人気ブログランキング |

『長谷川利行』展・足利市立美術館

 すでに会期は過ぎた。

 目録の冒頭、主催者「ごあいさつ」にはこうある。

 『利行の誰にならったとも知れない油彩画は、自由奔放な筆致と天性の明るい色彩溢れ、当時の画壇に影響を与えました。東京が関東大震災から復興を遂げつつあった昭和初期、汽車や駅、モダンなビルディング、カフェや酒場の喧噪といった街の息遣いを、利行は息つく間もない速度で鮮やかに描き出します。放浪生活をしながら描いた、友人知人、カフェの女給や子ども達などは、どれも描かれる人に心底寄り添い、飾らず、その人の本質や生命感をカンヴァスの上にほとばしらせます。これらの利行の作品は、その波乱に満ちた人生からは想像できないほど、どれも凄まじいまでの美しさと宝石のような輝きに満ちています。』

 これまでいろいろな場所で、この人の作品に一点、もう一点と出会ってきて、ようやく、この展覧会が巡ってきた。

 ボクはこの人が短歌を書いていたことを知らなかった。

 詩人でもあった、それも油断できない作品が残っている。

 このことは、この画家について思うとき忘れてはいけない。



b0018682_23145205.jpg


 さて、ボクは先頃の仏像見物の旅の帰り、京都で「藤田嗣治」展を観た。

 藤田は、明治19年に生まれて、昭和43年スイス、チューリッヒで八十一歳で亡くなった。死後、日本政府から勲一等瑞宝章が贈与された。

 利行は、明治24年に生まれ、、昭和15年「三河島の路上で、行路病者として板橋区板橋町にあった東京市養育院、板橋本町に収容される。胃がんの手術を拒絶、しばしば脱走しようとした。」「10月12日、知友の看取りもなく逝去、利行が一番大切にして最期まで手放さなかった作品は、スケッチブック、日記などとともに遺留品としてすべて規則により焼却された。」(目録・年譜より)享年四十九歳。

 藤田は、昭和15年9月、ノモンハンの戦争画を描くために、満蒙国境近くへ取材旅行に行き、翌月帰国している。

 こんなことも、一応覚えておこう。







トラックバックURL : https://ribondou.exblog.jp/tb/29045585
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
by ribondou55 | 2018-12-25 23:15 | 目の快楽 | Trackback | Comments(0)

花より団子、団子より昼寝がよろしい「隠居蛙」の日常をポロリ。誤字誤記多し、恐縮。


by 泡六堂
カレンダー