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『便秘』的であったこと。

 便秘に悩まされ来た。

 おそらくは、20代後半からだから、40年以上の長きに渡った。

 尾籠な話ではあるが、詰まっては下し、詰まっては下しという繰り返しで、平穏な排便が長く続くことなどななかった。

 そのために、何時頃からか、漢方をうたう薬を手放すことができなくなった。

 この薬は、確かに効くのだが、寝起きには効果を発揮せず、通勤途上の車中や歩行中に急激に催してくるので、脂汗をかかせられることも、しばしばであり、苦しい目にも会わせられた。

 以前にも書いたが、その薬の副作用に気づかされたのが、最近。

 その薬を止めて、数ヶ月過ぎて、今、便秘から解放されてしまった。

 今は、夕食後にヨーグルト、十二時前には就寝して六時間以上は眠る。

 床の中で、軽く大腸回りをマッサージ、自己流だが。

 これで、もう『便秘』的であったことら、脱出できたようなのだ。

 いうなれば、生活習慣の改善ということであるが、ボクが思うにはそれだけではない。

 『便秘』的ということは、つまり四六時中、排便問題を頭の隅にくすぶらせていることだったと思うのだ。

 それが不安を肥大させる。

 肥大した不安は、薬への依存を強化してしまう。

 しかし、そもそもの始まりは何が原因だったのか。

 多分就職し、ひとり暮らしをはじめた、駆け出しであるから仕事上のストレスが津波のように襲いかかってきた、なれない自活生活の不自由さ、見知らぬ世界に入り込んでしまった不安、そんなこんなによって、多分『便秘的』な身体現象が出現した。

 その解消に、薬を用いた、効いた。

 しかし、それは一度二度にとどまらず、常習化し、心身共に『便秘』的になっってしまったのだ。


 ともあれ、ボクはどうやら解放された。

 なぜに逃れられたのか、・・・、それは、実は対処法として、ヨーグルト・睡眠時間・マッサージとあげた三点が決め手でないだろう、・・・多分、隠居したからである。

 このところ周辺の人々から、毎日何をして過ごしているのか?と、不審がられることが続いた。

 ボクは、「特に退屈はしては、いないのですが・・・」という程度で、お茶を濁す。

 正直その通りで、まったく退屈していない。

 人の目を気にしない、なるべく、人付きあいから退く、向上心的なモノはなくしてゆく、過剰な心地よさを求めない、生産的でありろうとはおもわない、・・・・・・・、そんな感じでいたいと、思っている、思うと少しづつそうなる。

 もちろん、世間的には、ダメ人間に見える、相手にされなくなる、・・・、それでいい。

 つまり、便秘のもととなるようなストレスフルな生活実態のもとに生きることから、自分を解放できつつあるのではないかと・・・・・、この頃思うのだ。

 快便快眠、これに勝るしあわせはない。

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by ribondou55 | 2016-05-17 15:59 | よしなしごとあれこれ | Trackback | Comments(0)

水面を滑りまわって世を過ごし、その上、空を飛ぶ羽も持っているあめんぼは、老蛙の憧れだ。


by 泡六堂