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「愛しの座敷童」と「さや侍」の二本立て

 今朝、七草粥を炊いた。

 「七草なずな 唐土の鳥が 日本の国に 渡らぬ先に ストトントン」とは、どういう意味なのか?「唐土の鳥」とは、鳥インフルエンザを運ぶ鳥のことではあるまい。

 ネットで当たると、こんな記事があった。

 正月七日に食べる粥で、せり、なずな、ござょう、はこべら、仏の座、すずな、すずしろの七種の若菜を入れて作る。この七草は所と時代に依って多少ちがっている。粥を煮る前に七草打ちということをやる。それは恵方へ向って綺麗な俎板へ七草をのせて、庖丁、火箸、摺こぎ、杓子、金杓子、采箸、薪などの台所にある七種のもので七たび七草を打つのでその時に「七草なずな、唐土の鳥と日本の鳥と、渡らぬ先に、七草なずな、手に摘み入れて、こうしとちよう」と歌いながら、拍子を取って囃すのである。これは「つく」という悪鳥が渡って来るのを追い払うのだと云われている。     『岡本綺堂 江戸に就ての話』(岸井良衛編 青蛙房刊)

 では、「つく」なる鳥とは?

 粥は、おいしかった。米一合、畑でとれた蕪と大根、それに小松菜・蕪の葉だけ、足すことの餅三きれ。味付けは塩のみ。

 それから年賀状のお返しをプリントして、発送。

 昼飯は、アンゼルセンのシナモンロールその他、コーヒー、ココア。

 食後、今日から再開された正平さんの「こころ旅」を視て、配偶者は定期検診に出かけた。

 小生は、DVD二本立て。

 『HOME 愛しの座敷わらし』(監督・和泉聖治、2012年)は、ほのぼのとした家族再生の物語。

 岩手、転校生、座敷童とくれば、宮沢賢治の「風の又三郎」ってことかと思ったが、そうでもない。それでは、「遠野物語」?、そんなことでもない。

 今時の家庭に起こりそうなエピソードをほどよく交えて、お行儀がよくて、ほっこりできる映画になっている。

 原作を読んだ後での印象はまた違うのだろうが、このお話はこれまで。
 
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 『さや侍』(監督・松本人志、2011年)は、おもしろい。

 DVDを視ている間に来客や電話があって、ちょっといい加減な感じで視てしまったのだが、後半は自然に気合いが入って視ていたような気がする。

 この映画のおもしろさは、こtれまでにないお侍さんを登場させたことだ。

 刀身が無い「さや」のみを腰に差した「侍」とはなにか?

 だいたい「刀は武士の魂」なんていう常套句があるが、そもそも「刀」は武器であって、魂なんぞでなはない。たぶん太平の世になって戦う用事の無くなった「刀」を元々戦闘要員であったことを忘れまいとして、「刀」を武士階級の象徴として取り出して見せたのだろう。

 とうことは、「さや侍」とは実のない「侍」、あるいは「半侍」ということか?「魂」を捨ててしまった侍でありながら、もとより侍としてのアイデンティを持ち得ない侍が、「切腹」する羽目に陥ったらどうなる?

 大喜びで切腹する?いや、そうにはならなかった。嫌々、切腹に臨んだのだ。

 ただ、ただでは腹を切らなかった。

 野見勘十郎 ( 野見隆明)は、腹を切らされたその刀でもって、「さや」に元々あったはずの刀身の代替えとしてと「さや」に収めて、その上で介錯を頼むのであった。つまり、切腹の場面で、ぎりぎり「さや」に「魂」ももどしたのである。

 この「刀返し」をギャクとみることもできる。大いなるアイロニーは、ギャグの本領ではあるまいか。「武士道と云ふは死ぬ事と見付けたり」という野蛮さを連想すれば、立派に笑える。なぜ、映画の中では誰も笑わないのか、思い切って、笑ってしまえばよかったのに。

 それは、武士の「魂」の問題などでなかったからだ。

 切腹に向かってこのお話は、武士道物語から親子の物語に変わってゆく。

 娘たえ (熊田聖亜)は、父野見勘十郎の 「遺書」を聞く。その中身は、辞世の句なんのという儀礼的なものではなく、徹底的に私的なものである。

 父は死にました でも 心配しないで下さい/父は死にました でも 生きていた時よりも元気です/血を見ましたか?/美しかったですか? 醜かったですか?/首は転がり落ちましたか?/上を向いていましたか? 下を向いていましたか?/投げ捨てたふりをしていた何かに/少しずつ追いつめられて行く様な想いの中 あなたは/一生懸命父の背中を押してくれました/もう一度その何かに立ち向かわせようと/一生懸命父の背中を押してくれました
父は“侍”でしたか?/誇りますか? 恥じますか? 恨みますか?/父は“侍”でしたか?/父は死にました でも心配しないで下さい/父は今 母と一緒にいます/あなたにとって/幸なのか不幸なのかはわかりませんが/親と子の絆は永遠です/もしかしたらこうして初めて親と子の絆は永遠となるのかもしれません/もし会いたくなったら
愛する人と出会い 愛する人を 愛して下さい/

巡り 巡り 巡り 巡って/ あなたが 父の子に 産まれた様に
巡り 巡り 巡り 巡って/いつか 父が あなたの子に 産まれるでしょう
巡り 巡り 巡り 巡って/ただ それだけですが それが全てです
巡り 巡り 巡り 巡って/ただ それだけですが それが全てです


 このお侍は「七生報国」なんていわない。元々国元を追放されたのであろう。「主君」なる存在にもとより絶望していることは、最後の最後黙って切腹したことでもわかる。だからこの「侍」は、生まれ変わっても生まれ変わっても親子の絆は切れぬものだというのだ。これを「正しい仏教」からいうとどうなるのか知らないが、これが弱いものにとっての「転生」だと松本さんはいいたいのだろうか。

 「葉隠」侍なんて、くそ食らえ、・・・・、こうでなくては、おもしろくない。

 夕飯は、回鍋肉・銀ダラ煮付け・ひじきの煮付け・野沢菜・もずく・大根とネギの味噌汁・納豆・飯。




 
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by ribondou55 | 2013-01-07 22:56 | 還暦シネマ | Trackback | Comments(0)

花より団子、団子より昼寝がよろしい「隠居蛙」の日常をポロリ。誤字誤記多し、恐縮。


by 泡六堂
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