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「汽車はふたたび故郷へ」が妙な感じで後を引く。

 ぎっくり腰をそっと,映画館の椅子において観た映画である。

 深谷シネマのパイプ椅子にクッションを置いてであるが、126分はちょっと長かった。

 「汽車はふたたび故郷へ」(オタール・イオセリアーニ監督・2010年・フランスーグルジア)である。

 作品の公式サイトによると、監督へのインタビューで、こんなことが。

 「Chantrapas(シャントラパ)」の意味は?
――フランス語から生まれたロシア語です。19世紀末、サンクトぺテルブルクの裕福な家庭では、子供にイタリア歌曲を習わせていました。当時、ロシアの知的階級はフランス語を話せたため、子供たちを「Chantra(“歌う”の未来形)子」と「Chantrapas(“歌わない”の未来形)子」と選別しました。やがて、「Chantrapas」は、共通語となり、「役立たず」や「除外された人」という意味になりました。母国では検閲を受け、フランスでは期待よりも低い評価しか得られなかったこの映画の主人公ニコのようにね。ヴィクトル・ユゴーやフリッツ・ラング、ルネ・クレール、オーソン・ウェルズ、アンドレイ・タルコフスキー、そしてアレクサンドル・アスコリドフやゲオルギー・シェンゲラーヤ――みんな、母国を離れざるをえず不慣れな水の中でどのように泳ぐのかも分からずに内側の傷を抱えている「Chantrapas」です。


 このインタビューを読んだのが、二、三日前である。これで、ちょっと,胸のもやもやが晴れた。

 この作品も配偶者と観たのだが,珍しく、見終わっての感想が一致した。冗長にして意味不明、陳腐極まりない愚痴ばなし・・・・、その他、悪口雑言の連発。

 さっさと忘れようと、思っていたのだが、妙に気にかかる。

 あれはなんだ?

 ボクは,この監督が実績のある高名な人物であるかどうかなんて知らない。

 岩波ホールでやったのだから、きっとおエライさんなのかも・・・・、冷やかし気分。(あの映画館の雰囲気は、ボクの肌に合わない)

 でも、あれは、?

  これは、私たちの周りをとりまく障害にもかかわらず、自分自身に正直である必要性についての寓話です。そもそも、大失敗するに決まっている。すべての文学の歴史がそれを証明しています。ロミオとジュリエットも同じです。正直であろうとして死にました。これこそ、私が観客の皆さんと共有したいことです。すべてにあらがって、石になる喜びです。

 そう、「寓話」である。

 であれば、あの冗長と見えたものの意味が変わってくる。

 つまり、ボクが「退屈」と感じていた「感性」の根っこの方に、もしかすると、この寓話の主人公たちを抑圧する側の「感性」の尻尾のようなものがはえているのかも知れない、と思った。

 なんと、ある意味で,反時代的、冗長どころか、禁欲的、そんな、映画だったのかも知れない。

 この苦さは,その筋の方にはたまらないのだろう。

 でも、この、「役に立たず,排除された」という辛い意識というやつが、嫌らしくうぬぼれた自己意識と仲良しであることも、皆さんが先刻ご存じのこと。

 で、疑うのです。

 ほんまかいな?

 ・・・・・・・・・、ひとまず、結論。

 というより、これは本当でなくてはいけないのだ、と。やはり「正直であろう」とすることの大切さは、ちょっと、飛躍するが、昨今のこの国に生きるボクらにとっても、目下、最大の課題であるから。


 ・・・・・・、でもやっぱり、つまらん、途中で退席した客もいた、配偶者はつまらん映画ではきちんと眠る。

 そんなのは、駄目だ。

 金を払って、教えを垂れて頂きに,ボクら夫婦は映画館に通うわけではありません。

 お陰で「伊勢屋」のラーメンの味がひと味落ちた、どうしてくれる!



 ミニ耕耘機「こまめ」ちゃん、快調に働いてくれて白菜、ほうれん草、玉ねぎを植えるあたりの土をふかふかにしてくれた。
 その他、ニンジンの種まき、ワケギの球根植え付け終了。
 せっせと、働きました。

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 やっぱり「犬」が懐かしくてたまりません。


 目下の一句は,後で。
 
 目下の一句009.gif

  菜を間引く金銀をひろふやう    李凡堂




 
 
 
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by ribondou55 | 2012-10-02 23:33 | 還暦シネマ | Trackback | Comments(0)

水面を滑りまわって世を過ごし、その上、空を飛ぶ羽も持っているあめんぼは、老蛙の憧れだ。


by 泡六堂