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ひとりぽっちでいること③・・ある彫刻展を観て。

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 館林美術館まで、『舟越桂 私の中のスフィンクス』展を観に出かけた。

 自宅から東武伊勢崎線の最寄り駅まで1時間ほど自転車で走り、上り電車で多々良駅、下車。

 それから、刈り取り間近の稲田の間を美術館まで歩いた。

 通い慣れた美術館であるが、いつもは車で訪れていた、だが、この頃ボクは車の運転が嫌いなった。

 以前から好きではなかったが、自分が望む所へは運転していった。

 だが、この頃はハンドルを握りたくない。

 歩行の速度ならでは見えてくるものがあり、それが楽しいし、とりあえずの今日の一日を心ゆくまでゆっくり生きればいいのだし、誰にも気兼ねなど不要だ。

 三週間ほど前、同じように伊勢崎線で足利市駅で降りた、多々良駅の数駅手前、浅草から来るなら数駅先だ。

 足利市美術館に『江戸へようこそ! 浮世絵に描かれた子どもたち』展を観たのだった。

 渡良瀬川にかかるアーチ型の鉄骨で組まれた吊橋を渡っていくと、車では何度も渡ってきたのだが、新鮮で、かすかに旅情さえ感じている自分を自覚し、歩いて街に入って行くことのおもしろさを知った。

 宮本常一さんも初めての村に入るときは、必ず歩いていった?、そんなことを読んだ記憶がある。

 で、これはちょっと、癖になるような気がする。


 閑話休題、とにかく舟越桂さんの作品を観たのだった。

 大家というのか、巨匠と呼べばよいのか、高名な彫刻家の展覧会である。

 一度観たら忘れられない作風である。

 天童荒太さんの「永遠の仔」の表紙でお馴染みだから見かけた人も多かろう、「悼む人」の表紙は、この展覧会の主役のスフィンクスである。

 こうしてまとめて多くの作品を観ると、やはり魅了されると言うしかない。

 どこか怪しい気分に誘い込むような、そんな蠱惑的な雰囲気もあり、人によっては、スピリチュアルな印象を持つこともあるように思う。

 たぶん、そう霊的なもの。

 ただ、ボクはこの展覧会では、ドローイングに興味をそそられた、とてもいい、どう見ても彫刻制作のための「下絵」とは思えなかった。

 それと彫刻とを合わせ見ているうちに、紙に書かれた人物?のほうが、彫刻に比べて、断然血の通った生き物に見えてきたのだった。

 この感じは、ボクにとって意外なものであった。

 ドローイングから彫刻像に目を遣ると、それはまったく圧倒的に美しいのだが、見ている内に、頬を紅く染め、蒼い影をまとう彫刻の肉体が光を放っている、その皮膚=境界の一枚下にあるのは、いうなれば、透明な暗黒、そんな感じがしてきたのだ。

 もっといえば、例えば、蝋人形、その人形をモデルとしてるような感じさえしてきた。

 孤独な精霊たち。

 ボク一人しか観客はいなくて、静寂の展示室に直立する彩色された木彫りの肉体と大理石の目を斜視気味に見開いていて、微妙な距離感で佇む一体一体の像は、限りなく優しげに孤立している、ひとりぽっち、そんな風に見えた。

 確かに両の目の視線の先は、どこまでも交わらず、観客が目を合わせようにも永遠にはぐらかされていくのだ。

 そのことが、実は、見るものを柔らかに拒んでるようで、哀しい感じがしたのだった。

 「ひとりぽっち」のスタイル、他者とは目を会わさない、・・・、そういうことだ、「ボクたち」のことだ。

 ドローイングは、その寂しさを少しだけ薄めている、そんな感じがした。


 ギリシア神話におけるスピンクスは、ライオンの身体、美しい人間の女性の顔と乳房のある胸、鷲の翼を持つ怪物(一部の絵画では尻尾が蛇になっている姿で表される事も)。テューポーンあるいはオルトロスとキマイラあるいはエキドナとの娘。一説によればテーバイ王ラーイオスの娘であり(アレクサンドリアのリュシマコス)、これによればオイディプースとは兄弟となる。また、ウカレゴンの娘とする説もある(エウリピデス『フェニキアの女たち』26への古註)。当初は子供をさらう怪物であり、また、戦いにおいての死を見守る存在であった。高い知性を持っており、謎解きやゲームを好む。(ウィキより拝借)

 舟越さんのスフィンクスも立派な乳房を胸に垂れているのがだ、ボクはむしろ影りを帯びたお尻の形に惹かれてしまった。

 正面は、小さな頭、表情があり、細く長い首、ひろい胸、さて、鎖骨が見えなかったような、たっぷりとした乳房、桃色の乳頭、賑やかにあるのだが、背面は細長く、垂直に穿たれた脊椎の線、そして豊かな尻、とてもシンプルな丘陵のように波打つ面、その上皮膚の色はなく、蒼い隂色に染まっている、で、ボクはその尻に見とれたのであった。

 それは、さておき、その謎ときとは、旅人を待ち伏せて捕らえては、「朝は4本足、昼は2本足、夜は3本足。これは何か」という謎を出したのだった。そうして間違うとその者を食べてしまうのだと、昔々どこかで聴いた。

 スフィンクスの問いは、人の一生の有様を丸ごと指していたのだった。

 このことは、ちょっと、面白い。


 さて、展覧会では両性具有のスフィンクスがいたのだが、ボクらにどんな謎をかけていたのだろうか。



 

 



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 作者は、フランツ・フォン・シュトゥック(Franz von Stuck、1863年2月23日 - 1928年8月30日)は、ドイツの画家・版画家・彫刻家・建築家。
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by ribondou55 | 2015-09-30 23:04 | よしなしごとあれこれ | Trackback | Comments(0)

花より団子、団子より昼寝がよろしい「隠居蛙」の日常をポロリ。誤字誤記多し、恐縮。


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