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ご近所巡礼2番 荒川公園・D51140号蒸気機関車に黙祷

 巡礼地2番目にして、すでに「巡礼」の常識からみれば、変則的といえる。

 それは、お参りの対象としては妙な物だが、ボクはこの前に立つ度に厳粛な気持ちになる。

 一礼し、黙祷・・・。

 宗教心というのは、たぶんそんな心の機微から出発するのではないかと、思うのであります。

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 熊谷市の「荒川公園」にそれは、「展示保存」されている。

 D51140号蒸気機関車である。

 
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 さて、青春18きっぷを愛用する還暦超え爺さんのボクは、ささやかな鉄道ファンであるが、そのファン的のものが、この機関車によせる関心のすべてではない。

 では、当の機関車に対面してみよう。

 『高崎線で力量を発揮し沿線の人々から「デゴイチ」として親しまれていましたが輸送力の変遷に伴い、昭和45年廃車となりました、この間走った走行粁は188万8千粁にも達しました。』と熊谷市役所は宣うのだが、この機関車の現状にはまったく無関心であるのが、一目瞭然。

 一面に塗装が剥げ落ち、赤錆が吹き出ている。

 このまま放置すればどうなるかは、誰の目にも明らかだ。

 一方では、この公園にほど近い熊谷駅(秩父線)からは、休日ごとに高らかに汽笛を鳴らしてSLが発車する。

 熊谷は、そういう町でありながら、この「デゴイチ」の隠退生活は悲惨だ、この町の市民であると思うと、「デゴイチ」に対し慚愧に堪えない気持ちになる。

 
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 文化を軽んじるというということは、こういう事をさすのだ。

 さて、それと「巡礼」と関係あるのかというと、あるのだ。

 付喪神(つくもがみ)とは、日本の民間信仰における観念で、長い年月を経て古くなったり、長く生きた依り代道具生き物自然の物)に、霊魂などが宿ったものの総称で、荒ぶれば(荒ぶる神・九尾の狐など)禍をもたらし、和(な)ぎれば(和ぎる神・お狐様など)幸をもたらすとされる。(ウィキより。)

 普通「つくもがみ」というと、「『付喪神記』の冒頭に「陰陽雑記に云ふ。 器物百年を経て、化して精霊を得てより、人の心を誑かす、これを付喪神と号すと云へり」とある。絵画や絵巻では『鼠草紙』・『十二類合戦』とよばれる生き物を模した物や、『化物草子』では、案山子柄杓の九十九神が描かれている。室町時代に軽工業の発達から生活道具が大量に出回り、などから、が、安易に消費されるようになり、これらも九十九神として描かれている。土佐光信筆と伝えられている京都真珠庵蔵の『百鬼夜行図』は、これまで描かれた文字通りが主流であった百鬼夜行とは違い、九十九神を中心に描かれ、九十九神の黄金期であったことがうかがえる。(ウィキより)」ということで、身近な器物が、化けるのだが、ボクは蒸気機関車だって、きちんと幸をもたらす「神」になれると信じるのである。

 この機関車は昭和13年(1938年)11月3日の生まれである、もうすぐ76歳。

 まだ99歳までには間があるが、そうであっても、「化して精霊を得る」兆しは確かにあると、ボクの中にある何かが感じてしまう。

 蒸気機関車という乗り物は、一種特別なものである。

 単に日本の近代化を牽引しただけではない。

 日本人の心の深くを走り抜けたものである。

 

 であるから、ボクは、ここを二番目のご近所巡礼地としたい。

 斯様に思う次第であります。

 一礼・黙祷。


 ついでに、もう一言。

 先の熊谷市役所の立て看板の文言はまことに教育的配慮を欠いた、お役所仕事の馬鹿げたものだ。

 教育的というのは事実の正確さに基づくべきものであるが、それだけではヘボである。

 何時の時代でも、幼い子どもほど鉄道好きなものだ。

 せめて、小学校一年にでも楽しめる紹介解説を掲げるべきだ。

 第一、「粁」は何と読むか?「キロメートル」と読むのだと、子どもの何割が答えることができようか。

 こんな漢字、この節誰が使う。

 大人向けのいい加減な看板を無神経に立ててしまう、もう少し文化の伝承ということに対して気配りが欲しい。





 

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by ribondou55 | 2014-09-27 22:36 | ご近所巡礼記 | Trackback | Comments(0)

花より団子、団子より昼寝がよろしい「隠居蛙」の日常をポロリ。誤字誤記多し、恐縮。


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