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映画、『母と暮らせば』

 『母と暮せば』は2015年12月12日に公開された日本映画。主演は吉永小百合と二宮和也。監督は山田洋次。
 井上ひさしが晩年に構想していた、「ヒロシマ」・「ナガサキ」・「沖縄」をテーマにした「戦後命の三部作」の意思を山田が引き継ぎ、「ナガサキ」をテーマに制作された[1]。「ヒロシマ」が舞台である井上の戯曲『父と暮せば』と対になる形となっている。 (ウィキより)


 つまりこの作品は、井上ひさしが構想した『命の三部作』の内、井上の生前に上演もされ、映画化もされた「父と暮らせば」、亡くなる直前まで執筆しようとしていたという「木の上の軍隊」、そして構想のみ残された「母と暮らせば」、その「母と暮らせば」を、この度山田監督が、井上の意思を引き継いで映画化したといういうのだ。

 井上の手で構想が実現されのは「父と暮らせば」のみで、『木の上の軍隊」は蓬莱竜太により戯曲化され、「母と暮らせば」が、本作品となる。

 ボクの中では、『父と暮らせば』(監督・黒木和雄、2004年)での原田芳雄・宮沢りえが演じた親子の姿が印象深い記憶となっている。

 まさしく、この作品は対を為していて、死んでいるのは息子・生き残ったのは母、『父と暮らせば』では、亡くなったのは父・生きているのは娘。

 本作は長崎、前作は広島、ちなみに『木の上の軍隊』は沖縄である。

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 さて、この映画だが、山田巨匠の「映画」であった。

 福原伸子 (吉永小百合)、福原浩二 ( 二宮和也)、佐多町子 ( 黒木華)が、それぞれの役を、破綻なく演じている。

 被爆時の様子は、象徴的な一瞬のカットのみで、丸木夫妻の「原爆の図」のような凄惨なシーンはない。

 語られるのは、謂わば戦争によって断絶させられた命への追慕であり、喪失感の深さ、人の手によって引き起こされた悲惨であり、天災にでも遭遇したかのように「運命」としてなどと、断じて受け入れることはできないと、いう怒り・・・。

 作品では、噛んで含めるように、被爆以後、敗戦以後の辛酸を観客に知らしめるように、エピソードを繰り出してくる。

 まあ、それは巧みな脚本であり、演出であって、ボクら戦争知らない還暦爺さんにも、十分伝わってくる。

 まあね、うまいのだが、・・・・・、声を低めて云ってしまうのだが、押しつけがましくてウザイ。

 この手の「誠実な主張」は、現実の政治的力関係の中では、もうほとんど無力である。


 さてさて、ボクはこういうファンタジーっぽいのは、山田監督にはふさわしくないのでないかという、疑念も持った。

 第一、真面目すぎる、当たり前すぎる、そういう「幽霊」は、ボクの好みではない。

 それに、町子さんが婚約者を、伸子さんに紹介したあたりから以後は、いらない。

 親子で手に手を取ってあの世へ、なんて、・・・・、どうなんだろう???

 それは、もしかしたら、長崎で亡くなっていった人々への鎮魂の思い?はたまた救済?

 と、思ったのであります。


 朝 蜂蜜トースト コーヒー 林檎
 昼 焼きそば(富士宮風) きんぴら オレンジジュース
 おやつ 鯛焼き 
 夜 マグロの中落ち丼弁当 白菜とネギと揚げの味噌汁 京芋の煮付け 沢庵




 
 



 デヴィッド・ボウイ(David Bowie [ˈdeɪvɪd ˈboʊ.i], 本名 David Robert Hayward-Jones, 1947年1月8日 - 2016年1月10日
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by ribondou55 | 2016-01-11 22:44 | 還暦シネマ | Trackback | Comments(0)

花より団子、団子より昼寝がよろしい「隠居蛙」の日常をポロリ。誤字誤記多し、恐縮。


by 泡六堂
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