おのれらも花見虱に候よ   一茶

 玉木司訳注「一茶句集」(角川ソフィア文庫)で知った、大いに笑った句である。

 岩波文庫の「七番日記」にあたると、

 おのれらも花見虱[で]候よ 文化12年三月

 とあり、ボクとしては[に]より[で]の方が、あけすけに自嘲めいてよいように思える。

 玉木注では、花見西行のパロディとある。

 で、岩波文庫では【花見虱 桜の咲くころ、衣服の表などにはい出てくる虱】と注がある。

 能楽の「西行桜」のあらすじは(都の男たちが、西山の西行の庵に花見へやって来ます。西行は花見を禁止にしていたのに、多くの人を庵室に迎えることになったので、桜のために静かな暮らしを乱されたと歌を詠みます。夜、西行の夢に老桜の精が現れ、桜に咎はないと述べ、都の桜の名所を挙げ、静かに舞を舞います。春の夜のひとときを惜しむと、やがて夜明けと共に消え失せてしまいました。(銕仙会HPより拝借)

 ボクは、西行が隠れ住む庵につめかけた桜に浮かれた脳天気な人々を、花見虱に喩えて、その上で、「おのれら」と、一茶は言っているよと、読むのだがどうだろう。

 ボクだって、西行は好きな方だが、

 ねがはくは花のもとにて春死なむその如月の望月のころ  西行法師

 カッコつけすぎだろう。

 多分、一茶もそう思っう瞬間もあったに違いない。

 であるからして、ボクも、虱の一匹である。

 まちがうと、お猿の爪でピッチと潰され、ぺろりと喰われてしまう程度のモノ、それも愉快。


 で、片品に出かけた一番の目的、樹齢300年以上といわれる「天王桜」、天王というのは、その根元に「天王様」の苔むした祠が祀られているからである。

 では、虱めが撮影した桜である。

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by ribondou55 | 2016-04-27 17:42 | この一首その一句 | Comments(0)