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花より団子、団子より昼寝がよろしい「隠居蛙」の日常をポロリ。誤字誤記多し、恐縮。


by 泡六堂
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カテゴリ:還暦シネマ( 169 )


台風13号、去る。

 昨日、「男と女の観覧車」(監督・ウッディ・アレン、2017年、米、101分)、高崎シネマテークで観た。


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なんかね、この題名から「飲み過ぎたのはね、あなたのせいね。」というフレーズが、浮かんできた。

まことに極東の「いち馬の骨的」どこの誰だか分からん野郎は、この大巨匠に対して失礼である。


若い劇作家志望?の、今は遊泳監督の若者と

うっかりであっても、当人としては運命的な出会いで不倫に走るアラフォーの人妻ジェニーを、ケイト・ウィンスレットが演じている。

さすがに、アカデミー賞女優、ズズんと存在感あり。

一寸、類型的で、(あえてそうしている)陳腐なお話を、観れるものにしているのは、確かにこの人の力だ。


大体において、「巨匠もの」は、訳知り顔の批評家の一部が大いにもてはやして、観客動員に心を砕くものらしい。

でも当「馬の骨」は見終わると、確かにね、まったくそうだねと、うなずいて、終わる作品であった。

「飲み過ぎたのは、あなたのせいね。」と、通底してしまうところがありそうだ。

そういう意味では、


怖くてたまらないのは、やたら放火してまわるジェニーの連れ子、リッチーである。

リッチーは、母親ジェニーの前夫(リッチーの実父)が、ジェニーの浮気がもとで自殺したらしいと、思っているらしい。

このことが、リッチーの放火癖とたぶん関連しているのだろう。

つまり、ジェニーの尻軽のつけは、リッチーが背負っているのではと思いあたる節があるように、暗示している。

火遊びは、リッチーに本格的に受け継がれたのだ。

罪深いことだ。

と、「馬の骨」は思うが、それでも、観覧車は回り回って、元の鞘に収まって、めでたしめでたしという奴か。


で、本当に嫌みたっぷりの巨匠だと、思った。






by ribondou55 | 2018-08-10 09:27 | 還暦シネマ | Trackback | Comments(0)
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 しばらく前に高崎シネマテークで観た。

 「タクシー運転手 約束は海を越えて」(監督・チャン・フン、2017年、韓国、137分)。

大いに笑えるのだが、主題はきわめてシリアス、感動させられた。

韓国で大ヒットした理由もよく分かった。









by ribondou55 | 2018-08-07 10:38 | 還暦シネマ | Trackback | Comments(0)
 一日で、二度目の更新というのは、個人的には前例がないのだが、

こうして自室に閉じ籠もっていると、兼行さんでなくとも、ものくるおしくなるものだろうか。
 
昨日、深谷シネマで「フロリダ・プロジェクト 真夏の魔法」(監督・ショーン・ベイカー、2017年、米、112分)を観た。

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見知らぬアメリカの一面がクリアーにして、カラフルに、そこにあった。

おそらく、是枝監督「万引き家族」を観た海外の観客も、想像だにもしなかった「日本」が見えたのだと推察する。

保守系の一部の人が、日本の恥を世界に曝したというようなことを云った「現実」だ。

「フロリダ・プロジェクト」から、「万引き家族」を連想することは、二作を観た人ならだいたいそうなるだろう。

キーワードは、貧困・格差・家族・親子関係・それと児童福祉という行政のあり方、とか。


ぼくの記憶の底にたぶんあの「人」の文章だったろうが、

「生きるためなら、ぎりぎりでかっぱらいしたって食ってゆけ」

とかいう趣旨の言葉が、いつまでも消えずある。

偽の香水を売りつけようと、身体を売ろうと、万引きで生計を立てようと、

己らしく「生きてゆく」という一点に一分の真実があれば、

九割九分の正しげなモラルに対抗できるかもしれない。

が、敗北は必至だ。

自滅させられる。


「フロリダ・プロジェクト」も「万引き家族」も、

その自滅を余儀なくさせられてゆく「家族」の子どもが、

よりよく「生きてゆく」ための再生への道を歩み出すことを観るものに期待させる作品である。


とはいえ、二つの作品を比べると大分印象が違う。

両作品とも、子役が抜群の演技を見せる。

ショーン・ベイカー監督は、是枝の「誰も知らない」を事前に観たとインタビューで答えている。

ただし、是枝の演出法とは大分異なり、厳密にシナリオに従う演技をさせたらしい。

ところで、主人公ムーニーから久々にギャングエイジという言葉が思い出された。

しかし、是枝の子供たちは、大人よりも慎重で思慮深いそうに見える。

ムーニーたちは、フロリダ・ディズニー・ワールドに隣接したモーテル「マジック・キャッスル」で暮らしている。

モーテル暮らしとは、つまりホームレスということだ。

モーテル暮らしのムーニーやスクーティやデイッキーの三人組は、したい放題の悪戯ガキで、モーテルの管理人ボビーはいつも手を焼かされている。

だが、子供たちはどこまでも無邪気というわけではない。

ムーニーは、母親の現実をつぶさに見てしっている。

その母もギリギリのところで娘のとの生活を守ろうと踏ん張っている。

それらの事情を腹に飲み込んで、子供たちを見守っているのがボビーである。

言ってしまえば、彼女らにとっての「正しさ」を示すある意味「父性」的な存在、ウィレム・デフォーがいい感じで演じている。

こういう、「父親」も是枝作品には見かけない。

父性的な存在の揺らぎや不確かさこそ、ずっと云われて続けてきた日本の家族の問題である。

だから、ボクには、リリーフランキー演ずる偽の「父親」の方が近しい。


巨大モーテルの長い前廊下をムーニーたち悪ガキが大声を上げながら、全力で走り抜けるシーンがある。

ふと、懐かしい気もした。

この頃、大声ではしゃぎながら往来を走りまわる子供たちを見たことがない。

はなたれ小僧の「野生」なんて、この国では絶滅した。


とりとめなくなった、終わり。

両作品ともに、立派なものだ。


「フロリダ・プロジェクト」については、ウィキペディアが詳しい。









by ribondou55 | 2018-08-02 18:53 | 還暦シネマ | Trackback | Comments(0)
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 「勝手にふるえてろ」(監督・大九明子、2017年、日、117分)を、レンタルブルーレイで、観た。

 爆笑しつつ、後期高齢者と呼ばれる日もそう遠くない爺さんも、「そうそう」と相づち打ちつつ観た。

画像の上が、本邦公開のポスター、下が、台湾で公開された折のポスター。

台湾版の「被愛妄想症」というのは、一寸あけすけのような気がする。

中学時代から10年間思い続けてきた「純情」を、妄想と一蹴してしまうのは、不憫であるかも。


その純情の対象は、「イチ」と呼ばれていた、中坊の頃から。

そして、職場の同僚で、リアルに告ってくれた同期の男を「二」と飛ぶ。

主人公は、恋愛経験皆無?処女のOL・ヨシカである。

いうまでなく、「イチ」を「二」は越えることが困難きわまりない。


この物語は、ヨシカの脳内劇場で進行していくのだ、それを妄想と言えなくはない。

でも、好いたはれたの本質は、だいたいこんなものだ。

とか、分かったようなことを、爺さんも独り言つ。


この監督の作品は初めて見た、楽しませてくれる。

ヨシカ役の、松岡茉優、才能ありとみた。

「二」役の渡辺大知、よし。


台風接近中。

時給菜園の台風被害を、震えて待つ・・・、とか。

なるようにしかならないのだが。





by ribondou55 | 2018-07-28 15:41 | 還暦シネマ | Trackback | Comments(0)
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 「スリー・ビルボード」(監督・マーティン・マグドナー、2017年、英、116分)、レンタルブルーデスクで観た。

  複雑に入り組んだ感情に誘われる。

  ことはすべて想定外に進行する。

  偏狭であり、粗雑であり、暴力的であり、そして、そこにさえデリケートな人の気配。

  世界は悪意に支配されているようでもあり、それでも正義の実現をあきらめてはいないようでもある。

  酷いものだが、ユーモアはある。


  フランシス・マウドーマンドの演技はすばらしい。

  サム・ロックウェルが演ずる差別主義者の警察官の変容が、いうなれば「希望」である。

  それと、ピーター・ディンクレイジがいい味付けで出演している。


  それと、多様な人間がどうすれば、共生できるのかということの問いがつねに働いているが、欧米であるのだなあと、感じた。

  ツイッターを騒がしているどこぞのお馬鹿すぎる国会議員先生のことを、ちょっと思い出したて、不愉快。


  内容については、ウィキペディアの「スリー・ビルボード」が詳しい。
  
  

by ribondou55 | 2018-07-26 22:52 | 還暦シネマ | Trackback | Comments(0)
 『モリのいる場所』(監督・沖田修一、2018年)を観てきた。

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 ゆるゆると時が流れる。

 一緒に観た配偶者は、軽くいびきをかいていた。

 それも気にならない。

 ボクらの座席の前々列の高齢者カップルは、予告篇の上映中からずっとボソボソと会話していた。

 それも気にならない。

 映画の中でゆるゆると一日が過ぎてく行く。

この時間の流れには、文化勲章も入りこむことはできまい。


 この間、竹橋の近代美術館で回顧展を観た。

 壁の絵を観ながらとぼとぼと歩いた。

 すると、正直言って、ボクは途中で飽きてきたのだ。

 
 
あの感じに近いものをこの映画でも感じた。

 ボクに守一さんの「芸術」は理解できないのかな。

 にもかかわらず、やっぱり、ボクは守一さんの絵を見かける度にちょっと心がぽかーんとなるだろう。

 
 
好きな映画の一本になった。

全てのキャストがいい感じにさりげない。

品がいい、作品。


ところで、上映中ずっと会話していたカップルは、

スクルーンに映リ出される事にいちいち反応していた。

この映画では、蟻や雑魚や尺取虫なんかも重要な役をふられていたのだが、

このお爺さんが一番嬉しそうに反応したのは、

その尺取り虫君だった。

ボクはそのお爺さんに共感できる。




 

by ribondou55 | 2018-05-21 23:38 | 還暦シネマ | Trackback | Comments(0)
昨日、「空海ーKU-KAI 美しき王妃の謎」(監督・チェン・カイコー、2017)を観た。

まあ、「空海」だからね、我が家は真言宗のお寺の檀家であるし・・・。

と、勝手に思い込んで観てしまったんだが、

とんだお門違いだった。


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原題は、「妖猫伝 Legende of the Demon Cat」、まあ、化け猫話だ。

愉しかったのは、大唐・長安の街の雰囲気が見えたことかな。


空海の染谷将太が小坊主っぽく見えたのと、阿倍仲麻呂の阿倍寛がやっぱりルシウス役を連想させて、可笑しかった。

楊貴妃と仲麻呂のツーショットも味わいがあった。

何と云っても、大国際都市長安、いろんな人がいたはずだ。

というのは、個人的な感想である。


ところどころ、和洋折衷にあらずして和中折衷っぽところもあって、楽しんだかな?

第一、「化け猫」日本映画のお家芸ではありませんか。

その猫が、演じすぎでは、とも思った。

吹き替えのせいかも。


でも、一つだけこの映画の空海から学べることは、

幻術に惑わされるな、人は理性のよってしか「楽」になれない。

仏教は徹底的に理性的なのだ。

ということかな。


この映画の見所は豪華絢爛のCGだろう、楽しかった。


ところで、白居易の「長恨歌」、ボクも大好きである。


**


 本日は、ふたたび、寒い。

 ので、畑作業は休む。

 それに、本日は日曜日である。

 居間のガラス戸越しの垣根の枝に、食べ忘れていた林檎なんぞを突き刺しておくと、

 鳥がやってきて食べる。

 繰り返していたら、こやつが常連となった、というより、この枝は此奴の縄張りの一部であるらしい。

 
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すずめなどのちょっかいは断じて許さず追っ払う。

 今朝も、こたつに当たりながら、このヒヨドリのお食事の様子を楽しんだ。



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 此奴は、100メートルほど離れた柿の木の梢からこの林檎を見張っているようだ。

 たいしたものだ。


**


本日、東京マラソン、あのランナーの皆さんも参加おできか、健闘を祈る。
























by ribondou55 | 2018-02-25 11:24 | 還暦シネマ | Trackback | Comments(0)
 
 
『乳酸菌飲料販売員の女』(監督・熊谷祐紀、2017年)、

題名がストレートでよろしい。

 
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 ナンセンスで、エロな、青春映画。

 男児青少年の心情に忠実な作品。

販売員の女を演じた卯水咲流にキレがあった。

ちょっと脳天気な高校生二人組も、面つきが老けていたのだが、それもそれでよかった。

 面白かった。


確かに「菌がたりない」のは、好ましくない。




by ribondou55 | 2018-02-18 23:18 | 還暦シネマ | Trackback | Comments(0)

「ドリーム」(監督・セオドア・メルフィ、2016)

「女神の見えざる手」(監督・ジョン・マッデン、2016)

「否定と肯定」(監督・ミック・ジャクソン、2016)


今日、「否定と肯定」を観たのだが、振り返ると昨年暮れから、

とんでもないスケールの不正に対して、果敢に、あるいはしなやかに、

闘うことを回避しない女性たちの姿に

感心してきたわけだ。

別に声を大にして云いたいわけではないが、

世の中の大体のことは女性に任せておけばよいのでないか、と思うのだった。


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今日の映画館は高崎シネマテーク。

観客はほとんどが中高年というより、老人であった。

「否定と肯定」への関心は、

この国の権力中枢の一部に対する危惧や嫌悪に根ざすように思うのだが、

そういう違和感を共有する世代が、高齢化したということだろう。

このごろは、そう思うだけで、それ以上のことを感じない。


一昨日は、「羊の木」(監督・吉田大八、2018)をカミサンと観た。

この監督にしては、物足りないという風な感じだけ残った。

過疎対策のために元受刑者を定着させる国家プロジェクトというおもしろそうな設定であったが、

その移住者たちが、全部殺人犯で、それぞれに過剰に個性的であるにたいし、

移住者の世話をする市職員の月末一(錦戸亮)が善良にして凡庸という感じで絡んで行く。

そこでの人と人との有り様をもっとねちっこく見せてくれればというのが、

ものたりなさである。

意外に、わかりやすすぎたようだ。








by ribondou55 | 2018-02-13 00:23 | 還暦シネマ | Trackback | Comments(0)
 この頃に観た中での、心に残ったこの二作。

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『ブレードランナー2049』(監督・ドゥニ・ヴィルヌーヴ、2017年)。


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『息もできない』(監督・ヤン・イクチュン、2008年)、Amazonプライム配信で。


『ブレードランナー2049』は、観た誰もが音楽・音響に圧倒される、次いで、映像の「力」に感銘をうける。

ボクも同じ。

人間とレププリカントの間に生殖が可能であるという。

当然、愛も在る。

その未来に希望は有るのか?


ところで、長い映画はおしっこが近くなった爺さんにはちょっと不安があるのだが、そんな不安に捕らわれる隙を与えなかった。

それに、なんだかうとうとっとなって、夢見心地になる、ほんの短い時間だろうが、長い作品だととくにそうなる。

でも、この映画は、とてもゆったりとした編集で、ちょっと瞼が降りたとしてもストーリーも見失う事はなかった。

前作は1982年公開、それ以来のファンは、もういい年だと分かっていらっしゃる



『息もできない』

監督・脚本・製作のヤン・イクチュンが主演、演ずるサンフンという凶暴なチンピラは過剰に屈託している。

錐のように突き立てられる「強がり」と裏腹な少年っぽい「ナイーブさ」。

父親に対する剝き出しの「憎悪・暴力」と女子高生ヨニに心を開いて行く「純愛」。

今年観た作品中、屈指。

今頃何を寝ぼけたことを、正当な映画ファンは笑うだろうが、新作であっても陳腐なものは少なくない、いつ見るかはどうでもいい。











by ribondou55 | 2017-11-15 21:56 | 還暦シネマ | Trackback | Comments(0)