太田市新田 照明寺一月四日初薬師大縁日

 さて、四日は、太田市新田にある巨大ホームセンター内の画材屋まで、デッサン用紙をもとめにいった。

 ついては、道草。

 照明寺の初薬師である。

 このお寺は、かつて新田義貞が住んでいたという反町館跡に建つ真言宗の寺である。

 お寺のHP(http://www.sorimachiyakushi.or.jp/history.php)によると、

 反町薬師の歴史は「反町館跡」の歴史でもあり、歴史は鎌倉・南北朝時代まで遡ります。
新田義貞が成人後、現在の群馬県太田市別所にあった館が手狭なためと防備のための貯水が必要なことから、地下水が豊富なこの地に平城を構えました。 倒幕の挙兵を決断したのもこの館のそばだったと伝えられています。
その後戦国時代になって三重の堀を巡らす城郭に拡張されたと考えられます。

新田義貞がここに移り住み、その後大館氏明(おおたちうじあき)、新田義興(にったよしあき)、矢内時英(やないときひで)が済んだという伝承もあります。 天正18年(西暦1590年)、豊臣秀吉の北条攻めで廃城したと伝えられます。 正徳4年(西暦1714年)、 館跡の北側約500メートル程にあった照明寺が火災にあった際に反町館跡に移転し、現在に至ると伝えられています。 現存する土塁や、満々と水をたたえた堀は、貴重な歴史遺産として大切に保存されています。
 
 とある。

 ここのご本尊は、薬師瑠璃光如来、お薬師さんである。

 それも、厄除けに霊験あらたかな仏さんだという。

 ボクは無料駐車場に止めたのだが、これが田畑の真ん中に誘導され、赤城おろしの土煙の中を15分ほど歩いて、ようやくお寺についた。

 初めてお参りして驚いた。

 境内はたいそうな賑わい。

 近郷近在の老若男女が、参詣している。


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 ほんの少し足を伸ばすと、見知らぬことに出会えるのだ。

 特に神仏に関わることは、その土地土地に深く根付いていて、よそ者のうかがい知れぬことがある。

 このお薬師さんもボクには、新発見。

 この頃のボクは祈る人々の群れに身をまかすのが心地よいのだ。

 来年、四日、お参りしよう。

 もっとも、ボクは、三十過ぎたら毎年厄年、そう思って過ごしてきたので、厄払いなんてとうに手遅れだが、とにかく安穏に暮らせたらいうことない。


 今朝の朝刊に、高齢者、75歳からとか、またぞろ、どっかのご用専門家か、権力を忖度しつつ俗耳にはいりやすい、ろくでもないことを言い出した。

 老いというのは人それぞれ。

 大きなお世話だ。









 

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by ribondou55 | 2017-01-06 09:51 | ちょっと、そこまで | Comments(0)

花より団子、団子より昼寝がよろしい「隠居蛙」の日常をポロリ。


by 泡六堂
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