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ご近所巡礼5番 聖天山歓喜院長楽寺・・・縁結びの聖天さま

 大縁日大祭法要 、秋季は10月18・19日に行われる。

 そこで、本日19日、ちょっことお参りしてみた。

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 聖天堂が国宝指定されて以来、地元では聖天さま人気の高まりがあったかどうかは分からないが、うらぶれかかっていた妻沼商店街の活性化の起爆剤にしようと行政ぐるみでがんばってきたらしいことは、よく知っている。

 このお寺は、ボクにとってはポタリングコースでお馴染み、なんやかんや云って、ちょくちょく立ち寄っているので、新鮮みはないのだが、このお寺、ちょと分かりづらさがある。

 寺伝では治承3年(1179年)に、長井庄(熊谷市妻沼)を本拠とした武将齋藤別当実盛が、守り本尊の大聖歓喜天(聖天)を祀る聖天宮を建立し、長井庄の総鎮守としたのが始まりとされている。その後、建久8年(1197年)、良応僧都(斎藤別当実盛の次男である実長)が聖天宮の別当寺院(本坊)として歓喜院長楽寺を建立し、十一面観音を本尊としたという。 ウイキより

 といわれると、十一面観音さんはわかりやすいのだが、大聖歓喜天ってのは、どんな仏様?っと気になる。

 事のついでに、グーグル先生に「歓喜天」について教えを請うと、こうある。

 歓喜天(かんぎてん、Skt:Vinayaka、गणपति Ganapati、もしくは ナンディケーシュバラ nandikesvara 歓喜自在天)は、仏教の守護神である天部の一つ。
また、聖天(しょうでん、しょうてん)[1]、大聖歓喜天、大聖歓喜大自在天、大聖歓喜双身天王、象鼻天(ぞうびてん)、天尊(てんそん)。あるいはVinayaka、Ganapatiを音写して、毘那夜迦(びなやか)、誐那缽底(がなぱてい)ともいう。象頭人身の単身像と立像で抱擁している象頭人身の双身像の2つの姿の形像が多いが、稀に人頭人身の形像も見られる。多くは厨子などに安置され、秘仏として扱われており一般の前に公開される事は少ない。


 ああ、仏教の守護神のおひとりであったか。

 もとは、ヒンドゥー教の神さまであったのか。

b0018682_2255680.jpg そういえば、境内の小さな池の噴水は像の鼻から水が噴き出す仕掛けになっている。

 さりげなく「象」である。

 勿論、ここの聖天さまも秘仏である、ご本尊は「御正躰錫杖頭」というわけだから「杖の頭」、仏具の一部分だった?

 これに、象頭人身の抱擁する双身像がおいでになるのだろう。


 ところで、あちらこちらの〈聖天宮〉にありがちな二股大根なんかは、ここの聖天さんではみたことない。

 でも、それはそのはず、此所聖天さまは、斎藤実盛が開いたお寺である。

 実盛といえば、東国武者の内でも屈指の者、さすがの木曾贔屓の芭蕉宗匠も「むざんやな 甲の下の きりぎりす」と、その死の方を傷んでおられる。

 であれば、「夫婦和合」なんて、ちゃんちゃらおかしいといえるかも知れない。

 そんなこんこんなで、夫婦和合というようなちょっと直截な御利益ではなく、注意深く甘く甘く「縁結び」、これ一本で婦女子の目に止まろうというわけだ。

 いいぞ。

 いいぞ。

 それに、お寺の宗旨は高野山真言宗。


 さて、本日の秋の例大祭二日目の午後は、参詣の人々が驚くほどに多いわけではなかったが、のんびりとした風情であった。

 折しも修験山伏による護摩法要も行われていた。

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 とにもかくにも、おそらくは、武蔵国幡羅郡あたりに住まいする者の中に歓喜院聖天さまを知らぬ者はおるまい。

 ありがたし聖天さま。

 寿司美味し聖天さま。

 国宝であろうと無かろうと、憩いのお寺である。

 ご近所巡礼五番とする。



 

 

 



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 最期まで平家への忠信を貫いた「智」の武将

 平安時代末期に活躍した武士。久寿2年(1155)、源義平が叔父源義賢を討った大蔵館(嵐山町)の戦いでは、義賢の子で2歳の駒王(後の木曽義仲)を保護し、木曽に送り届けたといいます。保元の乱、平治の乱では、源義朝につき活躍をしました。その後は、平家との結びつきを強くし、平家領である長井荘の荘官となったようです。治承3年(1179)には、妻沼聖天山を開いたとされます。
源平の合戦(治承・寿永の乱)では、一貫して平家方につきます。治承4年(1180)の富士川の戦いでは、「東国の案内者」として、東国武士について進言したといいます。寿永2年(1183)、篠原の戦いで、味方が落ちていく中ただ一騎踏みとどまり、幼い頃助けた木曽義仲軍に討たれます。黒髪に染めた実盛を見た義仲は、さめざめと泣いたと伝えられます。
実盛の子、宗貞・宗光も、平家への忠誠を貫きました。実盛の言により、平清盛の嫡孫平維盛に妻子の警護を命じられ、子の平六代に最後まで仕えたとされています。

                         熊谷デジタルミュージアムより拝借
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by ribondou55 | 2014-10-19 21:58 | ご近所巡礼記 | Trackback | Comments(0)

花より団子、団子より昼寝がよろしい「隠居蛙」の日常をポロリ。誤字誤記多し、恐縮。


by 泡六堂