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2019年 06月 15日 ( 1 )


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前線通過中のにわか雨の間をぬうように、高山市街から千光寺にむかった。

千光寺の円空仏寺宝館は、円空好きにとっては一度は訪ねてみたい所であるから、ボクの長年の思いがかなったのだ。

ここの仏さんのほとんどは、前のトーハクの展覧会でお目になっかかっている。

だが、博物館の展覧会場では、その仏が刻まれたその「場所」がどのような環境であったのかは想像もつかない。

千光寺の開創は約一千六百年前、当地の豪族両面宿儺によると伝えられている。

仏教寺院としては、一千二百年前に真如親王によって建立され、往時は多くの僧坊、伽藍が立ち並んでいたという。

飛騨の高野山ともいわれる真言宗の山岳寺院である。

境内からの眺めは、飛騨八景のひとつ。


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この寺宝館の数ある名品のなかでも、「両面宿儺」像には圧倒される。

両面宿儺は日本書記のなかでこのように記述されていたいう、Wikipediaのよると、

六十五年、飛騨国にひとりの人がいた。宿儺という。一つの胴体に二つの顔があり、それぞれ反対側を向いていた。頭頂は合してうなじがなく、胴体のそれぞれに手足があり、膝はあるがひかがみと踵がなかった。力強く軽捷で、左右に剣を帯び、四つの手で二張りの弓矢を用いた。そこで皇命に従わず、人民から略奪することを楽しんでいた。それゆえ和珥臣の祖、難波根子武振熊を遣わしてこれを誅した。

適当な画像がないので、トーハクのポスターを借用する、この像が「両面宿儺」である。


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ほぼ、日本書記の記述通り、不動明王を思わせる面構えもある。

彼は、朝廷にとっては服ろわぬ厄介者であったが、飛騨の人々にとっては「スクナ様」とよばれ崇拝されていたとも云われている。




「両面宿儺」像は、円空仏としては極めて緻密な作品であると思う。

そのボリュームは、観るものに迫るものがあるのと同時に、そこはかとなくユーモアも感じられる気がするのだ。

どうみても、奇っ怪千万鬼神のごとき「朝敵」には見えない。

おそらくは、当時の人々が両面宿儺に寄せた親しみの感情に寄り添うように刻まれた像なのだろうと、ボクは思った。















by ribondou55 | 2019-06-15 11:15 | 合掌 | Trackback | Comments(0)

水面を滑りまわって世を過ごし、その上、空を飛ぶ羽も持っているあめんぼは、老蛙の憧れだ。


by 泡六堂