時代考証の精密さも、さすがである。

 涙をさそうのでなく、すずの身の上におきた「事実」を描いていて、そこに観客の意識は集中させられてゆく、そんな感じだ。


 この作品が、反戦らしくないからいいとか、それと似たようなものだが、反戦を徹底してないから物足りないとか、そんな印象を語る人たちもいるらしいが、それは、その人たちの愚かしさというより、どちらもこれまでの「戦争」を描く映画の「常識」にとらわれているからだ。

 一部の人には、「アニメ」であることから軽んずるということもあろうが、これはりっぱに「映画」である。


 世界の片隅に、ひとりひとりの歴史がある。

 世界の片隅から、「世界」への通路がある。

 世界の片隅へ、否応なく「暴力」は襲いかかってくる。

 それをどのように乗り切るのか?

 引きこもり老人のボクではあるが、死ぬまで「世界」から足抜け出来ない。
 
 
 わすれられない作品になるだろう。


 沢庵漬けの仕込み終了、15㌔、大根品種は「妻沼だいこん」。



 
 

 

by ribondou55 | 2016-12-06 22:55 | 還暦シネマ | Trackback | Comments(0)
 ボクは、若い時分、北杜夫の「どくとるマンボウ」シリーズのファンあった。

 そこを入口に、小説初期作品から「楡家の人びと」「白きおたやかな峰」あたりまで読みついで、いつごろか離れてしまった。

 それでも、ボクの中には北杜夫にたいする懐かしさは、失われることはなかった。

 「ぼくのおじさん」は、旺文社の『中二時代』『中三時代』に連載されたのだそうだ。

 これまた郷愁?をさそう雑誌ではないか、とはいえ、漫画ばかり読んでた中坊のボクには縁の無いもので、そう、その無縁さがちょっと微妙な味わいがあるのだ。


 映画「ぼくのおじさん」(監督・山下敦弘、2016年)では、その《おじさん》を松田龍平が演じる。



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 この、龍平の《おじさん》が、役にはまっているかどうか?ボクには判断しかねる。

 「どくとるマンボウ」シリーズの、ある程度のコアな読者であったとぺろっと口を滑らしかねないボクの目から見ると、龍平の哲学者おじさんの立ち居振る舞いと思考様式は、北杜夫流のユーモアから少しばかりずれて、面白さが煮え切らないという感じがする。

 原作に依拠するエピソードや台詞が再現されていたとしても、しっくりと感じられないのは致し方ない。

 ひと言でいえば、笑いに軽やかさが欠けている、そんな感じがした。

 もっと、きちんとニヤニヤさせて欲しい。

 脚本がよくないのか、ハワイに場面を移してから、ダラダラ感が。



 「おにぎりあたためますか」の戸次シゲちゃんを、「永い言い訳」に続いて、今度はしっかり観たのだが、やっぱり「おにぎり」のシゲちゃんがいいな。

 それは、この映画での役どころが説明的にもたつくことから受ける印象かもしれない、っま、それはシゲちゃんの側の問題でないところにある気がした。

 同じことは、真木よう子のエリー役にもいえる。


 いい感じなのは雪男くん、春山さんちの息子であるから、春山雪男、好演していた。



 北杜夫ファンであることを鼻にかけたような嫌みな記述になってしまった、客観的云えば楽しめる作品である、これは確かだ。

 その「ファン」というのも、それぞれに主観的なもので、理解の仕方は十人十色、頼りないものだ。



 今週中に、タマネギの植え付けを終了したい。






 


 

by ribondou55 | 2016-11-07 23:23 | 還暦シネマ | Trackback | Comments(0)

花より団子、団子より昼寝がよろしい「隠居蛙」の日常をポロリ。誤字誤記多し、恐縮。


by 泡六堂
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