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2019年 05月 30日 ( 1 )

 今日の森林公園は、初夏の爽快な風が吹き渡って、まことにいい気分になれた。
 
中央口の近くで、コンクリートの歩道に、浅黒いシミが一面に。

さて?

 見上げると、桑の実。

一見してまさしく食べ頃である。

だが、ここ国営武蔵丘陵森林公園では、草一本虫一匹採集してはイケナイのだ。

 指をくわえて眺めるほかないのである。


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指をくわえて・・・、ボクに限れば嘘である。

貧しい家だったが、母は桑の実を「どどめ」と呼び、青梅と共に決して口のしてはいけないと、三人の子に厳しく言いつけた。

次男坊のボクは、好奇心に負けて、ある日、口にして家に帰ったところ、

紫色に染まったの口もとを真面目な兄に告げ口され、母に殴られた事を覚えている。

オヤジは穏やかであったが、なんとも、お袋にはゴキンガンをやられたものだ。

ゴキンガンというのは、拳で頭をゴツンとやることである。

故に、以来ボクは、一度もこれを食したことはない。




青梅は腹下しをすると云われているが、桑の実は大好物という人はすくなからずいる。

正岡子規というお方もそうであった。

年譜によると、25歳の6月、木曽路を経て松山に帰省とある。

その折の愉快な思い出の句だろう。

ありきながら桑の実くらふ木曽路かな

明治34年の「ホトトギス」に「くだもの」というエッセイが二ヶ月連載された。

亡くなる前の年、病状は最終局にむかうなか、この人はこういう。

病気になって全く床を離れぬようになってからは外に楽みがないので、食物の事が一番贅沢ぜいたくになり、終には菓物も毎日食うようになった。毎日食うようになっては何が旨いというよりは、ただ珍らしいものが旨いという事になって、とりとめた事はない。その内でも酸味の多いものは最もきにくくて余計にくうが、これは熱のある故でもあろう。夏蜜柑なつみかんなどはあまり酸味が多いので普通の人は食わぬけれど、熱のある時には非常に旨く感じる。これに反して林檎のような酸味の少い汁の少いものは、始め食う時は非常に旨くても、二、三日も続けてくうとすぐに厭きが来る。柿は非常に甘いのと、汁はないけれど林檎のようには乾いて居らぬので、厭かずに食える。しかしだんだん気候が寒くなって後にくうと、すぐに腹をいためるので、前年も胃痙いけいをやってりした事がある。梨も同し事で冬の梨は旨いけれど、ひやりと腹にみ込むのがいやだ。しかしながら自分には殆ど嫌いじゃという菓物はない。バナナも旨い。パインアップルも旨い。桑の実も旨い。まきの実も旨い。くうた事のないのは杉の実と万年青おもとの実位である。


すごすぎる。

さてさて、この文章によると、桑の実は立派に「くだもの」に属する果実でアルと、子規はお考えであったとわかるのだ。

関係箇所を引用しておく。(青空文庫より拝借)


○くだものの字義 くだもの、というのはくだすものという義で、くだすというのは腐ることである。菓物くだものは凡て熟するものであるから、それをくさるといったのである。大概の菓物はくだものに違いないが、栗、しいの実、胡桃くるみ団栗どんぐりなどいうものは、くだものとはいえないだろう。さらばこれらのものを総称して何というかといえば、木の実というのである。木の実といえば栗、椎の実も普通のくだものも共に包含せられておる理窟であるが、俳句では普通のくだものは皆別々に題になって居るから、木の実といえば椎の実の如き類の者をいうように思われる。しかしまた一方からいうと、木の実というばかりでは、広い意味に取っても、覆盆子いちご葡萄ぶどうなどは這入らぬ。其処で木の実、草の実と並べていわねば完全せぬわけになる。この点では、くだものといえばかえって覆盆子も葡萄もこめられるわけになる。くだもの類を東京では水菓子という。余の国などでは、なりものともいうておる。

○くだものにじゅんずべきもの 畑に作るものの内で、西瓜すいか真桑瓜まくわうりとは他の畑物とは違うて、かえってくだものの方に入れてもよいものであろう。それは甘味があってしかもなまで食う所がくだものの資格を具えておる。


○くだものと色 くだものには大概美しい皮がかぶさっておる。覆盆子、桑の実などはやや違う。その皮の色は多くは始め青い色であって熟するほど黄色かまたは赤色になる。中には紫色になるものもある。(西瓜の皮は始めから終りまで青い)普通のくだものの皮は赤なら赤黄なら黄と一色であるが、林檎りんごに至っては一個の菓物くだものの内に濃紅や淡紅やかばや黄や緑や種々な色があって、色彩の美を極めて居る。その皮をむいで見ると、肉の色はまた違うて来る。柑類は皮の色も肉の色もほとんど同一であるが、柿は肉の色がすこし薄い。葡萄の如きは肉の紫色は皮の紫色よりもはるかに薄い。あるいは肉の緑なのもある。林檎に至っては美しい皮一枚の下は真白の肉の色である。しかし白い肉にも少しは区別があってやや黄を帯びているのは甘味が多うて青味を帯びているのは酸味が多い。


○桑の実を食いし事 信州の旅行は蚕時であったので道々の桑畑はいずこも茂っていた。木曾へ這入ると山と川との間の狭い地面が皆桑畑である。その桑畑の囲いの処には幾年も切らずにいる大きな桑があってそれには真黒な実がおびただしくなっておる。見逃がす事ではない、余はそれを食い始めた。桑の実の味はあまり世人に賞翫しょうがんされぬのであるが、その旨さ加減は他にくらべる者もないほどよい味である。余はそれを食い出してから一瞬時も手をかぬので、桑の老木が見える処へは横路でも何でもかまわず這入って行ってむさぼられるだけ貪った。何升なんしょう食ったか自分にもわからぬがとにかくそれがためにその日は六里ばかりしか歩けなかった。寐覚ねざめの里へ来て名物の蕎麦そばを勧められたが、蕎麦などを食う腹はなかった。もとよりこの日は一粒の昼飯も食わなかったのである。木曾の桑の実は寐覚蕎麦より旨い名物である。





この一週間ほどの間に生起したり、明らかになったりしたことが、

この「令和」の先行きを暗示するものでありませんように。





by ribondou55 | 2019-05-30 22:42 | よしなしごとあれこれ | Trackback | Comments(0)

花より団子、団子より昼寝がよろしい「隠居蛙」の日常をポロリ。誤字誤記多し、恐縮。


by 泡六堂