人気ブログランキング |

今朝、午前9時52分、通り過ぎる縞猫・・・しっぽの太い。

 三毛猫のことが気になっていたわけではない。

 今日は、たまたまボクの家の庭先を通り過ぎる縞猫を見かけた。

b0018682_23435056.jpg



 こやつは、この頃庭先を西から東へとゆっくり通り抜け、しばらくすると、或いは忘れた頃に、東から西へと移動してゆく。大体見かけるのは、午前9時から10時の間のように思う。

 以前は、縞なしの全身明るい灰色の猫が往来していた。これは貫禄があった。もういい年であったのだろうか。

 それが、縞猫の出現以後、ぱったっりと姿を現さない。

 もしかすると灰色猫は、この縞猫にこの地域の支配権を奪われたかのかも知れない。

 苛烈な闘争があったかも知れない。



 子どもの頃、ボクの家は猫飼い一家であった。

 飼うのはいつだって一匹だ、名前はコジョ。代々同じ名前で、雄猫に限っていた。雌は云うまでもなく子猫を生むからだ。生まれて目も明かない仔猫を遠くの河原や広っぱの土管やらに捨てに行くことは、我が家の家風には馴染まないことだったからだ。「一匹・コジョ・雄猫」、これが、我が家の猫飼いの三原則だった。

 物心ついてから家を出るまでの間に、どれくらいの世代交代があったのか?勿論、覚えていようはずもない。

 でも、カレー大好き猫のことは忘れられない。

おぼろな記憶だが、カレー色の黄猫であった。腹はあたりは白かった。

 ボクの少年時代、我が家はビンボーで、カレーライスは大ごちそう、月1度か2度、兄弟三人、母親が今夜はカレーと宣言するのをいつも心待ちにしていた。関東だから具は豚肉だった。でも、キャベツとちくわだけのこともあった。それでも、我らはカレーライスが大好きだった。

 ところで、このカレー猫は、普段はまったく無愛想な奴であったのに、「カレーライスの夕べ」には家族五人肩寄せ合って食事をしているちゃぶ台の下に居座って、、ニャッと鳴き、ゴロゴロと喉をふるわせる、ボク等が正座する膝に身をすり寄せて媚びる、媚びる。そういう奴だった。

 でも、食い意地の張った賤しい猫だとはみじんも思わなかった、何と言っても、カレーライスなのだから。

 餌は人間様の後、つまり残飯と相場は決まっていて、鍋の底にトロリと残ったカレーのルーを、飯にかけてると狂乱してむさぼり食った。猫にマタタビではない、猫にはカレーライス、これだ。

  この黄猫、・・・こいつは、見かけとは違って、頭は本能のピンク色に染め上げられていたようで、色情的な衝動が押さえがたく、恋の季節になるとプチ家出して帰ってこなくなる。

 ある年の春、左耳をまっ黒にして帰宅した。見ると出血した後が黒くかさぶたのように毛ごと固まっている。その耳と云えば、どうやら食いちぎられた痕がある。その上、そのすぐ下、左目のまぶたの上にも出血の痕跡がある。その後、一週間ほどは放心状態で、垣根の根本辺りに寝そべるばかりだった。

 それでもまた程なく、姿を消した。懲りもせず恋に走って、家を出たのだろう。・・・そこまでは記憶があるが、後のカレー猫については思い出せない。

 子規の句に、おそろしや石垣崩す猫の恋 なんてある。

 かようなことを思い出して、灰色猫から縞猫がテリトリーを奪取するドラマを空想したりした。

 テリトリーを支配するということは、その区域内の雌猫全体にも狼藉を働く権利を持つのだろうか。

 もしかすると、あの三毛の子どもの父はこの縞猫か。


 『海辺のカフカ』のナカタサトルさんならたやすくその辺の事情を聞き出すことが出来ようが、ボクは人の言葉すらこの頃はおぼつない哀れな老人になってしまった。

 縞猫のやつ!クソッ!なんだかわからないが、クソッという気分がある。


 
トラックバックURL : https://ribondou.exblog.jp/tb/20799110
トラックバックする(会員専用) [ヘルプ]
by ribondou55 | 2013-07-31 23:39 | 世界は昏いか? | Trackback | Comments(0)

花より団子、団子より昼寝がよろしい「隠居蛙」の日常をポロリ。誤字誤記多し、恐縮。


by 泡六堂
カレンダー