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いつどこで風船かづら手にしたる   加藤秋邨

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 小学校でも、中学校でも、高校でも、教室の空気になじめたことはなかった。

 目を強く閉じて、時をやり過ごしてきた。

 そうして、それなりの大人になり、ここまでかろうじて生き延びて爺さんになれた。


 教室の中で屈託無くふるまえる人びとをうらやましいとは思わなかったが、そういう人に声をかけらるだけで惨めになった。

 大声で校歌をうたえなかった。

 本当は、休憩なしに授業がぶっ続けにあって、さっさと帰してくれないかと思った。

 
 そういう感じ方は、一生変わることはないだろう。

 変われない自分を許して、受け入れる。

 それが自分であり、自分は自分だと思えたのは二十歳半ばも過ぎた頃だろう。



学校であれ、職場であれ、100パーセント煮詰まってしまう一歩手前で、「ずる休み」に入ろう。

「ずる休み」は「苦い蜜」だが、でも「蜜」には変わりない。

「蜜」は「蜜」、すてきな「ずる休み」。



目を少しだけ遠くに向けて、そして、きつく目をつぶって、今をやり過ごす。

生き延びるためなら何をしたってOK。

もうすぐ後期高齢者になれるボクのサバイバル術である。

 こんなじめじめした陰惨な国の九月に命を落とすなんて馬鹿げている。







 

 

 
 
 

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by ribondou55 | 2018-09-04 23:30 | 生きている | Trackback | Comments(0)

水面を滑りまわって世を過ごし、その上、空を飛ぶ羽も持っているあめんぼは、老蛙の憧れだ。


by 泡六堂