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秋の山にさへ花、

 寒桜・・鬼石(群馬県藤岡市)の桜山まで。

 
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 あまりに寒いので、映画でも観ようかとおもったのだが、生憎上映中の作品に惹かれない。

 高倉健さんの追悼の言葉をTVで続けざまに見せられても、番組の内容が金太郎飴のごとき様相で、かえってこの俳優の評価を狭いものにしているようで、つまらない。だいたい武田鉄矢の泣きっ面なんて・・・・・・、胸くそ悪くなる。

 そんなこんな、昼近くなってから、配偶者にリクエストして、寒桜を観に行った。

 この前行ったのは何年も前で、お袋も一緒だった。

 途中、金鑚神社に寄り道したりして、二時間足らずで桜山に到着。

 寒い。

 桜はまだ五分咲き?程度か。

 でも、12月に入ると途中が大渋滞になるのだから、ゆっくりと観るなら今頃がいいようだ。

 紅葉を背景に小振りの桜が咲いている。

 いいではないか。

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 ちょっと、気分が軽くなった。



 帰路、世界遺産登録された「高山社跡」に立ち寄った。

 ボランテアの方の説明がわかりやすくてとても感じよかった、ありがとうございました。


 自宅用のお土産は、なぜかキムチ、八塩温泉の先にあったお店、晩飯のお新香代りに食べたが、なかなかおいしい。











 
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 高山社(たかやましゃ)あるいは養蚕改良高山社(ようさんかいりょうたかやましゃ)は、高山村(現群馬県藤岡市高山)の養蚕業者高山長五郎が1884年(明治17年)に設立した養蚕業の研究・教育機関である。高山長五郎は長年にわたり養蚕技術の研究を重ねており、前身となる高山組の発足は1873年(明治6年)のことであった。高山社は巡回教師の派遣と蚕業学校の展開によって、長五郎が確立した養蚕技法「清温育」(せいおんいく)の普及に大きく貢献し、その養蚕技法が明治中期以降の標準的な育て方になった。
高山社は1887年(明治20年)に本部を当時の藤岡町に移転したが、それまで本部となっていたのが長五郎の住宅であり、そこが養蚕技術の研究や伝習の場にもなっていた。その旧宅は高山社跡(たかやましゃあと)として国の史跡に指定されており、世界遺産「富岡製糸場と絹産業遺産群」の構成資産となっている。(ウィキより)

 写真は、藤岡市HPより拝借。
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by ribondou55 | 2014-11-20 23:08 | 咲いた咲いた何の花 | Trackback | Comments(0)

花より団子、団子より昼寝がよろしい「隠居蛙」の日常をポロリ。誤字誤記多し、恐縮。


by 泡六堂
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