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2019年 05月 16日 ( 1 )

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 文藝春秋六月号、村上春樹『猫を棄てるー父親について語るときに僕の語ること』を読んだ。

 村上さんの父上は、大正6年生まれだと知った、さらには、輜重兵であったという。

 
 ただの偶然であるが、ボクの父と生年が同じ、当方の父は輜重兵の配下である輜重輸卒、これは違い。

 三度の招集をうけ、三回目は身体虚弱につき即日帰郷となって、テニアン島での玉砕を免れた。

即日帰郷には参ったらしく田舎にとどまったまま、母の待つ東京へ随分してから戻ってきたのだという。

この経緯は、母から聞いた。


 輜重輸卒というのは「輜重輸卒が兵隊ならば、蝶や蜻蛉も鳥のうち」と揶揄されたそうだ。

そんなことも父から聞いた事ではない。

母から聞いたこともない。

 水上勉さんは、その輜重輸卒であった、その体験のもとずく『兵卒の鬣』という作品がある。

輜重輸卒は軍需品の輸送を担う馬たちの世話をするのが主な任務であった。

 云うまでもなく馬は貴重な戦力であるが、輜重輸卒の命など一銭五厘の価値しかなかった。

 ボクの父は、自らの軍隊での経験を語ることはなかった。

一つだけ、云ったことは、なぜ戦死せずに今在るのかということだけだった。


 なぜ?


それと、ボクの家にもいつも猫が飼われていたなあ。


この自伝的な「小説」は、『父親について語るときに僕の語ること』とあるように、いまの「僕」が語っておきたいことが語れているのだ。

 例えばこんな・・・、引用は止めよう。











 

 

by ribondou55 | 2019-05-16 23:38 | 読み捨てご免 | Trackback | Comments(0)

花より団子、団子より昼寝がよろしい「隠居蛙」の日常をポロリ。誤字誤記多し、恐縮。


by 泡六堂