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今は昔、「蜃気楼」なる居酒屋ありけり。



 今は昔の物語である。    

 「蜃気楼」という酒場があった。東京の荒川区よりの場末の飲み屋であった。もう、ふた昔も過ぎた記憶だが、目が少しつり上がったちょっと男好きする色白の女が店を張っていた。夏になると、胸の奥がのぞけそうなたっぷりしたシャツを着て、蛍光灯の下でもいい女っぷりだった。

 時折、女の気合いの入った目の色が見たくなり通ったものだが、七月末の夕立が止むのを待って店に行くと、餃子とラーメンの店にかわり、近くの若い工員達が真っ赤な顔をして大笑いしていた。それっきりだ。

  天花粉匂う胸元ほのかなり (李凡堂)

 其角の句に「見る人も廻り灯籠に廻りけり」とある。
 あることを思い出していると、その肩に並んで、昔の人が立ち上がるような気がしてくる。

 「蜃気楼」の女は、四十は超えていた。客の間のは、女は学士様だインテリだなどと、噂されていた。ほとんどが町工場の職人で、そんな女が時折媚びを売るのを、たとえ商売上の振る舞いであるとわかっていても、もの珍しくついついお代わりをしてしまうのだった。
 先に荒川と書いたのは、間違いで隅田川である。大塚から都電に乗って、ゴトゴトとゆく。荒川遊園を過ぎてしばらくすれば、降りる駅になった。
 さて、都電にもしばらく乗らない。

  短夜やほおづえ解ける酒ぬるむ (李凡堂)

 というような、記憶がこのところ蘇る。通勤電車の中で気がつくと、こんな感傷に遊んでいる。笑止だろうか?





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by ribondou55 | 2004-08-31 23:09 | 今は昔 | Trackback | Comments(0)

水面を滑りまわって世を過ごし、その上、空を飛ぶ羽も持っているあめんぼは、老蛙の憧れだ。


by 泡六堂